とある兄と妹
    9

 絵里子は大人の男でも到底適わないほどのパワーを生かして、学校ではとある仕事を引き受けていた。
それが、いじめっ子退治である。
 以前、彼女の同級生の男子3人組をいじめている高校生を懲らしめたこともあったが、
それはむしろ例外に近く、普段彼女が請け負っているのは、同級生の女子からの相談を受けることであった。
 中学生は良くも悪くも好奇心旺盛で、いじめなども多発してしまう時期である。
通常の女子であれば男子よりも力が弱いわけで、男子からいじめられるか弱い女子も多い。
そんな女友達を助けてやるのが絵里子の仕事だった。

「どう、痛い?」
 ギリギリギリ……。そんな音が、人のよりつかない放課後の体育館倉庫に響き渡る。
今日も絵里子は、同じクラスの女子をいじめていた3年生の先輩3人を懲らしめているところだった。
「まったく、あんた達はしつこいの!美恵ちゃんはあんたなんかに興味ないってきっぱり断ったんでしょ?」
「い、いぎぎぎ!や、やめ、折れちゃう……!」
 今日のターゲットは、巨体をもつ男子バスケ部の3人。
彼らのうちの一人が、同部のマネージャーであり、絵里子のクラスメイトでもある山崎美恵に告白をしたのだが、
呆気なく断られ、それを逆恨みして3人がかりで1人の1年女子を虐めていたというのである。
 絵里子は美恵からの相談を受け、早速3人の3年生を呼び出し、制裁を加えていたのであった。
「折れちゃう?ふふ、そうだね。折れないといいね」
 そう言いながら彼女が腕をねじり上げているのは、美恵に告白した張本人で主犯格の男子であった。
バスケ部エースで中学生にして182cmの長身だったが、それよりさらに10cmも背が高い絵里子の敵ではなかった。
「う、うむむむ……!」
 そして絵里子のむっちりとした巨尻の下には、また一人、男子が組み伏せられ、顔面騎乗されていた。
絵里子にかる〜く捻られた後、顔に巨大なお尻をドスンと載せられては、
あわや100kgに迫ろうかという絵里子の巨体を押しのけるだけの力は、いくら男子といえども残っているはずはなかった。
 残りの一人はと言うと、とっくの昔にビンタ一発でKOされ、部屋の隅で声にならないうめきをあげて横たわっている。
顔には特大の紅葉マークがはっきりとスタンプされていた。
「もっと力入れちゃおっかな〜?」
「ひ、いぎぎ、やめ――」
「腕折られたくない?」
「お、折られたく…ない…です」
「じゃあ、もう二度と美恵ちゃんに悪いことしないって誓う?」
「ち、誓う!誓います!誓うからやめて!」
 涙を流しながら叫ぶかつてのいじめっ子の姿は、あまりにも惨めなものだった。
 男のプライドを完全に捨てた彼を見て、絵里子は満足そうに微笑むと、ふっと腕を放す。
彼の顔に一瞬安堵が浮かぶが、それもつかの間のこと。

 絵里子はにっこりと笑い、腰を浮かせたかと思うと、お尻の下で呻いていた男子を引きずり出し、
今まで腕を捻り上げていた彼と素早く入れ替える。
 ドスンッ! そして無慈悲にも、お尻は振り落とされる。二度といじめをしないと誓った男子の顔は、
巨大なお尻のクッションにされてしまった。
「あんたはそこで反省してなさい!」
 絵里子はそう言ってお尻をグリグリと押しつけると、ついさっきまでお尻の下で窒息の危機に立たされていた男子をぎゅっと引き寄せ、
大きな手のひらを、彼の顔面を包み込むかのように置いた。
「次はこっちの番。あんたはずっと私のお尻で喋れずにいたからね〜。絶対二度と虐めをしないって誓ってもらわなきゃ!」
 絵里子がそう言って微笑んだ瞬間、彼の顔面に恐るべき力が加わった。
絵里子が人間離れした握力で、彼の顔を握りつぶさんばかりに力を込めたのである。
「アッ、アギャァーッ!!やめてくれェーッ!!」
「あは、これでも私、まだ五分の力なんだけどな〜。本気出したらほんとにグシャッといっちゃたりして!」
 絵里子にしてみれば冗談なのだろうが、アイアンクローをかけられている当の本人の脳裏には、
絵里子の極太の腕によって、自分の頭蓋骨が粉砕されるイメージが浮かんでいた。
「ゆ、許して!お願いします!」
「じゃあ、もう二度といじめなんてしない、って誓って!」
「ち、誓います!誓いますぅー!」
 自分の手の平の中で泣き叫ぶ男子を嘲笑しながらも、絵里子は部屋の隅でKOされた男子の方にも
「あんたはどう?」
と尋ねる。
 うずくまっていた彼も、こんな目に遭わされてはたまらないと思い、
「誓います!二度といじめも何もしません!」
と泣きながら謝った。
 とそこで、絵里子は始めて手のひらの力を緩め、立ち上がってお尻の下の男子も解放する。
 涙で顔をグシャグシャにした元いじめっ子3人組は、圧倒的な力の差を前にして、しばらく呆然としていた。
「おっと、これで終わりだと思わないでよ?」
 しかし、絵里子のそんな言葉に3人は凍り付く。おそるおそる顔をあげると、
絵里子はいかにも楽しそうな表情を浮かべながら、置いてあった跳び箱の上に座り、堂々と脚を組んでいた。
「ここまでは私からのちょっとした懲らしめ。あんた達3人には、美恵ちゃんを虐めた“お返し”
として、これから卒業まで、奴隷になってもらうんだから」
 3年生男子に対する1年生女子の態度とは思えないほど威圧的な絵里子。その彼女を前にしては、
彼ら3人も上級生のプライドなどない。3人は一斉に絵里子の足下に土下座し、声を揃えて言った。
「はい!わかりました!」
 しかし、その3人を見下す絵里子の目には、支配欲とは何か異なる色が浮かんでいる。
「何か勘違いしてるみたいだけど、“私の”奴隷になれって言ってるんじゃないからね?」
「……え?」
 きょとんとして顔をあげた3人に、絵里子はニヤリと笑いかける。
「あんた達3人は、今日から“美恵ちゃんの”奴隷になるの!」
 絵里子はそう言うと、携帯を取り出し、電話をかける。
「あ、もしもし、美恵ちゃん?うん、ちょっと体育倉庫に来て!ふふ、面白いもの見せてあげるから!」

 何しろそこには、かつて自分をいじめていた3人の先輩が、脚を組む絵里子の前にパンツ一丁になって土下座していたのだから。
「絵里子ちゃん、やっつけてくれたんだ……。ありがとう」
「それだけじゃないよ?この3人、今日から美恵ちゃんの奴隷になるって!」
「え、えぇ!?」
 驚く美恵だが、3人は頭を地面に付けたまま、美恵の方に向きを変える。
「こいつら、美恵ちゃんの言うことなら何でも聞くよ。試してみなよ。3回回ってワンと鳴け!って言ったらそうするよ!」
 ニコニコ顔の絵里子に押され、美恵はおずおずと
「さ、3回回って…ワンと鳴いて……?」
と言う。すると3人は一斉に四つん這いになると、ぐるぐるぐるとその場で回り、口を揃えて「ワン!」と叫んだ。
 それを見て爆笑する絵里子。少し驚き気味で、どうしたらいいかわからない美恵。
「す、すごい…ほんとにするんだ……」
 口を押さえて、ほとんど全裸に近い3人の先輩を見下ろす美恵。
「で、でも…いいのかな……。私、またいじめられたりしないかな……」
「大丈夫大丈夫!もうこいつら、これから一生女が怖くて逆らえないと思うよ!
これまで散々嫌な目に遭わされてきた分、もうこいつらでストレス発散しちゃいなよ!パシリでも何でもするし、
気にくわないことあったら呼び出してボコボコにしちゃえば?」
「そ、そんなぁ…。絵里子ちゃんじゃないんだから、そんなことできないよぉ……」
 美恵はそう言って赤くなる。そして再び、地面で土下座している3人の先輩を見下ろした。
 絵里子は見逃さなかった。そのときの美恵が、口とは裏腹に、まんざらでもない表情を浮かべていたことを……

 それから次の春まで、3人のバスケ部3年生男子は、毎日のように1人の純朴な1年生女子の奴隷として
人目を憚らず過ごすこととなった。
「美恵さん!午後ティー買ってきました!」
「え、み、ミルクティーの方が良かったですか!?」
「すみません!すぐ買い直してきますので!」
 絵里子のように力が強いわけでもない、ごく普通の中1女子に3人もの先輩が隷属するという光景が、
ごく日常的に見られるようになったのである。
 こんなことをしていては、美恵がかえって同性から虐められるのではないか、と思われるかもしれない。
しかし、そんなことはなかった。
絵里子のおかげか、この学校の女子の中では、何となくではあるが「女は男に勝る」という風潮が染みつきつつあった。
そのせいもあって、美恵の前に3人の3年生男子がペコペコしている状況も、ごく普通に認められていたのだ。
 絵里子の仕事の甲斐あって、美恵のようなケースが何組も生まれた。
元いじめっ子男子が、元いじめられっ子女子の奴隷となって一日中走り回る。そ
の光景が、この中学校では普通になりつつある……
 絵里子は満足げな表情を浮かべながら、自分で自分の仕事をねぎらうのであった。
……これも一種のいじめなのではないか、という考えなど、少しも浮かべることなく。


 つづく





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