N高校ボコられ部!

 スポーツの名門として知られる、県立N高校。
公立なので他の都道府県から優秀な中学生のスカウトを行うことはなく
一般の入学試験をパスしてきた普通の生徒たちの集まりでありながら、それでも多くの運動部が
それぞれの大会で好成績を収める、文武両道の手本ともいえる高校として地域の評判も高い。

 そして、この部活動に力を入れるN高校独特の試み…それは、
成績の振るわない部に対しては、枠にとらわれず他の部からの指導も許されていること。
文武両道、加えて互いを思いやり助け合う精神、これがN高校の掲げる校訓でもある。


 N高校には、いまや公立校では非常に珍しい存在となった、相撲部がある。
N高校が旧制度の下で中学校と呼ばれていた昔の時代から存続している、女人禁制の歴史ある部だ。
ただ、歴史こそ長いがそれだけの存在とも言われる、現在の凋落ぶり。
時代の流れとともに訪れた相撲部を希望する生徒の減少、
そもそもアマチュア相撲の道を進む少年たちは多くの私立高校に引っ張られていってしまうことで、
N高校に進学した生徒たちの中で相撲部を選択するのはやはり限られてくる。
人材不足ゆえに対外試合では連戦連敗。
私立を含めて相撲部が減少傾向の中、当たる相手はやはり強豪ぞろいとなるのでこの流れは必然だった。
活気を失った運動部には新入部員も望めず、今年の1年生はついに0人に。
残る2〜3年生の数は全員でようやく団体戦にギリギリ出場できる、たったの5人。
1人の補欠も存在しない非常事態となってしまった。
3年生も今年の夏には引退、そうなると待ち受けるのは…廃部!
長い歴史を刻んできた相撲部の、あまりにも悲しい幕切れをどうにか回避しようと
N高校の一部の生徒たちは打ち出した。助け合いの精神にのっとった、相撲部の特別強化策を!


 相撲部存続のため立ち上がった有志たちの指導がなされるのは、今日で三度目となる。
最初に行われたのは先々週、先頭を切って女子柔道部員5名が名乗りを上げ相撲部へと乗り込んでいった。
これは当の相撲部には事前に何の話もしていなかった、一部の女子運動部だけで勝手に始めた計画だった。
当然相撲部一同は、女の指導など受けられるかと男の意地にかけて拒絶、彼女たちを力ずくでも追い返そうとした。
だが…
いまや全国大会の常連となった女子柔道部員たちを前に、弱小相撲部員たちは面白いように投げ転がされ続けた。
体重で考えれば彼女たちより一階級も二階級も上回っているはずの、しかも男が、だ。
途中から彼女たちは呆れ顔で、その全く手ごたえのない男の実力を嘲りながら
それぞれ一対一のマンツーマンで、彼らが足腰立たなくなるまでしごき倒した。

 続く二度目は先週のこと、そのときコーチに立候補したのは女子水泳部3人組。
競泳水着姿で、同じく事前の予告なく相撲部の土俵へと乱入した彼女たち。
前回担当した柔道部員たちから彼らの力について聞かされていた女子水泳部は、
ならば少しでもつり合いが取れるようにしようと、人数を調整してわずか3人で現れたのだ。
これに自尊心をいたく傷つけられた相撲部一同は激昂し踊りかかったものの、
彼女たちにしてみればこれでもまだアンバランスだと思える結果となった。
日々の鍛錬により瞬発力、持久力、その他あらゆる面で磨かれた女子水泳部の無駄のなく美しい肢体の前では、
ただ体重があるだけにすぎない弱小相撲部の体など比較どころか一緒に並ぶことすら許されない代物だった。
上回っているのは体重と胴回りの太さだけ。身長も肩幅も筋肉量もまさしく雲泥の差。
鍛え方が、全く違いすぎる。彼らのでっぷりとした肉体は、彼女たちにはちょっと重い程度の荷物として扱われた。
相撲部同士の稽古では考えられないパワーで投げ飛ばされ、叩きつけられ、挙句の果てには吊り出された。
相撲という完全にこちらのルールで、水泳部という格闘技ですらない、あまつさえ少人数の女子部員たちに
5人の相撲部員たちは正面からの力勝負で惨敗。
ハイレグ競泳水着のみに包まれた長身少女アスリートたちの美しいボディや逞しくも瑞々しい感触を楽しむ
男臭い欲望など起こす暇すら与えられない。
毎日行っている水泳部のトレーニングに比べればこんなものは準備運動にもならないと
息を切らせる様子も見せない彼女たちは、もはやスタミナも尽き果てて虫の息の弱虫男たちを次々に無理やり、
しかも軽々と引きずり起こし、休む暇も許さずちぎっては投げ、男たちの悲鳴とともに道場そのものが激しく揺れる。
もう彼らが起こしても立っていられなくなり、呼吸すら危うくなってきたところで特別稽古は終了としてあげた。
「フン、こんな程度で音を上げてるひ弱男が格闘技やってる自体おかしいのよ。さっさと廃部しちゃえば?」
「そこまで言っちゃかわいそうでしょ。ここから強くなるために、私たちが力を貸してあげたんだから」
「次に来る子たちをガッカリさせないように、自分たちだけの稽古もしっかりね。弱虫君たち!」
 5人の男を完全KOした後、女子水泳部3人組は普段の教室でのおしゃべりと変わらない調子で彼らを見下ろしながら
応援の言葉をかけ、当たり前のように水泳部の練習へと戻っていった。
彼女たちの残り香が漂う、いつもと違う空気の練習場には全身くまなく土俵の土でべっとりとコーティングされた
5体の泥人形がうめきを伴ったかすかな呼吸で腹だけを動かしながら、日没後まで無様に転がり続けていた。
ただ、とめどなくボロボロと流れる涙だけが、筋状に泥を洗い流していた。

 そして三度目となった今日、相撲部へと送り込まれてきた女子教官は…
チアリーディング部の1年生、たった1人だった。
「うちのキャプテンから、言われて来ました。相撲部の皆さんたちに、稽古をつけてあげてきてって」
 相撲部練習場のドアをいきなり開けて入り込んできたチアガールユニフォームの少女は、そう口にした。
それが別に変わりない普通のことのような、悪意のない口調が、さらに男たちの神経を逆なでした。
「…こ、こいつ!」
「それがどういうことか、わかって言ってるのか!!」
「キャプテンは、それだけ言ったら大体OKだって言ってましたぁ。
相撲部の主将さんは、うちのキャプテンと同級生だからって」
「なにっ、あの女が…!」

「あたしが提案したのよ。君たち、その子に一丁揉んでもらいなさい」
「あっ、キャプテン!」
「お…お前!!」
 1年生の少女に続いて相撲部の練習場に現れたのは、その少女の口から少しだけ出されたチアリーディング部キャプテン、
樋口泉だった。
「今日は、うちから指導役を出してくれないかって水泳部の子たちからバトンが回ってきちゃったからさ。
ならこの子がちょうどいいと思って送ることにしたの。一応、自己紹介しなさい」
「はーい。チアリーディング部の新入部員、平田美咲です。よろしくお願いしまぁす」

「何だと、1年の女をたった1人出してきて俺たちの相手をさせようってのか!!」
「それで十分だってことは自分たちが一番わかってるんじゃないの?ボコられ部のみんな」
「!!」
 彼女の口から出たその言葉が、相撲部の男たちを一様にいきり立たせた。
「て…てめぇー!!」
「ボコられ部ってのは誰に言ってんだ誰に!!あー!?」
「君たちのことに決まってるでしょ。バカ?」
「んぐっ……!」
 泉の態度は大勢の男を相手にしていることを意識しないような、まるで動じないものだった。
たとえ彼らが腹に据えかねて殴りかかってきてもどうせ相手にならない、そう言いたげにも取れる態度だ。

 ボコられ部。これまで二度にわたって行われた女子運動部員たちの指導の前に、あまりに情けない醜態を晒した
相撲部に対して、一部の女子水泳部員が言い出した仇名だ。
いまや多くの女子生徒の間で陰口としてこの名が広まり、当の相撲部員たちもこのことには薄々気付いていて
この屈辱的状況を何とか打破しなくてはと思っていたのだが…
こうしてその名で、面と向かって堂々と呼びつけられたことが男たちの怒りに火をつけた。

「女子柔道部5人にボロ負け、次は女子水泳部3人にコテンパン。
…だったら、その次は1人ぐらいでいいんじゃないってことになるでしょ、当然。弱いんだから」
「こ、このアマ!!ナメるのもいい加減にしろ!!」
「ナメられるのが嫌なら強くなりなさいよ。君たちが強ければ、あたしたちだって余計な手間もかけなくて済むんだから。
心配してもらってるだけでもありがたいと思いなさいよね。
それから、今日は特別ルールよ。パンチもキックも、何でもありってことにするわ。
手段は問わないから、とにかくこの子に参ったって言わせてごらん。
何なら、5人がかりで一斉にかかってもいいけど?」
「ど、どこまでも見くびった言い方しやがる…何をやってもいいだと!?
お前のかわいい後輩が、どんな目に遭わされても後で文句言うんじゃねえぞ、わかってんのか!?」
「ひどい目に遭わせるぐらい、頑張ってくれればいいけどね。気合入れてかかりなさいよ、見ててあげるから」
「この…俺たち5人の前に1年を1人だけ出しておいて何なんだその余裕は…
おいお前ら、構わねえから全力でぶっ潰せ。いつまでも女たちにバカにした態度を…」
「あっ!!て、てめぇ!!」
 ここで突然、相撲部員の1人が声を荒げた。
今日ここに派遣されてきたチアリーディング部の1年生女子が、相撲部の土俵に
チアリーディング部のユニフォームの一つである白いスニーカーを履いたまま踏み入ったのだ。
「この女、俺たちの土俵を!!」
「今すぐ降りろ!ふざけやがって!!」
「えっ、何?なんですかぁ急に?」
 途端に目の色を変えた男たちに、美咲はきょとんとした表情のまま何事かと見つめ返す。
相撲部の長い歴史のことなど知らない美咲は、この土俵が土足で入ることの許されない神聖な存在として扱われていることも
全然知らないのだ。
部の伝統として受け継がれた大事なものを、土足で…
相撲部の1人が血相を変えて飛びかかって来る。

「出ろって言ってんだ、このっ!!」
 ボグッ!!
「うっっ!!ごぼ……!!」
 礼儀知らずの女を力ずくで排除しようと掴みかかった相撲部の2年生部員は、一瞬の静寂の後
彼女の足元に団子虫の如く丸まり、苦悶の表情で転がった。
「あっ、もう始まってるんですね。OKですよ、どんどんかかってきてください♪」
 みぞおちを押さえてダウンしている男の傍で、美咲は何事もないかのように天真爛漫な調子で残りの4人に声をかけてきた。
その4人の間でどよめきが広がる。
「ど、どうしたんだ山本!?しっかりしろ!」
「何が起こったんだ…」

「美咲を甘く見ないほうがいいわよ。この子、のんびりしたように見えるけど中学までは空手部にいて
組み手の大会でも上位に入ってた実力者なんだから。そうよね、美咲?」
「はい。でも、この高校には女子空手部がなくって…
で、このユニフォームかわいいなーって思ってチア部に入ることにしたんです。
似合ってますかぁ?これ」
 泉の言葉に答えるように美咲はあっけらかんとした口調でそう言いながら、
山本という男子部員が悶絶してうずくまっている土俵上で、その大好きなユニフォームのミニスカートの裾を少し広げて見せる。
普段全く女っ気のない、ただ汗臭いだけの相撲部の男たちには眩しすぎるコスチュームだった。
白と赤を基調にした、バストの部分に学校名がローマ字の筆記体で書かれたタンクトップとミニプリーツスカート。
上半身は胸とその周辺のほんのわずかをタイトに覆う、ビーチバレーの選手が着用する水着のようなきわどいもの、
さらに下半身はボトム部分から数cmの、脚のほぼ全てをさらけ出す超ミニ。
激しい躍動が必要な部活のため、当然めくれ上がっても問題ないように何らかのアンダースコートを
着用しているであろうことは間違いないが、それを差し引いても女と間近に立つこと自体滅多になかった
むさ苦しい男たちの目には刺激の非情に強い大胆なユニフォームだ。
同時に、弱小相撲部の男たちには強烈なコンプレックスを抱かせる。
露出度が高いだけあって、それだけ美咲の、空手で鍛えられてきたしなやかな筋肉美も堂々と見せ付けられるからだ。
こうして立っているだけで、腕にも脚にも力こぶにより形成された筋がうっすらと浮かんでおり、
ユニフォームに包まれないおへその周りにも鍛錬のあとをうかがわせる美しいラインが描かれている。
決してボディビルダーのように派手に盛り上がっているわけではないものの、
力強さとスタイルのよさがハイレベルで両立されている、魅惑のボディがそこにあった。
つい数ヶ月前まで中学生だった彼女のその体を前に、男たちは同じように自らの肉体を晒していることに
劣等感を持たざるを得なかった。
まわし一丁で、そろいもそろってただ贅肉にまみれて幅が広いだけの、
彼女に比べてみれば圧倒的に鍛え方の足りない貧相な肉体を披露することが恥ずかしくなってくる。
だがしかし、男として下級生の女子1人に自分たちの道場でここまで勝手なことをされて黙っていられるわけがない。
何としても叩き出す!二人目の男が美咲めがけて突進していく。

「このっ!!」
 泉が事前に言った言葉、『手段は何でもいい』を受けてこの男は遠慮なく握り締めた拳を振り上げていた。
男の矜持にかけてなりふりに構う気持ちはもうなかった。
あの女の言うとおりあらゆる手段で痛めつけて、二度とこの道場に来させなくしてやる、その一心。
しかし大振りのパンチが振り下ろされる瞬間、目の前の美咲の瞳がきらりと光った。
 ッパァン!
「!?」
 男の動きを完全に見切っての美咲の鋭い捌きが、男のパンチを真上に弾き返した。
自分が繰り出したパンチを上回る勢いで拳を弾き上げられて男は、まるで先生からの問題に答えようとする小学生のように
ピンとまっすぐ上に挙手させられる。
 ボズゥ!!
「ぐぼっっ!!ぅっ、ぉ……!!」
 がら空きとなった脇腹に、美咲の拳が突き入れられる見事なカウンターが炸裂していた。
空手の選手特有のタコが見られるほど鍛え抜かれた美咲の硬い拳が、軟弱デブ男のソフトな腹を深々とえぐる。
時間をおいて襲い掛かった鈍く重い苦痛と呼吸困難に、男は全身くまなく汚らしい脂汗の玉を作りながら
膝から崩れて最初の男と同じように土俵上で丸く横になった。

「くそっ、こいつ!!」
 ヤケクソで襲いかかる三人目。
 バシーン!!
「ぎっ…!!」
 しかしその出鼻をくじくように、美咲の白スニーカーが彼の左太腿を大音響とともに捉えていた。
左脚全体の神経を焼き切るような熱い激痛の稲妻が走り抜け、男は早くも半泣きで棒立ちだ。
直後、涙でかすんだ男の視界は突如広がった白い光で覆われる。
 ゴッッ!!
 ローキックから間髪入れずにフォローされた膝蹴り!バネのような跳躍力で強烈に男の顔面を砕いた。
涙と鼻血を噴霧しながら男はひっくり返り、土俵の俵で後頭部を激しく打ちつけながらダウンした。

「…え?」
 ズバアァァァン!!
 二人目、三人目の男が瞬く間に沈められた状況を飲み込めきれずにまごついていた副主将の男は、
素早いステップで瞬時にして目の前に出現した美咲のハイキックの、完璧なクリーンヒットをもらい
右目と左目で異なる方向を見つめながらまるで棒のようにまっすぐバタリと倒れてしまった。
ミニスカをひらめかせてチラリとのぞく健康的な黒のショートスパッツ、そこから伸びる長く美しい小麦色の脚…
それが脳裏に焼きついたのは、顎を打ち抜かれた後のことだった。
何もせぬままの、速攻KO。

「ほら、1人で十分だったでしょ。ボコられ部の主将さん?」
 泉に、笑いをたっぷり含んだ言葉をかけられた同級生の相撲部主将は背中にたっぷりと汗を浮かべた。
(な、何者なんだ…この1年……)
 あの女をつまみ出そうとまず最初に山本が向かっていってから現在のこの瞬間まで、まだ1分と経過していない。
その短時間の間に、うちの部員が4人、土俵の上でひっくり返って誰一人立ち上がれずピクピクしている…
ただ1人残された主将。だが、そんな彼をさらに追い詰めるような提案が泉からなされた。

「さ〜て、一応表面上は相撲の部活動らしいから…美咲、相撲で揉んであげて」
「はいっ」
「な、何だと…」
 バシッ!!
 いい加減男を見下した泉の台詞に怒りで振り返ろうとした男の耳に、激しい音が届いた。
泉が、道場に置いてあった竹刀を手に取り、気合を入れるかのように地面を叩いて見せたのだ。
「ふん、軟弱男の集まりでも生意気にこんなものが置いてあるのね。
でも甘っちょろい練習ばっかりしててろくに使ってないでしょ。埃かぶってるじゃない。
さぁ、性根据えて美咲にしごいてもらいなさい。少しでも腑抜けたところ見せたら…これで気合入れてあげるから」
「ふ、ふざけんなよ…あとでお前もただじゃ…」
 ガシッ!
「う!?」
「主将さん、よそ見してちゃダメですよ。さっ、練習しましょ♪」
 突然、美咲がまわしをつかんできた。
その力強さに、思わず言葉を失う。
「心配しなくても大丈夫です。あたし、力比べも自信あるんですよぉ」
「うっ…!」
 自分たちの部活の練習では味わったことのない引き寄せる力に、主将の男は呻いた。
鍛えていながら男心を奪う美しいバランスのボディが密着せんとする胸騒ぎと、
そのパワーに翻弄され、体勢を立て直す前に足を引っ掛けられ、視界が高速でぐるりと回る。
 ドッッ!!
「うぐっ…!」
 主将は大きく弧を描いて背中から地面に落下、息を詰まらせた。
その衝撃よりも、この1年生女子に軽々と宙に回されたことに主将の心は打ちのめされた。
「お相撲の投げ技って、こういうのでいいんですよね?主将さんも遠慮しないであたしに技かけてきてください。
どんどん練習して、強くなりましょうね☆」
 普段から優しい娘なのだろう。美咲は泉と違って男を見下したりなどせず、本当の練習相手として
笑顔を見せながら接してくる。
しかし、男の意地をこれまで散々傷つけられてきた主将にとっては、この優しさが嫌味にしか見えなくなっていた。
歯軋りをしながら、声を荒げて美咲に踊りかかっていく。
だが…

 ドダッ!!
 ベッシャアア!!
 ビチャン!!
「うぎゃあ!!」
「ひっ…ひぎぃ!!」
「あがっ!!」
 そこから数分間は、この主将のひっくり返る音と裏返った悲鳴だけが数秒おきに響くだけだった。
相撲部の主将が相撲の勝負で、ビキニとミニスカ姿のチアガールに右に左に投げ飛ばされ、時には突き飛ばされ、
そのたび不恰好に土俵の上を、頭や背中からスライディングしていく。
いや、勝負ではない。稽古をつけられているのだ。
小学校時代から相撲に打ち込んできた男が、相撲など今日までテレビでしか観たことのないような女の子に。
素質、鍛え方の違いを思い知らされる…しかし、尻込みする間もなく美咲にまわしを掴まれ引きずり起こされては
かかってくるように命じられる。
そこでまごまごしていると泉の握った竹刀が尻に叩き込まれ、火傷にも似た痛みに泣かされることになる。
残り少ない体力を振り絞り美咲めがけてぶちかましを仕掛けていくものの、笑う足腰でヘナヘナとした足取りにより
突進どころかぶん投げてくださいとお願いしているようにしか見えない、ただ歩み寄ってくるだけの接近で、
主将のただ重いだけの体は美咲のミニスカートに包まれた逞しい腰の上で軽く跳ね上げられ
また勢いよく土俵へと沈んでいく。硬い地面にバウンドするたび、ますます主将のスタミナは底へと近づいていく。

「お〜、やってるやってる」
「どうかな、頑張ってるのボコられ部のみんなは?」
「あ〜あ、もう4人は動いてないじゃない。やっぱり弱虫の集まりだよね」
「美咲ちゃん、ケガさせちゃダメよ」
「ほら、男でしょ。少しは美咲を手こずらせるぐらいしなくてどうするの」
 にわかに外が騒がしくなった。
泉と美咲が所属するチアリーディング部の他の部員たちが、冷やかしで見物しに来たのだった。
いつもの相撲部の汗臭い空気とは一変して、華やいだ甘酸っぱい少女の香りに包まれた相撲部。
その十数人の少女の視線の中、相変わらず相撲部主将はヨタヨタと夢遊病者の如く頼りない足取りでかかっていっては
美咲の腕力で人形の如く振り回されては土俵にダイブ。今度ははたき込みで、顔面から飛び込んで土煙を上げた。
チアガールたちのクスクス笑いに包まれた、悲惨な公開処刑だった。

「美咲、本気で叩き潰しなさい」
 泉が口を開いた。
「えっ、でもぉ…」
「こういう男には、手加減が一番禁物よ。一度、現実をしっかり見せてあげておいたほうがいいの。
ライオンの話は知ってるでしょ。生まれた子供を一旦谷底に落として、這い上がってきた子だけを育てるって話。
一度落とされたどん底から自分で上がってくる気持ちがないものは、どうせ強くなんかなれない。
中途半端な情けは、勘違いさせちゃうだけよ。こんな弱虫男たちには特にね。
とにかく一度、自分がいかに非力かをおしえてあげなさい。それが、本当の優しさよ」
 全身、顔も丸刈りの頭もこげ茶色になりヒィハァ息を切らせて這いずる主将を竹刀の先端で小突きながら、
泉は冷淡に美咲を諭す。
「あなたも空手の道場で、そう教わったことはない?」
「…わかりました。少しかわいそうかもですけど」
 美咲は少し表情を引き締め、意を決したように泥だらけの主将を再び引き起こす。

「ごめんなさい。キャプテンもああ言ってるんで、本気出させてもらっちゃいますね」
 美咲が少しだけ申し訳なさそうに呟いたその言葉が、相撲部主将の心の中に恐怖を這い回らせた。
(そ、そんな!これでまだ手加減してたなんて!!)
 だが彼女の一言とともに加えられた、まわしを引く力のさらなる増大ぶりがそれを実証していた。
想像を絶するパワーで引き回され、主将は喉の奥でか細い悲鳴を漏らした。
 ドガッシャアアアン!!
道場に激震を伴って、投げ飛ばされた主将は道場の壁に大の字で激突した。
既に全身泥んこだったため、主将が壁から剥がれて地面に転がった後も、壁には主将の体の形に
くっきりと土のスタンプが残ってしまった。
そのあまりに惨めでコミカルな光景に、見物中のチアガール一同から爆笑が巻き起こる。
もうこの場でその姿を晒し続けていたくない最悪の生き恥に震えながらも、逃げることは許されない。
その後も弱小相撲部主将は手加減をやめた美咲に馬力、スタミナの違いを嫌というほど見せ付けられ続け、
宙を舞い、あちこちに叩き付けられ、土を散々味わわされながら
止まない笑い声の中、汗と涙で濡れそぼった全身に繰り返し繰り返し、文字通り幾重にも泥を塗り重ねられていった……

「あ…ありがとうございましたあ!!」
 相撲部・別名ボコられ部一同は意識を取り戻した後、今日の指導を担当してくれたチアリーディング部1年・
平田美咲の前に土下座、額を土俵に擦りつけながら挨拶した。
竹刀片手の泉にお礼はどうしたのと強い口調でなじられ、これ以上痛い目に遭わされたくない一心で
自分たちから行った、非常に卑屈な挨拶だった。
5人そろってのうわずった泣き声がチア部の女の子たちにはおかしくてたまらず、またも笑いに包まれた。
「別に土下座までしろなんて言ってないよ〜?」
「あたしたちが強制したみたいで印象がよくないじゃない」
「かっこわる〜。男5人で1人の女の子に泣きながらペコペコなんて」
「そんなに怖かったんだぁ。美咲ちゃん、もう少し優しく扱ってあげたほうがよかったんじゃない?」
「え〜?でもあたし、最初のほうは一応軽くのつもりだったんですよぉ」
「でもボコられ部なんだからしょうがないでしょ。負け犬根性が染み付いてるから土下座なんて簡単にしちゃうわけ」
 頭上から降りしきる黄色い罵声の雨あられに、土俵上には五箇所の涙の染みが広がり続ける。

「ま、自分たちの身の程がわかったってところかしらね…
ついでだから美咲、もう少し脚を開いて立って見て」
 男たちの情けない姿に半ば呆れながらチア部キャプテンの泉は、何かを思いついたように言う。
「こうですか?」
「そうそう、それでOKよ。
…お前たち、いつまでもそこでグズグズ泣いてないでここをくぐりなさい」
 泉の男たちに対する呼びかけは、いつしか『お前』に変わっていた。
しかも彼らに対し、さらに残酷な命令を下した。
土下座したまま、美咲の股下をくぐり抜けろという屈辱的なものだ。
その言葉に少し美咲は戸惑い、他のチア部員たちもまさか彼らがそこまで恥知らずな真似はしないだろう、
でも…と好奇心に満ちた目でボコられ部一同を見下ろす。
「早くしなさい。それとも、まだしごかれ足りないかしら?」
 泉の冷たい口調と視線の中に、逆らうことを許さない恐怖を感じ取った男たちは、
おずおずと低い四つん這いで縦一列となって前進し…

「キャーッ!!」
「ウソ、ほんとにやってるのぉ!?」
「なさけなーい!!何やってるのこのブタ!!」
「男のプライドなんて全然ないんだー」
「女1人に泣かされて土下座して股くぐりとか最っ低!!」
 直前の土下座シーンをはるかに上回る嫌悪の罵りが飛び交う。
いくら暗に脅されたからといって、まさか全員でそれをやってしまうとは。
自分たちの分野である相撲で美咲にたっぷりと投げ転がされ反抗の芽を残らず摘み取られた主将を先頭に、
5人の男たちがそろってノロノロと這い蹲って進み、高校入学まだ間もない少女の股下のトンネルを通過していく。
美咲の照り輝くすべすべの長く逞しい脚、短いスカートによる高いゲート、眼上にそびえるショートスパッツが
下を通り抜けていく男1人1人に『女』を意識させ、美咲の意図しないところで余計に屈辱を煽り立てる。
そして周りで見守りはやし立てる女子部員十数名の嘲りの眼差しがあらゆる角度から突き刺さる羞恥。
だがこの悔しさをぶつける対象はどこにもない。この女の子たちのほうが、明らかに自分たちより強いのだ。
ただただ弱者として、彼女たちの笑いものになるだけ。

N高校で最も長い歴史を持つ、女人禁制が伝統の相撲部…
それを担う男子部員全員が今、土俵に土足で立つ女の子たちの脚の間、ミニスカートの下を、
顔を真っ赤にして泣きながら平伏して行進し続ける…
これが今の、現実なのだ。

「あー、おかしかった。まさか、本当に1人にヒネられちゃうなんてね」
「次から誰が指導してあげるの?」
「あのー…あたし、できればこれからもあの人たちのことコーチしてあげたいんですけど」
「ダメよ美咲、あなたはチアとしては半人前なんだから、そっちの練習が先!」
「運動部の子じゃいよいよつり合いが取れないから、文化系の部の子にもちょっと話してみよっか」
「きゃはは、どれだけ弱いの、って話よね」
「ていうかもう廃部でいいじゃん、あんな雑魚の集まり…」
 ボコられ部への指導、観察会を終えたチアリーディング部一同の歩いて引き上げながらの面白おかしいおしゃべりが
外から聞こえてくるがらんとした道場の中、5人の弱虫男たちはいまだ手と膝の四足の体勢から戻れなかった。
泥まみれで目を真っ赤に泣き腫らし、顔をグシャグシャのズルズルにした己の姿を、下以外に向けられない。
日も暮れて他の部活がとうに帰ってしまった後も、まわし姿の泥サンドバッグ5体だけが居残って情けなく
メソメソと涙にくれ続けていた…


おわり





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