30.修了式、そして・・・(最終話)
*************************************************************************
今日は修了式。
1年間の締めくくり。
サッカー部の練習を終えて家に帰ろうとする僕に、思いがけない人物が声を掛けてきた。
喜多嶋佳織さん………
このシリーズもいよいよ最終回。
果たしてどんなクライマックスを迎えるのだろうか?
*************************************************************************

「さようなら!」
1年S組最後のホームルームが終わった。

思えば長いようで短い1年間だった。
4月最初は体格に勝る女子に恐怖を感じていた男子だが、今はそれを当たり前のように受け止めている。
主従関係がハッキリしたことで、男女の関係は以前より随分と仲良くなっている。

この関係はもうしばらく続くだろう。
スポーツ選抜クラスは1学年1クラス。当然クラス替えなどない。
赤点で苦労していた智也も進級が決まり、S組30人は全員揃って2年S組へと進むことが決まっている。

今日の部活はハードだった。
授業がなかった分、いつもの2倍の時間があった。
僕はくたくたの体を引きずりながら、制服に着替えて家路へと向かった。

すると校門の脇にひとりの人影を見つけた。
遠くから見てもひと目で分かる長身。
そこには制服姿の佳織が立っていた。

「お疲れ様ーーっ!」
太郎は佳織に声を掛けた。

「あっ太郎くん!一緒に帰ってもイイかな?」

「うっ…うんもちろん。僕はぜんぜん構わないけど……。」

思いを寄せる佳織からのお誘いに、僕の心臓は激しく鼓動し始めた。
2人きりで帰るのはこれが初めてだった。

薄暗くなった道を、僕は佳織の歩幅にあわせて早足で歩く。
やがて佳織が会話を始めた。

「この前は、練習を見に来てくれてありがとう。」

「こちらこそ。それにしても佳織さん格好良かったなぁ〜。
 男子選手が手も足も出ないって感じだった。」

「本当?ありがとう…。でも…」

「でも…何?」

「でも私、時々自分が怖くなるの…。」

「どうして?」

「……。私も昔は純粋にバレーボールが大好きだったの。
 少しでもうまくなりたいと思って一生懸命練習してきたわ。
 でも最近気付いたら、相手になる選手が誰もいなくなっちゃって…。」

「……。」

「太郎くんだから言うけど、実はこの前の練習試合でも私、かなり手を抜いているの。
 それでも全日本の男子エースが相手にならなくって…。正直少し悲しくなっちゃった…。」

僕には返す言葉が見つからなかった。
素直な言葉で語られたトップアスリートとしての底知れない苦悩。

それでも自分を信用して悩みを打ち明けてくれた佳織になんとか応えてあげたかった。

「少しゆっくり話そうか…」
僕たち2人は公園にある街灯の下に移動した。
誰もいないテニスコートの壁にもたれながら、太郎は自分の思いをひとつひとつ言葉にしていく。

「佳織さんは、佳織さんのバレーボールを思いきってやればいいさ。
 相手がいなかったら、自分の強さを見せ付ければいいんだ。
 佳織さんから勇気をもらっている人たちが世の中には大勢いるし、
 佳織さんに憧れてバレーボールを始める子供たちだってたくさんいるんだから。
 悩みはあると思うけど、もっと自分を信じて頑張っていいと思うよ!」

精一杯の言葉だった。
佳織は顔を伏せてひとつひとつ噛み締めるように僕の言葉を聞いてくれた。

「太郎くんって優しいのね…。」

そう呟いた佳織の眼から一滴の涙が零れ落ちた。
公園の街灯に照らされてダイヤモンドのように光り輝く。

その涙の美しさ。
その心の美しさに胸を打たれた僕はついに決心した。
この1年間の想い。
時間をかけて丁寧に育んできたこの大切な想いを伝えるときが来たのだと。

「佳織さん…。聞いて欲しいことがあるんだ。」

「何?」
佳織は涙を拭ってこちらを向いた。
僕は大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

「僕は……、僕は初めて出会ったときから、佳織さんのことが大好きだったんだ!」
やっと伝えられた正直な気持ち。
佳織は驚きの表情を浮かべてこちらを見つめている。

「佳織さんはいつも明るくて…、優しくて…、僕にとっては太陽みたいな存在なんだ。
 いつも暖かく僕を包み込んでくれているんだ。」
佳織は僕の言葉を噛み締めるように聞いてくれている。

「僕がいじめられそうになったとき、佳織さんは僕のことを守ってくれた。
 僕が落ち込みそうになったときには明るく励ましてくれた。
 佳織さんの笑顔は何よりも素敵だし、僕は何度となくその笑顔に元気をもらった。」
佳織の表情が少し柔らいできた。

「僕は強くないから、佳織さんを守ってあげることはできないかも知れない。
 男の癖に情けないけど、いつも守られてばかりなのかも知れない。
 だけど佳織さんのことを想う気持ちは誰にも負けない。
 だから……、だから僕と付き合ってくれませんか?」

言えた…。
生まれて始めての告白。
自分の気持ちをようやく言葉にすることができた。
伝えられたことだけで僕の気持ちは十分満足していた。

そして佳織からの返事が返ってくる。
正直、期待なんかできないのは分かっている。
何せ彼女はオリンピックの金メダリスト。
僕なんかとは所詮、釣り合うわけもない・・・・・・。
しかし佳織から戻ってきた言葉はすごく意外なものだった。

「私、嬉しい……。」

「えっ??」

「私、嬉しいの…。こんなに嬉しいの初めてかも…。
 実は私も………………
 私も、最初に会ったときから太郎くんのことがずっと気になって仕方なかったの。
 すごく優しくて…、繊細で…、可愛らしくて…。
 太郎くんのことを守ってあげたいってずっと思ってた。」

「ほっ…本当に???」

僕は心の底から驚いた。
こんなことが現実に起こりえるとは夢にも思っていなかった。

「えぇ本当よ。でも太郎くんこそ…、本当に私なんかで良いの?
 こんなにデカくて、太郎くんの何倍も強い私で、本当に構わないの??」

「もちろんさ…。佳織さんさえ良ければ、僕はキミと一緒に居たい…。」

「ありがとう…。じゃぁ私も太郎くんの傍から離れないわ…。
 だからもう安心して。変なヤツが来ても、指一本触れさせたりしないから…。」

「本当かい?本当に僕のことを守ってくれるんだね?」

「えぇ。任せといて…。」

「佳織さん…。」

「太郎くん…。」

僕は佳織の胸に飛び込んだ。
佳織はギュッと抱きしめてくれた。
全身が軋んで呼吸が少し苦しくなった。

僕の顔の位置には彼女の大きな胸がある。
その柔らかさが僕には何とも言えず心地よかった。

佳織の抱きしめる力が少し緩んだ。
遥か上方にある彼女の顔を見上げる僕。
佳織は眼を閉じて、可愛らしい唇をアピールしていた。

『ファーストキッス!!』
胸の鼓動が一段と高まった。
しかしここで大問題が発生する。

届かない!
届かない!
どう頑張っても届かないのだ!

198センチの佳織と161センチの僕。
37センチという身長差はそう簡単には克服できない。

幾ら背伸びしても絶対届かない。
ジャンプしたら届くだろうか…。
近くのベンチは使えないか…。
僕はいろいろ思考を巡らせた。
しかし名案は思いつかない。
僕は焦った、少しパニックに陥った。

すると次の瞬間、佳織の表情が緩む。

「はははっ。」
いきなり可愛らしく笑い出す佳織。

「太郎くんに届く訳ないじゃない。」
佳織は僕をおちょくっていたのだ。

「もう!佳織さんったら!」
僕は怒って見せた。
2人の笑い声が公園にこだました。

「ひょいっ。」
佳織が僕を抱きかかえた。

「ああああああっ…」
突然の出来事に少し驚いた僕。

気が付くと、僕の目の前には佳織さんの透き通った瞳があった。
初めて同じ高さで見つめ合う2人。
体の大きな佳織だが、顔の大きさは僕より小さいことが判明した。
その可愛らしさに、僕は思わず吸い込まれそうになった。

「チュッ」
軽いキスを交わした2人。
抱き上げられたままで少し恥ずかしいが、これが僕のファーストキスだった。

同じ公園の遠く離れたベンチには、眼鏡を掛けた男がひとり座っていた。
表情は満面のニヤケ顔。
ノートパソコンを膝に置いて、素早く何かを打ち込んでいる。
そして彼はリターンキーに小指を置いた。

「カチッ!」
「ヒューーーーーーーーっドッカーーーン!!!!!」
彼がキータッチすると同時に、大きな花火が打ち上がった。

「あっ!花火だ!」
佳織さんに抱きかかえられたまま、僕は花火に見とれていた。
佳織さんも同じ方向に目をやっている。

「何だろう?こんな時期に、少し季節外れだよね。」

「でもキレイだなーーーっ。」
佳織の表情は最高に輝いていた。

『佳織さんの方があんな花火よりよっぽとキレイだと思うな…。』

心の底からそう思った僕だったが、さすがに照れくさくて口にはできなかった。

おしまい





inserted by FC2 system