26.野球vsソフトボール
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先週振った雪が隅々に残るグラウンドでは、注目の対決が始まろうとしていた。
男子硬式野球部vs女子ソフトボール部の野球対決。
勝負に勝った方が、室内練習場の使用権を得ることが決まっている。
果たしてその結末はいかに??
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D学園の硬式野球部と女子ソフトボール部とは犬猿の仲。

全国大会9連覇中の名門女子ソフトボール部。
硬式野球部がそんな彼女たちの活躍を妬んでいるのがそもそもの原因だった。

そして今週、その両者が室内練習場の使用権を巡って対立。
野球の真剣勝負によって、その使用権を争うこととなった。
D学園の一大事だけに、観客席には大勢の生徒が集まっていた。

実は野球部とソフト部の対戦はこれが初めてではない。
一昨年、昨年に続いて3回目。
過去2試合はソフトボールでの対戦であったが、接戦の末いずれも野球部が勝利を収めていた。

しかし今年は訳が違う。
1年S組、安岡和美の加入。
彼女によって徹底的に鍛え上げられたソフト部の実力は、過去最高のレベルに達している。
そんな彼女たちの自信が、無謀にも野球での対戦という無茶な要求を受け入れたのだ。

「よく野球で勝負する気になったな。」
「ソフトボールでの対戦だったら、まだ勝機はあったのに。」
野球部のベンチには最初から楽勝ムードが漂っていた。

両チームの選手たちがホームベースを挟んで整列する。
その中でひとり異彩を放っていたのは、圧倒的な逞しさを誇る1年S組の安岡和美だった。

挨拶を終えて野球部の選手たちが守備位置に付く。
野球部の2年生エース川上は、自信を持ってマウンドに登った。

『女なんかに俺の球は打てっこねぇ…。』
しかし、その自信はいきなり危うくなる。

「カキーーン!」
プレイボール直後に投げた初球のストレートを、ソフト部1番貴子がジャストミートした。
セカンド正面への痛烈なライナー。
アウトに倒れたが少しでも横にずれていたら間違いなくヒット。
それほど鋭い打球だった。

「まったく驚かせやがって…。」
冷や汗を拭うエース川上。
この時まだ彼は、女子ソフト部の実力を過小評価していた。

続く2番知里も鋭いスイングで川上のスライダーをセンターに弾き返す。
しかし打球は予想以上に伸びて、センターがグラブに収めた。

これでツーアウト。
しかし川上の背中にはびっしょりと冷や汗が浮かんでいた。
全国大会9連覇。
そんな女子ソフト部の実力を少しずつ感じ始めていたのだ。

そして3番バッターはソフト部キャプテンの征子。
実力も申し分ない彼女が川上のカーブを捉えた。

「カキーーン!!」
打球はあっという間に1、2塁間を抜けていく。
文句なしのライト前ヒットだった。

「よしっ!」
征子が思わずガッツポーズする。
ソフト部のベンチが大いに盛り上がった。

「ちぇっ…」
打たれた川上は小さく舌を打った。
彼のプライドが少しずつ崩壊し始める。

続いて打席に入ったのは4番バッターS組の安岡和美。
186センチと言う長身の彼女が長いバットを構える。
野球部のベンチではクラスメイトの伊豆野直哉が頭を抱えていた。

「先輩…。これはヤバイですよ…。次のバッターは敬遠しなくちゃ…。」
「敬遠???ハッハッ…何バカなこと言ってるんだ。ツーアウト一塁だぞ!」
「だっ…だけど…。」

S組女子の中でも綾乃に次ぐ筋肉質な体つき。
その迫力に少し恐怖を感じながらもエース川上は自慢のストレートを投げ込んだ。

「カキーーーーーーーーーン!」
甲高い金属バットの音が響く。
ボールはピンポン玉のように小さくなっていった。
レフトスタンドのフェンスを軽々と越えていく。
推定飛距離190メートルの大ホームランだった。

度肝を抜かれた野球部員たち。
和美は悠然とダイヤモンドを一周しながらマウンド上の川上を睨みつけた。
彼のアンダーシャツは冷や汗でじゅくじゅくに濡れていた。

「だ…だから言ったんです。アイツとだけは勝負しちゃダメなんです…。」
直哉はポツリと呟いた。

結局1回表の攻撃は、和美のホームランによる2点だけで終わった。

「まだまだ試合は始まったばかりだ!」
「どんどん打って逆転していくぞ!!」
野球部のベンチでは気合の声が上がった。

そんな中、ゆっくりとマウンドに上がるのは和美。
186センチの長身はやはり迫力が違う。
彼女は軽く投球練習した後、ロジンバックに手をやって大きく深呼吸した。

野球部の1番打者がバッターボックスに入る。
注目の第一球。

「ズバーーーン!」
「ストライーーーク!」
とんでもない速さのストレートが外角低めギリギリに決まった。
あまりのスピードに唖然とする野球部員たち。

「ス…スピードガンを持って来い!」
監督が慌てて指示を出す。

「ズバーーーン!」
「ストライク、ツーー!」
今度は内角低め。
バッターは到底手が出ない。

「ひゃ…162キロです!」
スピードガンを持った1年生の控え投手が報告した。
いきなりの日本記録更新に、誰も言葉を返せなかった。

「ストライク!バッターアウト!」
今度は内角高め。
追い込まれていたバッターだがスイングすることさえできなかった。

「いいぞーーっ、和美!!」
「その調子!!」
元気に声の出るソフト部員たち。
試合は序盤から彼女たちのペースだった。

その後も和美の球は唸りを上げる。
ゆったりとしたフォームから大きくしなる腕。
そしてリリースの瞬間に力強く弾む全身。
160キロ超の剛速球が、次々とバッターを襲っていった。

「ストライク!バッターアウト!」
結局1回裏、野球部の攻撃は、三者連続の三球三振と言う惨めな結果に終わった。
3人を料理するのに1分と掛からない。
和美はまだ投げた実感さえ感じていなかった。

「アイツは何者なんだ…??」
先輩が直哉に尋ねる。

「アイツは野球の天才です。中学時代からメジャーのスカウトだって毎日彼女を見に来てた。
 彼女の実力はまだまだこんなもんじゃないですよ。」

唾を飲み込みながら直哉の話に耳を傾ける野球部員たち。
和美の凄さが少しずつ分かってきた。

2回表、ソフト部の攻撃。
野球にも慣れてきたソフト部の女子選手たちが、野球部のエース川上に襲い掛かる。
鋭い打球を連発し2アウトながら満塁のチャンスを作った。
ここで再びバッターボックスに入るのは4番の和美。

絶体絶命のピンチに内野手全員がマウンドに集まる。
そこにベンチから屈辱のサインが出された。

敬遠……。
監督としては仕方ない決断だった。
いかにエース川上といえども、和美を抑えられる確率は限りなくゼロに近い。
試合に勝つためにはこれしかなかった。

「ボール!」
キャッチャーが立って大きくボールを外す。
ソフト部のベンチからは強烈なブーイングが浴びせられる。

川上にとってはこの上ない屈辱だった。
エースのプライドはズタズタ。
目には薄っすらと涙が溜まってきた。

「フォアボール!」
敬遠による押し出しでソフト部に3点目が入る。
わずかに残っていた川上のプライドが、音を立てて崩れていった。

続く5番瑞穂のライト前ヒットで2点を追加。
6番美香もセンター前ヒットで続きさらに1点を追加。
7番有紀はレフト前ヒットでもう1点。

滅多打ち。
力では劣るものの彼女たちのスイングは鋭く、ミート力では男子選手を遥かに凌駕する。
今の川上に、強豪女子ソフト部の攻撃を抑える力は残っていなかった。

2回途中で7−0。
ここでピッチャー交代。
無残にもKOされた川上に替わりに控えの1年生ピッチャーがマウンドに上がった。

その後もさらに2点を追加したソフト部。
2回表の長い攻撃が終わって9−0。
野球部のベンチには絶望感が漂った。

続く2回裏の攻撃は例のごとく秒殺。
1回に続く三者連続の三球三振であっけなく終わった。
和美の肩はまだ冷え切ったままだ。

そして3回。
和美のこの日2本目のホームランもあって、さらに4点を追加したソフト部に対し、
野球部の攻撃は打てる気配すら感じさせず、またもや1分足らずで終了した。
ようやく肩の温まってきた和美の球速は170キロ台に突入している。

3回を終わって13対0。
ソフト部キャプテンの征子が野球部のベンチへ向かう。

「もう実力差は分かったでしょう?潔く負けを認めたら?」
強気の彼女ならではの台詞だった。

「まだ試合は終わってねぇぞ。10点差でも5回まではコールドじゃない。」
こんなに惨めな試合をしておきながら、野球部キャプテンの孝之は強気で答えた。

「まったく懲りない人たちね。それならこういう勝負はどうかしら。
 もう和美は降板させるから、ヒットの1本でも打ってみなさいよ。
 もしあなたたちがヒットを打てたら今日の試合は無かったことにしてあげる。
 でも最後まで打てなかったら…」

「打てなかったら?」

「今週1週間、野球部のみんなで私たちのマネージャーを務めるというのはどうかしら?」

孝之は迷った。
ベンチのみんなも迷った。
ヒット1本で今日の負けを帳消しにできるなんて願っても無いチャンス。
しかしソフト部のマネージャーなんて、この上ない屈辱だ。

ひそひそと相談する野球部員たち。
導き出された答えはこれだった。

『和美さえいなければ、ヒットの1本くらい間違いなく打てる!!』

「よし分かった。その勝負受けてやろう。」
孝之は、にやっと笑みを浮かべた征子の表情に妙な不安を覚えた。

そして迎えた4回裏。
和美はレフトのポジションにつく。
替わりにマウンドに登ったのは1年生の若菜。
ソフトを始めてまだ1年も経っていない控え選手だ。
やまなりのボールだが、何とかストライクは投げれるようだ。

これなら打てる!
野球部の選手たちは自信を取り戻した。

「カキーーン!」
先頭の7番バッターが放った打球は三遊間のど真ん中を転がっていく。

「よしっ!」
野球部のベンチはガッツポーズ。
ソフト部のマネージャーなんていう屈辱からは開放されたと誰もがそう思った。

しかし、
「タタタタタッ、ザザッ!!」
ショートを守るキャプテンの征子が巧みなフットワークでボールに迫る。
彼女はバックシングルでボールを捕球すると、くるりと反転して1塁へ矢のような送球。

「アウト!!」
野球部員たちも唖然とするようなファインプレー。
彼女はそれを当然のようにこなしていた。
流石に全国大会9連覇中の最強チーム。
守備の鍛え上げられ方も半端じゃない。

つづく8番打者は右中間にライナー性の打球を放つ。

「今度こそはヒットだ!」
彼らがそう思い込んだのも束の間。
鋭い打球は俊足のセンター貴子によって楽々とキャッチされた。
普通なら間違いなく抜けている打球。
貴子の守備範囲の広さは想像を超えていた。

続く9番打者もいい当たりのライトライナーに倒れた。
ソフト部の誇る鉄壁の守備を前に、ヒットの1本が出ない野球部。
チャンスは残る1回のみとなった。

5回の表にもさらに大量6点を追加したソフト部。
点数は21−0。
野球部の負けはとっくに決まっている。
5回コールドになるのも間違いない。
問題はヒットを1本打てるかどうか?
その1点に絞られた。

5回裏、野球部最後の攻撃。

若菜の投げるスローボールを1番打者が捕らえた。
痛烈な打球がピッチャーの足元を抜ける。
センター前に転がるかと思った当たりだが、セカンド瑞穂が追いついてワンハンドキャッチ。
そのまま華麗なジャンピングスローで楽々とアウトに仕留めた。
ワンアウト。
彼女たちの守備は、プロ野球のレベルも超えているかもしれない。

続く2番バッターは意表をついたセーフティバント。
3塁側の絶妙のコースにボールを転がす。
しかしソフト部のサード典子は慌てない。
猛然とダッシュして素手でボールをキャッチするとそのままファーストへ矢のような送球。
間一髪でアウトになった。
彼女たちの守備は、恐らくメジャーよりも上だ。

ツーアウトランナーなし。
野球部の命運は、3番バッターキャプテンの孝之に委ねられた。

「カキーーーン!」
1ストライク2ボールからの4球目。
孝之の放ったライナー性のイイ当たりが誰もいない三塁線に飛んでいく。
鉄壁の守備を誇る彼女たちでもこれにはどうしようもない。

「ガシャーーン!」
ホームランにはあと50センチ届かなかったものの、打球はレフトフェンスを直撃した。

「よっしゃーーーっ!!!」
打った孝之が思わずガッツポーズ。

『助かった…』
野球部のみんなもほっと安堵の胸を撫で下ろした。

しかし彼らはひとつ大事なことを忘れていた。
今レフトを守っているのは、マウンドから降りた和美なのだ。

『はっ!!!!』
彼らが気付いたときにはもう遅かった。

フェンスから跳ね返ったボールを拾ったレフトの和美は勢いをつけてファーストへ大遠投。
レーザービームが土埃を巻き上げながら地面スレスレを突き進む。
イチローなんか比べ物にならない本物の豪速球が唸りをあげる。

「バシッ!」
「ザザーーーッ!!」
「アッ…アウトーーーーッ!!」
孝之決死のヘッドスライディングも実らず、フェンス直撃のレフトゴロが成立した。

『う…嘘だろ……!!!信じられん……』
野球部の男子部員たちが力なく座り込む。
ソフト部の女子選手たちはマウンド上で若菜の力投を祝福する。
5回コールドの参考記録ながら、完全試合(パーフェクトゲーム)で試合が終わった。

翌日から1週間、野球部員たちのマネージャー生活が始まった。

ボール磨きにグラウンド整備、球拾い。
中にはマッサージや使いっ走りを強要される者もいた。

彼らにとっては屈辱的な仕打ちだったが、学ぶべきことも多かった。

ソフト部の練習の厳しさは想像を遥かに超えていた。
中身の詰まった激しい練習には一切の妥協がなかった。
徹底した筋トレで鍛え上げられた彼女たちの肉体は、自分たちより数段引き締まっていた。
全国大会9連覇と言う栄光の影には、弛まぬ努力が隠されていたのだ。

1年S組の直哉は部室での洗濯を命じられていた。

「こっちを見るんじゃねぇぞ!」

このひと言だけで、彼女たちはなんのためらいもなくユニフォームを脱ぎ始めた。
見たくもない、日焼けした筋肉質な体が目に入る。
彼女たちはそのままアンダーシャツやストッキングをまとめて直哉に投げつける。
彼はそれをひとつひとつ丁寧に拾い上げ洗濯機に入れていく。

そんな彼を労わって優しい声を掛けてきてくれたのはクラスメイトの和美だった。
着替えの途中で下着姿の彼女。
とんでもない筋肉美を目の当たりにして、直哉の思考は5秒ほど停止した。

「これからの野球部は、あなたが中心となって引っ張っていかなきゃダメよ!」
彼は決意を新たにした。

つづく





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