とある兄と妹
    4

「お兄ちゃん!見て見て〜!」
 帰ってくるなり絵里子は嬉しそうに鞄からなにやら紙を取りだした。
「ん?どうした?」
 今、家にいるのは長男の義也。大学が早く終わり、バイトのシフトも入っていなかったため久し
ぶりの休暇を家で楽しんでいるところだった。次男の和也は野球部の練習で帰ってくるのも遅い。
妙にウキウキしている絵里子にびくつきながら、義也は絵里子に手渡された紙を受け取る。

 校内相撲大会 優勝 坂崎 絵里子

 絵里子の通っている中学校では毎年この時期に全校行事の相撲大会があるらしい。そういえば絵
里子が数日前にこの話をして張り切っていた覚えがある。
「す、すごいじゃないか」
 少し震える声を隠しながら、義也は引きつった笑みを浮かべる。絵里子はとても機嫌がよさそう
で、ニコニコ顔のまま得意げに胸を張った。……胸を張ればよりいっそう強調される。中学生とは
思えないほどたわわに実ったふたつの果実がほよんっと揺れた。
「えへへ、いっつもは3年生のおっきい男子が優勝するらしいんだけどね、今年は私が優勝しちゃ
った!」
「……そ、それ、男女混合なのか?」
「そうだよっ。決勝トーナメントは私以外みーんな男子だったけど、結構楽勝だったよぉ。先週か
らお相撲の練習もいっぱいしてたしね!」
 言葉を失いながら、義也は考える。
 確かにこの絵里子相手なら、いくら3年生の男子でもまるで歯が立たないだろう。何しろ、大学
生や高校生の自分達が全く敵わないのだから。
 絵里子の信じられないむっちりボディと組み合っても、気持ちよさを感じる暇もなかったに違い
ない。恐ろしい怪力で、並の中学生男子なら張り手だけで吹き飛ばされてしまうはずである。
 それにしても、男子の意地を見せるためにあるような「校内相撲大会」。そこで1年生の、それ
も女子に優勝を奪われてしまうというのは、男子にとってはたまらない屈辱であったに違いない。

「私すっごく強かったんだよ!終わってから友達みんなに『凄い!』って褒められちゃった」
 おそらく、女友達は絵里子の強さを讃え、絶賛しただろう。
 だが、男友達、いや、全校の男子達は、彼女の強さに震え上がったはずだ。
「よ、よかったな。はは、偉い偉い」
「えへ〜」
 絵里子は人なつっこい笑みを浮かべてすり寄ってきた。義也はそんな絵里子の頭を撫でてやる。
こうしていれば、本当に可愛い妹なのだ。こうしてだけいれば……
「……そういえば、練習って何やったんだ?」
 義也はふとした疑問を尋ねてみる。いくらスポーツ全般に最強な絵里子だとしても、相撲をする
のは初めてだったはず。それなのに、どんな練習をしたというのだろう?
「あのね、クラスの男子と昼休みに練習したんだっ」
 そうして、絵里子は聞くだけで恐ろしい“地獄の練習”を語り始めた。

「お相撲ってテレビでちょっと見ただけだったけど、要するに土俵の外に相手を出せば勝ちでしょ?
だから校庭に丸く土俵を描いて、男子を一人一人え〜いって投げ飛ばしたの!」
「な、投げ飛ばした……?」
「そうだよ。私のクラスの男子、みーんな軽いんだもん。もうポイポイって投げられたよぉ」
「……クラスの男子って、何人くらい?」
「んーっと、全員だから……、20人かな」
「………」
 義也の口から、ついに言葉が出なくなる。
 絵里子にとってみれば、同級生の男子など埃のような軽さなのだろう。しかし、彼女にとっては
「ポイポイ」でも、投げられる男子からしてみれば恐怖そのものであったに違いない。絵里子に掴
まれては投げられ、掴まれては投げられ……。それを延々と昼休みの間中繰り返されたのだろうか。

「あとねぇ、ほら、お相撲で『つっぱり』ってあるでしょ?」
「あ、ああ」
「それの練習でね、男子を土俵に立たせてつっぱりをやってみようと思ったんだけど、男子が弱く
てさぁ〜、一回ぱんってやるだけ吹っ飛んでいっちゃうんだよ〜」
 ……これも同じ。絵里子にとっての「ぱんっ」は、男子にとっては凄まじい衝撃。それこそ、立
っていられずに、数メートル後ろに吹き飛ばされるような。
「こんな弱くちゃ練習にならない!って思ったんだけど、でも本番で戦った3年生の人たちもこん
なもんだったなぁ〜。もっと強いのかと思ってたから拍子抜けしちゃったよ」
 それはそうだ。絵里子のパワーと釣り合える男子など、いるわけがない。

「うちのクラスの男子が全然根性なしでね、困っちゃったの。ほら、練習って私が練習する意味も
あったけど、この行事、クラス対抗で得点競うから、クラスの男子にも頑張ってもらいたかったん
だよね。それなのに練習2日目から『もうやりたくない!』なんて言っちゃって、大変だったんだから!」
 1日目の練習で絵里子の恐ろしさ、練習もつらさを身に染みて味わった男子達がそう訴えるのも
当然だろう。だが、彼女の口ぶりからすると、嫌がる男子を無理矢理引き連れて、変わらず練習を
行ったようである……。
「もう男子弱すぎて、私と1対1じゃ勝負にもなんないからね、練習のときは一度に男子5人相手
にしてたんだけど……、それでも全然お話にならなくて、困っちゃったの。だってうちの男子、5
人かかりでも私の体を動かすことも出来ないんだよ?」

 義也は想像する。
 大人の男をも凌駕するような体つきの絵里子。それに群がるように勝負を挑む、5人の中学生男
子。……お話にならないことは、容易に想像出来る。
「それどころかお尻をどんって突き出しただけで吹っ飛んでっちゃうんだもん。流石にあれは笑っ
ちゃったなぁ!」
 中学一年生ならばまだ体の小さい男子も多い。体重の軽いものであれば、確かに絵里子のヒップ
アタックではひとたまりもあるまい。義也は、あまりにもデカすぎる絵里子のお尻によって土俵の
外へ一発KOさせられた男子に、心から同情した。
「なんだかんだで私も優勝したし、クラスも3位になったし、よかったんだけどね〜」
「へ、へぇ、一年生のクラスが3位なんて凄いじゃないか」
「うんっ、私が優勝したからボーナスで30点追加だったし、クラスの男子もすっごく頑張ってくれ
たし!『負けたらお仕置き!』って言っておいたのがよかったのかなぁ〜、えへへ」
 ……間違いなく、それが勝因だ。男子達は「頑張った」のではない。必死になっていたのだ。絵
里子の口から出た「お仕置き」という言葉は、彼らにはただごとではなかったのだ……

「うーん、なんか話してたらお相撲したくなってきちゃった!」
「え……?」
「だってぇ、今日初めてやったんだけど、お相撲楽しいんだもん!上級生の男子をポ〜イってやる
ときとか、すっごく気持ちいいし!」
 今日は機嫌がよい絵里子に安心していた義也の顔が、みるみるうちに青くなる。だが彼は、逃げ
ることができなかった。逃げ場などないのだ。この家の中には。
 彼には、自分の妹の中に存在する天性とも言える“サディスト性”が年を経るごとに成長してい
くのを、見守るしかなかった。
「よしにぃ、お相撲しよっ!」
「え、あ、い、いや、お、俺は疲れてるから、また今度に……」
「だ〜め! 挑まれた勝負を避けるのは男として失格だよぉ〜。えへへ、それじゃいっくよぉ!」
「う、うわ、や、やめ、ひ、ひ……」
「えへ、見合って見合って〜っ、はっけよ〜い……」
「あ、ああ、うわ、ひ、ひい、ひぃぃぃいいい!!!!」

つづく……





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