6年3組物語 第28話

覚醒

 冷房の効いた車中で、舞が口を開いた。
「アツいね、ちあきちゃん」
「そうだね…」
「男の子たちの、視線が」
「…言うと思った、絶対」
 舞の相変わらずの様子に、ちあきは呆れながら言う。
言いながら、ちあきも感じていた。周囲からの、粘着質に絡みついてくる視線の熱を。

 舞とちあきの二人は、地元から離れた市内中心部の繁華街へとショッピングに出かけた。
今は、その帰りの電車の中だ。
二人が買いに行ったもの、それは二人のサイズと好みに合う服だった。
大きいサイズを専門に扱う全国チェーン店の、彼女たちの住む県の支店は、
そのやや遠い街にしかない。
地元の衣料品店にも一応大柄な人向けのコーナーがあるものの、そこに陳列されているのは
どちらかというと肥満の人のための、胴や脚回りが太いものがほとんどで、
デザインも、服装に気を使う舞たちが気に入るようなものはまず見つからない。
その点、離れたその街にある店のファッションは洗練されている。
スリムサイズでなおかつ、トールサイズの彼女たちをより輝かせるハイレベルな服、水着、下着が
たくさんそろっている。男をたぶらかし、軽くからかうだけで恥ずかしい天国へと連れて行く
女子小学生悪魔・舞はそこに向かうたびパワーアップを遂げる。
そんな舞に付き合って出かけるちあきも、舞ほど興味はないとはいえ
そこの品揃え、質には感動を覚え、こんな大きな体でもオシャレはできるんだと
新たな発見に気持ちが軽くなったようだった。

 そして買い物を終えた二人は、再び電車に乗って地元へと帰っていく。
夕方に差し掛かる時間帯となり、乗客が多くなって座席は全て埋まっていたため
彼女たちは立って移動することとなった。
そろって180cm超の長身少女二人がドアの近くに立つその姿は、やはり座っているよりも目を引く。
舞とちあきの類稀なるスタイルが並び立つその場所に、周囲の男たちの視線は釘付けとなり
その車両だけが、明らかに熱を帯びている。

 今日の舞は、白に青のボーダーが入ったタイトミニワンピース。
いつものように、芸術品のようなボディラインをそのまま外に伝えるような衣装は、
入っている横縞がより効果的に、彼女の肢体の凹凸によってできる陰影を強調し
ウエストのくびれやバストやヒップの丸み、ブラの形まで忠実に浮き彫りにさせて
一度吸い寄せた男たちの目を、放すことを許さない。
加えて、その長身。
裸足で測って身長184cm、股下100cm超の圧倒的スタイルに、今日はハイヒールサンダルがプラスされている。
時折舞が窓から外を眺める際、窓の上枠のさらに上から見下ろしている格好だ。
凄まじい高さにある、股下。それを生み出している白く長い美脚を、舞はいつも通り
わずか数cm隠すだけの超ミニで晒し、男の視線をおもちゃにして遊んでいる。
同時に、車内の手摺には彼女の白く細く長い指がなまめかしく添えられて、
そのわずかな動きが彼らをまた淫らな妄想へと導いていく。
まるで遠隔操作で、心に指を這わされ、なぞり回されるかのように。

 一方のちあきは、取り立てて扇情的な姿ではない、普段からのTシャツとスリムジーンズ。
だが、それで周りから何も思われていないかといえば決してそうではない。
舞と比較して身体的な数値がほんの数cm劣る程度の、一般の物差しから大きく飛び出したプロポーションは
地味な格好であったとしても十分に目を奪う。
特に、彼女が好んでよく着用するスリムジーンズの威力は抜群だった。
彼女の長い脚、そして形のいいヒップに密着して見事なシルエットを形成している。
今穿いているジーンズは先月あの店に行ったときに買った、アメリカ製のトールサイズ。
190cmクラスの人のために作られたそのサイズを、裾の調整もせず、折り返すこともなく堂々と穿きこなす
驚異的な長さの脚に、威圧されながらのときめきに胸が震える男たち。
普通のスニーカーを履いていても高すぎるそのボトムは、ここのチビ男のうち誰かが変な気を起こして
襲い掛かったとしても全く届かせることができない、『格の違い』さえも思い知らせている。
そんな絶望感が、彼らをより妙な興奮へと導き、胸と股間のざわめきで車内は静かに熱がこもっていく。
この乗客のほぼ全員が知らない。彼女たちの正体が、この先にあるさほど大きくない駅から近い地区にある
小学校の6年生だということなど…


 やがて電車は彼女たちの住む町の最寄駅へと到着し、中の男たちを昂りの坩堝へと追い込んでいた
二人の長身美女小学生が降車する。
元々この駅で降りる予定だった乗客たちに混じって、もっと先まで乗るはずの男が一人降りてしまっていた。
悩殺の美女二人に首輪をはめられ、リードで引かれるように。
もっとも、その男をそうさせた当の二人はその自覚はなく、そんな男に気付かないまま
楽しそうにおしゃべりをしながら、走り出した電車に背を向けて歩いていく。

 ホームから改札に向かい、二人は階段を上がる。
こうして二人で歩く際、超ミニ姿の舞が階段を上がるときはちあきがすぐ後ろについてあげる。
下にいる誰かに舞のスカートの中を見せないようにしようと、ちあきが気を使っての行動だった。
スカートではない自分は、別に見られても問題ないから壁になってあげようと。
しかし今日の場合、それが余計に下から付きまとってくる男を悦ばせることになってしまった。
彼女たちについてフラフラと電車を降りてしまったこの男は、実はちあきのほうに惹かれていたのだ。

 電車には先に乗っていてずっと座っていたこの男だったが、途中の駅から乗り込んできたモデル級美女二人、
そのうちジーンズにタイトに包まれた脚を持つほうの美女に心を奪われた。
それまで読んでいた、週刊誌のアダルト記事は一瞬にして色褪せた。
そんなものよりも遥かに魅力的な光景が、少し向こうに現れたのだ。
彼女が乗車してから降りるまでの約20分ほど、彼はその大半を視界に彼女を入れ続けていた。
そうじゃない時間といえば、彼女に見とれている間に不意に彼女自身と目が合ってしまい、
慌てて手に持った雑誌に目を落としてごまかしている間だけだった。
そうしているうちに、彼はちあきの肢体のみならず、彼女の視線に強く痺れるようになっていた。
いい年をして小学生の自分より小さな男には侮蔑の色を浮かべた眼差しを送る、ちあき。
そんなちあきが、電車の中で繰り返し自分を見つめてくる小男に、変な虫でも見るような
一瞥しか下さないのは、当然のことだった。
そんな蔑みの瞳が、この小柄な中年サラリーマンのハートを甘美に踏みしめていた。

 …この男は、マゾだった。
自分が在籍している会社でも、若い女子社員のスーツ姿に人知れず被虐的な劣情を抱き、
こうして電車に乗る際も、自分より背の高い女子学生を見かければつい目で追ってしまう、
誰にも打ち明けたことのない性癖を長年抱え続けている。
外回りの最中、さっきまで読んでいた週刊誌の記事も、そのうち行ってみようかと思う
M性感の風俗ルポだった。
だが、そんな社内のOLもときどき見かける女子大生や女子高生も、手にしている誌面も
もはや意識の外に押し出されてしまった。名も知らないスリムジーンズの女神を前にして。
マゾヒストとして彼が追い求めていた、理想のS女性像が彼女にはあった。
車内の吊り革では低すぎて役に立たないとばかりに、輪を吊るしている金属のバーに掴まって
手摺代わりにしている長身。
その背の高さ、脚の長さはもちろん、それによるものなのか自信に満ちた佇まい、姿勢の良さ、
そして何より、並の男など比べ物にならないほど頼もしい、意志の強さを感じさせる凛々しい顔立ち。
彼は男として生まれたからには、是非あのような凛とした女主人にお仕えし、
高い位置から見下ろされながら、地面の高さこそお前の生きる場所なのだと教え込まれ、踏み潰されることを
本気で願っているのだ。
あの鋭い視線の美女に、それを叶えてほしい…
彼女の視線から放たれる強烈なS極に、彼のN極ならぬM極はなすすべなく引き寄せられた。
自らの意志で離れることなどもはや不可能であり、彼女のあとをついてこの駅で降りてしまったのも
必然であったと言える。外回りの仕事など、もはやどうでもよかった。

 ちあきからやや遅れた位置でついていき、階段を上がっていく男から見れば、
ちょうど自分の目の高さにちあきのヒップがあり、それが歩を進めるたびに左右に悩ましく形を変えるのだ。
それほど長くない階段の最中、何度駆け上がって一気に近付き、そのお尻にふるいつきたいと思ったか。
時折窮屈そうに横じわを刻みながら、ピチリとフィットする脚の部分もたまらない。
この美脚になら、蹴り落とされてもいい…!とまで考えてしまう。

 追いかけて、何をするつもりなのか…そう思わなくもなかったが、
それよりも今、彼にとってはこの麗しの長身美女を見失いたくない思いのほうがずっと大きかった。
駅から出ても、まだ見ていたい…このスリムジーンズをパチンと張り詰めさせるとても高い位置のヒップと
長く逞しい脚をもっともっと目に焼き付けたい…そしてこの女神が、どこの誰なのかを知って…
「ちょっと!」
 階段を登り切り、あと少しで改札というところまで来て、ついにちあきが振り返った。
「何なのあんた、さっきから」
 真後ろにまで接近していた不審な小男に、ちあきはついに我慢しきれなくなり
間近で見下ろしながら強く睨み付けた。
「電車に乗ってたときからずっと、こっちばっかり見てたけど…
おまけにここまでつきまとって、舞ちゃんにストーカーでもするつもりじゃないの!?」
 突如として憧れの女神に振り向かれ、怒鳴りつけられた中年男は気が動転し
何も言い訳などできず、ただ口をパクパクさせるだけだ。
「ちあきちゃん、そんなのよくあることでしょ。ほっとけば…」
「ダメ、こんなの!こういう奴、許せない!」
 突然感情をあらわにして赤の他人を叱責しているちあきに、舞も少し慌ててなだめようとするが
今のちあきは聞く耳を持たないようだった。電車に乗ってから降りるまで何度も繰り返しこっちに
気持ちの悪い視線を絡みつかせ、さらにこんなところにまでしつこくついてくるなんて…
こんな奴はただ振り切るだけでは済ませたくない―――。
普段この手の男には関わらなければそれに越したことはないと考えるちあきには珍しく、
怒りが湧き上がってきてしまっていた。
男はちあきの素性を知らないとはいえ、自らの1/3〜1/4程度の年数の人生しか送っていない
女子小学生に上から怒鳴りつけられて、さらに彼女の軽蔑の色を強めた視線にさらされ、
肌色の面積が増した額に汗を浮かべて縮こまりながら、情けなくも股間にだけは勢いがこもり続けていた。
ただ一方的に視姦していたさっきよりも、硬く、大きく…

「ぶたれなきゃ、わかんない!?」
 ちあきも言いながら自分でも半ば驚くほど、初対面の男に暴力的な台詞を投げかけながら
その小さな中年サラリーマンのYシャツをネクタイの結び目ごと左手で掴んで、もう一方の右手を
今にもその頬に叩き込まんと振りかぶる。そして、そのまま振り下ろそうとした瞬間、

「あっ、あぁ――――……!!」
 びゅくん、びくっぴゅるるぅ――――っ………!
 どぷぷぷぷ…びちゃ。


 ちあきは呆れるままに力を抜いて、その男を解放した。
手を離された男は膝からその場に崩れて座り込み、大きく滲みの広がった背広の股間から
ジャボッと水溜りのような音がした。あたりに漂うその臭いは、舞がよく男を遊び道具にした際にも
感じられた、独特の生々しいものだった。
ただ、あんな行為が許せなくて、捕まえて叱りつけただけだというのに…
ちあきはもうこいつに手を上げる気も、何か言う気も起こらなかった。
涎を垂らし、目を潤ませ、うっとりとした表情のまま駅の床でお漏らし姿を晒したまま動かない
中年男を前にして。
どこまで情けない奴なのかと、鳥肌が立つ。でもなぜか不思議なことに、その情けない男から
すぐに視線を外して立ち去ることはできなかった。


「ちあきちゃんも、ついに目覚めちゃったか。楽しくなるわよ、これから」
「な、何が!あいつが勝手に興奮してただけじゃん」
「だから、勝手に熱くさせちゃうテクニックを身に付けたってことよ」
「テクニックって…。私、そんなのいらないから!キモいチビに懐かれたって嬉しくもなんともない!」
「本当に?」
「…な、何……?」
 …舞は目ざとかった。この一件でちあきに起こった変化は一目見ただけですぐに見て取ったようだった。
彼女の全身を包む雰囲気、何よりも目に自信や余裕が宿り始めているのを
『この世界』の先輩である舞は鋭く感じ取ったのだ。
それまでチビ男に対して侮蔑、嫌悪の色しか浮かべなかったちあきの瞳に、遊び心と色気が加わったと。
「まぁ、いいわ。そのうちわかるから」
「なんなのそれ!?わかんなくていい!私は舞ちゃんと違うから…」
「確かに違うわね。責めるタイプが。舞お姉さまと、ちあき女王様って感じかな」
「だから、そういうのは……」
 二人の長身少女はそんな会話をしながら帰っていった。
今まで通り舞からそんな誘いを受けても、興味はないと拒絶していたちあきだったが、口角が微妙に上がって
それまでのような意固地な断り方とは、どこか違うものがあった。


 つづく





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