inserted by FC2 system 空手部物語


道場の真ん中で、ひとりの女子生徒の演舞が始まる。

その長い脚から繰り出される美しい蹴り。
驚くべきスピードで繰り返される鋭い連続突き。
流れるような足の運びから産まれる優雅な舞、そしてゴム鞠のように力強く跳ね回る躍動感。

「やぁーっ。」
掛け声と共に彼女の演舞が終了すると、それを見ていた道場内のみんなから自然と拍手が送られる。

それと同時にタオルや飲み物をもった空手部の後輩達が彼女を取り囲む。
「彩香先輩。はいっ、タオルです。」
「あっ、ありがとう。」
「彩香さんの演舞、もう完璧ですね。」
「そうかなぁ。もうちょっとキレがないと・・・。」
「世界選手権6連覇、もう間違いなしなんじゃないですか。」
「だとイイんだけどね…。」
「彩香さん格好良すぎます。男だったら彼氏にしちゃいたいぐらいですぅ。」
「やめてよ紀子ちゃん。私にはそんな趣味はないから。」
「はっはっはっはっ。」

武道の名門RT学園。空手部2年の崎山彩香。
誰もが認めるこの学園のアイドルだ。
身長170センチという女性としてはそこそこ長身でありながら、スピードもスタミナも兼ね備えた
スーパーアスリート。
Eカップの巨乳で顔もスタイルも抜群。
性格も明るく、テレビや雑誌にも頻繁に取り上げられている。
しかも彼女は大財閥会長の一人娘。
素質、血統何ひとつ欠点の無い史上最強のお嬢様なのだ。

中学生時代は美少女空手家としてイロモノ扱いされることもあったが、世界選手権5連覇という実績で
その実力を誰もに認めさせた。
彼女の見せる型は、もはや男性でも真似できないといわれるほどの完成度を誇る。
『型の女王・崎山彩香』と言えば、今や日本中知らないものはいないほどの認知度なのだ。

「ちくしょう。何でアイツのために俺達が練習を早めに切り上げなきゃいけないんだ。」
「自分勝手しやがって。」
「話によると、ファッション雑誌の取材らしいですよ。」
「来月には大事な大会があるというのに、ふざけんじゃねぇ。」

部室で愚痴をこぼすのは3年生の空手部員達。
RT学園と言えば、インターハイ優勝16回を誇る空手の名門。
ここ数年の成績はいまいちだが、県内では今でも向かうところ敵なしの強さを見せている。

これまで、硬派の空手部として恐れられてきた彼ら。
しかし昨年、初めての女性部員として彩香が入部してきてから状況が一変した。
空手部のスケジュールが世界チャンピオンの彼女を中心に回り始めた。
彼女を中心として、組み手の練習をしない型に専念するグループが誕生した。

そして型のグループは次第に勢力を広げていった。
彩香と同じ2年生の男子は、ほぼ全員が型の選手となった。
今年の1年生に限っては、彩香に憧れて入部してきた女性が全体の9割を占め、その全員が型に専念している。
しかも彼女達のほとんどは空手の初心者だ。

「もう我慢できねぇ。あいつらを一度痛い目に遭わせてやる。」
「確かに・・・。それが良い手かも知れんな。」
「真剣に空手をやる気のない奴は、自分から辞めていくだろう。」
「いよいよ、名門RT空手部の復活のときが来たのか・・・・・・。」

「ガラガラガラっ」
練習前の日課となっている10キロのロードワークを終えて、彩香が道場に戻ってきた。
道場には、疲れ切って座り込む部員たちの姿があった。
女子部員も男子部員も関係なく、みんなが一様に疲労しきった表情を見せている。
よく見ると全身に暴行を受けた痕がある。
口から血を流している者もいる。

「どうしたの?一体何があったの?」
傍で横たわるひとりの1年生に尋ねる。
「・・・・・・」
しかし返事は返ってこない。

「おぅ。世界チャンピオンのお帰りか。」
「毎日のロードワーク、お疲れ様だな。」
笑みを浮かべながらそう話すのは、空手部部長の山下武男と、副部長の橘祐樹だった。
10人を超える3年生部員たちは、一様に無傷で元気なようだ。

「先輩。一体何があったんですか?」
「ただの練習だよ、練習。今日から『型』のやつらにも組み手をやって貰おうと思ってな。それでちょっと
相手してやったらみんなこの様さ。毎日ダンスばっかりやってるから、空手の基本すら出来てねえぜ。」
「・・・・・。だけど・・・・、いきなりの組み手でこんなに痛めつけるなんて・・・・
先輩ちょっとひどいんじゃありませんか?」
「何?俺達の指導が気に入らねえっていうのか?大体、世界チャンピオンだか何だかしらねえが、
女の癖にちょっと生意気なんじゃねえかテメェは。」

「私もですか・・・?」
「当然だろ。部長の俺が、これから先、型だけの練習は許さないって言ってんだよ。」
「でも私・・・・・。怪我が危ないから、組み手は辞めるようにって師匠に止められているんです・・・。」
「おいおい、もう長いこと空手やってて世界チャンピオンにまでなったんだろ?組み手が怖くて
チャンピオンが務まるのか?」
「俺達来月大事な大会があるんだよ。世界チャンプなら俺達に指導してくれてもいいんじゃねぇか?なぁ。」
「おぅ、そうだなぁ。俺達にも空手を教えてくれよ。美少女空手家の巨乳ちゃん。」
「あっはっはっはっ。」

自分を慕ってくれた仲間達が痛めつけられ、そして自分までもが馬鹿にされた。
目の前に立つ先輩達への憎しみで、彩香の中の心のスイッチがONになった。

「そこまで言うのなら分かりました。私が、皆さんに空手を教えて差しあげましょう。」
「ほほぅ・・・・・。俺たちとやる気になったって訳か。」
「怪我が怖いんだろ?来月の世界選手権、出られなくなっても知らねえぜ。」
「・・・・・・。勘違いも甚だしいですわね。先輩達の相手をするぐらいで、私が怪我をする訳ありませんわ。
怪我が危ないって言うのは、ただ、先輩達のことを心配してあげただけなのに・・・・。」
そう言って長い髪を後ろで束ねる。

「なめやがって・・・。」
「3年生みんなまとめて相手しても構わないのですが、来月の大会は勝ち抜き戦でしたよね。
折角だから試合をしましょう?私1人対先輩達5人で。手加減なしの、フルコンタクトルールで構いませんから。」
「後悔しても知らねえぞ・・・・・。」
「決まりですわね・・・。」

「はぁーっ、ふっ。タッ〜っタッタッ。」
空手部の先鋒、軽量級の山田が、持ち前のスピード溢れる連続攻撃を放つ。
しかし彩香はそれらの攻撃をいとも簡単に躱していく。

「山田先輩。スピードが足りませんわね。ハエがとまってるかと思いましたよ。」
「このアマッ。」
「私が見本を見せてあげますわ。ちょっとだけ私のスピードを味わってみた方がイイでしょう。」

そういうと彩香は山田の懐に飛び込んだ。
「ばばばばばばばっ。」
目にも留まらぬ速さで上段突きが繰り出される。
寸止めのため痛みはないが、その迫力に押されて山田はただ後ずさりするだけだ。
「はっ」
上段の回し蹴りが山田の顔面をかすめる。
その風圧に山田は驚き、足がもつれて後ろ向きに転倒する。

「わ〜っすごい。彩香さん、風圧だけで山田先輩を倒しちゃった。」
「山田先輩って軽量級ではそこそこ有名な選手なんでしょう。だけどなんかレベルが違うって感じ。」
「それに見てあのスタイル。山田先輩の脚の長さって、彩香さんの半分しかないんじゃないの?」
「ホントだっ。身長だって彩香さんの方が10センチは高いし、まるで大人と子供の試合よねぇ。」
「彩香さんか本気になったら、山田先輩って絶対殺されちゃうわね。」
「男をやっつける彩香さんもカッコいいですぅ。」

「さぁ山田先輩。まだ何もしてなくってよ。早く掛かって来て下さい。」
「ちくしょう・・・。なめるなぁ。」

そう言って突きを繰り出し突進する山田。
彩香は彼の攻撃を軽くいなすと、軽い下段蹴りで足にダメージを与えていく。
単調な動きの繰り返しだが、山田の動きは次第に遅くなっていく。

『ちくしょう・・・・。足が・・・。足が思うように動かない・・・・・。』
ついに動きを止めてしまった山田。
「どうした山田・・・。」
試合を見ていた部長の武男が声を掛ける。

「ねぇ見て、山田先輩の足。真っ赤に腫れ上がってる。」
「しかもブルブル震えちゃってるし。格好ワル〜い。」
「彩香さんの蹴りが効いてるのよきっと。」
「うっそ〜。彩香さん軽く蹴ってるだけじゃない。演技のときの彩香さんの蹴りはもっとずっとずっと速いわよね。」
「先輩だから手加減してるのよきっと。」
「山田先輩うらやましいわ。私もあんな凛々しい彩香さんを間近で見てみたいですぅ。」
「もう紀子ってば。ホントに彩香先輩のこと大好きなのね。」

「もう終わりかしら。男の癖に情けないですね。」
「うるさいっ。」
そう言って強がる山田だが、彩香の蹴りで赤く腫れ上がった足にはまったく力が入らない。
足の震えは止まらず、もはや蹴りを出すどころか一歩も動けない状態だ。

「弱いくせに強がりだけは一人前ですわね。」
後ろでまとめた髪を掻き揚げ、ゆっくりと彼に近付くと、彩香はこれまでより少し強めに下段蹴りを放った。
「ボコッ。」
「あぁーーーーっ。」
余りの痛みに転倒し、床を転げまわる山田。

そんな山田の顔面を、彩香はその足で踏みつける。
あまりの屈辱に痛みを忘れて顔を歪める山田。
恐怖を感じて全身から汗が湧き出る。

「先輩。ただでさえチビなんだから、もっとスピードつけないと試合では勝てませんよ。分かりました?」
「・・・・・・」
「分かったの?」
彩香はより力を込めて彼の顔を踏みつける。
「うっ、うんっ。」

「うんだって。今の聞いた?山田先輩。情けなぁ〜い。いつもウチらには威張りくさってるのに。」
「ホント。よほど彩香さんのことが怖かったのね。」
「手加減してる彩香さんに、子供扱いされるなんてみっともないわよね。」
「先輩の威厳も男の威厳も台無しよね。」
「だけど仕方ないわよ。彩香さんはなんてったって世界チャンピオンなんだから。」
「彩香さん素敵ですぅ。」

取り巻く1年生女子部員たちの会話をよそに、動けなくなった山田の体が競技場から外に運び出される。
「さぁ次は誰かしら。」
「・・・・・・・」
部長の山下武男の額から、大きな汗が一粒流れ落ちた。
「坂下っ。舐められるなよ。」
「おぅ任しとけ。俺は重量級だ。山田のようにはいかんさ。」
「頼んだぞっ。」

競技線を挟んで対峙する2人。
空手部で最も長身、192センチの坂下は、彩香よりも20センチ以上高い。
「はじめっ。」

長いリーチを活かした坂下の攻撃。
迫力ある彼の攻撃だが、当然のように彩香はそれを躱していく。
攻撃が当たらない坂下は、その焦りと疲労から徐々に息があがってくる。

「坂下先輩もお話にならないですわね。さっきのおチビちゃんの方がよっぽど強くってよ。」
「なにっ。」
「あなたの場合、スピードとかテクニック以前にまるで基本ができていないの。ただ長い手足を
振り回しているだけよ。受けなんて素人同然だし・・・・。」
「偉そうな口叩きやがって・・・・・。」
「いいですか?これから上段に回し蹴りするから、受けて見なさい。しっかり手加減してあげるから。」
そういうと彩香はゆっくりと脚を上げ、蹴りを放った。

十分に手加減しているため、ゆっくりと近付いてくる彩香の長い脚。
坂下は両手でしっかりとガードの体制に入った。
しかし次の瞬間。
「ボコッ。」
変幻自在に軌道を変えることのできる彩香の蹴りは、坂下の側頭部に美しくヒットした。
白目を剥いて腰から砕け落ちていく長身の坂下。

「えっ。まさか一発でおしまい?」
「彩香さん、ちゃんと予告してあげたのに、信じられな〜い。」
「それに見た今の崩れた方。完全に逝っちゃってるわね。」
「落ちていくときの顔なんて、白目剥いてヨダレ垂れ流し状態だったわよ。汚な〜い。」
「あんなに大きな重量級の選手でも、やっぱり彩香さんにとっては子供同然なのね。」
「まったく、いつも威張ってる3年生たちがいい気味よね。」
「やっぱり彩香さんの回し蹴りは、最高に格好イイですぅ。」

「あ〜ぁ。本当に情けないわね。意識の無い人に言っても仕方ないけど、脇が甘いのよね。脇が・・・。
あれでは私の蹴りを止められるはずがないわ。」
冷たく言い放つ彩香。
気を失った坂下はそのまま医務室へと運ばれていった。

中堅で試合に臨むのは、100キロを超える巨体が自慢の内山。
身長はそれほど高くないが、持ち前のパワーには定評がある。
試合に臨む内山を呼び止め、部長の山下が彼に何やら耳打ちする。

「いいか内山。やつは予想以上に強い。まともに戦ったらやられる。ここは、おまえの得意領域に
やつを引き込むんだ。」
「得意領域?」
「あぁ。お前は中学まで柔道部だろう?ドサクサに紛れてやつの胴着をつかみ、投げ飛ばしてやるんだ。
それならお前でも絶対勝てる。」
「おっ、おう分かったぜ。とにかくやつを捕まえて痛めつけてやればいいんだな。」

「ボほっ。」
彩香の後ろ回し蹴りが、内山の腹にヒットする。
30センチほど体が浮き、そのまま後ろ向きに吹っ飛んでいく内山の体。
彼はお腹を押さえて激しく痛がる。

「すご〜い。デブが空を飛んだぁ〜。」
「シッ。先輩に聞こえるわよ。」
「だけど体重は倍近くあるのに、彩香さんに力でも敵わないなんて、内山先輩って哀れよねぇ。」
「彩香さんは鍛え方がちがうもん。鍛え方が・・・。」
「スタイル抜群なのにあのデブより力持ちなんて、ほんと彩香さんには憧れるわぁ。」
「内山先輩の贅肉より、彩香さんのおっぱいの方が柔らかくて気持ちよさそうですぅ。」
「・・・・・・」

「うご〜っ。」
激しく叫びながらのた打ち回り続ける内山。
『おかしい。あんなに軽く蹴っただけなのに、あんなに激しく痛がるなんて・・・・。当たり所が悪かったのかしら?』
彩香はちょっと心配になって、体を屈め内山に優しく声を掛ける。
「先輩大丈夫ですか?」
すると次の瞬間、さっきまで苦しんでいたはずの内山がすっと立ち上がり、彩香目掛けて手を伸ばしてきた。
一瞬油断した彩香は、空手着の襟元を内山に握られてしまう。

「よしっ、そのまま投げつけるんだっ。」
部長の山下が思わず口にする。
「おうっ。」
内山は彩香の体をひきつけると、得意の内股を放った。

「くらえっ。」
渾身の力を込めて投げを打つ内山。
彩香の空手着は乱れ、胸元からはEカップの巨乳が垣間見れる。

「くっ。」
さらに力を加える内山。
「いけーっ。」
山下の声援にも力がこもる。
しかし彩香は、腰を落とし、重心を低くしてバランスを保つ。

内山の渾身の内股を、その強靭な足腰でなんとか凌ぎ切った彼女。
息が上がってしまった内山は、折角つかんだはずの彼女の胴着を手放してしまう。

「はぁっ、はぁっ、ちっ、ちくしょう・・・・。」
「・・・・。それにしても先輩・・・・。いきなり柔道とはさすがに驚きましたわ。
それならそうとちゃんとお話してくだされば良かったのに。」

彩香はそう言うと、逆に内山の空手着を握り返した。
「何っ。」
驚く内山。
「ふっ。」
軽い掛け声と共に彩香は背負い投げを放つ。
「ドスンっ。」
100キロを超える内山の巨体が、何の抵抗もできずに大きな弧を描き、勢い良く畳に叩きつけられる。

「・・・・・・・。」
予想外の光景に、思わず声が出ない部員達。

「あっ・・・、彩香さんって柔道もできるんですか・・・・?」
「聞いたことないけど、一流のアスリートは何をやらせてもうまいって言うし。」
「内山先輩って中学のときは柔道の県大会で優勝したことがあるって聞いたことあるんですけど・・・・。」
「身体能力が桁外れに違うんじゃないかな。腕力だとか、瞬発力だとか・・・・・。」
「それにしても、相手をだまして反則するなんて、内山先輩ちょっとひどくありません?」
「確かに卑怯よね。」
「だけど、反則しても勝てないって、そっちの方がよっぽどみっともないじゃないですか?」
「柔道の彩香さんにも痺れますぅ。」
「・・・・・・・」

空手着をつかみ、無理やり立たせると、今度は見事な大外狩りで内山を投げつける。
「ドスぅん。」
もはや息もあがって呼吸も苦しくなってきた内山。
すると彼の口元に、彩香の美脚が忍び寄ってきた。

『ヤバイっ』
彼がそう思ったときにはすでに遅かった。
彩香の長い両脚は彼の首と肩とをしっかりとロックしていた。

「ぐっ。」
さらに右腕をつかんで完璧な三角締めの体勢に入る彩香。
その気になれば一瞬で彼を絞め落とすこともできるが、脚の力を加減して彼を苦しめ続ける。

「苦しいですか先輩。」
「うっ、うっ・・・・・・・。」
「柔道初めてですけど、これでもやっぱり私の方が強いみたいですね。」
失神する寸前のところで彼を緩め、苦しめ続ける彩香。

「ほらっ、彩香さん笑ってますよ。」
「だって見て、あの内山先輩の顔。恐怖で引きつってて、もう半分泣いてるじゃん。」
「ほんと、ブっさいくな顔ね。」
「それにしても、得意の柔道でも完敗だなんて。内山先輩悔しいでしょうね。」
「彩香さんがその気になれば、内山先輩は間違いなく絞め殺されるわね。」
「確かに。そうですね。蹴り殺すも絞め殺すも自由自在って感じ。」
「私も彩香さんと寝技で遊びたいですぅ。」
「・・・・・・・」

「そろそろ終わりにしますか。」
彩香はそう言うと、絞めた両脚にほんの少しだけ力を込めた。
内山は軽く泡をふき意識を失っていった。

2人がかりで運び出される内山の巨体。
次鋒の坂下に続き、中堅の内山までもが医務室に運ばれた。
残るは副将の橘祐樹と主将の山下武男だけになってしまった。

「・・・・・・・」
「山下。行ってくる・・・・・・・。」
「あぁ。十分わかってるだろうが、気をつけろよ。」
「おぅ。」

「彩香先輩もこれからが本当の勝負かもしれませんね。」
「どうして?」
「山下部長はインターハイでも必ずベスト4に入る強敵だし、橘さんも中量級とは言え全国レベルの選手ですからね。」
「確かにこの2人が相手だと、さすがの彩香さんでも危ないかもしれませんですね。」
「世界チャンピオンですけど、やっぱり女だし、型の選手ですからね。」
「彩香さん頑張って欲しいですぅ。」

「さぁ始めましょうか?」
「ロードワークからずっとぶっ通しだろう?休まなくていいのか?」
「お気遣いありがとうございます。だけどご心配には及びませんわ。」
「そうかっ。」

競技線を挟んで2人は向かい合った。
身長はほぼ互角の二人。
女性らしいスタイルを持つ彩香と、男性らしい筋肉質な体をもつ橘が相対する。

開始と同時に拳を打ち込む橘。
明らかに今までの相手とは違う。

「あたたたたたたっ。」
鋭い連続突きが彩香を襲う。
それまではただの一度も攻撃を受けなかった彼女だが、さすがに今回は避けきれない。
次から次へと繰り出される橘の攻撃が、彩香にヒットする。

中段突き、前蹴り、下段蹴り・・・・・・・。
容赦ない橘の攻撃が、彼女のボディにヒットする。
致命的な攻撃だけは躱しているものの、一方的に攻め込まれる展開。

「あっ、危ない・・・・・・・。」
彩香を応援していた1年生部員達が、思わず顔を覆う。
スタミナも十分にある橘は、攻撃の手を緩めない。
「そこだっ。行けっ。」
山下の声にも力が入る。

しかし・・・・・・・。
「あっ。彩香さんが押してる。」
「えっ、何?」
「攻撃しているはずの橘先輩がどんどん後ろに下がっていってるわ。」
「あっ、ホントだぁ。これってどういうこと?」
「私には分からないですぅ。」

「これでも食らえっ。」
渾身を込めた正拳突きが彩香の腹部に突き刺さる。
それを最後に、間合いをとり、ひと呼吸を置く橘。
しかし彩香が苦しむ様子はない。

おかしいと思った橘は、彩香の表情を確認した。
すると彩香は、何事もなかったかのように笑顔を浮かべて直立しているのだ。

「やっぱり橘先輩はそれまでの連中とは違いますね。だけど・・・・・・・私の相手をするには100万年早いですわね。」
「何っ。」
「橘先輩は力が弱いんです。もっと鍛えて筋力をつけないと、攻撃の威力が不足してますわ。」
「ふざけるなっ。」

そういって再び攻撃を繰り出そうとする橘だが、手が痛くて拳が握れない。
「私の体は鍛え上げられていますから、先輩の拳ではまったくダメージがありませんのよ。」
「ちっくしょう・・・・・・・。」
「私の腹筋をあれだけ突いたんですから、先輩の拳はもう使い物にならなくってよ。自分の体を鍛え上げることは、
空手の基本です。先輩ももっと強くなりたければ、手を抜かずにトレーニングして下さいね。」
「・・・・・・・」

「うっそ〜。信じられない。」
「彩香さんってわざと攻撃させていたのね。確かに彩香さんなら避けきれるんじゃないかと思ったのよね。」
「しかも殴った方がダメージを受けるなんて、なんて凄いんでしょう。」
「橘先輩も可哀想よね。少しは勝てるかと思ったでしょうに。」
「やっぱり彩香さんは、身体能力の根本が違いますのね。」
「さぁ彩香さん、今度はどんなやっつけ方を見せてくれるんでしょうね。」
「意地悪な先輩達が彩香さんにやられる姿を見るのって快感ですわぁ。」
「彩香さん強くて良かったですぅ。」

「折角だから見せてあげましょうか、私の体・・・・・・・。」
彩香はそう言うと、結んだ黒帯をほどき、重ね合わせた空手着を振りほどいた。
恥ずかしがりもせず、その上半身を堂々と疲労する彩香。

黒いブラジャーに収まりきらない、Eカップの巨乳があらわになる。
男性部員はまずその迫力に圧倒された。

しかしその下に見える腹筋は、それ以上の輝きを放っていた。
6つに割れているなんて単純なものではない。
筋肉の束ひとつひとつがはっきりと分かるほど引き締まっている。
腹筋だけではなく、その脇を固める外腹斜筋も、筋が分かるほどの盛り上がりを見せている。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「彩香さんの体素敵ですぅ。」
「・・・・」
いつもはおしゃべりな1年生女子部員たちも、今回は言葉にならない。

「あなた怖いでしょう私の体が・・・・・・・。でも世界で戦うにはこれが必要なの・・・・・・・。
先輩の腹筋が如何に鍛えられていないか、私の突きで教えてあげますわ。」
やがて空手着を整え、再びその黒帯を結び直す。
帯を結び終えると、ゆっくりと間合いをつめていく彩香。
橘の背筋は凍りついた。

「ボコッ」
「あがっっっっっ・・・・・・・。」
彩香の突きが橘の腹にめり込んだ。
あまりのスピードに、分かっていても避け切れない。
しかも橘の体が浮き上がるほどの破壊力だ。
「グホッ。」
膝をつき胃液を吐き出す橘。

「すごいっ、見た今の突き。」
「なんか、手首ぐらいまで埋まってた感じですね。」
「先輩の体、一瞬浮いてたし。」
「あれでも彩香さんにとっては十分手加減してるのよ、多分。」
「型のときの突きは、もっとずっと迫力あるもんね。」
「だけどホント汚いわねぇ。橘先輩、何か吐き出しちゃってたわよ。」
「あれを掃除するのも私達ってことになるのよねぇ。」
「ホント困るわ。それにしてもさすが彩香さんね。」
「彩香さんの突きも素敵ですぅ。」

「ほらねっ。やっぱり鍛え方が足りないのよ。分かったでしょ? 2,3日は食欲なくなるから、覚悟してね。」
「ゴホッ、ゴホッ。」
お腹を押さえたまま競技場から外に出される橘。
医務室送りは免れたようだが、もはや戦える状態ではない。

「さて、いよいよ本番ね。山下先輩。」
「あぁ。」
部長の山下武男がゆっくりと腰を上げる。
身長185センチ、体重95キロの恵まれた筋肉質の体。
モデルのような体系の彩香の前で、武男はその存在感を見せつける。

「罪のない後輩を痛めつけ、私の演舞をダンスだって言い切った貴方には、世界チャンピオンの力を
十分に思い知らせてあげるつもりですから、覚悟して下さいね。」
「おまえの方こそ、俺を怒らせたことを後悔するんだな。」
「貴方のような強い人には、上には上がいるっていうことを教え込むことが必要なんですね。」

「始めっ」

「ボコッ。」
試合開始と同時に、武男の顎に電気が走る。
次いで上腕と太腿にも痛みが走る。
そして腹部に大きな衝撃を受けた瞬間、武男の体は後ろ向きに吹っ飛んでいった。

『何だ今のは・・・・・・・。蹴りが入ったと言うのか・・・。』
驚くべきスピードで放たれた、彩香の3段蹴りから後ろ回し蹴りへの連続攻撃。
しかし彼には、彼女の蹴り脚がまったく見えていなかった。

開始早々、自分より大きな屈強な男を、まったく寄せ付けない彩香の強さ。
その実力差は最初の攻撃で誰もが知るところとなった。

「すっ、すごい・・・・・・・。山下部長ってインターハイのベスト4でしょう。」
「今年は優勝も狙えるって聞いたけど・・・・・・・。」
「だけど彩香さん、まるで相手にしてないわ。」
「山下部長には、彩香さんの蹴りがまったく見えてないみたい・・・・・・・。」
「これでも、すっごく手加減しているように見えるのは気のせいかしら・・・・・・・。」
「いや間違いないわよ。彩香さん明らかに手を抜いてるわ。型のときとは明らかにスピードが違うもん。」
「彩香さん無敵ですぅ。」

「さぁ早く立ちあがりなさい。まだまだこれからですわよ。」
「ちくしょう・・・・・・・。」

「あなたの実力はこんなものなの?」
「ぐはっ。」
「私を後悔させるんじゃなかったの?」
「ゴホッ。」
「男でしょ。少しは意地を見せたらどうなの?」
「がぁっ・・・・・・・。」

何回立ち上がり戦いを挑んでも、一方的に痛めつけられてしまう。
まるで相手にならない。
武男はそのうち戦意を失い、床に横たわった。

「彩香さんも容赦ないわね・・・・・・・。」
「いや、あれでも精一杯手加減してるのよ。」
「彩香さんが本気になったら、山下先輩は間違いなく即死ね、即死。」
「このままでも、あと10分戦ったら殺されちゃうんじゃない?」
「それにして世界チャンピオンって、こんなに凄いんですわね。」
「いや違うと思う・・・・・・・。世界チャンピオンがすごいんじゃなくて、彩香さんがすごいのよ。」
「私もそう思う。彩香さんなら、男子の世界チャンピオンでも簡単にやっつけちゃうんじゃない?」
「彩香さん、人殺しはいけないですぅ。」

「だらしないわね先輩。まだ1分も経っていなくてよ。」
武男が見上げると、そこには汗ひとつかいていない彩香の姿があった。
ファッション雑誌の表紙を飾るほどの美貌とスタイル。
空手着の上からでも分かるその巨乳は、わずかだがゆさゆさと揺れている。
これまでの人生すべてを空手に捧げ、日本一にも手が届きそうなところにまで来た自分が、
こんなに可愛い女の子に指一本触れさせてもらえないなんて・・・・・・・。
武男はいまだにそのことが信じられなかった。

「型ってね。ただ相手を倒せばイイだけの組み手と違ってすごく難しいの。全力で放った蹴りを
自分の力で美しく止めるには、蹴ることの以上のパワーが必要なの。」
そう言って彩香は、武男の目の前で『型』を演じ始めた。

その長い脚から繰り出される美しい蹴り。
驚くべきスピードで繰り返される鋭い連続突き。
流れるような足の運びから産まれる優雅な舞、そしてゴム鞠のように力強く跳ね回る躍動感。

その美しさに、道場内のみんなから思わずため息が漏れる。

しかしその一見優雅な舞も、彩香の型を初めて至近距離で見る武男にとっては大いなる恐怖だった。
彼女が連続突きを放つと、付近の空気が激しく振動する。
その人間業とは思えないスピードの蹴りは、風を切る音が後から聞こえてくる。
ビシッと型を極めるときの彼女の表情は、まるで獲物を仕留める虎のように鋭くて美しい。

「やぁーっ。」
掛け声と共に彼女の演舞が終了すると、それを見ていた道場内のみんなから自然と拍手が送られる。
武男はその感動と恐怖とで涙が止まらなくなった。

「あ〜っ。山下先輩泣いてる〜。」
「どうしたんでしょう?怖くて頭がおかしくなっちゃったのかしら・・・・・・・。」
「彩香さんの型があまりにもキレイだから、感動してるんじゃないの?」
「だけど山下先輩も惨めよね〜。インターハイで優勝して最強の空手家になるなんて言いながら、
後輩の彩香さんに子供扱いされてるんだから・・・・・・・。」
「ホント。だけどある意味同情するわね。」
「女相手に怖くて泣いちゃうなんて、さすがにもう生きていけないんじゃない?」
「彩香さんの型はやっぱり最高ですぅ。」

「私のことが怖いでしょう?怖くて仕方ないでしょう?」
「・・・・・・。」
図星だった。
武男の体は、目の前の彩香が動くたびに硬直し、震えが止まらなくなっていた。
「1年生のみんなも、先輩の事がきっと同じように怖かったのよ。」
返す言葉もない。

すると彩香は、結んだ黒帯を外し、後ろに束ねた髪をほどいた。
サラサラっと美しい黒髪が流れる。

「紀子ちゃん。ちょっとこっちに来て。」
「私ですかぁ。」
「そう、ちょっとここまで・・・・・・・。」
恐る恐る2人に近付く1年生の紀子。
空手部でも一番の彩香ファンだ。

「紀子ちゃんはもう半年も私と一緒に型の練習をやってるのよね。」
「はっ・・・・・・・、はいですぅ。」
「それならもう問題ないわ‥。最後の処理はあなたに任せるわ・・・・・・・。」
「どういうことですか?バカな私には分からないですぅ。」
「怖がらなくていいから、山下先輩と戦って見なさい。きっと勝てるから・・・・・・・。」
「無理、無理、無理、無理。私、絶対無理ですぅ。」
「大丈夫よ。私を信じて・・・・。」
「危なくなったら助けてくださいですぅ・・・・・・・。」

こうして部長の武男と向かい合うことになった紀子。
『こうなったら、もうヤケクソですぅ。』
「やぁ〜。」

「ぱちっ」
紀子の蹴りは、武男のガードの隙をついて、彼の顔面にヒットした。
油断していた彼は、思わず鼻血を垂らしてしまう。

「あっ、当たったぁ。」
「すごい紀子ぉ。山下先輩に上段蹴りを当てたわよ。」
「山下先輩、鼻血出しちゃってるし、格好わる〜い。」
「頑張れ!勝てるわよ紀子!」
「よしっ」
紀子本人も、最初の攻撃でやる気が乗ってきた。

『ふっ・・・・・。ふざけるな!!』
山下の怒りは頂点に達した。
『確かに崎山は俺より強かった。しかしそれは、ヤツは世界チャンピオンだから・・・・。だけど・・・。
だけど、こんな雑魚相手に俺が鼻血を出すなんて・・・・。許さん・・・・。』

「このアマっ」
手加減のない山下の攻撃が始まった。
「ひゃっ・・・、ほっ・・・、おっと・・・。」
しかし山下の攻撃は紀子に当たらない。
すべてが直前で躱されてしまう。

「やぁっー」
「パチッ!」

「はぁっ」
「ぺちっ!」

一方の紀子の攻撃は、見事にヒットする。
力強さには欠ける攻撃だが、的確に山下の急所を狙ってくる。

「もしかして・・・。ホントに紀子の方が強いんじゃない・・・。」
「山下先輩、明らかに本気よね・・・・・・。」
「紀子の蹴りってそんなに凄くは感じないんだけど・・・。」
「どうして山下先輩はあの蹴りが避けれないのかしら・・・。」
「分からないわ????。」

「やぁややややぁー。」
「ぱちっ、ペチッ、パンパンパンパンッ。」
紀子の連続蹴りが山下の顔面を襲う。
もはや人間サンドバック状態になった彼の顔面は赤く腫れ上がる。

「これで最後ですぅ。はぁ〜〜っ。」
「ごつっ!」
紀子の膝蹴りが山下の顎を直撃する。
その衝撃で思わず膝をついてしまった山下。

「それまでっ!勝負あり!紀子ちゃんの勝ちよっ。」
傍らで見ていた彩香が試合を止めた。

「勝っちゃった・・・。紀子、ホントに山下先輩に勝っちゃったよ・・・。」
「すごい信じられない・・・。」
「だけど・・・。山下先輩って本気だったわよね…。」
「……。」
「……。…先輩って……。実は…、実は大したことないんじゃないの・・・・・・?」
「確かに・・・。体格は立派だけど・・・、動きは遅いし守りはスカスカだし・・・・・・。」
「もしかしたら・・・・・・。」

「その通りよ。」
1年生の会話に彩香が口を挟む。
「今のあなたたちは、3年生の先輩たちよりよっぽど強くてよ・・・。」
「えっ・・・。本当に?」
「えぇ。一番とろい紀子が、山下先輩をやっつけたんだから、それが何よりの証拠よ。」
「・・・・・・。」
「この半年間、一日も休まず私と一緒にトレーニングしたんだから・・・。当然でしょ・・・。」
彩香はそう言いながら、今日一番の笑顔を見せた。
「残りの3年生はあなたたちに任せるわ・・・。」

「今までよくも苛めてくれたわね・・・・・・。」
「さっき蹴られたの痛かったんだから・・・。」
「覚悟して頂戴ね・・・。女の復讐は怖いのよ・・・。」

「ボコ、ボコッ。」
「ぎゃぁ〜っ」
「ぱちっ!」
「うぉーっ。」
残った3年生男子部員を攻撃し始める1年生女子部員たち。
怯えた彼らは逃げることすらできず、一方的にやられていく。

「こいつ私の蹴りで失神しちゃったよ。生きてるかなぁ?」
「あぁ〜っ。木村先輩。私が怖くておしっこ漏らしてるぅ。汚〜い。」
「後藤先輩掛かって来なさいよ。男でしょう?」
「うわぁ〜。ごめんなさ〜い。許して〜。」
3年生男子部員に対する1年生女子部員の復讐は、その後執拗に続いた。

翌月のインターハイ。
1年生、2年生を中心とした新生RT学園空手部は、見事に男女揃っての団体優勝を果たした。
名門復活の瞬間だった。

時を同じくしてパリで開催された世界選手権。
型の女王・崎山彩香は、圧倒的な実力で危なげなく6連覇を達成した。


おしまい

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