勝手に「小さすぎる僕」

高校生の時も電車通学をしていた事が有る。
ちょっと遠い学校に通っていた僕は快速電車を使っていた。
列車が揺れる度に、人々の間に、学校に通う小中高校生やOL、サラリーマンの背中やお腹に押しつぶされる。
普通電車と違い、一つ一つの停車駅間が長い。その間僕は、人々から無意識の暴行を受ける事になる。
その日、目に入ったのは、女子中学生達の逞しく広い背中、サラリーマンのスーツの巨大な布の壁。
後ろは、頭の所に何か堅い物が当たっていたが、首を回すのが不可能な程ぎゅうぎゅうに混んでいて確認は不可能。
混雑の中、一人でも僕の存在に気づいてくれている人が居たら、少しは気を遣ってくれる様で、
何とか僕が生存するだけに足りる空間を残してくれるが、今日はみんなが僕に背中を向けている様で、
完全に人の壁に挟み込まれている。
ガタン、ガタン、ウグッ、ウヘェ… 列車の揺れに合わせて、中学生達の背中や後ろの人たちの壁に挟み込まれ、
押しつぶされた僕の体は、列車が揺れる度に上に上がってくる。
最初は少しかかとが上がる位だったのが、今は完全につま先立ちだ。
ガタタン!うわぁ…。大きな揺れが来て、前後左右に挟まれたまま、完全に宙に浮いてしまった。苦しい!
息が出来ない!足をブラブラさせながら、この日常の状況を何とも出来ない自分が悲しくなってくる。
ガタン!グヘェ! 今まで背中しか見えてなかった女の子のうなじまでが視界に入る様になった。
おそらく10センチ以上は宙に上がっているのだろう。顔の前の空間は、下で埋もれている時よりも広がっているが、
お腹も背中も、体が宙に浮く程プレスされているので、下で埋もれている時よりも息ができない。
額に脂汗が浮かび、「通学途中の高校生、満員電車内で女子中学生に挟まれ圧死」
という新聞の見出しが頭をよぎった頃、やっと列車は駅に停車した。
プシュー。ここにある私立小中学校の児童生徒達が降り、車内には少し空間が広がった。
僕も、トンっという感じで足が着き、ホッとした。

しかし、ホッとしたのも一瞬だった。
突然制服の襟首を猛烈な勢いで引っ張られ、車外に引きずり出されたのだ。
く、苦しいぃぃぃ!! 通学の女の子達が歩くホームの中、
訳が判らないまま苦痛で泣き叫びながら引きずり回される僕がいる。

「ねぇ、有香、何か引っかかってるよ?」
「え?ホント??」
そういう声と供に、僕を引きずり回していた物体が停止したが、今度は上に引っ張り上げられ、
首吊り状態になった。まるでバレーをしている様に地面に辛うじてつま先が接地している状態の足も、
疲れと恐怖でガタガタ震えていた。
「何?これ?」
有香と呼ばれた女の子の顔が、斜め後ろから僕を見下ろす。もう一人の女の子が僕の前に来て、ジロジロと見回す。
「この子の襟首が、有香のランドセルに付いている金具に引っかかってる。」
僕は、苦しさで意識が遠のきそうな中、何とか状況が把握できた。
満員の車内、何かの拍子に、僕の制服が、彼女の背負ったランドセルのサイドに付いている金具に引っかかり、
それに気づかない彼女が改札へ走り出してしまったらしい。
それにしても、小学生の女の子の無意識の行動に、何の抵抗もできなかった高校生の僕、
彼女が立つと僕がつま先立ちになってしまう程の圧倒的な体格差…苦しいだけではなく、
精神的にも悲しくなってきて、止めようにも涙が出てしまって止まらない。
「ボクごめん、泣かない泣かない。すぐに取ってあげるからねぇ」
「だからかぁ、何かカバンが重い気がしたんだよねぇ…」
そして、一人の女の子が有香のランドセルから僕を外して、涙でぐちゃぐちゃの僕の顔をハンカチで拭きながら聞いてきた。
「ボク、どこの小学校かなぁ?男子が行く制服の有る小学校って、この近くには無いと思うんだけど。」
「…。」
「ねぇ、ちょっと、友子ぉ・・・」
「なに、え?ええ?うそー! ねぇねぇ、ボク、もしかして、もしかしてさぁ、この制服って、まさか高校生なのぉ??」
僕は恥ずかしくて一層小さくなりながら、彼女達の前でこっくりと頷いた。
「ええええええ!!!!この子が高校生!!???」
その声と供に、他の小学生や中学生も集まってきた。この駅最寄りの学校は、女子だけの私立なので、女の子ばかりだ。
「えーカワイイ!」
「電車で毎日見るけど、やっぱり高校生だったんだ。嘘みたい!」
「このまま有香のカバンにぶら下げておいて、アクセサリーにしたら?」
「こんなにちっちゃい高校の制服って有るんだ!」
「ボク、ごめんねぇ!高校生とは思わなかったゾ。これから一緒に通学しよ!」
女子小学生や女子中学生達が僕を取り囲んで、好き勝手な事をいう。
でも、みんな僕よりもずっと大きいし強そうなので、じっと堪えていた。でも、再び涙が溢れてきた。
「こら、泣いたらダメだよ。はい、涙を拭いて、次の電車で元気に学校行きなさい!」
「じゃ、また明日ねぇ!」
「帰りも会えるかな?」
「ボク、お返事は?」
「じゃーねぇー」
小中学生達の歓声に見送られ、僕は次ぎの電車に乗った。
これから好奇心旺盛な彼女達におもちゃにされるのではと思うと、また涙がこみ上げてきた。

inserted by FC2 system