6年3組物語 第21話

鋼鉄のマーメイド

 7月に入り、プールでの水泳の授業はますます活発になっていた。
雨でも降らない限り、体育の時間はほぼ全てプールと言ってよかった。
そんな中、6年3組で急激にその存在感を示し始めた存在がいた。

「すげえ…」
 男子児童たちから、明らかに興奮を含んだ声が漏れる。
彼らの注目の的は、水谷奈央。
身長は秋野さくらに次ぐ2番目で、体の厚みや腕、脚の太さも相沢智恵理や井上亜由美には及ばず、
3組に複数いる女子児童たちのように圧倒的なバストやヒップの発達もない。
それでも…水泳の授業で水着姿となった彼女の体を見て、目立たない存在と言える人間はまずいない。
身長191cm、そして物心付く前から習い続けているという水泳で鍛えられた肉体。
広い肩幅、水着にほんの一部しか覆われていない背筋の盛り上がりは、
彼女によからぬ思いを持った男もおそらく後姿だけで萎縮させてしまう威圧感を放っている。
奈央の着用しているのは学校指定の水着ではなく、所属しているスイミングクラブで使用している専用の競泳水着。
タイムを出すために洗練された、薄くそれでいて強度に富んだ素材のハイレグ水着。
露出が並の水着より多いそれを着用した奈央の元々長い脚はより強調され、
体操服姿を凌ぐ逞しき脚線美に、彼らは近寄って横に並ぶことさえ躊躇ってしまう。
そして何より男たちを釘付けにしたのが、彼女の腹筋だった。
沼田を含めてここにいる男たちではまずついていけない量、質の鍛錬を積み重ねてきたのだろう、
タイルを思わせるようなくっきりと6つに分かれた腹筋は、奈央がみんなと合わせて準備運動をしている間も、
そしてプールサイドを歩いているだけでも、時に薄手の水着の生地を食い込んでグリグリと躍動している。
女傑ぞろいの6年3組でも迫力No.1の見事に割れた腹筋はもし指を挟み込めばそのまま締め潰されてしまいそうで、
地味だった彼女の水着姿を初めて見た男たちの、怯えと興奮のミックスされた視線が集中する。

 肉体的迫力だけではない。さらに驚かされたのはプールに入ってからだった。
手漕ぎボートの集団の中に、一隻だけモーターボートが混じっているような違い。
水泳が得意で、3組の男子の中で最も速いタイムを出せる市川義明がこの25mプールを2往復して100m泳いだのだが、
彼が1往復半に届く前に、スタートが同時だった奈央は既に泳ぎきってプールサイドに上がるところだった。
全く、競争にもなっていない…飛び込み、泳ぎ、ターン、何もかもが違いすぎた。
仮に25mのハンディキャップを貰っていたとしても、負けていた…自分がゴールした後に周りの女子たちの笑い声で
そのことを思い知らされ、疲労とショックで梯子も上れない義明だった。
自分たちの中で一番速い義明が惨敗する様子を見せ付けられ、消沈する男子一同。そして沼田。

 そんな奈央の性格自体は非常におとなしく、彼女が感情をあらわにするどころか
表情を変えたところを見たことがない、さらには声すら聞いたことのない同級生もまだ数多くいる。
体育の授業が水泳になってから、その奈央が突然見せた筋肉、身体能力に男たちは畏怖を込めて
彼女の知らないところで様々な仇名をつけた。アンドロイドだの、ターミネーターだのと…

 怒らせてはいけない猛女がこのクラスにはまだ存在したのだと確認して縮こまってしまう男たちの中で、
人知れずキラキラとした目で彼女を追い続けているのは黒木正也。
あの一件以来、まだ誰にも内緒のまま彼女との関係を深めている正也は、
憧れの奈央がその肢体をより見せ付けることになる水泳の授業を心待ちにしていたのだ。
男の意地、対抗心を二度と組み立て直せないほど打ち砕いた彼女の豪快なバタフライに、一人胸を熱くした正也。
泳ぎ終えて飛び込み台に手をかけ、腕力で水面からその身を上げる奈央。
その一連の動作でさらに獰猛に盛り上がる背中と腕の筋肉、肩や背中からお尻、脚へと流れていく水、
水分を含んでから日光に照らされることで金属にも似た輝きを見せる、奈央のマッスルボディにピッタリと密着した水着。
もちろんそれに負けないほど眩しく輝く、奈央自身のむき出しになった長く太い腕、脚…
全てに魅了され、奈央と同じクラスになれたことに心から感謝する正也だった。


 終業式を翌週に控えた土曜日、泳ぎができない6年生を対象に補習授業が行われた。
講師は6年2組の担任・三浦杏子と、奈央の2人だけ。
体育に力を入れていて目標達成の喜びを全ての児童に教えようと活動する杏子が校内で水泳の実力No.1の奈央に声をかけ、
この臨時水泳教室が開催される運びとなったのだ。
参加した児童は10人、全員が男子児童だった。
その中に、ちゃかり正也もいた。泳げるくせに、泳げないふりまでして。
もっと競泳水着姿の奈央が見たい、その一心で。
顔を水につけて目を開ける、立ったまま平泳ぎの手つきで水をかくなど、
泳げない児童を相手にした基礎的な特別授業は、本当は泳げる正也にとって実に退屈な時間だった。
だがそんなことは問題ではなかった。ただ奈央の逞しくて美しい勇姿を目に焼き付け続けることができればそれでよかった。
そして今日は奈央以外に女子の参加者がいないことを事前に知っていた正也は、ある計画の実行に向けて
途中からそっと授業を抜け出した…

 補習授業の終了間際、杏子がまとめのお話をしている最中に、奈央は集まった児童たちの中に
正也の姿がないことに気付いた。
(黒木君…どこに行ったの?)
 奈央は正也が本当は泳げることを知っている。途中で飽きて帰ってしまったのか、
それならそう言ってくれてから帰ればいいのに…と少し残念な気持ちも抱きながら、注意を杏子に向け直した。
終了後、補習を終えた子供たちは男子更衣室へと向かっていく。女子更衣室を使用するのは奈央だけだ。
杏子はプールに入らなかったため直接職員室へと引き揚げる。プールの鍵を奈央に預けて。

「!?」
 着替えのために女子更衣室に入った奈央は驚いた。
中で…正也が待ち構えていたのだ!
「く…」
 奈央が黒木君、何をしているのと言うより早く、水泳パンツのままでタオルだけ手に持った正也が
「べっ…べべ別に僕は奈央さんの着替えが見たいとかそんなわけじゃないんだ!!
僕はただ、ただ…奈央さんの体を拭かせてほしい!」
「え…??」
 バッ!
 正也が何を言っているのか奈央が理解する前に、正也は奈央のもとに駆け寄りタオルで彼女の濡れた体を拭き始めた。
漫画などによく登場する、女子高の素敵な先輩に憧れる後輩が誠心誠意尽くすシーンのように。
濡れた水着がイルカの皮膚のようにテカテカと輝く奈央の大きな体を前に、
正也は目に星をたくさん輝かせ、吐息を弾ませながら、彼女への奉仕活動を楽しむように水滴を取っていく。
タオル越しに手に伝わる奈央の感触は、たまらなく正也を魅了していた。
柔らかい中に筋肉という硬い芯が通っている、自分ではまず望むことのできない存在感、そして弾力。
一方の奈央は、感情表現に乏しい表情の中にも戸惑いの色が浮かんでいた。
別に裸を見られるわけではないし、これを他の誰かが見ているわけでもないし…
正也の気持ちは確かに嬉しいのだが…
なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。好きな同級生の男の子に、こんな召使のような真似をさせているなんて。
奈央がそこまでしてくれなくても…と言い出そうとした瞬間、正也の表情が一変してタオルを投げ捨てた。
「!?」
 そして意を決したかのように、正也は奈央の巨体目掛けて飛び込んできた。

「あああ!!もう我慢できない…僕が、僕が奈央さんのタオルになるっ!!」
 ガバッ!!
 こんなにも大きくて筋肉も発達しているのに、そこだけは自分と変わらないほどのサイズに締まった
奈央のウエストにしがみついた正也は、宣言どおりに自らの体をタオルのようにして
様々な角度から抱きついては半裸の貧弱な体を奈央に擦り付けていく。
正しくは、奈央のボディの感触を自分の素肌で直接味わっていく。
要するにこんなおいしい思いを、タオルなどにまかせてばかりいるのはもったいないと思ったのだ。
「く、黒木君…」
 しかし人間の体はタオルとは違う。正也の体が新たに濡れるだけで、
奈央の水着や素肌に付いた水分が効果的に取れるわけではない。
それでも…プールに入り続けていて冷えた体に、密着してくる正也の熱々と火照った頬、
昂った息遣いの熱が伝わってくるのが奈央には心地よく感じられた。
加えて、自分の体に全身を使ってへばりついてきながら見上げてくる正也の潤んだ瞳、幸せそうな表情が
とてもいとおしかった。


 4年生、5年生の頃から周りの男子たちの自分を見る奇異の眼差しは知っていた。
大きくて筋肉質な上、無表情な自分に陰での、『人形』『ロボット』などの呼ばれ方も…
そうして避けられ続けたまま小学校生活は終わっていくのだろうと思っていた今年の春。
忘れ物を取りに戻った教室で、この正也と運命的な出会いを果たしたのだった。
決して格好のいい出会いではなかったものの、こんな背の高くてゴツゴツとした女子小学生に
好意を持ってくれる男の子がいるなんて思いもしなかった。
もしかしたら、からかっているだけではないか…そんな疑いも少しはあり、彼の思いを確かめるべく
したいと言っていたことをさせてあげた。
すると本当に…奈央の脚にすがり付いて抱きしめ、頬擦りをしながらうっとりした顔で見上げてきて
ウルウルと輝いた瞳で見つめてきた正也。
正也の本気を知って嬉しくなった奈央は彼をかわいく思い、彼を立たせて対等な立場で抱きしめてあげた。
自分の脚を抱かせているだけでは失礼だと思っての行為だった。
真っ赤になり、気がふれたかのような奇声を上げて感激に震えていた正也…
―――あの日以来、二人きりになったとき限定で、正也には好きなようにさせてあげている奈央。
周りの目がなくなったことを確認すると途端に、甘えん坊スイッチが入ったかのように豹変して
正也は奈央の脚に、腕に、時には腰や背中に虫の如く留まっては、だらしなく蕩けた顔で
まるで高さの違う奈央を見上げてくる。…それだけが、正也の望みだった。
奈央が注意するまでもなく、いやらしいことは特別してくることはない。
ただ体の違いを、思い知らされるだけで満足なようだった。
奈央からは、そんな正也の頭や背中を撫でてあげたり、頬をつついたりするとそれだけで正也は大感激して
息を荒げながら歓喜らしき、言葉にならない声を発する。
先週は軽い正也を抱き上げ、お姫様抱っこの体勢でクルクルと無人の教室内を回ってみてあげた。
そのときの正也の興奮ぶりは尋常ではなかった。
サイズの違いのみならず、力の違いまでより心に刻み込まれて正也は本望だったのだろう。
ペットみたいと言えば失礼になるが、奈央にとって正也はまぎれもなくいつも一緒にいたい大事な相手となっていた。
それまで思うことのなかった、毎日学校に行く楽しみが生まれた奈央だった。

「はぁはぁ、な、奈央さんっ、奈央さぁぁぁん!!」
 スリッ、ズリズリッ!ググッ…
「きゃ」
 奈央が少し上げた小さな驚きの声は、正也の加熱するばかりの喘ぎにかき消される。
水泳の季節になってから正也が見つけた奈央の新たなチャームポイント、腹筋を目掛けた頬擦り。
頬どころか顔面全体で、奈央の鍛え抜かれたボディを代表するその強固な6つのブロックに愛を捧げ続ける正也。
「あああ、おっきくてムキムキの奈央さん…最高ぉぉぉ!!」
 正也はひときわ力強く奈央の腰を抱きしめると、突然その唇を彼女の腹筋の深い谷間に差し込んでいく。
「んっ」
 予想もしなかった正也の攻撃に、くすぐったさのあまり奈央は思わず腹筋を引き締めた。
 ギュッ!
「ん゛ーっ!!」
 口を閉じたままの正也の悲鳴が更衣室に響いた。
深い溝を刻んで割れている奈央の腹筋が、正也の唇を一瞬きつく噛み締めたのだ。
2人しかいない部屋中に反響し、自らの腹部にも振動の伝わった正也の声に驚き、すぐに離れた奈央。
「あ、あの…ごめん、なさい…」
 痛い思いをさせただろうと謝った奈央だったが、その視線の先にいる正也の顔は恍惚としていた。
唇に加えられた痛みさえ快感に摩り替わっているような、奈央さんにされたのなら幸せとでも言いたげな表情。
「ぁ、ぁぁ奈央さん…やっぱり僕が思ったとおりのパワー…それが味わえるなんて……」
 これまでの水泳の授業で見つめてきた奈央の鋼のような腹筋。
それが間近で見られたばかりか、直に触ってキスまでして、その腹筋からの抱擁まで受けられた、
そんな幸せな目に遭えたのは自分だけという誇らしい気持ち、他の男たちに対する優越感まで正也は抱いていた。

 嬉しがっている…喜んでくれていると知った奈央は目に見えて表情さえ変えなかったものの、
棒立ちの正也の両肩に、正面から両手を添えて至近距離で見下ろす奈央。
「次は…私の番」
 その大きな体に見合わない小さな声でそれだけ言うと、ゆっくりと体を折り曲げ正也の額に唇を押し当てていった。
「はああ!!ぁひっ……!!」
 思いがけない奈央からのお返しを受けた正也は胸の高鳴りが心臓の許容範囲を超えたのか、
苦しさと嬉しさが一緒に押し寄せたような奇妙な叫び声を上げて、奈央に体を預けながら意識を失った。

「黒木君…ありがとう。今度は私が…拭いてあげる」
 奈央はロッカーから自分のタオルを取り出すと、小さな正也を自らの胸元にもたれかけたまま
タオルを優しくあてがい、自分から彼に移った水滴を拭ってあげ始めた。


 つづく





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