ボディビルダー

私は雑誌記者として、ここまでの興奮を感じたのは初めてだ。やっと、"彼女"にお目通りが叶った。
多忙なところを無理言って、何とか取材の時間を作って貰ったのだ。


21世紀も半ばになり、女性の台頭がメディアで取り上げられることも珍しくなくなった昨今。

スポーツ競技においても、世界記録の約半分が女性アスリートの手によって塗り替えられた。
しかし、純粋な筋力を要するパワー競技、しいては筋肉そのものではまだ男性に分がある。
それが、追い詰められつつある男たちのプライドの最後の砦であり、分水領だった。

だがそれも、"彼女"という超新星により、脆くも崩れ去ることになろうとは。


"彼女"の名は、キャサリン・アンダーソン。

弱冠21歳ながら、経営学・栄養学・スポーツ医学の博士号を持つ才媛だ。
その彼女の真の顔、それは何とボディビルダー。

「貴女がステージに上がった時はみんな、度肝を抜かれましたよ」
「そう思ってもらえたのなら、私もステージに立った甲斐があったわ」
そう言いながら、彼女はタイヤと見紛うほどの巨大なウェイトの付いたバーベルを、片手で挙げ下げしている。

「私に言わせれば、筋肉美を競うのに男とか女とかで分けること自体がおかしいのよ」
バーベルの上下に連動するように、その上腕には見たこともないような大きさの力瘤が盛り上がっていた。

「でも、それも女が男に劣っているという先入観が原因。
 女でも、男よりも力強く、美しい筋肉を纏えることを私が照明すれば良いのよ」
彼女は誇らしげな笑みを浮かべた。

私も会場で見ていて驚愕した内の一人だ。
前評判やバックステージ(控え室)で「今回の大会には凄いのが居る」との噂は聞いていたが、
実際、ステージで他のビルダーと比べても、その差は一目瞭然だった。

別格の体格、圧倒的な筋量、それでいて崩れていない女性的なフォルム。
普通、筋肉増強剤等の薬物で作り上げられた身体はウェストが太くなり、どうしても男性的なフォルムになってしまう。
しかし、彼女のウェストはキュッと締まっていて、大きく発達した広背筋も相まって超立体的な逆三角形を描いていた。

彼女は、女子のヘビー級の部に於いて、圧倒的な差を付けて優勝した。
だが、それでは終わらなかった。それは、優勝インタビューの時だった。

「キャサリン、凄い身体だね! 初出場で初優勝なんて快挙だよ! 今の気分はどうだい?」
司会者が、軽快な調子でキャサリンにマイクを向けた。

「・・・フフフ。まだ審査が残っているんじゃなくて? どう見ても、そちらの男よりは私の身体の方が凄いと思うけど」
そう言って彼女は、司会者越しに男子ヘビー級チャンピオンに嘲笑を込めた視線を送った。

「なん・・・だと?」
男子チャンピオン・ロイドもそれを聞いては黙っていられない。

「バルク(筋量)も、ディフィニション(筋鮮明度)も私の方が上だと言っているの」
彼女は、司会者を押し退け、ロイドの側まで歩み寄った。

ロイド・グレッグマン、30歳。

身長:183p
体重:134s(オン) 150s(オフ)
胸囲:152p W:82p H:119p
上腕:60p 太腿:84p

3年連続で、ボディビルの全米ヘビー級チャンピオンとなった猛者だ。
全米のボディビルダーの憧れの的であり、目標となっている男。
今、この男が全米で最も筋肉に優れていると言っても過言ではない。

その全米最高の男の隣に、キャサリンが並び立った。

ざわ・・・ざわ・・・

一斉に、会場にどよめきが起こる。
身長は、キャサリンの方がやや高いぐらいなのだが、その首から下の筋肉ボディに余りにも差があり過ぎた。

後から判明したキャサリンの身体データは以下の通りだ。

身長:187p
体重:160s(オン) 177s(オフ)
B:186(I159) W:77 H:131
上腕:74p 太腿:93p

上腕や太腿は言うに及ばず、僧帽筋、広背筋、腹筋、そのどれを取っても
キャサリンがロイドを圧倒的に上回っていたのは誰の目にも明らかだった。
身長は、キャサリンの方が4p程度高いだけなのだが、身体は二回りは違って見えた。

ロイドが力瘤を盛り上げてやっと、キャサリンの力を抜いて伸ばした上腕と同じぐらいの太さ。
そのぐらい、二人の間には差があった。

「・・・それとも、アナタお得意のアームレスリングで勝負してみる?」
「・・・この! 言わせておけば・・・!」
ロイドは、ボディビルチャンピオンであると同時に、アームレスリングの世界チャンピオンでもあった。

「・・・いえ、しかし、これはボディビルの大会ですし・・・」
司会者は、進行になかった展開に素で困惑していた。

「会場の皆さん! 見たいと思わない?」
司会者からマイクを奪ったキャサリンが会場に呼び掛けた。

ワァーーッ!!

一斉に会場が沸いた。

「フフフ、どうする? それとも、このまま逃げ帰る?」
「バカを言うな! 男の筋肉が、お前のような女の見せ掛けの筋肉とは違うことを見せてやる!」

大会の実行委員も、このままでは収拾が付かないから、と急遽、アームレスリングの台をステージ上に特設した。
ビキニのボディビルダーの男女が、台を挟んで手を組み向き合う、というある種の異様な光景。
しかし、手を組んだ瞬間、両者の表情は対照的だった。
余裕の表情のキャサリンに対し、顔中から汗を垂らし、苦悶の表情のロイド。

「あら? どうしたのかしら? ・・・フフフ、握った手が痛いなら早めに言ってね。緩めてあげるから」
「・・・くっ! 大丈夫・・・だ」
強がるロイドだが、苦痛に顔が歪んでいるのは誰の目にも明らかだった。
台に置かれた上腕も、力瘤の大きさの違いからか、太さに倍近い差があった。

「レフェリーも居ないし、いつ始めて良いわよ。アナタが力を入れれば試合開始で良いわ」
「・・・ぐぅ・・・くそっ!」
ロイドの顔が真っ赤に染まる。渾身の力を篭めているのは、力瘤の隆起からも見て取れた。
しかし、キャサリンの剛腕は微動だにする気配は無い。

「・・・ねぇ。ひょっとして、それが全力・・・なの?」
「・・・・・え・・・」
キャサリンの諦めとも、侮蔑とも取れる冷たい表情。
楽しみで買って貰った玩具が、いざ遊んでみると全く詰まらなかった、まさしくそんな表情。

ドガンッ!! ゴキャッ! メキャッ・・・

一瞬。それはあっという間だった。
キャサリンの剛腕に力瘤が盛り上がったと思った次の瞬間には、もうロイドの腕は倒されていた。

「うぎぃやあぁぁぁぁ!!」
ロイドの絶叫。手はひしゃげ、腕も前腕の辺りでポキリと折れていた。

エキシビジョンマッチの幕切れは、あっけないものだった。


「いや〜、でもあの時は本当に凄かったですよ」
「フフ、ロイドぐらいの筋肉なら、このジムの他の娘たちでも充分渡り合えるわ」
確かに、キャサリンほどではないにしても、このジムで鍛えている女性はみんな若く、逞しい。

「・・・でも、貴女がここまで身体を鍛えることになった切っ掛けってあるんですか?」
「・・・切っ掛け、ね。それは、本当に些細なものよ」
そう言って、彼女はもう一つの自慢ともいうべき、Iカップの巨大なバストを持ち上げた。

圧倒的な筋量の筋肉が犇めき合う彼女のボディに於いて、唯一の脂肪といっても良い爆乳。
身体中の脂肪が集まったといっても過言ではないそれは、
彼女が、自分の身体を薬に頼らずに天然で磨き上げた証でもあった。

「子供の頃、私はバストに脂肪が集まる病気だったの」
身体の成長過程に於いて、全ての脂肪が胸に集まり、バストが際限なく大きくなってしまう病気らしい。

「薬で治すのは成長に害を及ぼす可能性があるから、ドクターは筋肉を付けなさい、って言ったわ。
 放っておいても日に日に勝手に大きくなるバスト。そして、胸に釣られて寄って来るバカ男ども。
 奇異の目で見られるのが嫌で、私は必死に鍛えたわ」
男はみんな胸目当てばかりで、まともにボーイフレンドも出来なかったらしい。

「鍛えれば鍛えるほど、それに応えるかのように、私の身体にはモリモリと筋肉が付いて行った。
 そうしたら、いつの間にかその辺の男なんて足元にも及ばないぐらい筋肉が付いていた。
 その頃にニュースで見たの。スポーツ界に女性上位の波が到来ってね」
そのニュースの通り、今や陸上トラック競技のほとんどの世界記録保持者は女性に取って代わられた。

「私のこの身体も、男の時代を終わらせる為に神様が授けてくれたと思うようになったわ。
 そして、それを確かめるために"マッスル・ビーチ"に足を運んだの」
"マッスル・ビーチ"とは、L.A.のベニスビーチにある、ボディビルダー御用達のビーチだ。
ここには、筋肉美に自信のある者が多く集まる場所でもある。

「私のボディがどのぐらいのレベルなのか、確かめたかったの。
 極限までパンプアップさせてビーチを練り歩いた。だけど、どんな男も私の足元に及ばなかった」
全米ヘビー級チャンピオンのロイドでさえ敵わないのだ。誰も敵うはずが無かった。

「次の目標はあるんですか?」
「・・・そうね。思い付くところだと、ウェイトリフティングあたりかしら?
 パワー系競技を総ナメにして、ギネス記録を全部塗り替えてあげる」

彼女がその次のオリンピックで、軽々と世界記録を塗り替えたのはいうまでもない。


おわり





inserted by FC2 system