6年3組物語 第3話

憧れ

 この日、黒木正也は登校途中から気分の昂揚を必死に隠していた。
かねてから考えていたあの計画を実行するには、今日が最大のチャンスと待ち構えていたからだ。
今日は、何の日だと言うのか…?
それは正也以外には、今日の日直が正也だということ以外には何もわからなかった。

 この日を、黒板消しや特別教室へ移動する際に教室の消灯、施錠など日直らしい仕事をこなしながらも
正也には全てが上の空だった。常に何か、別のことを考えながらそわそわしている状態だ。
休み時間などに友達から話しかけられても一回で気付かず、
慌てて応対してその友達から怪訝な顔をされることが今日だけで数回あった。
正也の注意力は、それだけ『計画』にしか向けられていないことの表れだった。
全ては、放課後に自分だけでする、あの行動のために…そのためだけに今日は学校に来たようなものだった。

 そして、正也の待ちに待った放課後。
他の児童たちと明らかに違う意味で終業を待ちかねていた正也。
もう心の昂りは隠しきれない水準にまで達していた。
出席番号順に日々割り当てられる、日直。この学校では男女交互に毎日1人ずつが担当する。
実際のところ、この日直の仕事を面倒臭がりこそすれ楽しんで行う児童などはまずいない。
体育や図工、全校集会など教室の移動が多い日は特に作業が増えて面倒だし
授業が終わった後も煩雑な仕事がけっこうあり、しばらく待っていてもらわなければ友達と一緒に帰ることもできない。
しかし多くの子供たちが嫌がるこの割当日を、正也は自室のカレンダーに丸をつけるほど心待ちにしていたのだ。
…もちろん、こんな仕事をやりたいためではない。誰もいない教室に独りきりになるこの好機を、待っていたのだ。

 傾いた西日が差し込む、自分だけしかいない静まり返った教室。
いつも一緒に帰る友達数人は、さっさと自分たちだけ帰ってしまった。
普通の少年なら薄情だと思うところだが、今日の正也だけは違った。そのほうが好都合と感じた。
いつもと違う教室の感覚を味わった後、正也は出入り口から顔だけ出して廊下など周囲に誰もいないことを確認し
ドアを閉めた。
…これからすることへの期待感に、胸の高鳴りが加速していく。

 自分1人の上履きの足音だけでも響き渡る静かな教室内を正也は歩いて、ある1台の机へと接近していく。
148cmの自分が使用するものとは比べ物にならない、巨大な机だ。
そしてその机の下に入っている、これまた巨大な椅子を引き出す。
自分では座るというよりむしろ飛び乗らなければならない、馬の背中に装着された鞍を連想させる高い着座位置。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
 見ているだけで、正也は興奮し息を荒げてしまっていた。

 正也が誰にも打ち明けたことのない、秘密。
それが、このトールフェチ。
背の高い女の子に異様なまでの興奮を覚えてしまう、正也でなくても男なら表立っては口にしにくい性癖だった。
この歪んだ欲望にいつから目覚めたのか、正也自身にも正確にはわからない。
低学年の頃からそう大きくなかった正也は、下級生の女子でも自分より大きい相手に遭遇することが多かった。
初めてそれでショックを受けたのは、小学3年生の頃だった。
ある日校舎に入った際、1年生用の下駄箱から土足に履き替え出て行く女の子たち3人組とすれ違った。
明らかの自分の頭の位置が、彼女たちのそれよりも低かったのだ。
…もちろん彼女たちは1年生の中でも特別大きな部類に入る少女たちだったことはわかっている。
しかし…入学してから丸1年も経っていない女の子たちに、背で負けた…
その幼き日に与えられた敗北感、屈辱感、そして進級してもなお同じような思いを別の女の子にも繰り返される…
そんな思いがいつしか彼女たちへの憧れ、フェティシズムにすり替えられて今の正也を作ってしまった、
それはきっと間違いないはずだ。

「ハァハァ、うぅ…」
 絶えず誰かがいるいつもの教室では絶対にできない、自分と長身少女の道具のサイズ比較。
ただこうして椅子をまじまじと見つめるだけでも、むずむずとする興奮を正也に与えてくれる。
唾液を何度飲み込んでも、きりがない。
心臓が飛び出しそうになる感覚をどうすることもできず、正也はその椅子の足にしがみついて胸を押し付ける。
…できることなら、この椅子を使っているあの女子がいるときにこれをやってみたい…
でもそんなことは不可能だ。クラス全員から変態扱いされて次の日から学校には来られなくなる。
でも、一度でいいからやってみたい…
高まるばかりの切なさに、正也はたまらず体を伸ばして椅子の座面を舐め回した。
「はぁっ、ぁぁぁ、な、奈央さぁん……!!」

 正也が今変態行為に及んでいる椅子の使用者、それは出席番号19番・水谷奈央。
巨女好きの正也のハートを最も強烈に射抜いた存在、それが奈央だった。
身長で言えば文句なしに秋野さくらがNo.1だが、彼女には恋人・亀井文太がいる。
さくらが文太と付き合っているのを知ったときには確かに物凄い嫉妬に駆られた。あまりに羨ましくて。
だが正也にとって亀井君は親友である。仲のいい友達には幸せになって欲しい、正也はそう思った。
そして正也は見つけた。心の中で密かに女神とも崇めてしまう、理想の女の子を。
191cmの超長身。幼い頃から水泳で鍛えられたという全身の逞しさ。
今年の夏は同じクラスだから、競泳型スクール水着に身を包んだ奈央の勇ましい肉体が間近で拝めるのだ。
あの広い肩幅が、生で見られる!背筋の盛り上がる大きな背中も、太く長い脚も…
想像しただけで、鼻血を噴き出してしまいそうな正也が独りで悶絶する。

 椅子に両手を置いてからジャンプ、高い跳び箱にでも乗るように正也は奈央の椅子に腰掛ける。
ただの椅子に座っただけとは思えない、この感覚。2階の窓から足を出しているぐらい、床の模様が小さく見える。
当然足など全く届かない。本当に、同級生が使う道具なのか!?
「はぁ、はぁ、た、たまらない。あぁぁ、奈央さんん…」
 ただ椅子に腰掛けているだけで、この興奮ぶり。正也は完全に、2人の体格比べに耽溺しきっている。

 正也は奈央を、下の名前でさん付けして呼んだ。
奈央には双子の兄がいて、その兄・進もこのクラスにいるため区別する意図もあった。
でも進と奈央は似ても似つかない兄妹だった。進はミニサイズ、奈央は巨女。
血を分けたとは思えないとてつもない大差が付いた2人。
正也は奈央にはさんをつけるが、進にはつい呼び捨てにする。
…とは言っても、正也は実際奈央に話しかけたことが一度もない。
正也が内気な性格であるのに加え、奈央も極端に無口で、感情をほとんど表に出すことのない少女なのである。
正也はまだ、奈央の声を聞いたことがないほどだ。
とても物静かで、人形のように無表情の、奈央。
しかし正也は彼女のそんな部分にも、強く惹かれている。
あれだけの体格、もし本気で力を込めれば女傑ぞろいの3組女子の中でも屈指の怪力を発揮するのに違いないところを
絶対に自分から見せ付けようとはしない、面白半分で男子いじめの方向に力を行使しない
静かなアマゾネス、そんなギャップが正也にますます憧れを抱かせていた。
日を追うごとに正也の、奈央に対する思いは募っていった。
ああ、一度だけでもいい、一度でいいから奈央さんのあの逞しい太腿に思い切りしがみついて、思い切り見上げてみたい…
そしてあの、ものすごい高さから見下ろして欲しい…
だが現時点で自分と奈央との間で接点などまるでない。
自分からそんなことを申し込めるわけはないし、彼女から話しかけられることもまずないだろう。
悶々とするままに、彼はこの日直の日を待ちわびていたのだった。
少しでも思いを遂げるには、たった1人になれるこの日しかないと。
そんな思いで図々しくも正也は引き出しを開け、中に入っていた奈央のソプラノリコーダーにむしゃぶりついていった。

 喉が渇ききり、喘ぎ喘ぎ呼吸する正也の息が教室内に良く通る。
椅子から飛び降りた正也の目に飛び込んできた、奈央の棚に入っている何やら黒い塊。
期待に胸を躍らせてそれを取り出した正也の目が、一層キラキラ輝いた。
…長袖の、制服だった。
今日は長袖だと汗ばむほどの陽気だったので、脱いで教室後方の棚に置いたまま、奈央は忘れて帰ってしまったのだろう。
心臓が早鐘を打つ音が自分の耳にも聞こえてくるほど奮い立って、正也はその大きな制服に袖を通していく。
驚異的な長さで袖が余り、手から先で筒のような袖がブラブラしている。
裾も、膝が楽々隠れてしまう!
(な、なんて大きいんだ…奈央さん、奈央さぁん……ぁ、あああ………)
 ガラッ。
「あっ……!!」

 余りにサイズの違う大きな制服を着て、恍惚の表情でぼんやりと見上げた視線の先に、
突如としてその持ち主の少女が現れたのだった。忘れて帰ったことに気付き、取りに戻ってきたのだろう。
目と目が合う。
「…」
「…」

 気まずすぎる沈黙が流れる。
正也にとってはもうどうしようもない状況だった。
勝手に人の制服を着てハァハァ興奮している現場を、本人に押さえられたのだから。
どのような処罰を与えられても、不思議ではない。
そればかりかこれを明日校内に触れ回られたりしたら…正也の目の前が暗くなっていく。
「…黒木君?」
 初めて、奈央が正也に対して口を開いた瞬間だった。
191cmの長身からは想像もできない、小学生の女の子らしい高く細い声だった。
「あ、あの、あの…こ、これは……」
 当然、この状態でうまくごまかせる言い訳など出るわけがない。真っ赤になってただ口ごもるしかない正也。
「何を、しているの…?」
 こんなシチュエーションでも表情を変えることもなく、彼を特別責めているようにも聞こえない平坦な口調で
問いかけてくる奈央。
「こ、こ、これは…その、あの……」
 それ以上は何も言わず、正也は素早く奈央の制服を脱いで近くの机に畳んで置きなおすと
驚くほどの速さで土下座し、謝り始めた。
「ごっ…ごめんなさい!!じ、実は僕、奈央さんみたいに大きな女子のことが好きで、そ、それで…」
 半ばやけになってしまったのか、正也は奈央の足元に平伏して顔を真っ赤にしたまま
今までここでしていたこと、大きな女子に対して抱いていた思いなどを聞かれもしないことまで一気に口にした。
どさくさに紛れ、奈央個人への思いも含めて。
…しかし奈央の笛を舐めしゃぶったことだけは黙っておいた。

「黒木君」
 正也のその様子がおかしく見えたのか、感情表現に乏しい奈央がかけた声も少し笑いを含んだようにも聞き取れた。
奈央に声をかけられた正也は、土下座の体勢から顔だけを上げて奈央を見上げる。
高い…天のように高い位置から見下ろされているように感じて、正也は謝っている立場であるにも関わらず
そんな格好のままはしたなく股間に熱を帯びさせてしまっていた。

「さっき、黒木君が言ってたみたいなこと…」
「え?」
「それくらいだったら、していいよ…」
 眉一つ動かさないまま、奈央は言った。
間違いなく嫌われたと思った正也にとってあまりに意外なその反応に、彼はドキドキしながら聞き返す。
「私、小学生のくせにこんなに大きいから、嫌われてるのかと思ってて…」
「周りの人たちは変な目で見てくるし、お兄ちゃんには避けられるし…」
「好きって言ってくれたの、黒木君が始めて…」
「本当に好きなら、さっき言ってたこと、ここで…して」
 話をすることに慣れていない様子で、途切れ途切れに小さい声ながら奈央は正也に語りかけた。
その言葉から、正也は自分の奈央への好意を受け止めてくれているのだとはわかるのだが
何しろ彼女は少し機械のような冷たさを感じさせる無表情のまま。
その言葉を100%信じ切り、今から『そのこと』を奈央に対して行って本当にいいのだろうか。
もし彼女の怒りを買い、殴られでもしたら…この腕の逞しさだ、決して無事では済むまい。

 今言っている『そのこと』とは…先ほど正也が奈央に謝罪した際に口にした、願望のことだ。
前述の、奈央の脚にしがみついて、真上にそびえる奈央の顔を振り仰いでみたいという…
「黒木君…好きって言うなら…来て」
 冷たい口調のままそう言われると凄く不安になるのだが…しかしトールフェチの男にとって
191cmもの少女からの誘いに抗える術はないのも事実。
おずおずと膝で歩み寄り、黒い吊りスカートの間近にまでやってきた正也。
「奈央さん…本当に、いいの?」
 震える指先で触れようとする正也に、平常時と全く変わらない表情のまま奈央はただコクンと頷いた。

 ガバッ!!
「ああっ!あっ!な、奈央さん、奈央さぁぁぁぁん!!」
 一度抱きついた瞬間、正也から猜疑心、恐怖感は跡形もなく消え去った。
高まる一方だった欲望にはやはり勝てなかったのだ。
夢想するより現実のほうがやはり遥かに快感は上だった。
水泳で鍛え抜かれた奈央の太腿は、自分の短い両腕では十分には足りないほどの太さ、逞しさで
スカートの上から頬擦りしても筋肉の盛り上がりの凹凸がしっかり感じ取れる。そして、この硬さ!
いくら両腕で抱きしめ、頬で感じ取っても飽き足らない、この脚の凄まじい存在感。
心臓が破裂してしまいそう…!ほとんど酸欠状態で、胸を喘がせながら思い切り目線を上げる正也。
そんな彼を奈央は、変わった動物でも見物するかのような顔でじっと見つめ続けている。
その遥か高い場所から注いでくる、物珍しげな視線が正也の奇行をますます加熱させていく。
小さな僕は、大きな奈央さんから見たら脚に絡み付いてるおもちゃ程度にしか見られていないのかも…
そんな2人の間の『格差』を感じさせられることが、彼をさらに燃え上がらせてしまっている。
身長で負かされる屈辱がフェチへの開眼につながった彼にとって、
この対等の相手として見られないような視線こそ、この上なくたまらないものなのかもしれない。

 やがて奈央の長い腕、大きな手のひらがゆっくりと下降して来て…
奈央の脚に我を忘れてじゃれ付く正也の頭を、そっと慈しむように撫で始めた。
「あっ…あうっ!!あああ!!」
(な、奈央さんが僕を…ペットみたいに扱ってくれてる!!)
 人間の言葉を思わず忘れてしまうほど、正也は歓喜に震えて叫び声を上げた。
憧れの長身美少女に、優しくかわいがられる。幾度となく夢に描いた瞬間だった。
もし正也に尻尾が付いていたら、まさしく飼い犬のようにぴょこぴょこ振って喜んでいるだろう。
「黒木君…ドキドキしてる。私の脚に…鼓動が伝わってきてる」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
「本当に、好きでいてくれてるの、わかる。ありがとう、黒木君。嬉しい…」
「奈央さんんん……はにゃぁぁぁぁ」
 奈央に頭をなでなでされながら、正也はどんどん表情が蕩けて腑抜けと化していく。
「こっちに来て…黒木君」
 茹蛸のように真っ赤になった正也を奈央は、軽々と持ち上げて胸元まで運ぶ。
今まで見る限り、本当に美少女フィギュアと変わらないほど全く表情を変えることのなかった、奈央が…
厚い胸板に小さくて細い正也を抱いた瞬間から、氷が解けるように表情をゆっくりとほぐしていき
初めて他人が見るような、心から嬉しそうな笑顔を浮かべて正也を見下ろしてきた。

「こんな気持ち…初めて」
 ギュウウッ。
「むぐ…あうう」
「黒木君…かわいい」
 むぎゅっ…ギュウウウウウウッッ!!
「ぅあああああっ!!はふ…あはぁ―――――――っ!!」
 奈央からも胸の高鳴りを正也の熱した顔に響かせながら、正也を壊してしまわない程度に配慮しながら
その怪力でのハグをか弱い正也にささげた。
太く、長い両腕での抱擁に大きくその体をしならせ、軋ませて
正也は恋焦がれた奈央の、願ってもいなかった愛情の締め上げに喜悦の中で意識を失った…


つづく


inserted by FC2 system