inserted by FC2 system Battle_08 優しくも勝気な後継者


恵はリング上で待っていた。
15歳の若さで初めて出場したトーナメント。
これまでは圧倒的な強さで勝ち上がってきた彼女であったが、決して油断するような性格ではなかった。
入念にウォーミングアップをする彼女。
トライアスロン選手のような青い長袖のタイツで全身を包み込む恵。
上半身には黒いタンクトップも重ね着している。
少し恥ずかしがり屋の彼女は、肌を露出させるのが嫌いなのだ。
身長は高いが、体つきはそれほど頑丈に感じない。
胸の膨らみにも、綾のような迫力はなく、大人しく主張している程度である。
試合前の表情は、少し緊張しているようにも見える。

やがて決勝の対戦相手、ボブ・サップが入場してくる。
彼の巨体を目の当たりにしても、綾は臆することがなかった。
『綾さんに教えられたことを忠実にこなそう。』
彼女はそう思っていた。

バレーボールという団体競技に身を置いていた彼女は、周りを気遣い相手を思いやる気持ちが強かった。
決して格闘家向きではないこの優しさは、ある意味彼女の弱点でもあった。
『相手はパワーファイター。捕まえて寝技に持ち込めば、決して負ける相手ではない。』
恵はそう言い聞かせた。

会場の一番後方来賓席には、試合を見守る覇王の綾がいた。
綾は取り巻きの男にこう言った。
「普段から恵は心優しい女の子なのよ。格闘家だけど、決して驕ったりしないし謙虚に相手を尊重する。だけどね・・・。」
綾はひと息間を置いた。
「だけど、そんな彼女がもし怒ったらどうなると思う?間違いなく対戦相手はあの世行きだわ。
あんな巨体のサップだって、10人まとめて掛かろうが恵は始末できる。そのくらいの実力を秘めた娘なの。」
綾の瞳には自身が溢れていた。
「まぁ今日くらいの相手だったら、恵は傷ひとつつけずに始末するでしょうけどね。」
ワインを飲みながら、笑みを浮かべてそう話す綾。

リング上の2人は距離を取り、戦闘体制に入った。
恵の顔からは明らかに緊張が見て取れる。
一方、スタミナがなく長期戦になっては勝てないと思っていたサップは、一か八かの勝負に出ようとしていた。
試合開始早々突進し、持ち前のパワーで相手を吹っ飛ばしてから、一気に勝負を決めようと思っていたのである。
『やってやるぜ。』
彼は心に決めていた。
「いくぜっ」
大きな声で叫ぶサップ。
「はいっ」
可愛らしい声で素直に答える恵。

大きく息を吸って力を込めるサップは、勢いをつけて突進を始めた。
ダンプカーでも走っているかのような迫力である。
『逃げてはダメ。私は綾さんのような覇王になるんだから。』
優しい性格でありながら、ひと一倍負けん気の強い彼女は、サップの突進をあえて受け止めようとした。
相撲の稽古でもつけるように胸を差し出す恵。
「無茶だ!」
これには来賓席で見守っていた綾も声を上げる。
彼女の手に握られていたワイングラスが粉々に砕ける。
2メートルの身長はまったく同じであるが、2人の体重は倍近く違う。
そんな2人が衝突すれば、体重の軽い恵が飛ばされるのは明らかだった。

「ドンっ」
凄まじい音と同時に2人がぶつかる。
その直後恵の体は宙に浮いた。
このまま激しく吹っ飛ばされれば、鍛え上げられた恵の体でもダメージは避けられない。
そのままの勢いで押し込もうとするサップ。
しかしこの時彼は異変に気付いた。
一瞬飛ばされるかに見えた恵の体が、自分から離れなかったのである。
「よしっ」
恵は声を上げた。
実は衝突の瞬間、恵はその長い両手でサップの右腕をしっかりと握り締めていたのである。
衝突のダメージは多少あるものの、まんまとサップを捕獲することに成功した恵。
そのまま休むことなく飛びつき三角締めの態勢に入った。
「うっ」
サップが危険を感じて逃げようと思ったときには、既に恵の長い脚が、太く鍛えられたサップの肩と首に巻きついていた。
細いながらも鍛え上げられた脚でサップを絞め上げる恵。
完全に決められた右腕を持ち上げて恵を振り払おうとするサップであったが、恵はその瞬間さらに力を加えた。
あまりの痛みに耐え切れずその場にうずくまるサップ。
泣き顔であわててタップした。
試合開始早々の秒殺劇であった。

タップの瞬間技を解く恵。
「大丈夫ですか?」
優しく声を掛ける。
「あぁちょっと痛いが大丈夫だ。」
全身に汗をかきながら、立ち上がるサップ。
「良かった。」
心の底から安堵の表情を浮かべる優しい恵。
コロシアムは大きな拍手で彼らを迎える。
サップの左手を掲げながら、はちきれんばかりの笑顔で観客に挨拶する恵。
試合に勝ってホッとした表情が見て取れる。
15歳という若さで、まだあどけなさの残る彼女であるが、試合開始わずか8秒という秒殺劇でその強さの片鱗を見せつけた。

「結局ダメージを追ったのは私だけね。」
砕けたワイングラスで手を切った綾が、来賓席でそうつぶやいた。
「恵にはあとでたっぷりお仕置きしておかなきゃね。」
そう言いながらも、綾の表情は満足感で溢れていた。

( 了)

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