ファイル04.キックボクシングの世界標準

ここは東南アジアの小国。
数年前までは内戦が続き、世界の最貧国と言われていた。
しかし3年前の民主化以降、急速に復興が進み、国民の生活も慢性的な貧困から脱しつつある。

そんなこの国には今、空前のキックボクシングブームが到来している。

TVで放送される試合中継は視聴率60%の大人気。
各階級のチャンピオンは人々の尊敬を集めている。

そんなある日・・・・・・
この国第3の地方都市に、キックの本場アメリカから有名選手が訪れることになり、
この街出身のミドル級チャンピオン、英雄フォンサックとの特別試合が開催されることになった。

数千人の大観衆が集まった試合会場。
屋根と照明だけが整った簡素なリング。
群集の湿気と熱気が会場を蒸し暑くしている。

独特の音楽に乗って先に登場したのはフォンサック。
ムエタイのスタイルで颯爽とリングインしていく。
ハンサムな顔と、筋肉の浮き出た逞しいボディ。
さすがに地元の大スターだけあって、観客の声援が止むことはない。

やがて音楽がロックのリズムを刻みだす。
アメリカからの招待選手が入場してきた。

観客がどよめく・・・・・・
会場は騒然となる・・・・・・

入場してきたのは、真っ白な肌に美しい金髪をなびかせたスタイル抜群の女性選手だったのだ。

ミシェール=マクグラウド。
世界女子フライ級ランキング7位のキックボクサー。
本場アメリカでは、その美貌と抜群のスタイルで男性ファンを中心に人気を集めている。

黒いスポーツブラにピンクのショートパンツ。
大きな胸に引き締まったウエスト、鍛え上げられた腹筋。
透き通った白い肌に、肩まで伸びた美しいブロンドヘアー。
白人など見たこともない多くの観客にとっては、あまりにも刺激的なスタイルであった。

現地の英雄に対して、女性に相手をさせるという超大国アメリカの横柄な態度。
あまりにもこの国を馬鹿にしすぎている。
ミシェールには怒りの混じった罵声が浴びせられる。

リングの中央で向かい合う2人。
いかにも男らしいフォンサックと、女らしいスタイルのミシェール。
軽くグローブを合わせて両コーナーへと分かれていく。

『女相手だからと言って容赦はしない。
 国の誇りを掛け、この街のため、俺は負けるわけにはいかない。』
フォンサックは並々ならぬ決意を秘めていた。

カーーーーン!
ゴングが鳴り響いた。

2、3秒様子を見た後、挨拶代わりのジャブを放ったフォンサック。
しかしそのわずかな隙をついてミシェールが踏み込んでくる。
彼女のカウンターパンチが的確に顎にヒットする。

予想を上回る踏み込みの速さに焦ったフォンサック。
それを見透かしたようにミシェールが攻め込んでくる。

左右のボディーブローが次々に炸裂する。
1発1発の威力はそれほどでもないが、スピードが凄い。
これまでの対戦では体験したことのない速さ。

パニックに陥ったフォンサックはただ堅くガードを固めるだけ。
次の瞬間ミシェールの金髪がふっとなびいた。

強烈なハイキックが彼にヒットする。
ガードの上からではあったが、凄まじいほどの衝撃がフォンサックを襲った。
吹き飛ばされるようにロープまで後退する。
これまで練習でも経験したことのない威力。
これが世界のレベルなのか…

頭が真っ白になったフォンサックの体をミシェールが首相撲で固定する。
そして強烈な膝蹴りが彼のお腹をえぐった。

腹筋を貫き背中に達するような威力。
彼は思わず片膝をついてしまった。

最初のダウン・・・・・・

これまでキャリア通算103戦全勝。
無敵の強さを誇ってきたチャンピオンが生涯初めてのダウンを喫した。
試合開始から10秒余りしか経っていない。

「He's bad match for me.(彼じゃ相手にならないわ。) 」
コーナーに戻ったミシェールが悲しそうにセコンドに告げる。
最初の攻防でレベルの違いを感じ取ったようだ。


フォンサックが再び戦闘態勢に入る。
彼女の強さは良く分かった。
もう油断はしない。
彼の表情はより一層真剣になっている。

「C'moooon!(かかってきなさい!)」
余裕を見せるミシェールが彼を挑発する。

フォンサックが放った渾身の右ローキック。
ミシェールは脚を浮かせて完璧にガードして見せた。
次の左足ミドルキックは、右腕で軽々と捌かれる。
苦し紛れに放ったパンチはスウェーして躱される。

次から次へと繰り出される攻撃を、ミシェールは完璧にガードして見せた。
本場アメリカを主戦場とする彼女にとって、フォンサックの攻撃技術は素人レベル。
攻撃へ移る初動動作が大きく、パンチやキックの軌道も単純。
まさに力任せの原始的なキックボクシングなのだ。
いかに力が強い男子選手と言えどもこれでは勝負にならない。

ひと通りの攻撃がすべて通用しない。
力一杯の攻撃でも、彼女のバランスを崩すことすらできない。
それでも精一杯、得意の蹴りを放っていくフォンサック。
ミシェールはひとつひとつの攻撃を的確にガードしていった。

しばらくすると、フォンサックの両脚が赤く腫れてきた。
既に歩くのも困難なほどのダメージが蓄積されている。
まるで鉄の塊でも蹴り続けたような痛み。

一方のミシェールは全くのノーダメージ。
それほどまでに彼女の防御技術は完璧だった。
フォンサックには絶望感すら漂い始めていた。

「C'mon, babe. Is it over?(坊や、掛かっておいで。もう終わりなの?)」
更なる挑発を受けて強引なフックを放つ彼に、タイミング良くカウンターパンチが炸裂した。

2度目のダウン・・・・・・

もはや観客も圧倒的な実力の違いを認めざるを得なかった。
世界の再富裕国アメリカと最貧国との力の差。
最強と思えた自国のヒーローが、アメリカの女子選手にも子供扱いされるという事実。
子供たちは世界の広さを悟った。

何とか歯を食いしばって立ち上がるフォンサック。
そんな彼にミシェールの非情な通告が下った。

「OK, good job. Let's call it a day.(あなたはよく戦ったわ。もう終わりにしましょう。)」
強烈な前蹴り1発でフラフラの彼をコーナーに追いつめたミシェール。
怒涛のパンチラッシュで勝負を決めにいく。
ガードの上から下から容赦ないパンチが降り注ぐ。

『もうだめだ…』
少しずつ意識が遠のいてきたフォンサック。
セコンド陣が仕方なくタオルを手にした瞬間ミシェールが舞った。

フライングニーキック…
彼女の必殺技だった。

英雄のマウスピースが飛ぶ。
跳び膝蹴りが顎に直撃したフォンサックは、勢い余ってロープ下に転落。
意識は完全に途切れた。

「カンカンカンカンカーーーーーン!!」
1R1分56秒、完全KO勝利。
リング上でひとり高々と手を掲げられるミシェール。
透き通った白い肌と肩まで伸びたブロンドヘアーの輝きは試合前と全く変わっていない。
キレイな形のバストを包み込む黒いスポーツブラには、汗ばんだ様子さえ見られない。

一方地元の英雄フォンサックは、未だにリング下で応急治療を受けている。
その様子をリング上から心配そうに見つめるミシェール。

試合会場を埋め尽くす数千人の大観衆からは彼女に対して惜しみない拍手が送られている。
この試合を見ていた誰もが、世界との実力差を認識したのだ。
彼女は本場のキックボクシングのレベルをこの国に伝える伝道師となった。

1ヶ月後、ミシェールは初めての世界戦に挑んだ。
相手は絶対王者として君臨する韓国の16歳、天才美少女ファン・ヨンジュだった。
地元韓国ではアイドル歌手としても大人気の彼女。

大方の予想通り、試合はドミネーションマッチとも言われるほどの一方的内容となった。
華麗なフットワークから放たれるチャンピオンの超高速キック。
スピードの速さにミシェールは全く反応できず、一方的に蹴りを浴びる。
さらにロープ際まで追い詰められた彼女は、絶対王者が誇る得意技の餌食となった。

走りこんでからの跳び蹴り…
ロープにもたれ掛かった彼女の顔面に、天才美少女の足の裏が見事にヒットした。
そのままチャンピオンの全体重がミシェールの首へと衝撃を与える。
ミシェールの体はロープに弾かれるように、リング下へと落ちていった。

圧倒的な実力差を見せ付けられ1R48秒での失神KO負けを喫してしまったミシェール。
結局この試合で、彼女は引退に追い込まれる重症を負ってしまった。

上には上がいる。
この試合のTV中継を見ていたあの国の国民たちは大きな衝撃を受けた。
恐らくこの天才美少女なら、この国の男子キックボクサーたちをひとり残らず秒殺できるだろう。

おしまい





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