6年3組物語 第15話

小さな怪獣

「向こうがこう来たら…こうするって言ってなかったっけ」
「バカ、足が逆だよ」
「で、ここからこういうふうに…」

 様々な大型ゴミが積み上げられた空き地の一角に、3人の少年が集まっている。
ここは、彼らが放課後によく集まり遊び場に使う、秘密の場所。
男子小学生ならそのほとんどが一度は憧れを持つ、いわゆる『秘密基地』だ。

この場所は、学校からおよそ200mほど離れた県道沿いの空き地。
もともと何かの会社があったのだが、潰れてさら地になったのが数年前のこと。
木の杭と有刺鉄線で立ち入り禁止にしておいたはずの空き地だったが、
一昨年ごろからどこかの建築業者が廃材の不法な投棄を始めたことがきっかけで、荒れ始めた。
そのうち遠く離れた地域の一般住民までが家庭の粗大ゴミを捨てる場所として使うようになり、
いつしか広かった空き地は木材や動かない家電製品、自転車などが積み重なった小さな夢の島と化してしまった。
立ち入りを制限していた杭や有刺鉄線も、いつの間にやらこれらの廃棄物と一緒になって捨てられている。
しかし実に汚く見えるこの場所も、生ゴミは捨てられていないため悪臭はない。
県道に面していて人目が気になりそうな場所だが、粗大ゴミの山の向こう側に行けば外部の目は完全にシャットアウトできる。
少年たちは少し知恵を働かせ、廃材の位置を少し動かすなどして一部に屋根を作ることにも成功。
これで雨をしのぎながらの遊びも可能となった。彼らの基地が出来上がったのだ。

 その秘密基地にて彼らが今何をしているのかというと、今日の昼休みに学習した護身術のおさらいだった。
講師となったのは合気道少女・森下由奈。
体も大きく力も強いいじめっ子女子たちにやられっぱなしでいるわけにはいかないという思いを強くし始めた彼らと、
本当に男女仲良しのクラスになるには自分が助けに入るより、男子自身の手で克服することのほうが大事だと感じていた由奈の、
双方の思いが何らかのきっかけで通じ合ったのだろう。
強さを身に付けたいと願った3人の男子児童に、由奈はまず初歩的な護身術から伝授してあげることにした。
鍛錬を必要とする要素はとりあえず抜きにして、誰にでもできる基本の体捌きのあたりから…
今日そのレクチャーを受けたのは6年3組の足立司、市川義明、安井英作の3人。
度重なる男子いじめにもへこたれず、何とか力をつけて見返してやろうという心を持ち続けている少年たち。
また、今年度からますます勢力を拡大している男子飼育委員会に抱く脅威もある。
彼らにとって仲のいい各クラスの少年たちが次々と彼女たちの手に落ちて服従を強要され、奴隷として扱われ泣いている姿を
何度となく見せ付けられてきた。
自分たちもみすみすやられるわけにはいかない。彼らは本気だった。
本当は自分たちの力だけでと言いたいところだが、身体的にも能力的にも違っていて話にならない。
女の手を借りて強くしてもらうことに不本意な気持ちは少なからずあったものの、背に腹は代えられなかった。
まず由奈に手本を見せてもらい、それから自分たちで掛け合って効果を試してみる。
驚くほど簡単に、突っ込んでくる相手をいなすことができた。
難しそうに見える動作も、由奈のとてもわかりやすい指導で自然にわかった気がした。
(ただ強いだけじゃない、森下さんは将来凄い指導者になるんじゃないか――――。)
 3人はあらためて、同級生である由奈を見直したのだった。
(実は由奈は、凄く強いって話を聞いたことがある。それでもそんなこと、自分からは絶対言いふらさないし…)
(今M中にいるなんとかっていう悪い奴に触らせもしないでズタボロにしたって話だもんな。普段はこんなに優しいのに…)
(相手が男でも女でも関係なく優しく接して…うちのクラスももう少し森下さんみたいな人がいればいいのに…)

 3人とも由奈に対してほのかな憧れを抱きながら、彼らしかいない今もこうして合気道の初歩の復習に励んでいた。
いつもはこの秘密基地でボール遊びかカードゲームに興じるところだが今日はそれどころではなかった。
この技でいじめっ子女子たちに一糸でも報いることができれば…

「お〜い、みんな何してんのそんなとこで〜」
「!」
 その場に突然響いてきた、のん気な声。
聞きなれた声色だと思ったら、彼らと同じ6年3組の女子児童・穂高桃子のものだった。
「な、何だよ…」
「俺たちは忙しいんだぞ…」
 女子に対抗するための技を磨いている最中に現れた女子の存在に、男子児童3人組は不快感を覚えた。
たとえそれが、普段男子いじめを行うことのない桃子だったとしても。
「忙しいって、何してたの〜?」
「そんなの、お前に関係ないだろ」
「そうだよ、ここは俺たちの遊び場なんだから出て行けよ」

 6年3組の女子児童の中では身長の面では埋もれるような桃子だが、
小学6年生の平均を考えればかなり大柄な部類に入る162cm。
無論、チビぞろいの3組男子の前に立てばそれは見上げる大きさだ。
今この場にいる、3組で最も背丈のある男子児童・英作でも154cm。8cmもの差を付けられている。
そんな桃子が、自分たちの城としている場所に突如として足を踏み入れてきたのだ。面白くない気持ちは当然ある。
大体小学校高学年男子といえば一番、異性に対し必要以上の敵意を持ってしまうもの。
邪魔者は、排除してしまいたいという雰囲気が漂い始めた。

「え〜何?そんな怖い顔して。何かして遊んでるみたいだから、一緒に遊ぼうかって思っ…」
「うるせえ!俺たちの陣地だぞ!」
「女には用はないんだよ、帰れ!」
「俺たちの邪魔するってんならやっちまうぞ、この!」
 遊びに加わろうとした桃子が、のんびりとしたままの口調で言い終わる前に少年たちは口々に反発をあらわにし、
血気にはやった義明はいち早く、今日の昼に習った合気道の構えを取った。
しかしまだ理解が不十分なのか、出すほうの脚が逆だ。

 しかしここで登場した相手が相沢智恵理や井上亜由美、谷口姉妹だったら同じ反応をしただろうか。
今のように喧嘩腰の物言いで戦闘体勢を取るようなことができていたか。
きっと普段男子いじめをしている姿を見たことのない、優しい部類の女の子である桃子相手だから取れた態度だろう。
強さを身に付けようとはしていても相手を選んで粋がるしかない、まだまだ弱い少年たちだった。
「んもう、なんでそんなピリピリしちゃってるのぉ?
あたし、別に市川君たちに嫌われることなんてした覚えないのに〜。
…あ、これすご〜い。ゴミで屋根とか壁とか作ってるんだ」
「触るな!それは俺たちが苦労して…」
 だがそんな彼らの言葉も聞かず、桃子は基地を構成する様々な粗大ゴミを興味深げに弄り回す。
「わぁ、こんな大きいテレビもあるんだね〜」
 グイッ。
「!!」
 桃子の勝手な探検に業を煮やして、力ずくでもやめさせようとした男子一同の動きが急停止した。
桃子が今持ち上げたもの、それは画面の割れて使い物にならない、32型の大型ブラウン管テレビだった。
遊ぶときに腰掛として使おうと、彼ら3人が力を合わせて引きずるようにしてようやく移動させたものだ。
大きさも奥行きも相当にあるかなりの重量物を、桃子は好奇心に溢れた楽しそうな顔で持ち上げ、
軽い段ボール箱ででもあるかのように完全に宙に浮かせている!
「な、なんだこいつ!!」
 3人組の中では力が一番あると自負する英作が、動揺のあまり自分が思った以上の大声で慌てふためいた。
これまで一度も桃子と同じクラスになったことがなく、ただ他の女子より小柄な子というイメージしか持っていなかった。
その桃子が突然見せた、この現実…義明も同じく動揺を隠せない。

「そ、そうか、こいつは…!!」
 去年、桃子と同じ5年2組に在籍していた司が青ざめた。
この穂高桃子という少女…とてつもない怪力の持ち主なのだ!

 司も昨年度、ほんの数回目にした彼女の芸を思い出していく…
体育の時間に低学年用の低い鉄棒の前で体育座りをしたかと思うと
その姿勢のまま脚も全く崩すことなく何十回と懸垂をして見せたり、
本来ぶら下がって移動するために作られた雲梯を上から掴んで逆立ちで渡り切ったり、
授業でサッカーをした後にゴールポストを引きずって1人で片付けてしまったりなど
身軽さとパワーを兼ね備えた驚異のパフォーマンスで幾度もクラスメイトの度肝を抜いてきた。
桃子自身も友達の驚く顔を見るのが好きなのか、自分からやり出すか他の女の子のリクエストに応えるかで
その辺にあるものを使って常識外れの力自慢を披露しては、たいした疲れも見せない笑顔を浮かべていた。
調子に乗って職員室に置いてあった電話帳を真っ二つにして怒られたという噂も司は聞いたことがある。
単純に力の強さでは智恵理や亜由美らには及ばないようだが、この小さめの体から生み出される怪力は
機械体操の選手に通じるものがあった。
自宅が石材店を営んでいて、その手伝いを進んで行ううちに身に付いたものではないかという話も聞いたことがあるが
詳しいことはただ1年間同級だっただけの司にはわからない。
ただ、暑い季節に半袖から剥き出しになった、力こぶで段差のできた太い腕を目の当たりにした衝撃が
今、司の脳裏に鮮烈に蘇ってきて、途端にうろたえ始めた。
とんでもない女が、この基地に来襲してきてしまったと!

「どう?あたしって、力持ちでしょ〜」
 驚愕に凍りついた男の子3人の顔を見て、桃子は自分のパフォーマンスを楽しんでくれていると勝手に受け取ったようだ。
「えいっ」
 さらに桃子は、その巨大なテレビをまるでバスケットボールのパスのように胸元から手で放り投げる。
ドガン、ガチャ、ゴロゴロ…
テレビは数メートル飛行し、落下した衝撃で中の部品をバラバラ散らばらせながら転がっていく。
「あぁぁ……!!」
 口をあんぐりとさせたまま、言葉も出ない3人組。
そんな反応が、ますます桃子をノリノリにさせていく。
去年までもこうやって、同級生たちに驚きを与えて楽しんできたのだ。
自分と同じように、こんなことをしたら友達も楽しいと思ってくれていると信じ込んでいるようだった。

「こんなの、まだまだ軽いほうだよ〜」
 男の子たちが3人がかりでも出せないパワーを披露しながら、桃子は相変わらず独特ののびのびとした口調のまま
赤いトレーナーの袖を捲り上げる。これから、本気を見せるという意気込みなのか。
長袖に隠されていた極太の上腕筋が半分ほど露出し、彼らはなおも打ちのめされる。
ただそこにあるだけでグリグリ、ゴキゴキと音のしそうな硬い肉の隆起がトレーナーの袖をパツパツにさせている。
「よい、しょっと」
 桃子は一旦しゃがみこむと、そこにある壊れた冷蔵庫を抱きしめるようにして抱え、そのまま立ち上がる。
「わっ、やめろ!それを取ったら…」
「え?」
 ガラガラ、ドグヮッシャ――――ン!!
 ガコン、バラバラ……

 けたたましい大音響が発生し、義明たちが苦労の末に作り上げた秘密基地の屋根が崩落してしまった。
この冷蔵庫は、屋根となる廃材を支えるために柱として使用していたものだったのだ。
支えに使っていた物体を取り払ったため、大量の板や木材、自転車などが地面めがけて雪崩となって落ちてきた。
巻き起こった砂埃に4人そろって咳き込む。
「な、何するんだよ!!せっかく俺たちがきつい思いして組み立…」
 苦心を重ねた秘密基地を台無しにされた口惜しさに、溜まらず食って掛かりかけた義明の口が止まる。
桃子が冷蔵庫を軽々と抱きかかえたままだったからだ。
「お…お前、それは俺たちが…!」
 義明、司、英作が3人で力を振り絞り、数センチずつずらしてやっとさっきまでの位置に設置した、廃棄物の大型冷蔵庫。
それを、桃子は1人で膝の高さよりも上にまで持ち上げてしまっている。
「そうだったの、ごめんね〜。今度直すときは、あたしも手伝うからさ。
あたしがいれば、すぐ終わると思うよ〜」
 言いながら桃子は手を持ち替え、冷蔵庫が桃子の前でサッと90度回転した。
そしてそのまま、桃子の頭上にまで上昇。あれだけ重いはずの冷蔵庫が…義明たちはそろって顎を外しそうになる。
「これ、直すときまでどこか適当なところに置いとくね、っと」
 柱のように太く逞しい両腕を真上に伸ばし、大型冷蔵庫を頭よりもっと上にまでリフトアップしたまま桃子は
そう言いながらゴミの山付近の空いたスペースにその冷蔵庫を放り投げる。
「……っ!!」
 3人の少年たちは、冷蔵庫が空を飛んでいくところを生まれて初めて目にした。

 ドゴン、ガシャン、ボゴーン…!!
 緩やかな縦回転とともに大きな弧を描いて宙を舞った冷蔵庫が土の地面に墜落、激しくバウンドしながら転がる。
冷蔵室と冷凍室の大小のドアがその衝撃で外れ、別方向に勢いよく吹き飛んでいく。
ファンや網など細かい部品も転がるたびに散らばっていき、止まる頃には冷蔵庫本体も原型とは程遠い姿になっていた。
大破壊のサウンドに身をこわばらせていた義明たちは一旦冷静さを取り戻すも、
冷蔵庫の転がっていった方向に目をやると再びいっせいに血の気を引かせた。
悲惨な形になって横たわる、さっきまで一応冷蔵庫の形を保っていた多くて大きな箱。
自分たちが3人がかりで汗だくになりながら移動させた、あんなに手こずった重い重い冷蔵庫が…
あんなに遠い場所に、まるで列車と衝突した自動車みたいに変わり果てた姿で…
もしこの力を自分たちに向けて発揮されたら…あんなものでは済まされない!!

「うわあああああっっ!!」
「逃げろ!!」
 ドタバタと音を立てて男子3人組は自分たちの城を捨てて逃げ去ってしまった。
さっきまで一時でも、にわか仕込みの合気道で対抗しようなどと思っていたことに、全身を鳥肌にしながら。
生半可な技術で喧嘩する気など根こそぎ奪い取られ、戦意のかけらもなくなった少年たちは脚力の限り逃走していった。
「え?…あ、あの〜……」
 廃墟となった秘密基地にポツンと1人取り残されてしまった桃子。
いつもみたいに、こんなふうにして力の強さを披露したらみんな喜んでくれるだろうと頑張ってみたところが、
なぜかみんな怯えきった表情で走って逃げていってしまうなんて。
狐につままれたような顔で目を点にした桃子の立つ空き地に、音もなく寂しい風が吹いた。
ガシャン、と音を立てて廃材が一つ落下する。

 その日を最後に彼らはこの地へと足を踏み入れなくなった。
男たちが仲間内で誇りにしていた秘密基地は少女怪獣・穂高桃子の前にあえなく壊滅し、
隊員たちは防衛の任務も捨てて敵前逃亡したのだ。

 強くなって見返すどころか、強い態度に出られない女子児童がまた1人増えてしまった少年たちだった…


つづく





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