美しい筋肉

 その高校内にあるほぼ全ての文化系クラブでは、最近ある共通の悩みを抱えていた。
それは、男子ボディビルディング部の存在だった。

「あの人たち、昨日は私たちの吹奏楽部にも来たの…見たくもないのに」
「一昨日はうちの生物部に来たよ。鍛えてるんだか何だか知らないけど、わざわざ見せに来なくたっていいのに」
「急に来られてあんなもの見せ付けられて、私たちが喜ぶとでも思ってるのかしら。変態よね」
 それぞれ別々の部に所属している女子生徒たちが、昨日も現れた彼らのことについて語り合っていた。
話していて思い出すだけで、彼女たちの表情には嫌悪の色が浮かんでくる。

 彼女たちが日頃その男子ボディビル部から受けている、被害とは…
部活動中の彼女たち文化系クラブに彼らが突然乱入し、その自慢の肉体を見せ付けることだった。
「ほらよく見ろ!俺たちの体を!」
「鍛え抜かれた男たちの、肉体の芸術だ!!」
「しっかり目に焼き付けろ!この美しさを!!」
 口々にそんな台詞を叫びながら、ビキニパンツ1枚の男たちが部室内の少女たちに有無を言わさずその肉体を披露する。
怖がり、嫌がる少女たちのすぐ目の前にまでわざわざ移動しては、様々なポージングを繰り返す。
元々ボディビルを部活として選択した男たちだから、自己顕示欲旺盛な男がそろっていたのに加えて
日々のトレーニングで逞しさを増した自らの肉体を見せびらかしたい欲求が高まったのであろう。
近頃はそれも悪乗りが加速してきた様子で、か弱い少女が多数を占める文化系の部活動に目をつけ
このような一種の露出狂とも言える悪ふざけに出るようになってきたのだ。
手芸部、園芸部、演劇部、美術部、吹奏楽部、etc...

 見たくて見ているのならまだしも、男の筋肉など好んで観覧したいなどと思いもしない女の子にとって
小さなパンツだけの姿でそれをどうだどうだと誇示してくる男など迷惑以外の何物でもない。
必死に目を背けたり、黄色い悲鳴をあげながら逃げ惑ったりする彼女たちの姿を目にして、
困ったことに男たちはそれでますます興奮した様子を見せるのであった。
そしてサービスと称しては小麦色に焼いた自らの皮膚の下で筋肉をピクピクと躍動させ、さらに悲鳴を楽しむ。
いつしか筋肉を見せ付けることよりも、細身の少女たちのそういった反応を見ることが
彼らにとっての目的、一番の楽しみへと変化してきたようだ。
ここまで来ると彼女たちが言うように、変態と呼んでも差し支えないだろう。


 放課後。今日も彼ら男子ボディビルディング部5名は一様にビキニパンツ一丁で校内を行進していた。
「先輩、今日はどこに魅せに行くんです?」
「合唱部だ。考えてみりゃまだあそこには見せてなかったからな」
「合唱部って言えばかなりレベルの高い女がそろってたよな…どんな顔してキャーキャー言うのか楽しみだぜ」
「ククク…」
 己の肉体を芸術とする部活動に身を置いておきながらあまりに品のない会話を交わしながら
男たちはオイルの塗られてテカテカと照り輝く筋肉を晒しながら堂々と廊下を歩き、階段を上り、
そして合唱部が練習を行っている音楽室へと到達した。

 ガラッ!
「見ろ、か弱い女ども!!強い男の象徴を!!」
 勢い良くドアが開け放たれると、突然のことに驚きながらの合唱部の女子生徒一同の視線が
まるで戦隊のように整列した5人の男たちのむさ苦しいマッスルポージングへと集中して注がれた。
こうなれば当然、直後にお嬢様っぽい少女の多い合唱部全員からの金切り声が音楽室に響き渡り
最高の反応で楽しませてくれるはず……と思いほくそ笑みがつい出てしまうボディビル部主将の男だったが
何やら今まで見せてきたクラブとは明らかに様子が違うことに気が付いた。…おかしい。
確かに皆視線はこちらを向いている…なのに、誰一人驚く様子もなく平然と見つめ続けているだけだ!

「な…何なんだお前らは!俺たちを前にしてなんでノーリアクションなんだよ!!」
「私たちは大会が来週に迫ってて少しでもレッスンに集中したいの。部外者は入らないでくれる?」
 主将の男の質問に答えようともせず、合唱部の女子生徒の1人が冷淡にそれだけ言うと
何事もなかったかのようにまた全員で発声練習を再開しようとする。
「こ、こらっ!!お前らどういうつもりだ!!この俺たちの肉体を見て何とも思わないのか!!」
 何の反応も示されなかったことが、男たちの自尊心をいたく傷つけた。
「思ってるに決まってるじゃない。練習の邪魔されて迷惑だって、ね。
単に私たちの妨害だけが目的なら、さっさと帰ってくれない?」
 やれやれという顔をしながら、この合唱部の部長らしき女子生徒がボディビル部の男たちのほうに歩み寄ってくる。
間近にまでやってきた女に対し、5人の男たちは一瞬とはいえたじろがざるを得なかった。…大きい。
この場にいるどの男よりも、確実にその頭は高い位置にあった。

「あなたたちの噂は聞いているわ。最近文化系のクラブばかりを狙って、無理やりその体を見せ付けて回ってるんですってね」
 スラリとした長身の少女は男たちを見下ろすように問いかけてくる。
この近い距離で半裸の男たちを前にしていても、平静で。
「そ、その通りだ!だから今日はお前たちに…」
「その程度の体で?」
「なっ……?何だと!?」

 彼女の言葉に男たちは一様にカチンときた。
今まで様々な部に闖入して、その全ての部室で女たちを驚かせ、絶叫させてきた自分たち自慢のボディを
まるで驚く様子も見せなかったばかりか、その程度、という言葉で扱ってきたのだから無理もない。
「この女…!力で俺たちに敵うはずもないくせに俺たちの体を侮辱する権利があるとでも…」
 しかし彼女は怒りを隠せない男の言葉に耳を貸す様子もなく、ただしげしげと男たちのその筋肉を見物している。
「これがわざわざ見せに来てくれたって言う、自慢の筋肉?」
「…何が言いたいんだ!?」
「力を込めたところを近くでじっくり見つめて、ようやく溝が確認できるかできないかって程度の、頼りない腹筋ね。
そこのあなたなんか、おなかの下のほうはたるんでるじゃない。もっと本気で鍛えなきゃ笑われちゃうわよ」
「な、何だと、この…!!」
「そんなので鍛え抜いた肉体の芸術なんて言われたら、私なんかだったらどうなっちゃうの?」
「うっっ!!」

 むさ苦しい男5人の驚嘆、狼狽の声がコーラスのように重なった。
彼女はその言葉と同時に紺色のセーラー服の裾を軽く捲り、その下に存在する自らの腹筋を男たちに披露したのだ。
深い割れ目を刻んで複数のブロックに分かれたような、見るだけでその硬さと強靭さが十分にわかる圧倒的な存在感。
それはもう明らかに、わざわざ見せつけに来たボディビル部の男たちの筋肉など問題にしないレベルのものだった。
「あ、あぁぁ…ぁ…」
「な、な、何でただの合唱部の女が…こんな……」
 最高の自信を持って乗り込んできた、その自慢のジャンル、筋肉で女に完敗。
すごすごと後ずさろうとする男たちを、それまで音楽室に整列していた合唱部の少女たちがぞろぞろと歩を進めて取り囲み、
5人の男たちは数十名の少女の輪に全方位を封鎖され、完全に退路を断たれた。

 そして彼女たちは何も言わないまま、部長にならって全員がセーラー服の裾を持ち上げ、
取り囲んだ男たちに自らの腹筋を堂々とさらけ出したのだ。
全員、部長の少女に負けず劣らずの筋量を見せ、スリムでいながらゴツゴツとした腹筋が見渡す限りに並ぶ。
男たちの誰一人として、この少女たち一人一人に腹筋の迫力で上回れる者はいなかった。
「な、何なんだ、こいつらは……」
「私たちのような合唱部なら、安定した声量を保つためにまず腹筋を鍛えることからはじめるのは当然のことだわ」
「こんなことは基礎中の基礎だからね。こういうトレーニングは練習前に軽くこなせるようじゃないと」
「あんまりムキムキの女は男の子に怖がられちゃうから普段は隠してるんだけどね」
「これだけ鍛えてる私たちが隠してて、そんな貧弱なあなたたちが誇らしげに見せびらかすなんておかしな話よね」
「オイルまで塗り込んで、たったそれくらいの体を見てもらいたいだなんて…笑っちゃう」
「あんたたちも人に筋肉を見せ付けたいなら、せめて私たちを超えるくらいの腹筋はつけてからにしてよね」
「そんなひ弱な体じゃ、私たち合唱部のレッスンには絶対ついて来れないわ」

 合唱部と言う名の女ヘラクレス集団に完膚なきまでに敗北、彼女たちの嘲笑の渦の中に埋没するように
男子ボディビルディング部員5名はそれぞれが背中合わせとなった状態のままヘナヘナと座り込んでしまった。
「さっき、私たちは力であなたたちに敵うはずがない、みたいなことを言ってたわよね」
 彼女たちの逞しさに打ちのめされもう返事も出来ない男たちに追い討ちをかけるように、部長の少女が問いかける。
「私の場合、鍛えるのが腹筋だけだと体のバランスがあまりよくないから…」
 言いながら彼女はセーラー服の袖のボタンを外し、腕を捲り上げて…
 グリグリィッ!!
「ひっっ!!」
「合わせて腕と脚のトレーニングも加えてみたら、こんなに太く硬くなっちゃった」
 スレンダーな肢体と思われていた彼女が力を込めた瞬間、袖を捲られて顔を出した上腕筋が
遥か下で惨めにへたり込んだ男たちをなおも威嚇するようにボコリと隆起し、躍動する。
別に腹筋だけに限らず、あなたたち程度の虚弱な体では鍛えたうちには入らない、
言葉を使わずにそう語っているかのように。
「どう?力比べでも、してみる?」
 余裕の表情で力こぶを盛り上げ見下ろしてくる彼女に返答できる男は誰もいなかった。
ただ、さっきまで自慢げに晒していた体をだらしなく脱力させたまま、彼女の肉体に目を釘付けにして、
力の抜け切った体で唯一、ビキニパンツを突き破りそうな鋭角な突起が力強く持ち上がっているだけだった。
それは自分たち男子ボディビル部の最大の得意分野へのプライドを完璧に打ち砕いた、
目の前の長身美少女の逞しさ、美しさへの屈服を表す何よりの証だった。


 おわり





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