妹のマウンド 第1話

超大型新人

「ねーいいでしょー!どうしてダメなのー!?あたしも野球したいよー!!」
 ある土曜日のこと。大声で駄々をこね続ける妹、愛に兄の哲夫はただ困惑するしかなかった。

 下田哲夫は150cm、45kgの小学6年生。彼の通う小学校の校区内に開かれている少年野球チーム、
南町ライオンズのキャプテンを務める、チーム内のエース兼4番打者だ。
 世間一般の例に漏れず、この校区でも子供たちの間では野球はサッカー人気に押され、哲夫の所属する
南町ライオンズも選手数は年々減少し、もともとそれほどでもなかった実力も一層の低下を見せていた。
体格のいい子はたいがいサッカーに流出、特にこのチームの弱体化は激しく、このチームが加盟する区内の
少年野球連盟の中においても実力的に下から数えたほうが楽なほうだった。
 それでも哲夫はこの南町ライオンズが大好きだったし、自分に与えられたポジションに誇りとプライド
を持って日夜練習に明け暮れていた。まさに野球一筋の男の子だった。

 しかし、そんな哲夫にも悩みがあった。それが、今隣で聞き分けのないことを言っている妹の存在だった。
哲夫の妹、下田愛。小学4年生。ショートカットとセミロングの中間というようなヘアスタイルが
よく似合っている少女だった。そんな愛が兄の哲夫を悩ませている理由とは、彼女の体型に関係がある。

 愛は小学4年生にして169cm、57kg。2歳年上の兄、哲夫と比較しても身長で19cm、体重で12kg上回る。
並んで立つと哲夫は愛の唇ほどの高さにしかならない。一緒に外を歩こうものなら知らない人には絶対に
兄妹ではなく姉弟に見られる。実際、哲夫は愛と一緒に通学することを避けている。しかし、愛はいつも哲夫
と一緒の行動を望み、べったりくっついてくる。愛はいわゆるお兄ちゃん子なのだ。自分より20cm近く大きい
少女にお兄ちゃんお兄ちゃんと呼ばれながら付いてこられるのが哲夫にとっては恥ずかしくてたまらず、
つい逃げ出すように距離を置いてしまう。そうするたび愛はいつも悲しげな表情を浮かべる。

 さらに、愛は腕力でも哲夫を遥かに凌駕していた。先月、おやつの取り合いなどという他愛のない原因で
兄妹喧嘩となった。それは愛の精神的な幼さから始まった、一方的に愛に非があるまさに子供じみた喧嘩
だった。・・・しかし、結果としては一方的に愛の勝利だった。勝負にならなかった。愛はその長身とありあまる
腕力にものを言わせ哲夫をコテンパンにのしてしまったのだ。取っ組み合って力を軽く入れただけで哲夫は
紙のように吹っ飛んでいき、居間のテーブルに顔面を直撃して大量の鼻血を噴き出してしまった。さらに
頭に血が上って収まりが付かなくなっていた愛に馬乗りされて嵐のようなビンタにさらされまるでおたふく風邪
のような顔に変形させられた。何の落ち度もない哲夫だったが愛の暴走する強大な力の前についに屈服し、
泣きわめきながら謝罪と懇願の言葉を繰り返した。自分は何も悪くないのに。2歳年下の妹に。
 結局、自分の分のおやつを取り上げられた上でとどめとばかりに愛に豪快に投げ飛ばされた。居間の柱に
後頭部から衝突した哲夫はその場で失神。・・・目が覚めると、居間のソファの上で鼻にティッシュを詰められた
状態で横になっていた。テーブルの上にはさっき没収されたはずのおやつと、愛の書き置きが残されていた。
さっきはごめんなさい、と丸っこい文字で書かれていた。愛は時間がたって冷静さを取り戻したのか、反省ぶり
が文面からうかがえた。哲夫は紙とおやつを手に取ると自分の部屋に駆け込み、ティッシュを鼻に突っ込んだ
まま昼間から布団にくるまり、その中でうずくまって夕暮れまで泣き続けたのだった・・・

 そんな一件があってから、哲夫は愛に対して悩みだけでなく恐れまで抱き始めた。愛が感情を表に出し始める
と哲夫は必要以上に怯えた。・・・そして今、愛はわがままを言い出したのだ。それは、哲夫が在籍している
南町ライオンズに自分も入りたいという、哲夫にしてみればメチャクチャな申し出だった。
「やだーあたしやるー!!お兄ちゃんみたいに野球やりたいよー!!」
「うるさい!!女が入れるわけないだろ!!」
「そんなのわかんないじゃない!女の子が野球して何が悪いって言うの!?」
 愛は駄々をこねながらまた頭に血を上らせ、チームの練習にこれから向かおうとユニフォームに着替えていた
哲夫の胸倉をつかみ宙高く吊るし上げた。すぐに熱くなる愛のこんなところを哲夫は恐れていた。
「ぐええぇ!・・・お、お前暴力はやめろぉ・・・だ、だいたいお前はそんなにデカいんだからバレーかバスケでも
やればいい・・・だ・・・ろ・・・ぐぅええ・・・ごほっ・・・・・・」
「あたしは野球がしたいの!!どうしてわかってくれないの!?」
「どうしても何も・・・ぐぐぐ・・・いいから放せ・・・はなして・・・・・・」
 バタつく哲夫の両足は既に床から30cm以上離れていた。45kgの兄が酸素を求めて必死に暴れているにも
かかわらず愛は全くその姿勢を崩さない。小学4年生とは到底思えない強靭な腕力だった。

 ポイッ。ドサアアァン。
「ぐげええええ!!」
「もういい、この分からず屋!!あたしもうお兄ちゃんになんか頼まない!監督さんに直接言って入れて
もらうもん!」
「ゴホゴホ・・・イテテテ・・・お前何わけわからないこと言ってんだよ!入れるわけないって言ってんのに!!」
「入るったら入るの!!絶対!!」
「そんなことお前が決められ・・・もういい、勝手にしろ。とにかく、俺もう行くからな」
 哲夫は練習に出るため玄関に出てスパイクを履く。出かける間際に愛が突然こんなわがままを言い出して
口論になってしまったため時間を食ってしまっていた。遅刻しそうだった。
「じゃーあたしも行くー!ライオンズに入れてもらうんだー!」
「勝手なマネすんな!!いいか、絶対来るんじゃないぞ!来ちゃダメだからな!!」
「来るなって言ってもついてくもーん。べーだ」
 愛は手を後ろに組みながら身を乗り出して舌を出した。こんな仕草は小学生の女の子そのものだった。
・・・その大きさを考えなければ。

 南町ライオンズがいつも練習に使用するグラウンドは、哲夫たちが通う市立Y小学校の校庭だ。
その小学校は哲夫たちの自宅から徒歩にして5分の距離にあるため、哲夫はいつもバットにグローブを
引っ掛けて歩いて練習に向かう。たった5分という時間だが今日の道のりは1時間にも2時間にも感じられた。
なぜなら、愛が一緒だからだ。169cmの妹、愛は成人男性でも大台といわれる170cmにあと1歩。到達は
時間の問題だった。いや、この169cmという数字は身体測定の行われた4月現在のデータなため、既にもう
突破しているかもしれなかった。下手すると20cm以上水をあけられている巨大な妹がべったりと隣にくっついて
歩いているのだ。そうすることで2人の身長差はより強調されますます惨めな気持ちになる。
「お、お前少し離れろよ・・・」
「なんで?兄妹なのに」
「兄妹に見えないんだよ!・・・大体、ついてきていいなんて一言も言ってないんだぞ」
「勝手についていくって言ったでしょ。あたし、野球したいんだもん」
「したいって・・・お前なんかにさせられるか!女なんだぞ!?」
「そんなことお兄ちゃんが決めることじゃないじゃん。それに何なのさっきから女女ってさ。野球するのに男か女
なんて関係ないよ!おちんちんがないと野球できないの!?そんなわけないでしょ!?」
「わっバカ、そんなこと大きな声で・・・恥ずかしくないのかよ!」
「べーつにー。何でこの程度のことが恥ずかしいの?あたしのクラスでも女の子たちみんな平気で言ってるよ、
どっちかって言うと男の子の方が恥ずかしがってるみたいだけど?何がそんなにおかしいの?
おちんちんって言うことぐらいがさ!」
「や、やめろってば!!人とか通ってるだろ!」
「お兄ちゃんなーんか赤くなっちゃっておっかしーんだ。あたしなんにも恥ずかしいことないよ?おちんちん!
おちんちんおちんちんおちんちんおちんちんおちんちんおちんちんおちんちんおちんちんおちんちーん!!」
「わーっ!!」
 恥ずかしげもなくおちんちんと連呼する愛の口を哲夫は精一杯背伸びして必死に押さえる。体も声も大きな
愛だが精神は実に幼い。もう、練習場につく前に哲夫は疲労に襲われ始めていた。

「下田君、少し遅いぞ。新キャプテンなんだからもう少し自覚を持って欲しいんだけどな」
 家で準備をする時間からこのグラウンドに到着するまでの間ずっと妹の愛に翻弄されまくりながらようやく
時間ギリギリに練習に顔を出した哲夫は、さっそく監督の林にやんわりと叱られた。既に他のメンバーは全員
集まってキャッチボールに入っていた。
「す、すいません、ちょっと時間がかかりすぎちゃって・・・」
 この林照人という男、地元の名士であり無類の子供好きと野球好きで、この校区のPTA会長とこの南町
ライオンズクラブの監督も兼任しているやり手なのだ。この少年野球チームも林が子供たちの健全育成の
ためにと自ら始めたものだ。子供たちが野球で汗を流し、楽しく競い合うのを見るのが好きなのだという。

「・・・で、下田君、その人は?」
 林は哲夫のそばにいる愛を指差して尋ねた。やはり林も、愛が哲夫の妹とは一目ではわからなかったらしい。
愛が体操服に学校の黒い吊りプリーツスカートという、モロに小学生という格好をしているにもかかわらず。
「あ、あのこいつは僕の・・・」
「はいっ!!下田哲夫君の妹の下田愛です!!4年1組でーす!」
 哲夫が答えるより先に愛が挙手しながら大声で自己紹介した。
「ほぉー、下田君の妹さんかね。・・・大きいねー。本当に4年生なの?」
 林は本気で驚いていると哲夫にはわかった。・・・当然かもしれなかった。何せ愛は林より5cmは背が高いの
だから。この時間グラウンドにいる全ての人間をひっくるめて考えても、愛より大きな子はいなかった。
「そうかね。・・・で、妹さんは頑張ってるお兄さんの見学?」
「いえ!あたし、この南町ライオンズに入りたいんです!!」

 愛が林に大声でそう伝えた瞬間、グラウンドでキャッチボールをしていた全ての男子児童が一斉にズルッと
滑ってしまい、ボールがあちこち妙な方向に飛んでいってしまった。
 たちまちブーイングが巻き起こる。
「お前何考えてんだよ!!」
「女が入れるわけないだろ!!」
「女は出て行け!!」
「デカいんだからバレーでもやってろよ!!」
 男子児童たちは哲夫と全く同じことを言う。愛は耳にタコができそうだった。
「いいじゃない女の子が野球したって!!ようはできればいいんでしょ!?」
「女にできるわけねーから言ってんだよ!」
「女がいるとチームワークが乱れるだろ!!」
「男にしかできねーんだよ!野球ってのは!!」
「なんですってー!?何の証拠があってそんなことがいえるのよ!!」
 愛はいつしかチーム全員を敵に回して口論を繰り広げていた。

「まあまあみんな落ち着きなさい!・・・ところでなぜ、愛ちゃんは野球をやりたいのかね?」
 林が割って入り、愛に詳しく話を聞こうとした。
「だって、野球やってるお兄ちゃんってかっこいいもん!!」
 愛は目をキラキラ輝かせて即答した。理由といえばこれしかない!というハッキリした口調だった。
「ほほぅ、お兄さんの哲夫君に憧れてというわけか。なるほど・・・ではさっそく練習に加わってみるかね?」
 林のその言葉に、男子児童たちはまた一斉にズルッと滑った。
「監督!!マジですか!?」
「こいつ女ですよ!?」
「どうせ野球のやの字も知らないような素人なのに!そんなの入れることないっすよ!!」
 男子児童は口々に監督の林に疑問と不満をぶつける。納得がいかないのだ。
「だから落ち着きなさい。・・・これから入ろうというんだから、素人で当然だろう?初めはみんなそうだった
じゃないかね」
「でっでも・・・ほんとに入れるんですかぁ!?女なのに・・・!」
「私は別に最初から女の子の入団は許さないとは一言も言ってはおらんよ。ただ今までにそういう子が
いなかっただけでな。私は男女の枠にとらわれず、野球を通じて君たちに清く正しく強く育って欲しいんだよ。
そういう意味ではいい機会かも知れんぞ。いい刺激になるだろう、君たちにとっても。特に最近は女の子も
なかなかやりよるからなぁ。ぼやぼやしてると足元すくわれかねんぞ。・・・ま、そういうことだ。これからは
男子も女子も切磋琢磨して互いに高めあってくれよ」
「やったあ!!あたしも今日からライオンズの一員だー!!頑張っちゃうもんねー!!」
 愛はよっぽどうれしかったのだろう、瞳の中に星をたくさんきらめかせてそこら中を飛び跳ねて回った。
制服のスカートがヒラヒラ舞い上がる。
「ちぇっ・・・監督が言うんなら仕方ないけど・・・覚えてろよ!うちの練習厳しいからな!!」
「そうだ!!どうせ1日で辞めちゃうに決まってる!」
 男子児童たちは愛に憎まれ口を叩くが、愛にしてみれば負け惜しみにしか聞こえなかった。
「あんたたちさっきから女はどうとか偉そうにいってたけど、そんな証拠どこにもなかったじゃない。
・・・あーわかったぞぉ!あんたたちあたしが入ると負けちゃいそうで怖いんでしょー!?」
「う・・・うるせえんだよ!!そんなわけねーだろ女相手に!!」
「勘違いもいい加減にしろ!!男が女に負けることなんかありえねえんだよ!!」
「どーだか・・・」
「なんだとぉぉ!?てめーキャプテンの下田君の妹だからって調子こいてんじゃねー!!」
「コラッいい加減にしなさい!練習を始めるぞ!!・・・ところで愛ちゃん、そのスカートはどうにかならんかね。
それでは動きにくいだろう・・・」
「大丈夫です!!はいっ!!」
 愛はスカートを吊る肩紐を勢いよくずらすとスカートを一気に脱ぎ去った!男子一同は一瞬ドキッとしたが、
下には紺色の白ラインつきブルマーを穿いていた。
「な〜に〜あんたたちその目?ばーか。エッチ」
「こっこの女いちいちうるせえんだよ!!」
「お前たちもいちいちつっかかるんじゃない!!練習やるぞ!それぞれの位置に散れ!!」

 練習が開始された。まずはノック。入団そうそうチームナンバーワンの長身と体力を誇る存在となった愛
だったが、やはり新入りは新入りなので外野のさらに奥のほうで球拾いからのスタートとなった。球拾いには
愛と、先週入団した4年生の亀井文吉が入った。文吉は愛の同級生だった。4年生でも背の低い部類に入る
文吉は愛と近くにいるとまるで大人と子供の差だった。
「亀井くんさぁ、どうしてあたしの真後ろにいるのぉ?」
「お前は素人だからどうせボール後ろにそらすだろ。それを俺が取ってやるってんだよ。バックアップってんだ。
ありがたく思えよ」
「ふう〜ん。ありがとね」
 文吉は偉そうに言うが、彼もたいがい素人だった。でも素直な愛はそれを信じ込んでいた。実は文吉は、
愛の真後ろに付くことで、愛の4年生にしては発育のよすぎる、ブルマーをはちきれんばかりに膨張させる
大きなお尻に見とれ続けているのだった。

「亀井くん、ボールこないね。ちょっと退屈〜」
「う、うるさいな・・・集中しろ集中!こぼしたらどうすんだ!(うわぁすげえ・・・下田のヒップたまんねえ・・・
マジで俺と同じ4年かよこいつ・・・でけえ・・・さわってみて〜・・・)」
 カキイン!!
「あっボール着た!!結構大きいよ!亀井くん取って!!」
「えっ!?あっ・・・」
 愛のブルマーの谷間食い込み&パンティラインクッキリ&ハミパン&ハミ尻に完全に意識を集中させていた
文吉は打球に気づくのが遅れ、かなり後方にそらしてしまった!おまけに愛のヒップに興奮して勃起までさせて
いたため走りづらく、なかなか追いつけない!レギュラー選手から叱責が飛ぶ!
「もう!亀井くん偉そうなこといってて頼りにならないなあ!!」
 エレクトを気にしてモタモタ追いかける文吉を愛は軽やかに追い抜いて転がるボールをキャッチ。愛は学年
で1番の俊足の持ち主でもあった。ちなみに愛の使っているグローブと帽子はチームの予備品だ。
「ええーいっ!!」
 つかんだボールを返球する愛。近くで見ていた文吉はその返球に自分の目を疑った!!

 ビュウウウウウウウウウウン!!
 ガッシャアアアアア!!

「なっ、なんだああ!?」
「どっから飛んできたんだこのボール!!」
 レギュラーの位置でノックを受けていた選手全員と、ノックを放っていた林は度肝を抜かされた。外野の
遥か向こうから返球されてきたボールはすさまじい球威で、ボールが校外に飛んでいくのを防ぐために
キャッチャーの後ろに設置された移動式の金網にノーバウンドのまま最上段に突き刺さったのだった。
しかも、向こう側に貫通する寸前でかろうじて金網に引っかかっていたのだ。
「すっすげえ!!誰だこんな球投げる奴!?」
「あっちのほうから飛んできたから、球拾いしてる奴だよ!きっと」
「じゃぁ・・・文吉か!?」
「そ、それはないと思・・・ま、まさかあぁ!?」
「ごめんなさ〜い!!ボール引っかかっちゃいました〜〜!!」
 外野より向こうのほうで、愛が飛び跳ねながら大声で謝っている。文吉はその後ろで腰を抜かしていた。
「な・・・なんだって!?ウソだろ・・・こんな球中学生でもそうそう投げられないぞ・・・・・・」
 兄の哲夫はマウンドの上で冷や汗と震えを禁じえなかった。
「ほぉ〜こいつは掘り出し物だ・・・とんでもない逸材を見つけたかも知れんな!」
 林だけはいい意味で色めきたった。
「おーい愛ちゃん!!ちょっとこっちに来てくれんか!!」

「愛ちゃん、君は・・・肩が強いねえ!」
「そうですか〜?ちょっと足が滑っちゃっていまいち上手く投げられなかったんですけど」
 たしかに他の選手は全員スパイクを履いていたが愛はただの運動靴だった。それにもかかわらずあの返球。
男子児童たちの間でどよめきが広がる中、林は続けた。
「君の実力を簡単に見てみたいんだが・・・君は個人的にどこを守ってみたいかね?」
「あたしピッチャーやりたいです!!お兄ちゃんみたいにビュンビュン投げてみたーい!!」
「お前調子に乗るんじゃねえぞ!!そんな簡単にでかい役任せられると思ってんのか!!」
「そうだ!ちょっと肩がいいからっていい気になってんじゃねえ!!」
 男子たちの間でまたもブーイングが起こる。
「うるさいぞ!!・・・そうか、ピッチャーをねえ。なら1回だけ投げて試してみるかね?」
「はいっ!!」
 愛はまた目を輝かせた。
「よし、決まりだな。・・・おーい藤田君、ちょっと彼女の球を受けてみてくれ!」

 林の指名を受けこのチームの正捕手、藤田太郎がマスクをかぶり即席のブルペンに座った。太郎は哲夫と
同級生で、息の合った6年生バッテリーを組んでいた。
「まったく、何でこの俺が女の球なんか受けなきゃならねえんだ。いくらてっちゃんの妹だからって・・・」
 太郎はマスクの内側で小さく毒づいた。太郎は哲夫の家に何度も遊びにいったことがあり、その巨大な妹の
存在は知っていた。しかし愛は太郎が最後に見たときよりもさらに大きく成長していた・・・
「それにしてもでけー女・・・あいつがいなけりゃ俺がチームで1番デカかったのに・・・なんかムカつくぜ」
 身体測定では162cm、75kgだった太郎。愛は4年生にしてチーム1の巨漢だった太郎を楽々凌駕していた。

「じゃ、いっきま〜す」
「うむ。遠慮せんでいいからな。思いっ切り投げてみてくれ!」
「チッ、あの監督女びいきなんかしやがって・・・しょせんこんなデカいだけの女の球なんか・・・」
 ビュンッッ!!
「・・・なっ!?」
 ズバアアアアアアアアン!!
「ぐ・・・ぐぅぅっ・・・・・・」

 愛が1球投げてみた瞬間、グラウンドは一瞬の沈黙に包まれた。
「お、おい、見たか今の球・・・」
「いや・・・見えなかった・・・」
「あんな速いのみたことねえ・・・」
「マジかよ・・・この女・・・!?」
 愛の右腕から放たれた球は、リトルリーグの男子たちを唖然とさせた・・・
「俺、あんなの打てねえ・・・」
「あ・・・愛の奴、何でこんな球投げられるんだ・・・!?俺にも見えなかった・・・太郎のミットからあんな音たてる
奴なんて信じられねえ・・・何で・・・なんでだあああああ!?」
 哲夫は、妹の秘められた恐るべき実力に奥歯の震えが止まらなかった。

 愛のストレートの威力は、実際に受けた太郎が最もよく思い知らされていた。キャッチャーミットから伝わって
来た衝撃は左上半身全体にも及び、特に手のひらに広がった激痛はかなりのものだったようで、目尻からは
涙までにじみ始めた。兄の哲夫などでは比較にならない剛速球だった。
「素晴らしいストレートだよ愛ちゃん!本当に野球は未経験なの!?」
「え〜っと、図書室で野球入門とか見て、自分で投げ方とか勉強してました!このライオンズに入るつもり
だったから!」
「ほぉー感心だねえ!!熱心な子が入ってきて私もうれしいよ!さあ、どんどん投げてみてくれ!!」
「はい!どんどん投げまくっちゃいます!!」
「げぇ・・・まだ受けなきゃならねえってのか・・・」
 太郎は怯えた。

 バシイイイイイン!!ズバアアアアン!!ズッバアアアアアアン!!
「あぐぅう・・・ぐうっ・・・あぁ・・・がっ・・・・・・!!」
 とてつもなく速く、そして重い愛の剛球をミットに受けるたび、太郎の手のひらの骨は悲鳴を上げていた。
手首や下腕の骨にまで激痛と痺れが襲い掛かってくる。マスク越しでばれなかったものの、あまりの痛みに
涙があふれてきてボールもまともに視界に入ってこなくなりだした。幸いにも構えている場所に愛が忠実に
投げ込んできたので捕球はできたものの、もう限界だった。もし受け損なってボールが別の場所にでも当たれば
大ケガは避けられないに違いなかった。そんな恐怖感から、太郎の目には別の意味での涙まであふれてきた。
怖い・・・こわい・・・もう・・・やめて・・・・・・お願い・・・痛いいぃぃ・・・・・・

「よーしもういいよ!ごくろうさん!!」
 林がようやくストップをかけた。太郎にもようやく安堵が訪れ、恐怖と緊張から解放されたことにより涙が
堰を切ったかのように流れ落ち始めてしまった!太郎は震える声でちょっとトイレと言い残してマスクをかぶった
まま駆け出していった。
「いやいやすごいよ愛ちゃん!!これはたいした大型新人だ!!」
 男女の区別をしない林は愛の素質に惜しみのない賛辞を送った。
「しかもスパイクを履かずにこれだからなあ!!こいつは楽しみだよ!」
 林のその言葉を聞いた男子児童たちは思い出したかのようにざわめいた。・・・確かにこんな安物の運動靴
ではなく今自分たちが履いているスパイクを使えば踏ん張りが効く分さらに威力の増した剛速球が愛の腕から
放たれることになる。4年生の女子にパワーで負けた・・・そんな屈辱がレギュラーの男子たちを襲った。
「哲夫君、強力なライバルの出現だな!こりゃうかうかできないぞ!!ワハハハハハハ!!」
 林はチームの誰よりも少年のような目の輝きで笑った。このところ人手不足などもあって毎年大会では
初戦敗退を繰り返す弱小球団の南町ライオンズに現れた脅威の新人に、彼は喜びを隠さなかった。
毎年の不振ですっかり負け犬根性が根付いてしまっていたチームの起爆剤になれば・・・そんな思いが彼には
あったようだ。

 一方、トイレに言ってくるといってどこかへ走り去っていってしまった太郎は、本当にトイレにいた。そして、
左手を襲う激痛と屈辱に涙をとめどなく流しながら、手のひらを水道でいつまでも冷やし続けていた・・・

「今日からライバルだね、お兄ちゃん!あたし絶対負けないから!!」
 練習の帰り道、愛は哲夫の背中をバンバン叩きながら笑いかけた。
「ぐうっ、げほげほっ!お前なあ・・・」
「お兄ちゃんも負けずに腕磨いてね!監督の言うとおりせっさたくまするんだよ!!」
「・・・・・・。お前なんかが俺のライバルなんて10年早いんだよ!球速けりゃいいってもんじゃねえからな!」
 つとめて強気に振舞った哲夫だったが、内心は震え上がるほどの焦燥感に襲われていた。下級生に、女に、
妹なんかに負けてしまったら・・・崩壊の危機にあるプライドに哲夫は焦った。

 好きなこのチームの・・・エースの座は誰にも渡さない!!ましてや女なんかに・・・!!
・・・しかし、今日の練習で見せ付けられた愛の恐るべきポテンシャルに、その自信は揺らいでいた・・・

つづく
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