19.レスリング部見学
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練習が休みの水曜日。
今日は翔太と一緒にレスリング部の練習を見にきた。
S組では大柴和弘くんと御手洗智子さんの男女2人がレスリング部員。
いつも教室のトレーニングルームで智子に虐められている和弘。
練習では男の威厳を保っているのか?
そして練習後半に現れた思いがけない人物とは……
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20人ほどの男子選手が激しいスパーリングを続けている。
キュッ、キュッとマット上を動く音が響く。

中でも一番目立つのがS組の和弘。
キレのある動きで体の大きな先輩選手を次々と倒していく。
軽量級中学生王者の実力はホンモノだ。

やがてひとりの女性選手が現われた。
赤いレスリングウェア。
189センチの長身に94キロという巨体。
S組の女子でも一番の巨漢、御手洗智子さんだ。

かなりの汗を掻いている。
既にひと通りのトレーニングを済ませてきたところなのだろう。

他の男子と比べても、ひと回りか2回りも大きな智子。
彼女の登場で練習の雰囲気が一変する。

男子選手が1列に並んだ。
対するは智子ひとり。
どうやら彼女がスパーリングを始めるようだ。

まずは先頭の和弘が智子に挑んでいった。
25センチ近い身長差、体重も40キロ以上違う。

しかしスピードがモノを言うレスリングという競技。
和弘なら彼女にも勝てるのではないかと思っていた。

しかし現実は甘かった。

「バッ!」
向かい合ってすぐ、智子のタックルが和弘を捕らえた。
軽量級の和弘も、まったく反応できない恐るべきスピード。
そのまま軽量級の彼を軽々と抱え上げた智子は、豪快な俵投げでマットに叩きつけた。

その後も、挑んでくる男子選手をスピードとパワーで圧倒する彼女。
最後のひとりを飛行機投げで投げ捨てると、そのまま袈裟固めでフォールを奪った。

わずか3分…
たった3分の短時間で、20人の男子選手は全滅となった。
みんな相当に疲労し、マットから立ちあがれないでいる。

対する智子はまだまだ練習が足りない様子。
短めの髪をまとめながら、肩を回して準備運動している。
彼女にとってはまだまだウォーミングアップ程度の感覚なのだろう。

「凄いだろ…。あれが御手洗智子の実力だ…。
 世界でも類を見ない恵まれた体に、天性のスピード…。
 まだ荒削りなところはあるが、将来は間違いなくトップ選手になれる…。」

「……びっくりした…。凄い迫力…。」

「でも太郎くん、まだ驚くのは早い。これからが練習の本番なんだ。」

「本番???」

翔太の言葉の意味が理解できなかった僕。
首をかしげているうちに、ひとりの女性が入ってきた。

「こんにちはーーーっ」

マットに横たわっていた男子選手も必死に立ち上がって挨拶する。
ジャージ姿のこの女性。
どこかで見たことがある。

「小森先生!!」

そう1年S組の担任、小森実夏先生だった。
160センチ足らずの小柄な先生。
1年S組では唯一のキュートな女性と言って問題ないだろう。

「今日はキミにひとつ良いことを教えてあげよう。」

翔太が自慢げに話し始めた。

「レスリング部の顧問で、1年S組の担任でもある小森実夏先生だけど、
 あの美貌と圧倒的な強さで、女子レスリングという競技をメジャーにしたのが彼女なんだ。
 わずか13歳で世界チャンピオンになった先生は、その後7年間無敗。
 264連勝というずば抜けた強さで世界を震撼させたんだ。」

「へーーっ、小森先生ってあんなにカワイイのに、そんなに凄い選手だったんだ。」

「あぁ…、だけどね。強すぎる選手は人一倍苦悩も多いんだ。
 敵がいなくなり目標を失いかけた先生は、ついに決断を下したんだ。」

「決断???」

「そう。男子の大会に出るという決断をね。」

「!!!!」

「キミは興味がなかったかも知れないけど、当時はテレビでもかなり話題になったんだ。
 そして、始めて参加した日本選手権…。
 相手が男子に替わっても、先生の強さは変らなかったんだ。
 1回戦から準決勝まですべて秒殺のフォール勝ち。
 男子のトップ選手を次々と倒していく超美人選手の快進撃に、大会は大いに盛り上がったんだ。」

「えーーーっ、そんな凄いことがあったんだね。それで?」

「それで迎えた決勝戦。相手は日本男子軽量級のチャンピオン。
 試合は接戦になるかと思われたが、小森先生の強さは群を抜いていたんだ。
 試合開始早々の1本背負いでチャンピオンをマットに投げつけた先生。
 あまりの技のキレにチャンピオンは受身が取れず、肩を脱臼してしまったんだ。」

「それで???」

「もちろん相手が負傷退場となり、その大会は見事に優勝した先生だったんだが、その後が悲惨だった。
 先生に負けた男子選手が文句を言い出してね…。
 女性が相手だと本気を出せないとか、セクハラで訴えられるのが怖いだとか…。
 また彼女に怪我をさせられたチャンピオンが、再起不能の重症だったこともあって、
 レスリング協会も彼女を非難し始めたんだ。」

「………。」

「その後先生は、男子の大会に参加することを禁止され、
 生涯無敗のまま、ひとり寂しく現役を引退していったんだ。」

「……。凄い人生だね…。」

「あぁそれでも教職の免許を取って、25歳の若さでD学S組の担任にまでなったんだから大したもんだよ。」

そんな話をしているうちに、小森先生がジャージを抜いでマットに立った。
Tシャツの上から青いレスリングウェアを身に着けている。
体は小柄だが、ムチムチの体型は妙に色気がある。
胸もお尻もキュッと盛り上がっていて、僕は思わず前かがみになってしまった。

マットの中央で向かい合う小森先生と智子。
教え子と生徒の関係。
身長は30センチ、体重も倍近く違う彼女たち。
やがて構えた2人が激しく動き始めた。
キュッ、キュッと、マット上を動く音が響く。

これまでの練習で男子選手を圧倒してきた智子のスピード。
だが小森先生にはまったく通用しない。
軽くいなされてしまう。

レベルの高い攻防。
回りの男子たちは、ただただ感心しながら見守るしかなかった。

やがて5分が経過。
小柄な先生を攻めきれない智子。
全身から滝のような汗が流れ落ちている。

さすがに疲れの見え始めた彼女を、先生が攻め立てた。
超高速の片足タックルから内無双。

「ドーーーン!」
智子の巨体はマットに横たわった。

そのまま智子の上半身を押さえ込む小森先生。
智子は全身をバタつかせて押さえ込みから逃れようとする。

智子の巨体が動くたび、レスリング道場全体が激しく揺れる。
もの凄い迫力に僕は思わず声を失った。

「ズドーーン、ズドーーン!」
道場の屋根から埃が落ちてくる。
体をくねらせ、時には弾ませて押さえ込みから逃げようとする智子。
しかし先生は冷静に押さえて逃がさない。

まるで大きな猛牛を小柄な女性が押え込んでいるような感覚。

マットには智子の汗がうっすらと水溜りを作っていた。
さすがに動き疲れてぐったりとした様子の智子。

小森先生は十分に貫禄を見せ付けたあと、ようやく彼女を解放した。

雑巾をもった男子選手がマットに付いた汗を拭き始める。
先生は笑顔を浮かべながら、何か智子に指示をしている。
何かレスリングの動きをコーチしているようだ。

「今日は本当にいろいろ驚いたよ。」

「だろう…。小森先生だけは怒らせない方が懸命だ…。
 あのケンカの天才綾乃も、先生の前では妙に礼儀正しく敬語を使うだろ?
 強いものは、本当に強い者が誰なのか、良く分かっているのさ…。」

翔太の言葉を噛み締めながら、僕はレスリング道場を後にした。

つづく





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