お見合い

都心にある高層ビルの最上階。
そこにある豪奢なレストラン。全面ガラス張り。見晴らしが最高級なら、価格も最高級。
そんな超高級レストランの隅の一角を区切った個室。
そこで、四人の男女は如何にも高級そうな料理が並べられたテーブルを囲んでいた。

男女といってもその内、女性が三人。妙齢の女性が向かい合うように座り、その隣に若い男女が腰掛けていた。

「定番ですけれど、ここから先は若者に任せて、年寄りは退散すると致しましょうか」
「ほほほ、そうですわね」
そういうと、妙齢の女性二人はそそくさと部屋を出て行った。

部屋に残されたのは、スーツ姿の男と、その対面に座った豪華なドレスを着た女のたった二人。
スーツ姿の男は何かスポーツでもやっているのか、肩幅も広く体格の良いシルエットをしていた。
一方の女の方は、ドレスの飾り付け多く体型が覗えないが、女性らしいシルエットには違いなかった。

「ははは、いやぁ・・・参りましたね」
「・・・いえ、そんなことは」
実はお互い、まだ軽い自己紹介しか済んでいない。

「さっきの紹介でありましたが私、実はこのビルの下の階でスポーツジムを経営しているんですよ」
「は・・・はぁ」
この男は二十代半ばながら、スポーツジムを経営するオーナーだった。

この男の両親が、仕事をバリバリやるのは良いが、もっと異性にも興味を持って欲しい、
と伝手を頼って無理矢理この場をセッティングしたのだった。

「いや〜、しかし暑いですね」
話題に困ったのか、いきなり上着を脱ぎ出した。
空調は元々、程良い加減に調整されている。しかし、あろうことか男は半袖のTシャツ一枚になってしまった。

「ここは私の行き付けの店なんですがね、どうも今日は空調の調子が悪いようで」
繰り返すが、空調は万全。超高級レストランの、しかも個室でそんな調整ミスなど在り得ない。
しかし、男はそんなことなどお構いなしにしきりにポーズを取っている。

「あの・・・何をなさっているんでしょうか?」
「え? あ、ああ、すみません。つい・・・。でも、どうです? 私の身体は。
 これも、私のジムの最新器具でのトレーニングの賜物なんですよ」
確かに体格は良いが、Tシャツの袖から見える二の腕は筋肉というよりは脂肪でただ太いだけ、そんな感じだった。
現に、ダブルバイセップスのポーズを取っても、それほど腕が太くなっていない。

「これでも、昔はラグビーをやっていましてね。学生時代から身体を鍛えるのが好きだったんですよ。
 それが高じてジムを経営するに至った、というわけです」
ニッ、と健康そうな白い歯を見せながら男は得意げに笑った。

「・・・あれ? あまり、こういう話は興味ありません? ははは」
反応の薄い女とは裏腹に、余裕からか、それとも沈黙に耐えられないからか、男は陽気に話し続ける。

「しかし、貴女のドレスも大変、良く似合っていますよ」
自分の話題ではダメだと思ったのか、今度は女のドレスに話題を振った。

「でも、珍しいタイプのドレスですね。・・・その、腕の飾りとか」
「・・・飾り?」
女のドレスは、身体のラインが出難いタイプのようで、ところどころの部位がパフスリーブになっている。
パフスリーブとは、中世のドレスによく見られる、立体になるように裁断した袖のことだ。
しかし、胸元だけは大きく開いて、女の大きな胸の膨らみと谷間を強調していた。そういったデザインなのだろう。

「パフスリーブか"二つ"も付いているなんて珍しいですね」
「いえ、それはまあ、肩は二つですから、パフスリーブも勿論・・・」

「ああ、いえ、そうではなく片腕で、肩から二の腕にかけて"二つ"付いているじゃないですか」
「・・・・・はい?」
女は、男の言っていることの意味がわからなかった。
また逆に男の方も、女に何故伝わっていないのかがわからなかった。

「・・・え、だって肩と二の腕に・・・」
「・・・くす」
女が先に理解したのか、目を細めて小さく笑った。

「・・・・・?」
「あ、いえ、何でも・・・。そうだ、この後、もし宜しければ経営してるジムを見学させて頂いても構いませんか?」
さっきまで詰まらなそうだった女の目が、急に輝き始めた。

「え、ええ、勿論良いですよ」
食事を終えると、程なくして二人は階下の男が経営しているというジムに移動した。

ジムは、ビルのフロアを二階層も打ち抜いて造られていて、かなり規模の大きなものだった。

「どうです? これが、私の自慢のジムです」
「凄い・・・ですね」
女も、こればかりは素直に驚いた。

「設置されている器具はどれも最新のモノで、トレーナーも充実しています。
 更に、下の階層では室内プールもあるので、いろんな方の需要にお答え出来ます。
 これも縁ですし、何なら入会費・会費無しの特別会員としてお迎えしますよ」
男は自分のテリトリーで気が大きくなったのか、饒舌になっている。

「は・・・はあ」
「あ、ああ、すみません。気付いたらいつもの営業トークになってしまっていました」

「もっと、いろいろ見せてもらっても良いですか?」
「ええ、勿論! 何でしたら、私の特別ルームを見ますか?」
女の興味を引けたのが嬉しいのか、男は更に畳み掛ける。

「特別ルーム?」
「ええ、私専用のトレーニングルームです。このフロアにあるものよりも更に最新の設備が置いてありますよ」
ここにあるものでも、女にとっては充分に最新に見えたが、男はそれ以上のものがあるという。

「ここが私のオーナー室兼、トレーニングルームです」
そこは、二十畳ほどの大きな部屋だった。隅にデスクと書類棚があるスペースがある。
それ以外の部屋の大半はトレーニング器具で埋め尽くされていた。

「実は私、トレーニングマシンの収集マニアでもあるんですよ」
男は突然、そんなことを言い出した。

「これなんて、どうです?」
男が指し示したのは、ラックにあるバーベル用のプレート。『50』と書かれている。

「バーベルのプレートなんてのは精々、重くても20sぐらいまでなんですけど、これは何と50s!」
「確かに、"50sの"ウェイトプレートは初めて見ました。いつも、これでトレーニングされているんですか?」
女は興味を魅かれたのか、まじまじとプレートを見つめている。

「あーいや、ははは。さすがにこの重量は扱えませんよ。あくまでもコレクションです。
 7、8枚はあるんで使えなくは無いですが、あまり重過ぎるウェイトは危険なんですよ」
事故になったときに大変だから、と男はそう説明した。

100sのダンベル。1tまで設定出来るバタフライマシン。2tまで耐えられるレッグマシン。
デザイン的に珍しいものや、どうやって使うのかわからないような複合マシンまで多種多様だった。

「どうです、凄いでしょう? 何でしたらいろいろと触ってみますか? 私がレクチャーしますよ。
 トレーニングウェアならジムで売ってる市販製のものがあるので、お好きなのを選んで下さい。
 勿論、更衣室もありますよ」
「そうですか? では、お言葉に甘えさせて頂こうかしら・・・」
男は自分のテリトリーで気が緩んでいたのか、女の雰囲気の変化に気付いていなかった。

女のプロフィールにその『文字』は無かったし、男は自分をジム経営者だということを仕切りに強調していた。
であるならば、レストランの席で話題に出ていてもおかしくは無かったはずなのだ。

「へへ、このまま俺の凄さを見せ付ければ・・・」
男は、タンクトップにスパッツという自前のトーニングウェアに着替えて一足先にスタンバイしていた。
これから見合い相手に、男である自分の凄さを見せ付けることが出来る。そんな期待感で一杯だった。

「お待たせしました」
ドレスを脱ぐのに時間が掛かったのか、それなりに待たされた男はやっと来たか、と女の方を振り返った。

「・・・げぇ!?」
「・・・・? どうかされました?」
女を見るなり、男は驚きのあまり口をパクパクさせている。

偶然なのか、女は男と同じメーカーのタンクトップとスパッツを着けていた。
しかし、だからこそ、男と女の体型の違いがハッキリと現れていた。

男は、決して肥満体というわけではない。
だが、筋肉質なラガーマンというよりは、どちらかというとプロレスラーに近い。
しかし、プロレスラーにしても筋肉よりも贅肉が目立つ、お世辞にも格好良いとは言い難い体型だった。
本当にただ体格が良いだけ、そんな印象だ。

一方の女の体型は、男の度肝を抜くには充分過ぎるものだった。
バストやヒップに付いた脂肪が豊満さを残す、美しくシェイプアップされた女性らしい肢体。
その全体的な線の細さは女性らしさの現れなのだが、それ以外の部位は隆起する筋肉で覆われていた。

体格的には男が勝っているのだが、上腕や太腿の筋肉の隆起は女の方が凄まじかった。
男は、女が筋量の割りに太く見えないのは、関節の細さから来るものなのだとようやく気付いた。
無駄な肉が付いていない、男とは対照的な、しっかりと鍛えられた身体。

男はやっと、さっきの"勘違い"に気付いた。
男がパフスリーブだと思っていた二の腕の膨らみは、女の力瘤の隆起によるものだったのだ。
だが、男は実際にその"モノ"を目の前にしても信じられなかった。
いくらドレスで体型がわかり難かったとはいえ、それとわかる大きさなら力瘤による膨らみだと気付いただろう。
しかし、露になったその前腕と比べても、女の力瘤はあまりにも大きかった。
それが、ボディビルダーや相撲取りのような筋肉ダルマなら、まだわかる。
だが、目の前に居るのは男である自分よりも身長が低く、肩幅も狭い女性。

「ああ、言ってませんでしたっけ。私も、実はトレーニングが趣味なんです」
男はてっきり、女は何かのスポーツ選手で、一流のアスリートなのでは、と思い聞いてみた。
しかし、トレーニングが趣味なだけの素人で、スポーツ経験は無いという。

「プロフィールに書かなかったのは、先入観を持たれたくなかったので・・・。
 でも、レクチャーして下さるんでしょう?」
「え、ええ、勿論ですよ」
女の意図はわからなかったが、今が自分をアピールするチャンスであることに違いはないのだ。

「じゃあ、先ずはダンベル運動から始めましょう。適当な重さのダンベルを持って下さい」
そういうと、男は5sのダンベルを2つ、両手に取った。

「はい。じゃあ、私はこれを」
「そう、最初は軽いウェイトから・・・って、ええっ!?」
女が手にしたダンベルには、『50』と書かれていた。勿論、『50』とは50sのことだ。
片手で50s、両手合わせて100s。それを、ウォーミングアップの一番最初で手にしたのだ。

「あ、危ないですよ! 最初は軽いウェイトから始めないと・・・」
「ええ、ですから軽いウェイトから始めたんですが・・・」
そういいながら女は、馴染んでいなくて違和感があるのか、指で器用にスパッツの裾の皺を直していた。
勿論、50sのダンベルを持ったままである。

「っ!? ・・・・・・・・」
流石にそれを見て、男は何も言えなくなってしまった。
心なしか、女が軽蔑の眼差しを浮かべているように感じた。

男は最初、女は見栄を張っていきなり重いウェイトから始めたのだと思った。
しかし、女は男の10倍の重量のダンベルで、男と全く同じ運動をこなした。

「・・・じゃ、じゃあ! 次はベンチプレスをしましょう!
 私、実はダンベル運動よりもベンチプレスの方が得意なんですよ!」
「へぇ・・・それは、楽しみですね」
女の、男を品定めするような視線。

男はやっと、全ての状況を理解した。

最初、女がダンベルを見るのを初めてだ、と言った時、それはトレーニング初心者だからだ、と男は思った。
しかし、『50s』のダンベルを見るのが初めてだというだけで、実際は経験者だったのだ。
経験者であることを明かさず、ギリギリまで男の出方を伺っていたということになる。
さっきまでのレストランでのことは、『お見合い』ですら無かったとしたら?

そう、女にとって、今が『お見合い』の本番だったのだ。
将来、自分の伴侶になるに相応しいか、その品定め。
本来、対等であるはずの『お見合い』なのに、男は自分に決定権が無いことを感じていた。
決定権を獲得する為には、少しでも良いところを見せるしかない。

「じゃあ、見てて下さい」
男がそういってベンチプレス台に横になった。

ラックのバーベルに取り付けられたウェイトは、『50』が左右に1枚ずつ。
普段はもっと軽いウェイトから始めるし、そもそも『50』は使わない。
それも全て、目の前の女に良いところを見せ付ける為、だ。
このまま舐められっ放しになるのは我慢出来ない。男としてのプライドがそうさせた。

「ふっ、ふっ」
リズミカルに、シャフト込み計110sのバーベルが上下する。

「・・・ふぅ。どうです?」
何とか体裁を保てた安堵感からか、男は白い歯を見せつつ、ニコッと笑った。しかし。

「・・・ぷ。あ、いえ、すみません」
それは明らかな嘲笑。

「な、何が可笑しいんです?」
男も、さすがにそれは見過ごせなかった。

「いえ、本当にすみません。貴方があまりにも必死だったのが・・・ぷ、くすくす」
「だから! 何が可笑しいのかと聞いているんです!」
男が声を荒げる。

「一つ聞きますけれど、かなりを無理をしているのでは?」
「・・・い、いや・・・そんなことは・・・」
図星だった。

男は良いところを見せようと、スタートから既に限界重量に近いウェイトを選択していた。

「『最初は軽いウェイトから』って仰ったのは貴方ですよ?」
「・・・だから、軽いウェイトで・・・」
男の目が泳いでいるのを女は見過ごさなかった。

「じゃあ、このくらい軽いですよね」
そういって、女はバーベルに新たなウェイトを追加した。

「・・・なぁ!?」
女が軽々と追加したウェイトは・・・何と、『50』と書かれた先程のウェイトプレート。

男は、50sのウェイトプレートをそれぞれ片手で軽々と扱った女に驚愕した。
だが、それ以上に自分がこれから210sを挙げなければならないことに恐怖した。

「む、無理ですよ。さすがに、如何な私でも210sは挙げられません」
「『如何な』ですって? ふふふ。貴方がどの程度のお方なのかをこれから見せて頂こうかと思いましたのに。
 その程度なんですね。幻滅しました」

「い、いや、しかしですね・・・」
「言い訳は結構です」
男の言葉を遮る形で女はそう言い放つと・・・何と、今度はバーベルのシャフトを掴み、持ち上げた。

「・・・・・!?」
男は最早、言葉にならなかった。

女は両手を逆手にしてシャフトを持ち、バーベルを上げ下げしている。
大胸筋を使うベンチプレスよりも遥かに筋力を要する、バーベルカール。

男が無理だと、挑戦すらせずに諦めた高重量のバーベルが今、女の腕力のみで上下していた。
ただでさえ大きな力瘤が、バーベルの上昇と共に一回りも二回りも大きくなっていた。

男は自分の腕を見た。
少しは筋肉が付いているものの、脂肪の付いた、ただ太いだけの腕。
しかし、女の上腕には、自分の脂肪付きの腕よりも更に太く力強い筋肉の塊が盛り上がっている。

その差は歴然だった。

「私が素人だというのは本当なんですよ。誰にも教わらず、見よう見真似でトレーニングして来たので」
そういいながら、女は男に冷たい視線を送った。

「・・・だって、自分より力の弱い男に命令されたくないじゃないですか」
女の視線、それは明らかな侮蔑の眼差しだった。

「私、自分より力の強い人に出会って、その人からトレーニングを手取り足取り教わるのが夢なんです。
 そういった人を探して、こうやってお見合いしてるんですけれど・・・」
女はそっと、音を立てないようにバーベルをラックに戻した。

地味だが、音も立てずにバーベルを置くのは、よほど筋力に余裕がないと出来ない芸当だ。

男は、圧倒的な女の腕力に対する恐怖と悔しさで
涙、鼻水、冷や汗、脂汗、小便、と身体中のありとあわゆる水分を垂れ流していた。

「少なくとも、貴方はひ弱過ぎてお話になりません。汗の一つも掻かせてもらえないなんて・・・」
女は、そんな男に一度も振り返ることもなく、トレーニングルームを後にした。


おわり





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