美沙 プロローグ

冬の気配が漂ういつもの学校の帰り道、週末だというのに美沙はとても気が重かった。
今日も、クラスの男の子達に、デブだのブタだのと笑われてしまった。
小学校4年生にもなると、女の子の多くは体型を気にしだす。
美沙も、体型を気にしては居るが、おやつの誘惑には勝てず、ちょくちょく間食をしてしまう。
いつも通ってるバレエ教室でも、身のこなしは華麗なものの、最近は体型が少しぽっちゃり気味になってきたので、
先生から小言を貰う様になった。
“最近おやつ食べすぎかな?”
思春期の入口に入りつつある女の子には、デブの言葉は本当に辛い。暗い気持ちを抱えたまま、黙ってとぼとぼと歩く。
「どうしたの?何かあったか?」
隣のクラスの祐志君だ。家の向かいのマンションに住む同級生で、幼稚園から一緒に通ってる。
この辺の小学校は集団登校だから、朝は毎日一緒に通ってる。
とにかく明るくて口達者だから、寡黙で男の子とうまく話せない美沙にとっては、
本当に心休まる、唯一といっていい男の子の友達だ。
また、スポーツはイマイチなものの、おちゃらけた性格とは裏腹に、勉強が出来る。
努力してるところなんて見たこと無いけど、常に成績はトップクラス。
自分の持ってないものを沢山持ってるので、美沙には少し憧れもあった。
「何でもないよ。」と美沙は答えた。彼に言っても何も変わらないから、美沙は言葉を濁した。
「わかったぞ。デブか何か言われたか?」空気読めない系なのにたまに鋭い。
「…」
「あ、ごめん。でも、気にするなって。美沙ちゃんをいじめる奴は、俺がブッ飛ばしてやるから。」
「ちょっとムリかも…、」
「ガーン!バレたか」
そう、祐志は、喧嘩はからっきし。この前のスポーツテストでも、全種目美沙にやや劣る。
祐志は頭と口は達者なものの、運動は音痴ではないがモヤシ系。
対して、太り気味でも、美沙はスポーツでも勉強でもクラスで一応上位、毎年必ず運動会ではリレーの選手に選ばれている。
「やっつけてやればいいのに…?」
「嫌よ。一応女の子だから野蛮なことは恥ずかしくてしたくないの。」
とりとめの無い会話を続ける。他の男の子とは緊張するが、祐志にだけは、普通の会話が出来る。
そうこうしてるうちに、家に着いてしまった。美沙の一軒家と祐志の住む賃貸マンションは、道を挟んだ向かいにある。
「ふーん、まぁ気にするなよな。また来週な。」
と言って祐志は去って行…、と戻ってきた。
「おお、明日誕生日だな。おめでとうな。じゃぁな。」
今度こそ嵐のように去っていった。
クラスメイトにからかわれた悲しさが少しだけ軽くなったような気がした。
美沙は、今日のバレエ教室のことに気持ちを切り替え、自宅に帰っていった。

その日の夜、バレエ教室から帰宅した美沙は、家族といつもの夕食を共にした。
父の博人、母の由紀、美沙、そして4学年下の幼稚園児理沙の4人家族。
いつもの家族の団欒。父はほとんど残業が無く、毎日夕食は一緒に食べる。
しばらくして、理沙は就寝。私は、机に座って宿題をしながら、今日の出来事を思い返していた。
はた目にはデブと言うほどでもないが、ぽっちゃり気味なのでやはり気持ちは暗くなる。
お母さんはスタイルも抜群、背も170cm弱、頭もいいしスポーツも万能。娘の美沙から見ても羨ましい存在。
対して自分は、勉強も運動もそこそこ出来るものの、背は低いし何より最近太ってきた。
“お父さんのせいかな?”
お父さんは、背は低めでスマート。頼もしいお父さんには程遠いが、とにかく優しいお父さん。
でも、美沙も思春期。お父さんへの嫌悪感が芽生えるころ。
“なんでお母さん似にならなかったのだろう?”
少しお父さんを恨む。
“でも、お父さんもスマートだし、デブは私のせいかな?この土日からおやつをやめよう!”
と心に誓った。

そんなとりとめもなく悩んでいると、トントンと部屋をノックする音。開けてみるとお母さんだ。
「美沙、話があるの。降りてきて。」
普段は、温和で心休まる憧れのお母さん、夕食のときもごく普通だったような気がしたが、今はいつに無く険しい顔をしている。
美沙は心に大きな不安を抱えながら、1階のリビングに下りていった。
リビングに下りると、父と母は改まって座ってる。美沙も向かいに座った。
「あのね、明日で美沙は10歳だよね…。」由紀は続けた。
「あなたはね、実は普通の人間と少し違うの。」
「え?」疑問符がよぎる。
いきなり普通の人間と違うと言われても意味がわからない。静かに話の続きを聴いてみる。
「ウチの一族は、代々女しか生まれないの。で、上の子供だけ、特別な力が開花するの。たとえば…、」
由紀は、テーブルの上に置いてるピーナツを手に取ると、右手で軽く摘んだ。その瞬間、ピーナツの殻は粉々に砕けた。
「それとかね…、」
由紀は、どこから持ってきたのか鉄パイプを持つと、軽く折り曲げてしまった。
男の力でもかなりの力自慢でないと曲げられなさそうな鉄パイプなのに…。
お父さんは黙って見てる。美沙は、あまりの人間離れしたお母さんの怪力に、言葉を失ってしまった。
「それだけじゃないの。もちろん走っても多分女子の世界記録くらいは超えられるし…」
「特に器用さは、普通の人間よりはるかに上なのよ。運動神経の通い方が並の人間とまったく違うの。」
美沙はそう言うと、両手に鉛筆を持ち出した。
そして、机の上に置いた紙に、右手できれいな字で文章を、左手で美沙の顔のスケッチを始めたのである。
あっという間に、両方とも出来上がった。
由紀は話を続ける。
「そして、ここまでの能力は理沙には無くて、美沙にだけ開花するの。10歳になったら…。」
美沙はもう驚くよりほか無い。
私は普通の人間じゃ無いって、しかもそんなに強くて人間離れした能力になれるって、常識では考えられない。
でも、目の前のお母さんが凄い力を発揮してるし…。
「でもね…、」由紀は続ける。
「美沙が能力を開花する為には、一つ必要なことが有るの。」
「何?」やっと美沙は言葉を発した。
「運命の人が必要なの。」
「運命の人?」
「そうよ。私の力はね…、お父さんと出会えなきゃ開花しなかったの。」
「どうやって探すの?」
「そのうち、“この人だ”って直感する人に出会えるのよ。それはあなたにしかわからない。
あなたの力は、その人を好きになることで開花し、好きになってもらうことで更に開花するの。
そうやって、あなたは能力を覚醒させて、その能力を後世まで残さなければならないの。それがあなたの宿命。」
宿命…。
いきなりそんなこと言われても戸惑う。美沙はゆっくり考えたあと。質問してみた。
「その運命の人が、変な人や悪い人ならどうなるの?」
「大丈夫よ。心のまっすぐな人にしか、運命の人にはならないから…。」
「わかったわ。」まだ心の整理はついてないけど、そう答えるしかない。
ここで今まで黙っていた父の博人が、ようやく口を開いた。
「あのな、もし能力が開花しても、普通の人の前で使ってはいけないよ。
美沙の能力は、密やかに後世に伝えなきゃならないから。それだけは気をつけなさい。
普通の人間じゃないと世に知れ渡れば、どこかにさらわれて実験台にされるかも知れない…、」
「はい。」
「大丈夫。お母さんもお婆ちゃんもそうやってやって来れたんだから、美沙にもきっと出来るよ。」
お父さんの最後の言葉を聞いて少し安心した。今、お母さんがお父さんを好きな理由がわかった気がする。
頼りなさそうだけど、まじめで優しいお父さん。
美沙は部屋に戻って、今日の話を振り返っていた。
デブの話なんて、どこかに飛んでいった。今夜の突然の話をゆっくり心の中で整理する。
決められた人と結婚しなきゃならないのは少し憂鬱になるが、お父さんとお母さんは幸せそうなので、それを信じてみよう。
「運命の人か…」
どんな人が運命の人なのだろう?期待と不安が入り混じったまま、いつの間にか、美沙は眠ってしまった。

翌週の月曜日、いつもの集団登校。
「おっはようよう」祐志はジョークの切れはイマイチなもののいつも明るい。
しかし彼の態度は変わらないけど、いつもと少し何かが違う。
彼のいつものマシンガンのようなトークを聞きながら、美沙は彼に感じる違和感について考えていた。
で、学校に着くころに、ようやく美沙は気付いたのである。
運命の人は思いの外、近くに居たのだと。


つづく





inserted by FC2 system