妹のマウンド 第3話

衝撃の初陣

 今日もユニフォームをピッチピチに張らせて愛は楽しそうに練習へと向かう。その表情には、毎日こうして
大好きな野球ができる喜びに満ちあふれ彼女は傍目からもキラキラ輝いて見えた。
 その後ろを憂鬱げにトボトボついて歩く哲夫。大きな胸を張って颯爽と歩く愛に比べてなんとも自信の感じられ
ない、誇りを奪われた男の惨めさが彼には漂っていた。
 その立派な体格とは不釣り合いな、大好きな女の子向けアニメの主題歌を口ずさみながら楽しげに歩く愛。
その大きな背中にはエースナンバーの1が堂々と、元エースである兄の哲夫に誇示するかのごとく掲げられ、
哲夫の眼前に突きつけられている。一方の哲夫の背中には屈辱の補欠番号10が刻印されていた。
 無邪気な妹に練習前から力の差を見せ付けられ精神的にも見下ろされているように感じられ、哲夫は練習に
向かうこの時間が早く過ぎてくれるよう願わずにいられなかった。とにかく、この妹の近くを歩きたくなかった。
しかし逆らって遠ざかればまた何をされるかわかったものではなく、哲夫はただただいたたまれない気持ちで
自分より20cm近く大きな妹の後をついて歩き続けていた・・・

 中央ボーイズとの試合を明日に控えたこの日、南町ライオンズクラブは新たな問題に直面していた。
正捕手の藤田太郎が負傷、試合に出られないことが判明したのだった。今までこんなことはなかったのに
小学4年生の女子、愛の球を受け始めてから急なケガだったことから、太郎も6年生の男子でレギュラーという
面子もあって口が裂けてもそんなことは言えず、手のひらの腫れのことは黙り続けていたことでますます具合を
悪化させてしまい、様子を変に思った林監督からついに待ったがかかってしまったのだ。

「藤田君、どうしてもっと早くそれを言わなかったんだ」
「こ・・・こんな程度ケガのうちには入りませんよ。俺、出ます!俺が出ないと・・・」
「ダメだ!こんなところで選手生命をいたずらに縮めさせるわけにはいかん!!」
「う・・・・・・」
「藤田君、わかったね。君はこんなところで終わる男ではないことは私もよく知ってる。ここは大事をとって
休むんだ。・・・さて、代わりを考えなければな・・・どうしたものか・・・」

 林は本気で悩んでいた。太郎の手の状態を考えると今度の試合で使うわけには行かない。しかし、代わりが
いないのだ。一応太郎と争わせる形でキャッチャーを1人考えてはいたものの、第2話を参照の通り彼は
愛の剛速球の前に失神させられてからというもの愛とキャッチボールをすることすら怯えるようになってしまい
愛の先発する今度の試合には到底使えそうにない。選手層の薄さを実感し、林は困っていた・・・

「・・・・・・そうだ!!哲夫君、キャッチャーをやってくれないか!?」
「・・・ぇええ!?」
 突然の提案に哲夫は耳を疑った。
「君は運動神経もいいしピッチャーだから送球も心配あるまい!兄妹バッテリーなら呼吸も合うだろう!」
「そ、そんないきなり言われたって・・・」
「哲夫君、何事も経験だぞ!立場を変えれば新たに見えてくることだってある!今後の君のピッチングにも
きっと役に立つことだろう!頼む!やってみてくれ!!」
 哲夫には林の言っていることがこじつけにしか聞こえなかった。
「あーそれいいー。あたしお兄ちゃんと組んでやってみたいなー」
「お、お前は余計なことをいうんじゃな・・・」
「そうかそうか愛ちゃんもそう思うかね!!ならば決まりだな!これで一応解決だ!!」

 本人の哲夫不在の元で勝手に話がまとまってしまった。・・・しかし哲夫にもそれ以外に選択肢はなかった
のかもしれない。チームの危機的状況。そして、妹の球もろくに捕球する自信がないのかと周りから思われて
しまいそうだった不安。キャプテンとしての責任感。そして何より、背番号10を付けてベンチを暖めるより
2番を付けてグラウンドに立っていたほうが格好はつきそうだという見栄。そういったものに押され、哲夫は
暫定的な捕手へのコンバート案を飲んだのだった・・・

 愛の投球練習に付き合うためプロテクターを装着していた哲夫の元へ、手を湿布と包帯でグルグル巻きに
した太郎が歩み寄ってきた。
「お前受けたことないからわからないと思うけど、お前の妹ははっきり言わせてもらえば化け物だ。気をつけ
ねえと大ケガするぜ」
「な・・・なんだよ。脅しに来たのか?」
「忠告しに来てやっただけだ。お前はキャッチャーなんてやったことねえから普通のやつの球だって受けるのは
大変だろうしな。ましてやお前の妹ときたらありゃもうハンパじゃねえ。俺もこんなんなるとは夢にも思わなかった
からよ」
 太郎は哲夫にその痛々しく腫れあがった手を見せた。それを見た哲夫は震えた。ミットをはめるほうの手が
投げるほうの手とは同じ人物の手とは思えないほどに大きく膨れ上がっていたのだ。
「い・・・いやなもの見せるなよ。やる前から。・・・しかしお前、こんなになるまでよく我慢したなぁ・・・」
「俺もレギュラーの手前言い出せなかったんだよ。4年の女の球受けたらこんなんなりました、試合出れません
なんていえると思うか?いい恥さらしじゃねえか。だから耐えてたんだけどよ・・・やっぱパンクしちまった」
「脅かすなよ。俺今からあいつの球受けるんだぞ?」
「兄が妹の球受けられねえなんて言ったらそれこそ恥さらしだぞ。チームにいられなくなるかも知れねえ。
いいか、もう後戻りはできねえんだ。気合入れてけよ!・・・じゃあな」
 太郎は忠告といいながら哲夫にはただの脅しにしか聞こえないうちに、太郎は言いたいことだけ言って
さっさと行ってしまった。
「おっ・・・おい!!・・・ちぇっ、あいつ、不安あおるだけあおってどっかいきやがって・・・」
「お兄ちゃーん!!早く始めよーよー!なにやってんのー!?」
「わ、わかったよ!!うるさいな!!・・・ううっ、どうしよう・・・・・・」

 投球練習がいよいよ開始された。他の部員たちはキャッチボールをしながら哲夫たちの様子を横目で
興味深げに見つめてくる。近くでは林と太郎がじっと見ている。
(俺キャッチャーなんてやったことないのに・・・いきなりこんな甲子園に出る高校生なみの球受けろなんて
無茶だぜいくらなんでも・・・入ってからずっとキャッチャーやってる太郎があんなになっちまうってのに・・・
俺ならどうなるってんだ!?受け損なったらこの前の奴みたいに・・・ひいぃ・・・・・・)
 哲夫はマスクの内側で、受ける前から冷や汗でびっちょりになっていた。

「じゃ、いっくよ〜!!」
 愛があっけらかんとした口調で宣言すると同時に投球動作に入った。大きく振りかぶり、その大きな体を
あますところなく生かす豪快なフォームから体重の乗った速い重い重い球が放たれた!
 ビュンッ!!・・・シュゥゥゥゥゥゥゥ!!
 ・・・ズドオオオオオン!!
「ぐぁあ!!・・・っぐ・・・・・・!」
 骨の髄まで響いてくる重すぎる衝撃に、哲夫は1球目から早くもマスクの下で大粒の涙を吹きこぼした。
悲鳴は必死に飲み込んだ。・・・いや、あまりの苦痛に悲鳴も上げられなかったといったほうが正しいようだ。

 ズドン!!ズドオッ!!ズッドオオオオオオオン!!
「ひっいいいぃ・・・・・・あぁぁあ・・・・・・」
 哲夫はもう涙が止まらず、愛の球は見えない。初めて愛の球を受けたときの太郎と全く同じだった。
「ほぉぉ、最初の頃と比べてフォームが固まってきたな。球の勢いも増してるじゃないか、なあ藤田君」
「そ、そうっすね・・・(哲夫・・・やべえぞ・・・)」
 太郎はうれしそうな口調で話しかける林に適当な相槌を打ちながら哲夫のことが心配で心配でたまらない
様子だった。他のメンバーも、キャッチボールの手がすっかり止まってしまっていた・・・
「はええ・・・あんな球俺じゃ絶対受けられねえよ」
「下田君さすがだよな・・・受けてるもんな、しっかり」
「あの女がバケモノとはいえ、一応兄貴だもんな・・・すげえよてっちゃんは」
 そんな周りからの声が聞こえてくることで、哲夫はますます逃げることができなくなってしまっていた。
6年のプライド・・・キャプテンの誇り・・・兄としての意地・・・まさに男のやせ我慢だった。
 マスクをかぶっていては涙をぬぐうこともできない。何も見えない中、ただ腕ごと吹き飛ばされそうな衝撃が
襲い続けていた。自分の構えたとおりの場所に愛が投げてくれることを哲夫は祈り続けていた。もし少しでも
それようものなら視界のさえぎられた哲夫には対応するすべはない。プロテクターのない部分に直撃すれば
病院送りは免れない。ましてや股間にでも命中したら・・・哲夫は怯えまくっていた。ユニフォームの中の
ある部分は恐怖のあまり完全に萎縮してガチガチにすぼっていた・・・
 ズバァン!!ズッバアアアン!!ドオオオオオオオン!!
「っぐぅううう!!・・・ぁがああ・・・ひ・・・いぃぃ」

 やっとのことで愛の投球練習が終了すると、哲夫は一目散にトイレへと向かった。これも太郎と全く同じ行動
だった。そして熱を持った激痛に泣きながら、腫れあがった左手を水道で冷やし続ける。
「な?俺の気持ちがわかっただろ?」
 その声に顔を上げると鏡には太郎が映っていた。背後に立っていたのだ。哲夫は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃ
にしながら何度もうなづいた。
「明日試合だけど・・・頑張ってくれよ。もうお前しかいないしな・・・」
 明日は試合・・・受けるのは自分しかいない・・・太郎の言葉に改めてその重い現実を認識させられた哲夫は
手のひらを水にさらしたまま意識が薄れていった・・・
「おい、聞いてんのかてっちゃん?おい!」
 ずるっ・・・ドサッ。
「おっ、おい!!どうした!?大丈夫かてっちゃん!!しっかりしろ!!」

 その試合当日がやってきた。今日の試合はいつも練習で使っているY小学校のグラウンドで行われる。
つまり、南町ライオンズクラブにはホームゲームであり、格好の悪い試合はできない。しかし年々弱体化の進む
ライオンズには今日の試合相手、中央ボーイズはあまりにも手ごわいチームだった。
 市内の少年野球チームのランキングでここ数年ダントツの最下位をひた走るライオンズに対し、ボーイズは
毎年必ず3本の指に入るまさに屈指の強豪だった。ライオンズとボーイズの直接対決においても過去3年間で
0勝18敗と、ライオンズにとっては実に旗色が悪い。ボーイズの選手全員、ライオンズを完全にナメてかかって
いるのだった・・・

 グラウンドに足を踏み入れたキャプテンの哲夫のもとに、中央ボーイズのキャプテン、長谷川隆一郎が
歩み寄ってきた。隆一郎はボーイズのエースで、スラリとした背の高い男だ。
「よぉ、今日は1点ぐらいは取ってくれるんだろうな。1回コールドなんて勘弁してくれよ」
 164cmの長身の隆一郎は哲夫を見下ろしながら嫌味っぽい口調で言う。事実、ライオンズはボーイズとの
対戦でいつも無残なコールド負けを喫しているのだった。哲夫は毎回ボーイズ打線に打ち込まれ大量失点、
打撃においても隆一郎のキレのある速球の前に完全に沈黙、2塁すら踏めないのだ。

「・・・・・・」
 哲夫は隆一郎を見上げながら何も言い返せなかった。
「どうせ結果なんてわかってんだからこんな試合組むこたねーのによ。俺たちも時間がもってーねーんだよ、
お前らみたいなカスチーム相手にするなんて。うちだけで練習してたほうがよっぽどマシだぜ」
「・・・う、うるせえんだよ、いちいち・・・」
「あ?事実を言ってやってるだけじゃねーか。クズの集まりが。・・・それに聞いたぜ、お前らのチームって
女入れたらしいな。弱くて誰も来ないから人手不足なんだろ」
「・・・!」
 そんな情報が早くも伝わっていることに哲夫は驚いた。
「恥なんだよ、恥。女がチームにいるなんてよ。こんな弱いチームならわたしでもやれる〜なんて
思われたんじゃねーか?ま、せいぜいお前らには女入れての野球ごっこがお似合いなんだよ。どんな女か
知らねーけど、女にレギュラー取られたりしねーよーにな、ヒャハハハハハ」
 散々哲夫に憎まれ口を叩いてから隆一郎は去っていった。過去の対戦成績から言いたい放題言われても
何一つ反論できないことが悔しくて、1人唇をかみしめる哲夫。
 ・・・そして、女子がチームに入っていることは判明されているようだがその女子というのが170cm近い
自分の妹で、さらに早くも彼女にエースの座を奪われていることはいまだ知られていない様子だったことに
哲夫は複雑な感情を抱いた。今は知らないからあまりバカにされなくて済んだものの、ひとたび試合が始まれば
マウンドに上るのは妹の愛だ。相手ベンチからどれだけの野次を浴びせられるかを思うと
今からとてつもない憂鬱さを覚える哲夫であった。

 試合開始の時間となった。
プレイボールの前に両チーム挨拶のために整列する。
・・・一列に並ぶ中央ボーイズの面々の驚愕のまなざしが一点に集中した。
相手チームに並ぶ、とにかく大きな女の子に。
「で・・・でけ〜〜〜・・・・・・」
「マジかよ・・・」
 目の前に並ぶライオンズの選手たちの中では頭一つも二つも抜きん出て高い身長。
ユニフォームをピチィィッと張りつめさせるほどに逞しい発育を見せるヒップ、太腿、肩幅に腕周り。
そして、窮屈に布地を押し広げチームロゴを変形させながらゆさゆさと躍動する87cmのバスト。
あらゆる点で小学生とは到底思えないほどの大きさを見せる愛を見上げながら、ボーイズ一同は
騒然となっていた。前屈みになってしまっている男子もいる。
 挨拶に立ち会う審判までもが、ザワつく子供たちを注意するのを忘れかけてしまっていた。
自分より大きな愛の、はちきれんばかりの肢体についつい視線が釘付けになってしまっていたのだった。

「プレイボール!」
 試合が開始された。攻守の順番はじゃんけんで決められ、哲夫たちライオンズの先攻となった。
しかし、いつものごとくあっという間に2アウトが数えられていた。
隆一郎のストレートはこれまでよりも球威とキレが増しており、上達の度合いは全くライオンズ打線のそれを
上回っていたのだった。1、2番の磯野克臣、中島誠はあえなく三振に倒れる。
「へへっ、軽くこんなもんだ。練習にもならねー・・・ん?」
 ここで隆一郎はちょっとした異変に気が付いた。次にバッターボックスに入る3番打者が、
いつもは4番をつとめているはずの哲夫だったことだ。心なしか哲夫自身の顔も浮かない表情に見えた。
(・・・なんだ?調子が悪くて下げられたのか?ま、関係ねーか。どうせ相手じゃねーんだ)
 隆一郎は気を取り直して投球動作に入った。

 哲夫もあっけなく凡退。まともにバットを振ることすらできなかった。隆一郎の球威に押されただけではなく、
これまで愛の投球練習に付き合い続けたことで手のひらにダメージが蓄積していたことももちろんあった。
チェンジとなり、ベンチに引き上げる隆一郎は余裕の笑みを浮かべながらも少しだけ引っかかるものがあった。
(哲夫の奴が3番?あのいつもキャッチャーやってる奴は今日出てないみたいだし・・・
ってことは、誰が4番なんだ?ほかにそんな打てる奴なんていたか?・・・ま、どうせ誰が来ても一緒だけどな)
 とりあえず隆一郎は気にしないことにして、このイニング確実に回ってくるであろう打順を待つことにした。
初回から哲夫がボーイズ打線に捕まり大量得点を献上する展開が恒例となっていたからだ。
チーム全員がライオンズを飲んでかかっていた・・・しかし!

「ウ、ウソだろ!?」
「あいつら何考えてんだ!」
 ボーイズ一同は一斉に驚きの声を上げた。当然先発で投げるものと思われていた哲夫がプロテクターを
つけて登場し、かわりにマウンドに上がったのは先ほどの整列の際に驚かされた巨大少女だったからだ。
「よーしがんばるぞー!」
 愛はスパイクでマウンドの土をならす。同時に愛のバストもユニフォームの下でダイナミックにゆらめく。
その小学生離れした迫力に思わず目が釘付けとなる両軍であったが、ハッと我に返ったボーイズ一同が
「どうせ負けると思って適当なポジション決めてるだけだろ!!」
「でかいったってただの女子だ、たいしたことねーぞー!」
「打たれたからって泣くなよ〜!!」
「おい、ピッチャー返しでビビらせろ!!」
 口々にベンチから野次を飛ばしてマウンド上の少女を精神面から揺さぶりにかける。
哲夫もこれにより毎回浮き足立ってしまっている、ボーイズ得意の先制攻撃だった。
「勝手なこと言っちゃって、なんかムカつくよねー」
「下田さんの力知らないからそんなえらそうなことがいえるんだぞ〜!」
「愛ちゃんがんばれー!男の子なんてやっつけちゃえ!!」
 愛が試合に出ることを聞きつけた、愛と同級生の女子数名がボーイズの野次に負けじと声援を送る。
いつにも増して騒然となったグラウンドで、愛がゆっくりと大きく振りかぶった。
「え〜いっっ!」
 ズッバァアアアアアアアアン!!
「ひっ!!」
「・・・なっ・・・・・・!?」
「(うぐぐ・・・いっでぇぇぇぇ・・・)」

 野次に包まれていたグラウンドは、愛のたった一球でシーンと静まり返ってしまった。
罵声を浴びせていたボーイズベンチは全員、その口を開けたままふさぐことを忘れてしまっていた。
「な、なんだ今?おい、見えたか?」
「ぜ・・・全然」
「い、今何が起こったんだ?投げたのか?」
「そうみたい・・・」

「ぅ・・・ ス・・・ストライーク!!」
 審判までもがジャッジを下すことも一瞬忘れるほどに。
ボーイズの1番打者は何が起こったのかいまだに把握しきれていない。
「な・・・なんだ?今、投げたのか?ぇ、ええ??」
 哲夫が涙のこぼれるのをなんとかこらえながら愛に返球する。日に日にその速球の勢いが
さらに加わっているように感じられた。このままでは手が持たない。味方の哲夫が既に怯えていた。

 ズバァン!!ズバアアアァンッ!!
「ストライーク!!バッターアウト!」
 1番バッターは一度もバットを出すことすらかなわず見逃しの三球三振。
「い、一体何が・・・」
「全然見えない・・・なんだあの女・・・」
「女子かよ、ほんとに?」
「つーか絶対小学生じゃねえ・・・」
 そんなことをベンチに帰って驚きを口にしているうちに2番もあっけなく見逃し三振。
愛のストレートが哲夫のミットに突き刺さる音にボーイズのバッターは既に威圧されていた。
「お前ら、相手はしょせん女だぞ!?まさかビビってんじゃねえだろうな!」
 ボーイズの3番、村井敏弘が苛立ちを隠せない様子で前の2人を怒鳴りつけた。
「だ、だって・・・あんな速いのみたことないし・・・」
「見えないものが打てるわけ・・・」
「お前ら女にナメられていいと思ってんのか!打ち方ってもん教えてやるからよく見とけ!!」
 怒声を吐き捨てながら敏弘はバッターボックスに向かう。
 ッシュウウウウウウウ・・・ズバァン!!
「ひぃっ!」
 敏弘のさっきまでの怒りは愛の剛速球の前にあっさりとかき消された。
空気を切ってうなりを上げるボールが胸元に迫ると恐怖のあまり思わず後ずさりしてしまう。
敏弘もあえなく見逃し三振。
「お前、あんな偉そうに言っといてなんだありゃ」
「あんな後ろに下がって、結局お前もビビって・・・」
「ちょ、ちょっと様子を見ただけだ!次には打ち崩してやるよ!!」
「ほんとかよ・・・」

「すごーい!愛ちゃん、男の子に勝っちゃった!」
「かっこいい〜!!」
「愛ちゃんって大きいし力も強いから男子なんて楽勝だよね!」
 区内の少年野球の強豪・中央ボーイズのバッターを三者三振に斬って取った愛の姿に
愛と仲良しの女の子たちはグラウンドの外から大きな歓声を上げた。
その声が耳に入るたび隆一郎は苛立ち、舌打ちを繰り返すのだった。

 3アウト、チェンジ。2回表、ライオンズの攻撃へと変わる。4番から始まる打順。
このイニング打順が回ってこないと判断した哲夫は真っ先に水道の蛇口へ走り、こぼれる涙を見られないよう
気にしながら腫れあがった手のひらを冷やし始めた。

 マウンドに上がった隆一郎がなんとなく気になっていた、ライオンズの4番打者・・・
その姿に、ボーイズナインは驚愕した。
今さっきマウンドでとてつもない速球を見せ付けられあっという間に三者三振を奪われた、
大きな女の子だったのだ。
(くっ、・・・女がエースで4番だと?ナメるのもいいかげんにしろ!)
 隆一郎の苛立ちはますます大きくなっていった。
同時に、ボーイズの各ポジションから一斉に野次が飛びはじめた。
「お前らうちのチームをバカにしてるのか!!」
「女が試合に出る自体おかしいのに4番なんてふざけんな!!」
「女は出て行け!!」
「ビビってんじゃねーかー!?」

「何よ、あの態度。さっき簡単に三振してたくせにー」
「女の子に三振取られたあんたたちが出ていきなさいよー!」
「愛ちゃんをなめてかかって、あとで後悔したって知らないんだから!」
 男たちの野次に対抗して、ギャラリーの女の子たちの返す言葉も大きくなり
間接的に男女の罵りあいと化していた。

「よ〜っし!かっとばしちゃうもん!」
 愛はグラウンドにいる選手、指導者の誰よりも大きな体と逞しい腕で金属バットを豪快に素振りした。
そのたびに、その大きさと裏腹にブラジャーすら付けていない無邪気で無防備な巨乳がユニフォームを
下から押し上げ、中で暴れまわる。ユニフォームの縫い目から糸の悲鳴が聞こえてきそうだった。
バッターボックスに入った169cmの巨体を見上げてボーイズのキャッチャーは思わず生唾を飲み込む。
今にもユニフォームを内側から破裂させてしまいそうな太腿、お尻、胸が視線を上げるにつれ目に飛び込んでくる。
布地越しにノーブラによる2つの突起を視界に入れてしまってからは、完全に注意を奪われてしまった。
視線の片隅に必ず入ってしまう、ゆさゆさとうごめくバストの迫力に彼はもうまっすぐ立ち上がれない状況だった。
 それでも必死に欲情を振り払いつつマウンドの隆一郎にサインを送る。変化球で料理しようと手で告げた。
しかし隆一郎はそれを拒否。
(男が女相手に力の勝負を避けるなんて情けないことができるか!女なんて俺のストレートで
軽くビビらせて終わりにしてやるよ!)
 いつもカモにしているライオンズ相手の、そして何より隆一郎の男としてのプライドが
愛を直球で仕留めようという作戦に駆り立てた。まして先ほど女である愛があれだけの剛速球を披露して
味方に恥をかかせた直後だったため、力で負けているとはどうしても思われたくなかったのだ。
(見てろ、腰ぬかしてんじゃねーぞ)
 隆一郎は渾身の力でキャッチャーミットめがけてストレートを投げ込んだ。

 カキィィン!!
「なにっ!?」
 愛のバットが快音を奏でたことに隆一郎は一瞬自分の耳を疑った。
しかしキャッチャーのミットにボールは届いていない。まさか・・・打たれた!?
焦りに襲われながら隆一郎は必死にボールの行方を目で探した。どこだ、どこに消えた!?
冷や汗を流しつつふとファーストのほうに目をやると・・・

「うっ・・・ぅぅぅぅぅ」
 そこにあった光景に隆一郎は何が起こったのかすぐには理解できなかった。
ファーストを守っていた敏弘が脂汗を滝のように流しながら顔面を地面に擦り付けうずくまっている。
悲痛なうめき声を上げて悶絶する敏弘に一塁塁審が気遣って声をかける。
「き、君・・・大丈夫かね?」
「ぁ、ぁがががが・・・」
 舌を出しながら声にならない声で悶え苦しむ敏弘の腹のあたりからボールがコロリと転がり落ちた。
それにより、隆一郎は全てをやっと把握できたのだった。
この女に打たれた打球が敏弘の腹部に直撃したのだと。
いつしか敏弘の周りには、全ての審判と両軍の監督が集まって心配する異常事態となっていた。
白目を剥き、呼吸もままならない。危険な状態だった。
「た・・・担架だ!!担架持ってこい!!早く!」
 ボーイズの監督が血相を変えて叫んだ。
担架に乗せられ、運ばれていく敏弘を見ながら隆一郎は混乱しかかっていた。
(と、敏弘の奴をボール1発でKOするなんてどうなってんだ、一体!?
確かに打球は見えなかったし・・・そんなにパワーがあるってのかこの女・・・

 全力で放った直球が女の子にあっさりとはじき返された事実を隆一郎はすぐには認められなかった。
いや、意地でも認めたくなかった。
(へっ・・・何かの間違いだ。敏弘の奴がまたよそ見でもしてたんだろ。
もう1回同じコースに投げてやる。できるってんなら打ち返してみろよ!)
 自分に言い聞かせるように心の中でそうつぶやくと、隆一郎はまた第1球と同じ球種、同じ箇所を狙い
キャッチャーミットめがけて思い切り投げ込んだ。

 カキイィィィンッ!!
「・・・なっ・・・・・・!?」
 次の瞬間、自分の頭をはるかに超える高さに白い軌跡が描かれたのが見えた隆一郎は青ざめた。
そんなバカな・・・こんな簡単にはじき返されるなんて!
焦燥感に血の気を失わせながら打球の行方を目で追う。
隆一郎の目には、外野の深い位置で高くバウンドして遠ざかっていくボールをセンターが必死になって追いかけて
行く様子が飛び込んできた。
(お・・・女に・・・しかもあんな遠くまで・・・打たれ・・・た・・・)
 我を失いかけた隆一郎の視界を、セカンドベースめがけて疾走する愛の巨体が遮る。
それによりハッと我に返った隆一郎が叫んだ。
「は、早く戻せ!刺すんだよ!!」
 しかしセンターがようやく追いついた頃には愛は早くもセカンドを回っていた。楽々のスリーベースヒットだ。
・・・しかし、愛は何の迷いもなくサードベースまで駆け抜けて一気に本塁までを狙った。
今日試合に出られずサードベースコーチを務めていた太郎の、止まれというジェスチャーは愛の目には入らなかったのだ。
パワーはあっても野球の基礎に関しては、まだまだ素人の愛だった。

 この、誰から見てもわかるミスをボーイズは見逃さなかった。素早い中継でボールをキャッチャーまで送る。
「ヒット打ったってアウトになっちゃ意味がねーんだよ!」
 ボールを受け取ったキャッチャーがすぐそこまで迫っていた愛の前をブロックする。完全にアウトのタイミングだ。
振り向いたキャッチャーの視界には、169cmの大きな体で猛スピードで突進してくる愛の、
そのピチンっと張りつめたユニフォームを上下に激しく揺さぶり躍動する超小学生級のバストが迫ってきて・・・
そこに思わず見とれて注意を集中させてしまった次の瞬間、

 ドオンッッッ!!ズシャアァァァァ!

 2人の小学生は強烈にぶつかり合い、もつれあいながらホームベース付近をスライディングした。
大量の砂煙が舞い上がり、キャッチャーマスクがすさまじい勢いで飛んで転がっていく。
全員が注目する中、主審が2人を気遣うように覗き込む。
キャッチャーミットから、衝突のあまりの衝撃に負けたかのようにボールが転がり出ていた・・・

「セ、セーフ!!セーフ!!」
 ライオンズベンチからはどよめきが、グラウンド外の女の子たちからは歓声が湧き上がって入り混じり、
Y小学校のグラウンドはますます騒然とした雰囲気に包まれた。
「へへっ、やったあ!これって、ランニングホームランっていうんだよね?」
その体格とは対照的な子供っぽい笑顔で歓喜する愛の、87cmのバストに顔が埋まるようにして
全身を埋め尽くされてしまったボーイズのキャッチャーはピクリとも動かない。
立ち上がって大喜びで走ってベンチに引き上げていった愛からようやく解放されたキャッチャーの少年は、
主審の呼びかけにも全く応じる気配を見せなかった。目を見開いたまま鼻血を流すだけで。
完全に、失神している。大きな愛の下敷きとなって後頭部を強打し、愛の全体重をまともに浴びてしまったのだ。
それはぶつかりあったというよりは、轢かれたという表現がふさわしいかもしれなかった。
まるで大型トラックと正面衝突した自転車のような、悲惨な姿だった。

「担架だ!!早く!」
 ボーイズの選手がまたも運ばれていく。静まり返るボーイズナイン。
女の子にたった2球投じただけで、あっという間に2人もの仲間を失神KO、退場されられてしまった事実を
隆一郎は飲み込むことができずにただ呆然とマウンドに立ち尽くしていた。
(バカな・・・こんなバカなことがあってたまるか!こんな弱いカスみたいなチームの・・・しかも女に!
なめやがって・・・っくっそぉぉぉ!)
グラウンドの周りから響いてくる、愛を讃える女子数人の歓声が隆一郎をますます苛立たせていく。
それでも隆一郎は、続くライオンズの5番から7番までを簡単に連続して凡退に打ち取って流れを止める。
予想外のことに動揺したとはいえ、レベルの低いライオンズ打線を抑え込むことは隆一郎にとってたやすいことだった。

 2回裏。ボーイズの攻撃。
前のイニングを三者三振に切って取られたボーイズの、この回先頭打者は4番の隆一郎だった。
打席に向かう隆一郎は怒りに燃えていた。さっきから自分のチームはたった一人の女子にかき回されっぱなしなことに。
味方が三振を奪われ、自分の自慢であるはずの速球があっさりはじき返されたかと思えば味方を2人も
医務室へと送られしかもランニングホームランによる先制点まで許してしまった。
この恥辱を晴らすには、この俺のバットで・・・あの女に思い知らせてやらなければ・・・
周りで騒いでいる女どももまとめて黙らせてやる!バットを握る手に力がこもった。


つづく


inserted by FC2 system