10.サッカー
*************************************************************************
梅雨の晴れ間がのぞいたこの日。
体育の授業では、男子vs女子のサッカー対戦が行われることになった。
日本Jrユース代表の豊丘をはじめとする3人のサッカー部員。
他にも4人の経験者を要する男子はベストメンバーを揃え、今日こそは勝つと意気込んでいる。
一方の女子は、キャプテンの綾乃が適当に選んだ11人で試合に臨んだ。
果たしてその勝敗は如何に・・・・・・
*************************************************************************

「ピーーーーッ!」
キックオフ。
女子のエース喜多嶋佳織は、前半ベンチからのスタートとなった。

まずは経験者を中心とした男子がボールを回す。
対する女子は、ボールにつられて動き回るばかり。

『こいつら完全に素人だな…』
今日こそは勝てると決意を新たにする男子。

前線で動き回っていた豊丘哲平にボールが入る。
この世代の日本代表チームでもエースとして活躍している彼。
体育の授業だからと言って全く手抜きは見られない。

巧みなトラップで前を向くと、一気にゴール前へドリブル。
ゴール前の砦として立ちはだかるキャプテンの綾乃と対決する。

『右…左…右!!』
得意の稲妻フェイントで一気に抜き去る。
キレのある動きには、さすがの綾乃も全く反応できない。

最後はGKの海江田舞を十分に引きつけたあとフリーの坂元大輔にラストパス。
試合開始1分で早くも先制のゴールを挙げた。

「よーっし!今日は行けるぞ!!」
男子一同が大いに盛り上がる。

その後もさらに攻めたてる男子チーム。
全員サッカー未経験の女子が相手でも容赦はしない。

しっかりとボールを回して前線の哲平にボールを集める。
2点目のゴールは彼の左脚から放たれた見事なロングシュート。
きちんとコントロールされたボールがサイドネットに突き刺さり、男子は追加点を挙げた。

男子チームの自信が確信へと変わっていく。

しかしそんな余裕の展開もそう長くは続かなかった。
抜群の運動神経を誇る女子チームが、徐々にサッカーに慣れてきたのだ。

これまで簡単に回せていたボールが繋がらない。
女子のチェックが早く前線にボールが運べない。
ボールが来なければ、いかに哲平と言えども活躍することができない。
試合は膠着状態に入った。

結局、前半の終了間際に哲平の個人技から追加点を上げるのがやっと。
男子チームは3−0とリードして20分間の前半を終えた。

「20分で3点リード、いいペースだ。後半も油断するなよ!」
「おぅ!!」
キャプテンの哲平がチームを引き締める。

5分の休憩を挟んでいよいよ後半が始まる。
男子にとっては脅威の存在となる佳織がピッチに入ってきた。
これからが本当の勝負だ!

後半も最初は男子のペース。
エース哲平のシュートがクロスバーを直撃するなどして女子のゴールを脅かす。
しかし綾乃のクリアしたボールが右サイドにいた佳織に渡った瞬間、状況が一変する。

「バッ!」
見事なトラップで男子2人を置き去りにすると、いきなりトップスピードでドリブルに入る。

速い!
とんでもない速さ。
男子チームは全く着いていけない。

「誰か止めろ!」
哲平の声もむなしく佳織は突き進んでいく。
アッと言う間にライン際までたどり着いた彼女はキーパーの取れない位置にふわっとしたセンタリングを上げる。

そこに突っ込んで行くのは広末七海、柏木真央、徳留里奈(平均身長188センチ超!)の3人。
男子ディフェンダー3人も体を張って必死に守る。
彼らはボールに向かって飛び込んでくる女子3人に決死の体当たりを見せる。

しかしゴール前での競り合いでは、身長差と体格差がモノをいう。
結局男子3人は軽々と跳ね飛ばされ、体ごとゴールへと転がっていった。

肝心のボールは真央の肩に当たり、男子3人を追うようにコロコロとゴールへ転がっていく。
3人のディフェンダーごとゴールに押し込むという力技でついに1点を返した女子。
圧倒的な体格の差を生かしたその戦いぶりに、男子一同は背筋の凍る思いがした。

「いいか、やっぱりキーポイントは喜多嶋佳織だ。
 アイツを辻元、坂本、京極の3人で徹底マークしよう!」
「だけど…、それでは点が取れないぞ。」
「分かってる…。しかしこれしか方法がない。このまま逃げ切って勝つんだ!」
「OK!分かった。頑張ろう!」

それ以降、男子は必死にボールをキープする。
人数が足りないから相手ゴールには迫れない。
それでも佳織をマークすることで、女子にも得点のチャンスを与えなかった。

試合も終盤に入る。
左のライン際でボールを持っていた笹島大樹が、女子3人に囲まれて慌ててボールを戻す。
その隙を狙っていたのが佳織だった。

一瞬の動きで3人のマークを外すと、苦し紛れのバックパスをカットする佳織。
彼女は奪ったボールをすぐさまゴール前へと蹴り上げた。

約50メートルの距離を超えて、カーブの掛かった鋭いボールがゴール前へと向かっていく。
そこに待っているのは女子チームセンターフォワード七海だった。

ディフェンダー3人が七海1人にへばりつく。
193センチの彼女だけに高さでは勝負にならない
それでも思い通りのプレーをさせないようにと、3人は体をぶつけて自由を奪おうとする。
キーパーの磯崎浩二も飛び出して、何とか先にボールに触ろうとする。

「バッ!」
七海がジャンプする。
男子3人の体当たりにもバランスを崩すことなく、彼女は力強く踏み切った。
バレー部のオリンピック選手だけに跳躍力は圧巻。
ディフェンダーの3人よりもはるか上方。
手が使えるキーパーよりもさらに頭ひとつ抜きん出た高さでボールを捕らえた。

華麗なヘディングシュートが美しい奇跡を描いてゴールに突き刺さる。
ついに2点目…。
完全に勝ちパターンを作った女子がついに1点差へと迫った。

残り時間5分。
何とか逃げ切ろうとする男子だが、試合は完全に女子のペース。
元々の運動神経に加え、体力でも圧倒する女子が試合を支配する。
佳織を徹底マークする3人も、徐々に彼女の動きについていけなくなってきた。

そんな折、中盤で競り合ったボールが佳織の前へと転がった。

『まずい!!』
男子チームがそう思ったとき、ボールは既に佳織の足元へと収まっていた。

「反則してでも止めろ!!」
哲平から声が飛ぶ。
佳織をマークする辻元、坂本、京極の3人は意を決して彼女にしがみついた。

しかし佳織の動きは止まらない!
腰の位置に抱きついた男子3人を引きずるように、一歩一歩ドリブルで前進する。
あまりの光景にグラウンドにいた全員が目を丸くして驚いた。

「ピーーーッ!」
見かねたレフリーが笛を吹く。
3人のディフェンダーにはそれぞれ1枚ずつのイエローカードが与えられた。

ゴール前30メートル地点からのフリーキック。
ボールをセットしたのは七海。
しかしそこに後方から綾乃が割って入った。

「私が蹴る!」
20メートルほどの長い長い助走距離をとる綾乃。
点を取られてはまずいと、男子チーム全員がゴール前に壁を作る。

審判の笛と同時に走り始める綾乃。
「うぉーーーっ!」
雄たけびを上げながらボールへ向かう。
凄まじい迫力。
194センチの長身に盛り上がった筋肉。
クラスでも一番逞しい彼女だけに、強烈なシュートが襲ってくることは容易に想像できた。

彼女がボールを蹴る瞬間、男子一同は体を強張らせ思わず顔を背けてしまった。
しかしこれが間違いだった。

綾乃がボールを素通りしたのだ。
フェイント……!!

唖然とする男子たち。
その隙にボールの横に立っていた七海が、ふわっと壁を越えていくシュートを放った。
勢いのあるシュートではない。
本来なら簡単にクリアできるボール。
それでも綾乃の恐怖に体を硬直させてしまった男子は誰一人動けなかった。
転がっていくボールをただただ眺めることしかできなかった。

同点…
ついに試合は振り出しに戻った。
サッカーを学びつつある女子を相手に、男子チームは苦境に立たされていた。

「どうする……。このまま引き分けを狙おうか…」
「仕方ない。攻めたら、また点を取られてしまう…」
重い空気が男子チームを襲う。

「攻めよう!」
声を出したのは哲平だった。

「徹底マークはもういい。みんなで攻めて、何とか1点をもぎ取るんだ!」
「おう!」
キャプテンの決断に、男子チームは息を吹き返した。

大事なボールをつなぎながら、女子陣内へと攻め込む男子。
中盤で大輔にボールが回ってくる。
前線では、哲平がスペースへ向けて動き出そうとしていた。

『ここだ!』
前線に絶妙なスルーパスが送られた。
ボールは哲平の足元へと吸い込まれていく。

「よっしゃーーー!」
男子一同がガッツポーズで喜ぶ。

『絶対決めてやる!』
ゴール前で再び綾乃との1対1の勝負へと持ち込んだ哲平。

『右…左…右!!』
得意の稲妻フェイントで抜きに掛かる。

完璧な動き。
これまで国際大会でも何度も決めてきた得意技。
哲平は綾乃の脇をすり抜けた。

しかし結果は無情なものだった。
哲平が持っていたはずのボールが、綾乃の足裏でしっかりと押さえられていたのだ。

サッカーの動きにも慣れてきた綾乃。
一度同じ技を受けている彼女にとって、彼のボールを奪うことなど実に簡単なことだった。

これまで10年以上掛けて磨いてきたサッカーの技術。
しかし圧倒的な運動能力の違いは、ほんの40分という体育の授業でそれを超えていった。

綾乃の奪ったボールは一旦GKの海江田舞を経由して右サイドディフェンダーの安岡和美に回る。
そこから大きなサイドチェンジで、左サイドの五十嵐夕菜に送られる。
ボールをもらった夕菜は、中盤に位置する金山淑恵とのワンツーで抜け出す。
左サイドで夕菜から紺野美咲にスイッチされたボールは一旦中央に戻され、花岡愛美が右前方のスペースへ蹴り出す。
そこに走りこんだ柏木真央が一旦タメを作り、彼女を後方から追い抜いていく喜多嶋佳織にボールが渡る。
佳織はそのボールをダイレクトで中央へセンタリング。
タイミングよく走りこんだ徳留里奈は、DFを引き連れながらヘディングで後方にボールをそらす
そこにフリーで待っていたのは広末七海。
彼女は豪快なボレーシュートでボールをネットに突き刺した。

11人の選手全員を経由した見事なゴール……
ブラジル代表やFCバルセロナのような華麗なパスワーク。
ボールを奪われる隙を全く与えず、男子チームにボールを触らせることすらない完璧なゴール。
驚異的な運動神経を持つS組の女子が、ついにサッカーを習得した瞬間だった。

3−4…。
ついにこの試合始めて女子がリードを奪った。

ロスタイム。
何とか同点に追いつこうと頑張る男子だが、既に女子チームのレベルは数段上。
笑いながらパスを回して疲れきった男子を走らせる。
必死に抵抗を見せる彼らだったが、全くボールに触らせてもらえない。
もはや女子チームによるイジメのような状況。

審判が時計を見たのを確認すると、佳織はセンターサークル付近から思い切ったロングシュートを放った。
凄まじい速さの無回転ボールが地面すれすれを這うように突き進む。
ゴールキーパー磯崎浩二は何とか止めようとするが、勢いのあるボールがうなりを上げて向かってくる。

「ズボッ!」
ボールはゴールネットの天井に突き刺さった。
ネットとの摩擦でボールの焦げる匂いがした。
男子一同は、ただただ驚くことしかできなかった。

「ピーーーッ」
豪快な5点目が入ると同時に試合終了のホイッスル。

絶対有利と思われたサッカーでも女子の強さを見せ付けられた男子。
もう何をやっても勝てない…

彼らはこの日、改めてその事実を認識したのだった。

つづく





inserted by FC2 system