ダイエット 前編

「今日も遅くなっちまったな。」
男は残業を終えて家路を急いでいた。普段ならさほど遅い時間帯というわけではないのだがここ最近、この時

間帯になると通り魔が出没するのである。
しかも、狙われるのは必ず男で、出会ったが最後、無残にも殺されるのである。
いや、破壊されるといった方が良いだろうか。
全身の骨を粉々に砕かれた者や、絞め殺された者。酷いのでは上半身と下半身が腰で完全にねじれて前後逆

を向いていたという者も居た。
誰しも凄まじい力で殺されていたため、警察は力自慢の大男だと犯人像に目星を付けて捜査しているが全く手

掛かりが掴めていなかった。
目撃者が全く居ないのである。しかも、強盗でもなく完全にお手上げ状態だった。

コツ コツ ・・・

男が足早に急いでいると、何やら足音らしきものが聴こえてくる。
「ま、まさか・・・・・な。」しかし、足跡はずっと付かず離れず付いて来ていた。あまりに怖くなって男が振り向こうと

したその瞬間、
「すみません、少し良いかしら?」何と、足音の主の方から男に話し掛けてきた。
「!」振り向いた瞬間、男は全く声が出なかった。そこにはモデル顔負けの美女が立っていたのである。
「はぁ〜、凄い・・・」と感嘆の溜め息が自然に漏れる。
身長は180センチを少しオーバーしたぐらいだろうか。1メートルはあろうかという豊満なバスト。それだけのサ

イズながら上向きにピンと張っていて
巨乳タレントにありがちが垂れたバストとは格が違っている。そして、キュッとくびれたウェスト。ヒップの肉付きも

申し分ない。
一つ気になるといえば、多少ガタイがいいというぐらいだろうか。だが、スーツにタイトスカートという一見してごく

普通のOL風な格好ながら
ある種、妖艶でかつ異様な雰囲気を醸し出していた。日本人によくいる「顔だけ美人」ではなく全てにおいて完璧

といったところか。
「少しお尋ねしたいのですが・・・このあたりで上倉さんという方のお宅をご存知ありませんか?」女が尋ねてきた


「ああ、それなら知ってますよ。この近くですよ。というか、ソイツは高校まで一緒だった腐れ縁の幼馴染なんで

すけどね。」
「そうなんですか?」
「ええ・・・・・」そう答えた男は、先程から女の身体を嘗め回すように恥かしげもなく眺めている。
「・・・な、何でしょうか・・・?」女もその視線が気になったようだ。
「いや〜・・・、でも本当に凄いスタイルですねぇ〜」いつの間にやら顔がにやけている。
「何かスポーツでも?それとも、何かのモデルをやっていたりとか・・・」
「いえ、そんな。少し運動がてら身体を鍛えていまして・・・・・」女の口の端が釣り上がり、微かに笑ったかに見え

た。気のせいだろうか。
「いや、私はてっきり流行りの通り魔かと思いましたよ。まあ、でも貴女のような綺麗な女性がそんなワケないで

すね。上倉のお知り合いか何かで?」
「まあ、そんなところです。」女はにこやかにそう答えた。
「でも、アイツがこんな美女とお知り合いだったなんて意外ですよ。確かに、高校の頃のアイツは凄くモテてまし

たけどね。そういえば・・・」
ふと、男が何かを思い出したような顔をした。
「幾らモテるっていってもアレは傑作だったな〜。」クククと思い出し笑いをしている。
「何かあったんですか?」女は気になって問い掛けた。どことなく真剣である。
「いえね。高校時代のある日、アイツ、告白されたんですよ。まあ、それ自体はそう珍しいことじゃなかったんです

けど、相手の女が・・・」
「女が・・・?」
「学年で最重量のデブ女だったんですよ。身長も結構高かったからそれはもう凄い迫力で。まあ、顔は悪くなか

ったらしいんですが、
 ソイツは言ってやったんですよ。『俺はデブ選じゃないぜ?』って。」
「・・・・・」
「私も隠れて様子を伺ってたんですけど、もう大笑いで。んで、捨てセリフが『人間の体重に戻ったら相手してや

るかもよ?』ですから。」
クックックッと男は相変わらず思い出し笑いをしていた。
「確か、名前が・・・・・」
「中原翔子?」
「そうそう。そんな感じでまた身体に似ても似つかない名前で・・・・・って・・・?」
男は先程までと女の雰囲気がまるで違うことに気付いた。女の方は、今度はハッキリとわかるような冷笑をその

顔に浮かべていた。
「な・・・何でその名前を? ま、まさか・・・・・?」
「そのまさかって言ったら信じる?」


「顔は何となく面影がなくはないけど、いや・・・でもそんな・・・・・身体は完全に別人じゃないか!」あまりに突飛な

事実を告げられたので自然と声が高ぶる。
「フフフ・・・。あれから苦労したのよ?学校中の笑い者にされて・・・必死でダイエットしたわ。バカにしたアンタ達

を見返してやろうって思ってね。
 すぐに貯金をはたいてスポーツジムに通ったわ。そして、私は生まれ変わったの。」
確かに、その身体に高校時代の面影は微塵も感じられない。
「でも、それだけじゃないのよ?」
「・・・?」男には言ってることの意味がわからない。
すると、女はおもむろに肩の高さで右腕を90度に折り曲げてみせた。何と、その曲げた腕にはこんもりとソフトボ

ール大の膨らみができ、スーツの袖を
これでもかとピンピンに張らせている。そして、さらに腕を折り曲げると

ビリビリビリッ

という音とともに更に大きくなった巨大な力瘤が袖を破いて現れたのである。
「どう?凄いでしょ?」翔子は誇らしげに力瘤を盛り上げている。
「な、何て力瘤してるんだ!・・・じゃあ、もしかして通り魔っていうのは・・・・・」
「さあ・・・どうかしら。でも、ジムに通うようになって鍛えているうちに私はわかったの。女でも男以上の力を手に

入れられるってね。
もう、今ではジムで私が一番重い重量を扱っているのよ。」
「そんな、女が男より強いワケあるかよ!」
「あら? まだ信じられない?」そう言うと、翔子はおもむろに辺りを見回した。そして、ある物を見つけるとそこに

歩み寄った。
それは750ccの大型のバイクだった。すると、翔子はバイクの前に屈んで前輪と後輪のホイールの部分に手を

掛け掴み始めた。
「な、何しようってんだよ・・・?」男はまさか、と今脳裏に浮かんだ嫌な想像を振り払おうと頭を振る。
だが、それは目の前で現実となった。何と、翔子は前後輪のホイールを掴んだまま、いとも簡単に立ち上がった

ではないか!
750ccと言えば倒してしまえば、大の男でも起き上げるのは一苦労である。それを何と目の前の美女は腕の力

のみで持ち上げたのだ。
そのまま、さらに翔子はバイクを重量挙げのように頭上高く持ち上げた。だが、今までの動作に重量挙げのよう

な力のタメは一切見受けられなかった。
力む声すら挙げず、まるで軽い板でも持ち上げたかのようだったので、男は一瞬、「このバイク、もしかして軽い

んじゃないのか?」と疑ったが
黒光りするメタリックボディの重量感はそんな想像を即座に打ち消した。しかし、本当に驚くのはここからだった


何と、翔子は頭上高く差し上げたバイクをそのままの位置で、シートの部分を支点にして折り曲げ始めたのだ。

まるで飴細工でも作っているように・・・
あっという間に翔子の頭上に真っ二つに折り曲がったバイクが出来上がる。
「これでどうかしら? 信じてもらえた?」フフッと翔子は余裕の笑みを見せる。男はただただ唖然とするばかりだ


「勿論、これで全力だなんて思わないでね♪・・・じゃあ、そろそろ覚悟は良いかしら?」さらにそれが妖艶な笑み

に変わる。
「お、俺だって子供の頃から総合格闘技の道場に通って鍛えて来たんだ。女なんかに負けるかよ!!」そう強が

ってはみたものの、声が完全に震えている。
気付けば翔子の身体はいつの間にか凄まじい筋肉で覆われていた。スーツもところどころが破け、タイトスカー

トも大腿を隠しきれず、
両端が裂けてスリットが入ったようになっている。正直なところ、あんな筋肉は今まで見たことがない。
それでいて豊満なバストやくびれたウェストが女性らしさを失わずその肉体美を保っていた。
「ふふ、いいわよ。好きに掛かってきて。」余裕の表情で男にそう促した。
「なっ・・・舐めやがって!」
「私の顔以外ならどこを攻撃しても良いわよ?一切、反撃しないから好きに攻撃しなさいな。た・だ・し、顔を狙っ

てきたらキツ〜イお仕置きが待ってるわよ?」
「この、アマ!」
そういうと、男は別に構えるでもなく直立不動の翔子目掛けて襲い掛かってきた。


男は思い切りその無防備なボディに渾身のフックを放った。が・・・・・

グシャッ・・・

およそボディを殴ったというには程遠い鈍い衝撃音が鳴った。
「ぐわぁ〜〜っ・・・」何と、ダメージを受けたのは男の方だった。右手を押さえてうずくまっている。よく見ると、右

手の指の何本かは本来あり得ない方向に折れ曲がっている。
「くそっ・・・腹に何仕込んでやがる・・・」
「あら? 別に何も仕込んでないわよ? ほら。」そういうと翔子は恥かしがることもなく、シャツをスカートから出し

、極限まで鍛え上げられた腹筋をあらわにした。
「な・・・・・」
「これでもウェストは60センチもないのよ? まあ、それでも金属バットで殴られたって何とも無いけどね。」

「でも、情けないわねぇ〜。確か、貴方ってケンカもそこそこ強いって有名じゃなかったかしら? それとも、それ

でその程度なのかしらね。」
「な、何を・・・・・!」とは反論したものの、翔子の迫力に気圧されてまともに声が出ない。
「仕方ないから最後のチャンスを挙げるわ。」そういうと、翔子は左腕を地面に水平になるように肩の高さで固定

した。
普通に伸ばしているだけでも、盛り上がる筋肉の凄みは変わらない。関節の細さが余計にその筋肉を際立たせ

ている。
「何のつもりだ?」
「貴方、総合格闘技をやってるんでしょ? なら、この腕を好きに取らせてあげるから好きな技を掛けなさいな。
あのまま、殴らせてても勝手にそっちが自滅して終わっちゃいそうで面白くないのよ。」翔子は完全に余裕を見

せている。
だが、男からしても願ってもないチャンスだった。正直、あの筋肉の鎧のどこを攻撃すればいいのか検討もつか

なかったからだ。
「その言葉、後悔するなよ!」ここぞとばかりに男が腕に飛びついた。破壊された右手を添えるようにして左手で

翔子の手首をキャッチし、両脚をその極太の上腕に絡ませる。
「道場のスパーリングでもこれが決まって負けたことは無いんだぜ!」近代格闘技における必殺の腕ひしぎであ

る。後は全体重を掛けて相手を倒すだけである。

・・・のはずだった。男は明らかに翔子の左腕に全体重を掛けている。だが、倒れないのだ。水平に伸びた腕は

微動だにしない。
「なっ・・・・・」男は唖然としている。するとすぐ側で溜め息が聞こえた。
「さっきのパフォーマンスを見てなかったのかしら? 貴方程度が全体重をかけたところでたかが知れてるわよ。

」すると、翔子は徐々に腕を挙げ始めた。
一瞬にして、腕がアスファルトと垂直になる。男は、本来あり得ない景色をその腕力の凄さに顔が青ざめている

。そして、何を思ったのか
「く、くそ〜っ!!」翔子の腕にしがみ付いたまま、翔子の顔目掛けて同じ高さにあった足で蹴りを放った。そう、

禁じられていた顔面への攻撃である。

しかし、そんな半狂乱の蹴りを喰らう翔子ではない。いとも簡単に空いていた右手で蹴り足をキャッチした。
「女の顔を攻めるなんて・・・・・だから、忠告してあげたのに・・・」冷笑を浮かべていたからは笑みが消え、明ら

かに怒りが滲み出た冷酷な顔になっていた。

ボキ ボキ・・・ グシャッ

男の足がその驚異的な握力で握り潰された音だ。もはや、その足は人の足の原型を留めていなかった。
「うぎゃぁあああ〜!!!」
「もう! 大きな声出さないでよね。目立つといけないし、そろそろ終わりにしましょうか。」低く落ち着いた声でそう

言うと、そのまま右手を男の顔にあてがうと、
「人間の頭って結構脆いのよね〜♪」男に断末魔を挙げる余裕を与えることなく、その頭をリンゴでも潰すように

何なく握り潰した。


翔子は男の携帯のメモリーから上倉の番号をチェックすると、
「やっと、次でメインディッシュにあり付けるのね。」そう言って、フフッと微笑すると何事もなかったかのように夜

道に消えていった。






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