07.いじめ
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最近僕は悩んでいる。
同じS組の豊丘哲平たちに軽いいじめを受けているのだ。
彼とは同じサッカー部で中学からの知り合い。
今のところはパシリ程度で済んでるのだが、いつ暴力に発展してもおかしくない状況。
翔太に相談しても「そんなの心配ない…」と相手にしてくれない。
とても不安だ。一体この先どうなるんだろう・・・・・・
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「太郎!悪いけどカレーパン買ってきてくんない?」
「あっ俺も!俺はクリームパンがいいや。」

「あっ、ああ・・・・・・。」

サッカー部の哲平と体操部の大輔から渡された小銭を手に僕は売店に向かった。

『何で僕が行かなきゃいけないんだ!!』

文句を言いたい気持ちはある。
だが正直殴られるのは怖い。
これだけでアイツ等の機嫌が良くなるんなら仕方ないと思ってしまう。

「はい。」
「サンキュー。」

言われた通りのパンを買ってきて、しっかりとお釣りも返す。
アイツ等は気持ちのこもっていない挨拶を返し、当然のようにそれを受け取る。
僕は自分の席にもどる。
気持ちは重たいが、悩んでも仕方ないと諦める。

すると1分もしないうちに哲平からまた声が掛かる。

「太郎!悪いけど、牛乳も買ってきてくんない?」

さすがに頭に来た。
このままではいけないと思った。

「さっき行ったばっかりだろ!自分で行けよ!」

とうとう言ってしまった・・・・・・
もう後には引けない。
自然とテンションが上がる。
だけど、このままズルズルと進むわけにもいかなかった。

「なに!」
哲平のテンションも高くなる。
眼が怒っている。

「もういっぺん言ってみろよ!」
哲平の左手が僕の胸倉を掴む。
僕はケンカをするつもりはない。
いや、ケンカしたって仕方ないと思っている。
ひとこと文句を言えただけで幾分かスッキリした。
僕は殴られることを覚悟した。

「この野郎!」
哲平の右手が拳を握った。
来るっ!
僕は思わず目を閉じた。

・・・・・・変だ。
しかし変だ。
いつまで経っても拳が来ない。

僕は恐る恐る眼を開けた。
哲平の拳は僕の目前で止まっていた。
前の席に座っていたはずの佳織が、哲平の前腕をしっかりと握っていたのだ。

「いい加減にしなさい!」

初めて聞いた佳織の強い口調。
198センチの高さから、厳しい表情で哲平を見下ろしている。
周囲の男たちは凍りついた。
女とはいえ、圧倒的な運動能力を誇る佳織が怒っているのだから仕方ない。

前腕をつかまれた哲平は力をいれて佳織の手を解こうとする。
しかし彼女の手はピクリとも動かない。
哲平は精一杯の力を込めるが、やはり彼女の手は動かなかった。
彼女の握力は軽く100キロを超えているのだから…。

心の底から自然と恐怖心が湧き上がってくる。

「ちぇっ・・・」
哲平は自分から拳を開き力を緩めた。
すると自然に佳織の手からも開放された。

「覚えてろよ!」
捨て台詞を吐いて哲平が教室から出て行った。
大輔や他の何人かの男子も、バツが悪そうにロッカールームへと消えていく。

しばらくのあいだ沈黙が続いた後、教室はまたいつもの騒がしさを取り戻した。

「ありがとう。」
「いや、私こそ女のくせに出しゃばっちゃってごめんなさい。」
「そんなことないよ。ホント感謝してる・・・。」

僕と佳織さんの間にも、妙な空気が流れてしまった。
ただひとり隣の席の蔭山翔太だけが、何事もなかったように終始パソコンを叩いていた。

一方教室を飛び出した哲平は、ひとりトイレの個室に入っていた。

全身がガクガクと震えている。
無意識のうちに、体が恐怖を感じ取ってしまったのだ。
前腕から伝わる佳織の力。
本気でケンカをしたら間違いなく負ける。
恐らく相手にもならない。
もし彼女が手加減を知らなかったら、簡単に捻り殺されてしまうだろう。

女とは言え、彼女はオリンピックの金メダリスト。
圧倒的な体格の差。
そしてそれ以上に大きな運動能力の差は、既に嫌と言うほど見せ付けられている。

5分経っても全身の震えが収まらない。
哲平の眼からは自然と涙がこぼれ落ちてきた。

「アイツ・・・絶対許さねぇぞ・・・・・・」
哲平の前腕には、佳織の大きな手の跡が赤くくっきりと残っていた。

つづく





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