モンスターハンター

「よぉ、アンタがアンジェラさんかい?」
額に傷のある角刈りで強面の戦士らしき男が、酒場の隅で独り酒を飲んでいる女戦士に話し掛けた。
その角刈りの男は、後ろに手下らしき戦士を何人か連れていた。
その手下たちも風貌は荒く、ならず者といった感じだ。

しかし、驚くべきなのはその話し掛けられた女戦士の方だった。

金髪をポニーテールに纏めた、切れ長の瞳が綺麗な細面の美人。
だが、身に纏っている鎧は、首から下の全身を覆う、無骨な重戦士のそれだった。
手先から肩まで、腕全体を覆う手甲(ガントレット)は太く、
胸当ても鎧というよりは鉄の酒樽を纏っているような印象だ。
兜を被っていれば重装歩兵にしか見えない。とても、女性が纏うような鎧ではなかった。

「・・・そうだけど。あんたたちは?」
「俺たちはジェイド戦士団。俺が首領のジェイドだ」
後ろの手下たちも、へへへ、と下品な笑いを浮かべている。

「この酒場も含めて、この辺一帯は俺たちが傭兵として守ってやってるんだが、
 そこにあの有名な"紅蓮の双角"を斃したって噂の女戦士が居るって聞いたもんでね」
「今、あたしは1人だけど、あれは別にあたし1人の手柄じゃないよ」
"紅蓮の双角"とは、紅い甲殻種のモンスターのことで、かつては砂漠を荒らしまわっていた。
それをアンジェラが仲間と共に命からがら何とか討ち果たしたのだ。

「で、そのあたしに何の用だい?」
「アンタ、そうは言っても女にしてはなかなか強ぇそうじゃねぇか。どうだい、俺たちの仲間にならねぇか?」
「"女にしては"? "なかなか強い"?」
「・・・・・?」
「・・・プッ! ・・・ククク・・・ア、ハハハ!!」
「・・・っ!? てめぇ、何がおかしい!!?」
「笑わせんじゃないよ。あんたたちが100人居たって、あたしの足元にも及ばないよ」
アンジェラは一笑に伏し、ありったけの嘲笑を浴びせた。

「この俺様がてめぇより弱ぇってのかよ!?」
このジェイドという男、かなり良い体格をしている。
酒場に居る他の戦士たちに比べても見劣りするどころか、この中ではむしろ強い部類だろう。
馬鹿にされたジェイドが憤るのも無理はない。

「あたしはさ、自分より弱い男と組むのは御免だって言ったんだよ」
 ・・・何だったら、"戦士流の流儀"で勝負を付けるかい?」
アンジェラは、自分がテーブル代わりにしている酒樽をトントンと指で叩いた。
酒場に於ける"戦士の流儀"、それは純粋な腕力のみで優劣を付けることの出来る"腕相撲"のことだった。

「面倒だからあんたたち全員、まとめて相手してあげる。来な」
テーブルを片付けたアンジェラは、右肘をテーブルに置いて、左手で手招きをした。

「このアマ・・・! 後悔させてやるぜ!」
手下が用意した椅子にジェイドが座り、テーブル上でアンジェラと手をガッチリと組んだ。


「〜〜♪」
「・・・ぐ、ぬぬ・・・・・」
ジェイドは必死の形相で力を篭める。

「〜〜〜♪」
「・・・ぬ、くぁ・・・・・」
しかし、アンジェラの右腕は一向に倒れる気配がない。
しかも、そのアンジェラには力を入れている様子はなく、余裕なのか鼻歌を唄っている。

「手下共もさ、後ろでボーっと見てないで加勢したらどうだい?
 あたしは、"全員まとめて"って言ったんだよ?」
「このアマ!」
「舐めやがって!!」
ジェイドの左右に一人ずつ付いて、大の男3人掛かりで何とかアンジェラの右腕を引き倒そうと踏ん張った。
が、アンジェラの右腕はそれでもビクともしない。

「〜〜♪」
「・・・ぐ」
「・・・ぬ」
「・・・が」
相も変わらず、鼻歌まじりで余裕のアンジェラに対し、渾身の力を篭める男たち3人。
しかし、アンジェラの右腕は開始位置から1ミリも動いていなかった。

「もう気が済んだかい? ・・・んじゃ、終わらせるよ」
涼しい顔のアンジェラに、力んだ様子はない。にもかかわらず、アンジェラの右腕が一気に倒されて行く。

ドゴォォォン!!!

決着は一瞬だった。
物凄い勢いで右腕を叩き付けられたジェイドはその場で引っくり返り、
加勢していた手下も、ジェイドを飛び越えるように吹っ飛ばされてしまった。

「・・・う、うぅ。このアマ、何て馬鹿力だ・・・」
引っくり返ったジェイドが何とか起き上がる。それなりにタフなようだ。
しかし、吹っ飛ばされた手下2人は完全にノビてしまっている。

「おい! その手甲に何か、細工でもしてんじゃねぇのか!?」
ギャラリーに回っていたジェイドの手下が、アンジェラに対して凄んだ。
目の前で起きた、大の男3人がたった1人の女に倒されたという事実が飲み込めないらしい。

「ふん。なら、自分で確かめてみるかい? ほらっ」
そういって、アンジェラは右腕全体を覆っていた手甲を器用に外すと、その手下に向かって投げて渡した。
手下も、アンジェラの手甲を両手で受け取ろうと身構えた。そこまでは良かった。

ズドン。

「うぎゃあぁぁぁっ!!」
しかし、手下が持つにはその手甲は"重過ぎた"。
受け取った瞬間、手下の両肩は外れ、両手は床に叩き付けられ手甲の下敷きになってしまったのだ。
アンジェラが左手一本で軽やかに投げて寄こしたので、手下もその手甲がそこまで重いとは思わなかったのだ。

「ど、どかしてくれえぇぇぇ!!」
手下は泣き叫びながらもがくが、手甲の下敷きになっている両手を外すことが出来ない。

結局、手甲をどかすのに大の男が3人がかりでやっとだった。
手甲の下敷きになっていた両手は案の定、グシャグシャに潰れて見る影も無くなっていた。

「"狩り"(モンスターハント)に必要なのは、何よりも純粋な"筋力"が必要だってのがあたしの持論でね。
 その程度の手甲も持てないようじゃ、あたしの仲間になるのは100年早いよ」
そういって、アンジェラは露になった右腕を肩の高さで折り曲げた。
その右腕には、山のような丸々とした特大の力瘤が盛り上がっていた。

「このアマァ! もう、勘弁ならねぇ! 表へ出やがれ!!」
ジェイドとしては手下が既に3人、やられていることになる。
自分自身も腕相撲で手玉に取られた手前、もう後には退けなくなっていた。

「これ以上は命の遣り取りになるけど・・・それでも、良いのかい?」
再度、右腕に手甲を嵌めながらアンジェラはジェイドたちに問い質した。

その様子を見て、手下たちは固唾を呑み、冷や汗を垂らした。
男3人で何とか持ち上がるほどの重量の手甲を軽々と扱う筋力。
さっきの腕相撲とは違い、今度はそれと命を賭けて正面から向き合わなければならないのだ。

「じょ、上等だ!! ほ、本物の戦士の強さを見せてやる!」


「ここまで来れば、周りに迷惑も掛からないでしょ」

酒場から少し歩いたところにある、街の広場。
石畳が敷き詰められたかなり広い円形の広場で、中央には、英雄を模した銅像が鎮座している。
アンジェラは、どうせ戦うなら広い場所で、とジェイドたちをここまで連れて来たのだ。

「アンタ、頭はあんまり良くないらしいな。こんな広場、逃げ場はねぇぜ」
ジェイドが言う通り、広場には英雄像以外には障害物となるものが無い。
そして、アンジェラはその開けた広場の中央辺りで、ジェイドたちに取り囲まれた形になっていた。

「フフ。あたしとしては、力を存分に振るうことが出来る場所が欲しかっただけさ」
相変わらず余裕の様子のアンジェラは、暢気に準備運動をしている。

「そういやアンタ、武器はどうした?」
ジェイドたち戦士団は、10人余り。もちろん、その全員が武器を手にしている。
しかし、一方のアンジェラは、全身を武骨な重鎧で覆っているものの、
武器どころか、兜すら被っていない。

「あんたたち程度、武器なんて要らないよ。ハンデよ、ハ・ン・デ♪」
「・・・・・。もう、呆れてモノも言えねぇぜ。俺たちをナメたことをあの世で後悔するんだな!」
ジェイドのその言葉を合図に、4人の手下が同時にそれぞれの武器で斬り掛かった。

ガキィィィン!!!

甲高く、それでいて重い金属の衝突音。
それは、四方からの斬撃を、アンジェラが手甲で防御した音だった。

「こんなひ弱な攻撃じゃ、あたしどころかモンスター1匹すら狩れないよ・・・フンッ」
「「「「う、うあぁっ」」」」
アンジェラが、攻撃を受け止めた両腕を振り払った。
たったそれだけで、鎧に身を固めた4人もの男がもんどりを打って倒れ込む。

アンジェラはその内の1人に歩み寄った。

グニャリ。

何と、驚いたことにアンジェラは、そのへたり込んだ男の、鎧の胸の部分を右手で"掴んだ"。
男が身に纏っているのは、武骨な鉄の鎧であって、革の服などではない。
まして、その鎧に手で掴めるような出っ張りも装飾も無い。
平たい、簡素な、それでいて頑丈な鉄のプレートアーマー。
それを、まるで襟元を掴むかのように、鎧に指を食い込ませているのだ。
そして、そのままその男を軽々と右手一本で持ち挙ると、別のへたり込んだ男の側まで行った。

「「・・・ひぃっ! お、おたすけ・・・」」
片手で鎧を着込んだ男を持ち上げる女戦士。
持ち上げられた男と、、その女戦士に目の前に立たれた男は、2人同時に命乞いをした。

「じゃあね♪」
非情の宣告。

ドゴオォォォォォンンッッ!!!

地響きにも似た衝撃音。
それは、アンジェラが片手で持ち上げた男を頭から、へたり込んでいた男に叩き付けた音だった。

石畳には、あまりの衝撃にクレーターのような窪みが出来ていた。
地面に真っ直ぐに突き刺さった男は、腰から下を柱のように天に晒している。
へたり込んでいた男もまた、腰から下を力なく地に横たえていた。
2人の戦士の腰から上は、地面に埋もれてしまったのか、それとも、潰れてしまったのか、それは定かではない。
ただ、クレーターに飛び散る血や臓物、微動だにしない2つの下半身。
2人の男が絶命していることは間違いなかった。

残る2人も、それを見て完全に縮こまってしまっている。

「ひぃぃぃ! こ、来ないで!!」
男は、近付くアンジェラを見て、座り込んだまま情けなく後ずさる。
だが、程なくしてアンジェラに頭を押さえ付けられる形で捕まった。

ゴシャアァァッ!!

一瞬。

アンジェラは男の上半身を、鎧ごと片手で縦に圧し潰してしまった。
縦方向に圧縮され拉げた鎧からは、大量の血が噴き出し、噴水のようになっている。

「・・・あ、あひ・・・ふ、ふひゃ・・・ひゃはあ」
それを見ていた残る1人は、アンジェラのあまりの怪力振りに気が触れてしまったようだ。

「・・・可哀相に。・・・ヨシ・・・ヨシ」
哀れに思ったのか、アンジェラはだらしなく涎を垂らす男を優しく抱きしめ、背中を撫でた。

「痛いのは一瞬だから、我慢してね」
その背中に回されたアンジェラの両腕が、男の鎧にめり込んで行く。

メキャメキャ・・・バキッ! メキッ・・・グシャアァァ!!

鎧の腰の部分が、漏斗のように細く拉げていた。無論、男が目を覚ますことはもう無い。


そこからはもう、一方的な虐殺だった。

アンジェラが一撃するたびに、男たちが屠られて行く。
拳を喰らった者は頭が弾け飛び、手刀はいとも簡単に鎧を貫いた。
蹴りを喰らった者はそれだけで胴体を、鎧ごと真っ二つに圧し折られた。
アンジェラの筋力の前では、男たちが身に纏っている鎧など紙屑同然だったのだ。

逃げようとした者も、あっという間にアンジェラに距離を詰められ、潰された。
間違いなく、アンジェラがこの場で一番、重い鎧を着ている。
しかし、この場で最も速く動き、高く舞ったのはアンジェラだった。

残るは、首領のジェイドただ1人。

「・・・ひぃ! お、俺が悪かった。い、命だけはお助けを・・・」
「今更、命乞いなんて許されると思う? 手下をこれだけやられておいて」
アンジェラとジェイドの周りには、ホンの少し前まで人だったモノが死屍累々と横たわっている。

「ちょっと、因縁付けただけじゃねーか!」
「あんたたち、ちょっと"悪さ"が過ぎたのよ」
「・・・へっ?」
「聞いたところだと、狩りで疲れたハンターを襲って上前を撥ねるなんて日常茶飯事だそうじゃない」
ジェイド戦士団とは名ばかりで、実際はただのゴロツキの集団だった。
狩りに出ることもほとんど無く、人の獲物を掻っ攫うハイエナのような集団。

「見兼ねた街のギルドが、あんたたちに懸賞金を掛けたってわけ」
「・・・じゃあ、あの酒場に居たのは・・・・・」
「そう、あんたたちを待ってたのよ。頃合いを見計らって、動くつもりだったけど。
 同業者を手に掛ける輩は、絶対に許せない。それに、命の遣り取りの望んだのはあんたたちよ」
「は、反省する! 今後、同業者には手を出さない! だからっ」
この期に及んで、ジェイドは見苦しく命乞いをした。
それを見たアンジェラは、まるで汚物を見ているかのような、そんな表情が浮かべていた。


「・・・じゃあ、その誠意を見せてもらいましょうか」
「・・・誠意?」
「・・・あれを、持ち上げたら見逃してあげても良いわ」
「む、無理だ! あんなの、持ち上がるわけがねぇ!!」

アンジェラの目線の先、そこにあったのは、街のシンボルでもある大きな英雄の銅像。
立方体の台座だけで高さが1mはある。
その上に、英雄を象ったほぼ等身大の鎧戦士の銅像が立っている。
全高3mはあるだろうか。とても、人の腕力で持ち上がる代物とは思えなかった。

「・・・それとも、この場で私に嬲り殺されたい?」
「ひぃっ!? わ、わかった・・・」
ジェイドは、アンジェラの迫力の前に渋々、銅像の前に取り付いた。

「・・・ぬ、くくく」
ジェイドは、台座に腕を回して必死に持ち上げようとするが、全く持ち上がる気配は無い。

「や、やっぱり無理だ!」
「・・・そう。なら、私が手を貸してあげる」
「・・・えっ!?」
そういうと、アンジェラはジェイドの背後に付き、覆い被さるようにジェイドの手の上から台座に手を掛けた。
2人に身長差はあまり無いが、鎧の大きさがあまりに違うため、
後ろから見ると、ジェイドの身体がアンジェラの鎧に完全に隠れてしまう格好だ。

「・・・え、ちょ・・・・・う、ぐ・・・ぐあぁあ!」
ジェイド越しに、アンジェラが全身に力を篭める。
ジェイドからすれば、銅の台座に抱き付いたまま、後ろから圧迫されていることになる。

「ぐ、ぎゃあぁ・・・や、やめ・・・」
「・・・・・んぅ!」
ジェイドに構うことなく、アンジェラは更に力を篭める。

・・・グググ ・・・ズ、ズズ

何か、硬い物同士が擦れる音。
何と、徐々にではあるが、台座が上方に持ち上がり始めているのだ。

「・・・ぐ、ぐる・・・じ・・・い」
ジェイドは呼吸が苦しくなって来ているのか、青褪めた表情をしている。

「・・・く、んん!!」
アンジェラは、更に力を篭める。

メキメキメキ・・・バキャッ!!

「ぎゃあああ!!」
ジェイドの絶叫。
よく見ると、アンジェラの両腕が台座にめり込んでいる。
ジェイドの両腕は、アンジェラの大きな手甲と台座の間で磨り潰されていた。

「・・・んぅ、んあぁっ!!」
アンジェラのこれまでにない渾身の力。

ズズッ・・・ズズズ・・・ズアァッ!!!

ついに、アンジェラはジェイドごと、この巨大な銅の英雄像を持ち上げてしまった!

高さ3mにもなる英雄像。それが今や、1人の女戦士の力によって宙に浮いている。
そして、ジェイドの足もまた宙に浮いていた。
つまり、ジェイドには銅像を抱き抱えるアンジェラの怪力による圧力と、
銅像の重さ、そのものが全て圧し掛かっていることになる。

それは、ジェイドにとっては、銅像の下敷きになっているも同然だった。
そこに、更にアンジェラの怪力が加わっているのだ。

ミシミシッ・・・メキッ・・・・・グシャアァッッ!!!

最早、意識の無いジェイドから悲鳴が漏れることは無かった。
空中で、銅の台座とアンジェラの鎧によってプレスされ、ジェイドは絶命した。

ズウゥゥンン!!!

ジェイドを磨り潰したアンジェラは、満足とばかりに銅像を元の位置に戻した。
台座には、それまで人だったモノの胴体が薄く張り付き、赤い塗装を施していた。

「これで、この街も平和になるでしょ」

疲れた様子もなく、アンジェラは広場を後にした。


おわり





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