とある兄と妹

    7

 何処の高校にも一風変わった愛好会が存在するものだが、和也が通う高校にも「筋トレ愛好会」
なるものが存在する。鍛えた筋肉で他のスポーツを楽しむでもなく、ただ純粋に筋力トレーニング
を愛する者達の集まり。この高校では伝統的に部員も多く、並の運動部よりも大きな勢力を誇る愛
好会として有名だった。
 そしてその存在が絵里子の耳に入ったのはほんの数日前。彼女がそんな「おもしろそう」なこと
を聞いて黙っているはずがない。
 見学に行ってみたいと言い張る絵里子。和也は何とかそれを止めようとしたが、絵里子は一度決
めたことはやらずにはいられない性格。
 絵里子が「お願〜い!かずにぃの高校に連れてってよ〜!」と甘い声を出しながら、和也の右手
をそっと握ったところで和也は慌ててOKを出した。危ないところだった。あのまま和也が返事を渋
っていれば、次の瞬間には、電話帳をいとも簡単に引き裂き、スチール缶を捻り潰す絵里子の握力
が、和也の右手を粉砕するところだっただろう。

 そんなわけで、中学生の絵里子が、高校の、筋トレ愛好会の部室を訪れている。
 体育館の一部に作られたトレーニングルームは、そこらにある並のジムを上回るような充実した
機材に溢れていた。部員の多さから部費も多く集められるし、学校からの資金も多い。だからこそ
筋トレ愛好会は金に糸目をつけず、自分達の欲しいトレーニングマシーンをいくらでも買うことが
できた。
「じゃあ、悪いんだけど頼むよ」
「ああ、任せておけって!」
 和也と筋トレ愛好会の部長は同じクラスの親友。和也が「妹が見学したいって言うんだが」と相
談しても、部長は快くそれを了承してくれた。……和也の妹がどんな女の子かも知らずに。
 絵里子の恵まれた体格を見たとき、流石に筋トレ愛好会の部員も驚いた。女子でここまでの身長
を持つ者など、ほとんど見たことがなかったのだ。
「よろしくお願いしま〜す!」
 中学校のジャージで現れた絵里子を、高校生達は親切に出迎えた。男ばかりのこの愛好会に女子
が足を踏み入れるということ自体レアだったため、誰もが「和也の妹」にいいところを見せてやろ
うと考えていたのである。
 そこに現れた女の子が、素晴らしい体の反面、中学生らしさの残る、しかし整った可愛らしい顔
立ちをしていたのだから、彼らのテンションが上がるのもなおさらだった。

「すご〜い!いっぱいありますね!」
「うちのトレーニングマシーンの豊富さは売りの一つだからね」
 一面に広がる器具に目を輝かせる絵里子。その横で、部長は自慢げに設備の説明をする。
「絵里子ちゃんは、中学校で運動部に入ってるの?」
「はい!バレーボール部です!」
「おお、絵里子ちゃんは背が高いから大活躍だろうね」
「えへへ、運動には自信があるんですよぉ」
 そう言ってはにかむ絵里子に、部長はドキンとする。可愛い、と思った。そして慌てて首を振る。
 何を考えているんだ俺は。和也の妹は中学一年生じゃないか。俺はロリコンじゃない。
 しかし、一人の男子高校生の胸を一瞬でもときめかせてしまうだけの美しさが絵里子にあるのは
真実だ。……もっとも、「今のうちは」の話だが。

「あの、私も筋トレやってみたいんですけど……」
「あ、ああ、もちろん大歓迎だよ。ここにある器具、好きなように使っていいから」
「えっとぉ、実は私、筋トレなんて全然やったことなくてやり方も分からないので、教えてもらえ
ませんか?」
 その言葉に、部長は驚く。
 筋トレをやったことがない?その体で?
 絵里子の大きな体。女の子らしい曲線美を保ちつつも、筋トレを愛好している彼にはその絶妙な
皮下脂肪の下につけられた超絶的な筋肉がすぐに分かる。それで筋トレをやったことがないという
事実に、彼は目を丸くするしかなかった。
「あ、ああ、いいよ。ごめんごめん、和也の妹さんだから筋トレとかやってるのかと思ったよ」
「かずにぃも筋トレやってるんですか?」
「ああ。あいつは野球部の次期部長候補だからね。筋トレ愛好会の部員ではないけど、よくこのト
レーニングルームで練習してるよ」
「へぇ、そうなんだ〜。……あんなに弱いのにっ」
「え?」
「えへ、なんでもないです♪ それより、早く教えて筋トレのやり方ください!」

 天真爛漫な笑顔を見せる絵里子は、トレーニングルームの中でも異様な雰囲気を放っていた。ト
レーニングしている筋肉質な男子高校生達はチラチラと絵里子に目をやる。信じられないくらい大
きな体をしているし、何よりも可愛い。中学生とは信じられないくらい大胆に突き出たバストにも
目を奪われる。
「じゃあまずはこれからかな。まぁこれは遊びみたいなものだけど」
 そう言って部長が絵里子に手渡したのは、握力を鍛えるためのハンドグリップ。この部屋もある
中ではもっとも軽い、30kgのものだ。
「これは握力を鍛えるための道具で、ぎゅっと握って、開いて、握って、開いてを繰り返すんだ。
なるべく規則的にやるのがコツだよ。これは簡単なトレーニングだから、グリップを自分で買えば
家とか学校でもトレーニング出来るよ」
 絵里子は手渡されたハンドグリップをしげしげと眺める。そこで部長は考える。確かに筋トレを
したことがなければ、こんなものは初めて見るだろう。見たところ結構な筋肉を持っているようだ
が、それでも女子の中学一年生には30kgでも大変かもしれない、と。
「はは、もし大変なら両手を使ってもいいよ?」
「あ、はい。大丈夫ですっ」

 絵里子はそう言うと、左手を使ってゆっくり、ゆっくりと握って開いてを繰り返す。理想的に規
則的な運動、そしてフォームだ。もう少し素早く回数を重ねるのが本来だが、しかし初めてにして
は上出来だろう。
 絵里子は運動を20回ほど繰り返したところで、ふっと顔をあげる。
「あの、もう少し重いのを使ってもいいですか?」
 やはりこの体に30kgは軽かったか。そう思い、部長はグリップが収納されている棚を見せる。
「ああ、いいよ。好きなものを使って」
「ありがとうございます! えーっと、じゃあ……これっ!」
「あ、そ、それは……」
 絵里子が取り出したのは、この部屋にひとつだけ存在する、150kg用という最強のグリップ。こ
の愛好会の猛者達ですら握ることが出来る者すらおらず、埃を被っていたものだ。と、いうよりも
世界に握れる男が何人いるのか分からないほどである。
「ダメですか?」
「いやぁ、使う分には別にいいけど、握れないと思うよ」
「一回だけやってみます!」
「はは、じゃあやってごらん。思いっきり力を込めてね」
 笑いながら、部長は絵里子のことを見る。絶対に、ビクとも動かないに決まっているのだ。冗談
で応援などしてみたが、中学一年生の、しかも女の子に扱える代物ではない。そう思っていた。

 しかし部長は次の瞬間、信じられない光景を目撃することになる。
「思いっきりですね。分かりました!」
 そう言うと絵里子は腕まくりをして意気込むと、右手でまさに「思い切り」、最強のグリップを
握った――
 メシッ!ミリミリッ!バギイィッ!!
「え、う、うあ……」
 部長の目が、点になった。
 購入されてからおそらく一度も閉じられることがなかったであろう、150kgのハンドグリップ。
それが、今日初めて見学に来た中学生の女の子の右手の中で、いとも簡単に丸め込まれ、閉じられ
た後もさらに力を加えられたがために金属部分に限界が訪れて、根本から真っ二つに砕けてしまっ
たのである。
 何が起こったのか分からない。
 しかし、確かに目に見えることがある。
 それは、二つに捻り切られた鉄の塊と、先ほどのぷにぷにした感じからはほど遠いくらいにモリ
モリと膨れあがった絵里子の右腕だった。
「あっ、ごめんなさい〜!なんか壊れちゃいましたぁ!」
 可愛らしく言う絵里子。その前で部長はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、ようやくハッと我に返る。
「……あ、ああ、ああ、だ、大丈夫だよ。は、はは、しばらく使っていなかったから錆びていたの
かもしれないね」
 そうではないことは、自分が一番よく分かっている。器具は錆びたくらいでこうも簡単に劣化し
たり、強度が弱まったりはしない。
 ゴクリ。部長は生唾を飲み込んでから、のどの奥からやっと声を絞り出した。
「じゃ、じゃあ、次のトレーニング、やってみようか」

 きっとさっきのは何かの間違いだ、ハンドグリップが古くなっていたんだ、と自分に言い聞かせ
ながら、部長は絵里子と目を合わせられない。
 あのハンドグリップが劣化していたと考えることは出来る。しかし何しろ彼は、絵里子の筋肉で
パンッと膨らんだ右腕を見てしまったのだ。
 筋トレ愛好会の部長である自分よりも立派な筋肉を、中学一年生の、それも女の子が持っている
事実を、彼は否定できない。

「次はこれだよ。筋トレに詳しくなくても、これは見たことあるんじゃないかな?」
 そう言って部長が案内したのは、このトレーニングルーム内でもかなりの面積を占めている、
バーベルトレーニングのコーナー。
 愛好会として、やはりトレーニングベンチに仰向けになって行うバーベルトレーニングは欠かせ
ない。そのため、部員数の増加に従って購入するバーベルの数も増え、今やこうして軽いものから
普通の店では手に入らない最重量級のものまで、数々のバーベルが並べられているのだ。
「あ!これなら見たことありますよ〜! お兄ちゃんの部屋に置いてありました!」
 その言葉に部長は驚く。バーベルを自宅に持っているなど、和也はよほどのトレーニングをして
いるということなのだろうか、と。
「へぇ、これ家にあるんだ」
「かずにぃがよくこれでトレーニングしてるから、私もやり方わかりますよ〜!」
「そ、そうなんだ。じゃあとりあえず好きにやってごらん」
「はいっ!」
 元気にそう言って、絵里子はラックに置かれた大量のバーベルの中から、良さそうなものを顎に
手を当てて選ぶ。
「これにしよ〜っと!」
 そして彼女は、その中のひとつに手を伸ばした。

「あ、それは――」
 部長は慌てて絵里子を止める。
 それは比較的大きなプレートのついたものだったからだ。プレートに書かれた数字を読むと、ど
うやらシャフトも合わせて80kgほどのもの。初めてバーベルに触る人間が扱える代物ではない。
 しかし、部長はそこで言葉を止めた。考えてみれば、素人ならば持ち上げることもできないはず
だ。そう思って、それは重すぎるからやめておけと忠告するのをやめたのである。……心のどこか
に、一抹の不安を感じながらも。
 そしてその不安は、見事に的中する。
「んしょっ」
「な、な――!?」
 簡単な掛け声と共に、絵里子は80kgのバーベルを持ち上げてしまった。――片腕で。
「こうやるんですよね〜」
 そう言いながら、絵里子は片手で80kgバーベルを持ち、いとも簡単に上下に動かしてみせる。部
長はもう目に見えるものが信じられなかった。絵里子がしているのは、まさに「ダンベル運動」そ
のものだったのだ。
 和也が家で行っていたトレーニングとは「ダンベル運動」。確かにダンベルとバーベルは形状は
似ているものの、トレーニングの方法や重量はまるで違う。それを絵里子は勘違いしてしまい、さ
らにはその勘違いのまま、「バーベル」で「ダンベル運動」を始めてしまった。

「あ、ががが……」
 部長は口がふさがらない。周りの他の部員も、声を出すことすら出来ず、自分のトレーニングを
放り出して凍り付いたように絵里子を見つめている。
「そういえばかずにぃ、両手でやったりしてたなぁ」
 そう言うと、絵里子は右手で80kgを上下させたまま、今度は左手をラックに伸ばす。そして同じ
重量、80kgのバーベルを、今度は左腕だけで持ち上げて――
「んしょっ、んしょっ、んしょっ」
 ――規則正しく、右と左を交互に上下させ始めた。
 繰り返すが彼女の手に握られているのは、80kgのバーベル。男であっても片手で持ち上げること
はとてもできないし、それを「バーベル」として正しい使い方のトレーニングを行ったとしても、
相当にくたびれる運動になるはずだ。
 それを絵里子は、なんと汗ひとつ流さずに、「ダンベル」として扱っている。
 信じられない。
 部長はもう、受け入れるしかなかった。
 それはバーベルが古くなって軽いわけではない。それは新品のバーベル。これは手品でも何でも
ないのだ。それは、絵里子の極太の両腕が証明している。
「あの、部長さん。これちょっと軽いんで、もっと重いやつ使ってみてもいいですか?」
「あ…あ……」
 部長は返事が出来ない。絵里子の言葉も、左耳から右耳へと流れるだけ。
 そんな部長を不思議そうに眺めながら、絵里子はバーベルを両手に持ったまま、
さらに重いバーベルをラックから探す。
「あ、これなら良さそうかもっ」
 どうやらめぼしいものを見つけたらしい。絵里子はラックから振り向いて、にこっと笑う。

「部長さん、じゃあちょっとこれ持っててください!」
「………へ?」
 絵里子はそのままの笑顔で、部長の手に、バーベルを手渡した。……80kgのバーベルを。
「ふ、ふげっ!!」
 いきなり80kgの重量が腕にかかり、部長は我に返る。絵里子は80kgのバーベルを、まるで消しゴ
ムでも手渡すするかのように部長へ渡したのである。
 しかし、筋トレ愛好会の部長と言ってもあくまで一般人である彼がそれを受け取れるわけがない。
彼はあえなくその重みに耐えかね、地面に突っ伏すように倒れた。
「あれ?大丈夫ですか? 筋トレ愛好会の部長さんなら、これくらい軽いですよね。
じゃあ、こっちも戻しといてくださいっ」
 絵里子は倒れる部長の横に、もうひとつの80kgバーベルを置く。しかし部長が一人で楽々とそれ
を戻せるわけがない。そのようなバーベルは、一人で取り扱えるようなものでは当然ないのだ。

「これ、お借りしま〜す!」
 そんな部長を無視するように、絵里子はさらに重量級のバーベルに手を伸ばす。そのプレートの
片側には、55KGの文字。つまり両側のプレートとシャフトを合わせれば、その重量、120kg。
 通常なら初心者に取り扱わせることは禁止されているバーベル。しかし周りの他の部員の誰も、
絵里子を止めることは出来なかった。
「んっ、これは結構重いかも……っ」
 そう言いつつ、絵里子の右腕は、バーベルをゆっくりと持ち上げる。この部の男であっても、
片腕でそれを1ミリでも浮かせることすら出来ないはずなのに。
「よいしょっ、よいしょっ」
 しかしついに絵里子の抜群に巨大化した右腕は120kgをつかみ取り、上下運動を始めてしまった。
「ん〜っ、これは結構疲れますねっ」
 上下する、巨大なバーベル。
 一歩も動けない部員達。
 尻餅をついたまま、絵里子の運動を見上げるだけの部長。
「ふんっ!ふんっ!」
 絵里子の額に汗が浮かんでくる。逆に言えば、これほどまでの運動をしなければ
彼女に汗はかかせられないということ。
 120kgのバーベルが、一人の女子中学生の片腕によって、ビュンビュンと風を切る音を立てながら
上下させられている。
 周りにいる筋トレ愛好会の部員は、普段から鍛えているはずの自分よりも一回りも二回りも太い、
暴力的なまでの力瘤が浮かぶ絵里子の右腕を前に、圧倒されるしかなかった。
 あんなに可愛い女の子が、3歳以上年下の女の子が、自分を遙かにしのぐパワーを持っている。
 普段から筋肉を鍛え上げることを生き甲斐にしている男達にとって、これほど屈辱的なことはな
かった。

 周囲の男達を一人残らず圧倒した絵里子。
 誰が数えていたわけでもないが、おそらく100回ほどのバーベル上下運動を終え、絵里子はその
120kgの代物をバーベルラックの方に放り投げる。
 ガッシャーン!!という派手な音を立てて、バーベルはラックに収まった。普通であれば、
それは当然放り投げられるような物ではない。しかし絵里子はそれを片手でやってのける。
 バーベルがラックに収まるときには、その重量に建物が地震のように揺れたようだった。
そのことで、周囲の男達はそれが本当に120kgあったことを思い知る。

 こうなってしまえば、あとはもう絵里子の独壇場。
 彼女は腰が抜けたまま動けない部長や、その場に貼り付けられたかのように固まってしまった男
子部員達に笑顔を振りまきながら、
「これやってみてもいいですかぁ〜?」「あ!これ面白そう!」
と、様々なトレーニングマシーンに手を出し、容赦なく男達を圧倒してみせる。

 一画の棚に置いてあった握力計を、絵里子は「あれ〜?おかしいなぁ、壊れちゃってるのかな?」
と言いながら、5台も捻り潰してしまった。
 彼女のそばでそれを見ていた男子部員は、デジタル式の握力計が絵里子の手の中で「180」と
いう数値を表示してから「ERROR」の文字を浮かべ、ベキベキッという音と共に動かなくなるのを
見てから、顎が外れたように口を開けたまま固まってしまった。

「えいっ!……あれ?切れちゃった」
 絵里子が背筋力計を思い切り引っ張ると、鉄で出来た太いケーブルはブチッ!という派手な音と
共に真っ二つ。
 その切断面はハサミなどで切ったというよりも、力でねじ切ったと言う方が近い。
 もちろん、このトレーニングルームでは前代未聞のことである。

「あ〜!これ知ってます!パンチして遊ぶんですよねっ」
 絵里子が目をつけたのは、天井から太い鎖で吊されたサンドバッグ。
「えいっ、えいっ! えへへっ、楽しいですね〜、これ!」
 彼女の拳が突き刺さるたびに、サンドバッグは振り子のようにブンブンと揺れる。絵里子にとっ
てみれば軽いジャブを打ち込んでいる程度の感覚。しかしこれも、普通の光景ではない。
 何しろそのサンドバッグは、昔のOBが趣味で特注した「100kg」のサンドバッグ。普通の人間で
あれば渾身のストレートを叩き込んでも、その重みが故に吊されたサンドバッグはビクとも動かな
いはず。
 かなり昔からここに取り付けられているサンドバッグだったが、どの部員も、それがここまで大
きく揺さぶられる光景は、当然見たことがなかった。
 それなのに今は、絵里子の「軽い」パンチだけで、その砂袋は子供が遊ぶブランコのように
ゆさゆさと揺れている。
 しかもそれは絵里子にとって「遊び」だと言うのだから、男子部員達も閉口するほかない。
 確かに絵里子の表情だけ見れば、嬉々とした笑顔で無邪気に遊ぶ女子中学生そのもの。しかし筋
肉が膨れあがって肥大化した腕を豪快に振り上げ、目でとらえきれないほどのスピードで拳を砂袋
にたたきつける姿。ドズウゥンッ!ドズウゥンッ!という聞いたこともないような音をあげて振り
子状に振動する100kgのサンドバッグ。
 呆然と立ち尽くしながらその光景を見守る男子部員達は皆、同じ想像をする。もしあのパンチが
サンドバッグではなく自分の腹に叩き込まれたら……。
 普段から筋トレを欠かさず、腹筋も人並み以上の鍛え方をしてきたはずだが、それでも彼らには、
あのパンチの前では自分の腹についた筋肉が紙の鎧程度しか効果を発揮しないことが容易に想像
できた。あんな重いパンチを食らってしまったら、間違いなく内蔵に直接のダメージを与えられ、
数メートル後ろに吹き飛ばされながら失神するだろう……

「えへへっ、一人で筋トレって楽しいですね〜!」
 凍り付く男達に、天使のような笑顔を振りまく絵里子。
 だが、その実態はもはや天使とは思えない。大人の男数人分のパワーを片腕で発揮する天使が、
何処にいるというのだろう。
「でもやっぱり、私は他の人と一緒にやるゲームみたいなのが好きだな〜。……なんだか高校生の皆
さんを見てたら、『勝負』したくなってきちゃいましたぁ!」
「ひ、しょ、勝負……?」
 絵里子の口から、その言葉が飛び出したら……、男達は覚悟を決めなければならない。
「はいっ! えへ、なんでもいいですよぉ。私最近お相撲系の遊びにハマってるんで、それで『勝
負』しましょうよ〜! 腕相撲とか尻相撲とか、普通のお相撲でもいいですよ!」
「…そ、それ…は……その………」
「皆さんは普段からここで筋トレしてるんだったら、きっとすご〜く強いんですよね!えへっ!楽
しみです〜! 私の中学校の男子なんてもう超弱っちいので、最近退屈してたんですよぉ。高校生
の皆さんとならきっと面白い『勝負』できますよね? ……ね?部長さん?」
 そこまで来て、部長はようやく気がついた。
 この少女は、ただ単に純真無垢な少女ではない。
 男を倒すことに生き甲斐を感じる、生まれ持ってのサディスト。こうして筋トレで男達を圧倒し
てから、最後に『勝負』として完膚無きまでにたたきのめす。そのために、絵里子は今日ここに来
たのだ、と。
 言うなれば、これは絵里子の暇つぶし。
 それに付き合わされ、プライドをズタズタにされる哀れな男達……。
 絵里子の巨体を前にして、部長は絵里子からの『勝負』を拒否して逃げ出すことは、出来なかった。

 勝負の結果は、散々なものだった。
 腕相撲ではそこにいた20人全員との勝ち抜き戦が行われたが、結果として残ったのは机に勢いよ
く叩きつけられたことによる右腕の負傷者数名、そして最後には台の机が真っ二つに破壊されると
いう絵里子のフルパワー。
 あまりに勝負にならないため、絵里子の対戦相手は両腕を使ってもいいというルールが追加され
たが、それが意味を成すはずもない。日々重いバーベルを持ち上げて鍛えていた男達の2本の腕は、
絵里子の1本の右腕を1ミリたりとも傾けることすら出来なかった。
 尻相撲では1試合目を無理矢理押しつけられた1年生の男子部員が、ちょっとした事故で絵里子
のヒップアタックをモロに顔面に食らってしまい、顎が外れて医務室に運ばれた。
 まともに尻相撲をしようとも、巨体を自慢してきた3年生であってもひと突きで場外に吹き飛ば
されてしまうのだ。お話になるはずがない。
 最後の相撲となっては、もはや絵里子に勝負を挑もうという男が残ってすらいなかった。
 それもそうだろう。そこにいた全員が腕相撲で圧倒的な実力差を確認し、さらには無理矢理土俵
に立たされた男達が彼女の巨大なお尻のひと突きだけで紙人形のように吹き飛ばされ、遙か離れた
道具置き場に頭から着地していく光景を見ているのだから。
 ここまでくれば絵里子の絶対的権力は揺るぐはずもない。
 彼女は高校の筋トレ愛好会という、男達が肉体を磨く場所に来てわずか数時間で、己の地位を絶
対的かつ圧倒的なものとしてしまった……

「ふう、楽しかったなぁ!」
 結局、絵里子は空に月が昇ったころに、筋トレ愛好会のトレーニングルームを後にした。
 それまで彼女が何をしていたのか。……もちろん、男子部員達と遊んでいたのである。
 もうそれからは好き放題だった。自分より年上だからと言って、遠慮をする必要も、もうない。
何故ならそこにいる男達は、彼女よりも圧倒的に弱いのだから。

「なんか脚が疲れてきちゃったなぁ〜」
 ――男子高校生が2人駆け寄ってきて、彼女の両脚を懸命にマッサージした。
「ねぇ全然力足りないんだけど。あと2人、こっち来て揉んで!」
 ――さらに2人の男子が駆り出され、計4人が汗だくになりながら絵里子のためにマッサージする。

「喉渇いたんだけどぉ〜」
 ――男が近くの自動販売機まで全力でダッシュしてジュースを買ってきた。
「え〜? 私、オレンジジュースよりもぶどうジュース飲みたい気分だなぁ」
 ――彼は急いで自動販売機まで引き返し、ぶどうジュースを買い直す。
「ん〜、やっぱりコーラの方がいいや!」
 ――彼は自動販売機に向けて、3度目のダッシュに向かう。
「おっそ〜い!お仕置きね♪」
 ――そしてヘトヘトになってコーラを買ってきた彼を、絵里子は太股で挟んで絞め落とした。

「そういえば今日ジャンプの発売日だったよね〜」
 ――次なる男がコンビニに向かって走る。
「ちょっと〜!これ週刊ジャンプじゃん!私が言ったのは月刊のジャンプなんだけど!」
 ――絵里子は彼が買ってきた厚い漫画雑誌を軽く引き千切り、周囲をさらに恐怖させる。
「あ、待って。買いに行くのはそっちの人ね」
 ――慌てて月刊ジャンプを買い直そうとした彼とは別の男を、絵里子は指さす。
「きみは間違えたからお仕置きにきまってるでしょ♪」
 ――そして彼もまた、絵里子のアイアンクローで意識を飛ばされる。

「ていうか今日暑いよねぇ。アイス食べたいな!ガリガリ君ソーダ味でよろしく!」
 ――絵里子の一言で、また別の男が汗だくになりながらコンビニからアイスを買ってくる。
「このアイス、当たらなかったら買ってきたきみ、お仕置きだから♪」
 ――もちろんそう簡単に当たるはずがない。彼も当然、絵里子の脚の間で眠った。
「えへっ、アイス美味しい〜!この漫画おもしろ〜い!」
 ――そして、すっかりくつろぎながらアイスを食べ、漫画を読む絵里子の肩を、筋トレ愛好会の
部長ははじめからずっと、もう1時間もかけて丁寧に揉みほぐしているところだった……

「今日は久しぶりに楽しかったなぁ!お兄ちゃん達と遊ぶのも楽しいけど、たまにはこういうのもいいよね〜」
 そう言い残して、絵里子は高校を去っていった。
 筋トレ愛好会の男達に、屈辱という名の一生消えぬ傷を残して。


 つづく





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