女帝学園

切っ掛けは、少子化による経営の悪化からの学校統合。

スポーツ推薦率が全国でもトップクラスの男子校、K学園。そして、経営母体を同じくするK女学園。
通称、『K学』『K女』と云われる二校はそのどちらも、県下ではスポーツエリートの通う学校して知られていた。

男子校と女子高が合併することによる共学化。それだけなら今のご時勢、珍しいことではないかもしれない。
しかし、その"中"で起こった『改革』は、生徒全体、特に男子生徒を恐怖で震撼させた。


【1】相撲部


部室の入り口に掛けてある看板にはそう書かれていた。

中からはぶつかり稽古をする激しい音・・・は、聞こえて来ない。
聞こえて来るのは、男子部員の息遣いらしき声。

部室にはしっかりと土が敷き詰められ、最初から相撲用の部室として造られているのが覗える。
その中心にある土俵には、まわし姿の男子部員。
しかし、異様だったのは、その男子部員と組み合っているのは制服姿の女生徒だということ。
土俵に女子が立っているだけでも違和感があるのに、その女子は靴を履いていた。
土俵は本来、女人禁制であり、土足厳禁。

異様なのは何も、禁忌を破っているということだけでは無い。
男子部員に相対しているはずの女生徒は、組み合うどころか棒立ちをしている。
男子部員だけを見たら、『がっぷり四つ』で力が均衡している状態に見えただろう。
明らかに前方に体重ごと力を掛けている男子部員を、女生徒は立ったまま抑え込んでいた。

「はぁ・・・はぁ・・・くっ・・・ぅっ!」
「・・・あれぇ? もう終わりですかぁ?」
男子部員が必死に押しているが、女生徒は微動だにしない。

男子部員は、別に痩せ細っているわけではない。アンコ型の体型でしっかりと鍛えられているのがわかる。
しかし、その男子部員と比べても、女生徒の身体は制服越しでもわかるぐらい、豊満で逞しかった。
広い肩幅。大きな胸は制服の胸元を球形に押し上げ、ボリューム満点の上半身。
スカートから伸びる太腿もムチムチとして肉付きが良く、下半身も迫力は充分だった。

そして、特筆すべきはその背の高さ。
男子部員の背はわからないが、『四つ』に組んだその頭が女生徒の豊満な胸の下に入ってしまっている。
『胸を貸す』の言葉がある通り普通なら、立っている者に対して『四つ』に組めば頭は胸に当たる。
上背に大きな差が無ければ、このような体勢にはならないだろう。

「どうしました? 土足で土俵に上がった女なんて、蹴散らしてくれるんですよね?」
「・・・くそっ、うぬぁぁぁ〜!!」
男子部員は気合いを入れるものの、状況は全く変わらない。時間だけがただ過ぎて行く。そんな感じだ。

「全く・・・鍛え方が足りないですよ」
そういうと、女生徒は姿勢を少しだけ低くすると、相手に覆い被さるように後まわしを上手で取った。
男子部員は、『がっぷり四つ』の体勢になった為、投げが来ると思い、身構える。

「ほら♪」
「うわぁっ!!」
女生徒は技を掛けるわけでも、投げを打つわけでもなかった。
上手を持ったまま、単純に低くしていた姿勢から再び、棒立ちに戻っただけ。
しかし、女生徒の方が上背が高い為、男子部員が数十pほど吊り上げられる形になる。

「何、これ・・・軽過ぎ」
アマチュアの学生とはいえ、列記とした力士体型の男子部員を持ち上げて、平然とそう言い放った。

「相撲やるならもっと食べて、肉付けた方が良いですよー。ほら、高い高ーい♪」
そういって、女生徒は男子部員を抱えたまま、腕を上げ下げした。
男子部員の頭は爆乳に支えているので、お尻だけが上下する形になる。
男子部員は、まさか学生になってまで味わうとは思わなかった、屈辱の"高い高い"。

「ん〜、このまま投げ飛ばしても良いけど、それだと他の部に示しが付かないんですよね」
「ひぃっ・・・お、降ろし・・・」
女生徒に持ち上げられ、土俵に足が着かず宙ぶらりんの男子部員は最早、されるがまま。

「相撲取りらしく、その脂肪の下にちゃんと筋肉が付いてるか、あたしが確かめてあげますね」
「・・・え、う、そ・・・やめ・・・」
女生徒は上手で吊り上げたまま、その手を自分の方に引き付け始めた。

鯖折り、というには位置が低い。しいていうなら、骨盤折りといったところか。

「うがあぁぁっ!!」
ミシミシ、という骨盤の軋む音と男子部員の悲鳴が重なる。

さっきまでの『四つ』の体勢とは打って変わって、今度は男子部員の上半身が反り返って行く。

メキメキ・・・バキッ! バキバキッ!!

「ぎゃあああぁぁぁっっ!!!」
骨の破砕音と重なったのは最早、悲鳴ではなく絶叫だった。

「「主将〜〜っ!!」」
部室の隅に居た他の部員が駆け寄ったが、主将と呼ばれた男子部員は泡を吹きながら土俵に崩れ落ちた。

「くっ・・・ど、どうしてこんなことを!?」
「ん? ・・・・・あっ!? ・・・そういえば、説明してなかったっけ・・・てへっ♪」
憤る男子部員数名に対し、全くそれを意に介してないかのように女生徒はおどけてみせた。

「んー。っていっても、ただの『部活統合』なんですけどね」
「『部活統合』・・・?」
そう。女生徒の言う通り、統合されたのは学校だけではなかった。

二つの学校が統合されれば当然、重複する部活も出て来る。
そういった部活を整理し、重複していなくても体外試合などの成績が振るわない部活は粛清、淘汰する。
それが新しい学校、しいては『新・生徒会執行部』の方針だった。

「・・・じゃあ、お前は・・・」
「あたしはK学園1年S組、鹿島杏子(かしま きょうこ)。生徒会執行部で書記をやってまーす」

「い、1年生だったのか!?」
相撲部員は男子の2〜3年生のみ。この場で一番歳下なのがこの杏子ということになる。

「しかも、運動部ですらなく、書記なのかよ・・・」
「ん? "書記なのか"ですって?」
男子部員がしまった、と思った時は既に遅かった。

杏子の長い腕が男子部員に伸び、顔を大きな手でその顔をキャッチした。
そのまま、片手一本で男子部員を持ち上げる。

「む"〜っ! む"〜っ!!」
杏子の手を放そうと必死にもがくが、その抵抗を意に介さないぐらい、両者の力の差は歴然だった。

ガコッ!!

「あ"ががが!!」
杏子の手の中で男子部員は大きな呻き声をあげた。

「口は災いの元♪」
気が済んだのか、杏子は手を放すと男子部員はドサッと地面に落ちた。

「おい! 大丈夫か!?」
「酷ぇ・・・顎が外れてる・・・」
残った部員が倒れた部員に駆け寄った。

「お、お前、1年だろ! せ、先輩に向かって何てことするんだ!」
残る部員は三人。その内の一人が勇気を振り絞って杏子に噛み付いた。

「ぶっ! くすくす・・・」
その様子が可笑しかったのか、杏子はお腹を抱えて笑い出した。

「な、何が可笑しい!?」
「先輩みたいな小っちゃくて脂肪だけの似非相撲部員に先輩面されても可笑しいだけです、ぷっ・・・あはは」
残っている相撲部員の身長はだいたい160p前後。土俵中央で昏倒している主将でやっと170pぐらい。
全国平均とさほど変わらない。一般人としてはとりわけ、小さいわけではない。

「お、お前みたいなデカ女から見たら、どんな奴だって小さく見えるだろう!」
部員の言葉に、杏子の表情が変わる。

「あたし、確かさっき、『口は災いの元』って言いましたよね?」
「ひぃっ!?」
今度は、顎ではなく顔全体をその大きな手で掴んだ。

ミシッ、ミシミシ。

「いぎゃあぁぁっ!!」
杏子の表情は薄い笑みのまま。大して力を入れているようには見えない。
しかし、絶叫する部員の顔に徐々にその指が食い込んで行く。
まさしく、鉄の爪。アイアンクロー。

「あー、何こいつ。汚ーい」
突然、杏子は手を放した。その拍子に部員が地面に崩れ落ちる。
部員は口から白目を剥いて、泡を吹いていた。

「・・・ったく、ホントに情けないですね。あたしみたいな"下っ端"の1年にやられっ放しだなんて・・・」
「・・・へっ? "下っ端"?」

「別に書記が下っ端だとは思わないけど、それでも重要な役職に私みたいな"弱い"1年が就けるわけないでしょ」
「う・・・そ、お前よりまだ強いのが居るの・・・か?」
残る部員の物言いに、ピクッと杏子の表情が変わる。

「だ・れ・が、『お前』だって・・・?」
「あ、ああ! す、すみません! 鹿島さん!!」
残った部員は二人とも、既に縮こまってしまっている。これでは、どちらが先輩かわからない。

「生徒会長に副会長、それに会計。少なくとも、その三人は間違いなくあたしより強いですよ。
 あたしが勝ってる部分なんて、身長ぐらい。才能ある人が本気で鍛えると本当に凄いんですよ?
 パワーは勿論、身長で勝ってるあたしが体重でも負けてるんですから。
 まあ、あたしもまだまだ脂肪が多いから仕方ないんですけど・・・。もっと絞らなきゃ」
「・・・・・・・・」
部員たちは言葉にならなかった。

部員たちから見ても、目の前の杏子は豊満だが、決して肥満ではない。
あれだけのパワー、身長以上に筋力があることも間違いない。しかし、更にその上が居るという。

「先輩たちはラッキーだったと思いますよー。担当があたしで。
 生徒会の"お姉さま"方だったら、こんなもんじゃ済まなかったと思いますよ?」
杏子は、昏倒させた三人を見遣った。

「・・・でも! ここまですることなかったじゃないか!」
主将は骨盤骨折で重傷。顎を外された部員も軽傷ではないだろう。

「じゃあ、何? 先輩たち、素直に『今日で相撲部は終わり』なんて言葉で言われて納得出来ました?」
「・・・・・うっ」
大柄とはいえ、1年生の女子に言われてはいそうですか、とはなっていなかっただろう。

「まあ、どのみち"結果"に変わりはないんですけど。部員、たったの五名。当然、全国大会にも行けず・・・。
 これからの時代、弱い者は淘汰されるんですよ」
そういって、残る部員との距離を徐々に詰めて行く杏子。

「わ、わかった! 部のことはもう諦める。だから・・・!」
「あたし、『"結果"に変わりはない』って言ったはずですけど」

「・・・へっ?」
「私が仰せ付かって来たのは『相撲部を潰せ』。まだ、先輩たちが残ってるじゃないですか」

「い、いや、だから、部は諦め・・・」
「わかってないですね。これは見せしめの意味もある、とっても重要なことなんです。
 でも、あたしって何をやるにも要領が悪くって、このままじゃせいぜい入院しても一人・・・。
 せめて、あと二人は病院のベッドで寝て貰わないと・・・・・あたしが困るんです」
そう。杏子の目的は、相撲部を潰すことは元より、相撲部員を潰すことでもあったのだ。

「俺たちが弱いのは認める! だから、これ以上の暴力は・・・」
「・・・暴力? ふふっ、統合化前の男子校だった頃のK学園も酷かったって聞いてますよ?
 今のあたしみたいに暴力で無理矢理、弱小部を潰してその部の部費を奪っていたとか。
 今回の『部活統合』は、そういった背景もあるみたいですよ?
 強くてそこそこの成績は残してるけど、そういう"裏工作"を行った部活も今回、粛清対象になってます。
 勿論、そこに派遣されるのは・・・ふふっ、今頃は阿鼻叫喚じゃないですかね。まあ、因果応報だと思いますけど」
元々、生徒の自治に任せる部分の多い学校ではある。
だが、学校側がこういった"無茶"を容認しているのにはそれなりの理由があったのだ。

弱小部を潰し、部費の無駄を無くす。それと同時に、校内の膿を出し、不安要素を粛清する。
全てが終わって初めて、『学校統合』は為し得たことになる。

「・・・じゃあ、お前ら元『K女』生徒会が統合後の"ウチ"の生徒会を牛耳っているのも・・・」
「ご名答♪ 男子部の生徒会なんて、真っ先に潰れちゃいましたよー。
 あたしも入学した当初は自分が一番強いなんて思ってたんですけど、
 "お姉さま"の"活躍"を見たら、あたしなんてまだまだだって思いました」
杏子は、さも自分のことのように"お姉さま"を褒めた。
胸の前で手を合わせた様は、上級生に憧れる可憐な少女そのものだった。男を見下ろす身長を除けば、だが。

男子部で行われていた、部費を多く得る為に弱小部を潰す"裏工作"。
それが横行していたのは、生徒会そのものがそれを助長していたからに他ならなかった。
生徒会は、その名とは裏腹に武闘派で鳴らした猛者揃いで誰も逆らえなかったのだ。

「男子部の元・生徒会の先輩たちはみんな、仲良く同じ病院に入院してますよー。
 卒業までに何人ぐらい退院出来ますかねー。その辺は入院ついでに聞いてみちゃって下さい。
 まあ、"お姉さま"方の活躍を聞いちゃったらむしろ、復学したくなくなると思いますけど」
では、と杏子は身構えた。

「や・・・やめ・・・」
「抵抗しないと怪我が酷くなるだけですよ?」
ビビッて立ち上がろうとしない部員の両腕を抱えるようにして、杏子は立たせた。

「うぎ・・・い、てて!!」
杏子の方が背が高い為、部員は爪先立ちで何とか立っている状態だ。

「これ、閂(かんぬき)って言うんでしたっけ?」
杏子は部員の両腕を脇に挟んだまま、腕を自分の方に引き込むようにして部員をその身体ごと持ち上げる。

ボキッ! ボキボキッ!

「うぎゃあぁぁっ!!!」
杏子に腕をロックされたまま持ち上げられた部員の腕は、90度に曲がっていた。
勿論、腕の可動域とは真逆の方向に、である。

残るは最後の一人。

「お、お助け・・・」
「往生際が悪いですよ」
パァンッ!!という破裂音に似た音。

それは、杏子が部員の顔面に張り手を炸裂させた音だった。

「ぶぼっ・・・ふ、ふが・・・」
一発。たった一発の張り手で部員の前歯はほとんど吹き飛んでいた。

この最後の部員も逃げようとせず、例えば土俵の中央で立ち向かっていたらこの一撃でダウン出来ていただろう。
なまじ中途半端に逃げようとした為、壁際に追い詰められた挙句、杏子の大きな張り手を喰らう羽目になった。

「や"、や"め・・・」
望んでもいないのに壁が部員の身体を支え、前に倒れようとすると掬い上げるような張り手で身体を浮かされる。
それが何度も繰り返され、部員の顔はいつしか河豚のように元の何倍にも膨らんでいた。

張り手が炸裂するたびにブーブークッションのようにぶぼっ、と吐息が漏れるが最早、部員に意識は無かった。
それは吐息ではなく、張り手を喰らうことによって腫れた頬に圧迫された口内の空気が漏れているだけだった。

「ふ〜、さすがにちょっと疲れたかも・・・。でも、良い汗掻いた」
無限機関かと思われた壁と張り手の人間ラリーは5分間、絶え間なく続いた後、ようやく終わりを迎えた。

主将、骨盤骨折で全治三ヶ月の重傷。
部員、両腕骨折で全治二ヶ月の重傷。
部員、顔面複雑骨折で全治三ヶ月の重傷。

「じゃあ、元・生徒会の先輩たちによろしく伝えて下さいねー」
キッチリと三人を病院送りにして、杏子は相撲部を後にした。


 つづく





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