美沙 第1話

「あ、おはよう、おそくなってごめん。」
幼馴染の美沙と妹の理沙の姉妹が出てくる。
長い夏も終わり、ようやく秋の気配が漂ういつもの集団登校。
「罰として、うまい棒1本オゴリな。」
なんて軽口を叩きながら、祐志達は学校へ向けて歩き出す。
総勢11人の集団登校、5年の祐志と美沙は最後尾を歩くことになってる。今年は同じクラスだ。
“それにしても…”
祐志はいつもの雑談をしながら、美沙を見上げた。
美沙は、去年までは自分と同じくらいの背だったのに、この1年で急に15cm以上背が伸びた。
今では祐志135cm、美沙は150cmだ。
体が大きくなるにつれ、勉強も運動もすばらしい成績を残すようになった。
唯一美沙を上回っていた勉強も、今では追いつかれつつある。テストの成績も勝ったり負けたりレベルまでになってきた。
また、身長が伸びるにつれ、ぽっちゃりしてた体型も解消し、
今では、女性の丸みを帯びながら、すらっとした、もう大人といっても差し支えない体型に変貌した。
まだ、発毛すらない子供っぽい祐志は、若干引け目を感じながらも、いつものように話しかける。
「先週の運動会のリレー、もうちょっとで追いつきそうだったのに、惜しかったな。」
先週は運動会だった。祐志はごく普通の徒競走でごく普通の目立たない成績、
対して美沙は、クラス対抗リレーの女子の最後、アンカーへの重要な繋ぎ役で、
各クラスで一番速い女子の集まる中で、見事3人抜きを達成し、しかも先頭に迫る大活躍だったのである。
ついこの間まで、同じ目線に感じていた幼馴染が、
体型だけでなく能力的にもどんどん手の届かなくなりそうな万能少女に変貌していく。
祐志はそんな彼女を見ながら、寂しさや焦りを覚えるのだった。
「3人は抜いたんだけどあれが限界よ。頑張ったんだけどね。」美沙は笑顔で答える。
この半年強で、彼女のスペックは一気に変化したが、それでも学校ではそれほど活発になったわけではない。
相変わらず他の男子とはあまり話をしないし、目立つのはあまり好きでは無いようだ。
女子の間で美沙はどんな位置付けなのかはよくわからないが、美沙が男子相手に普通に会話し普通の笑顔を見せる相手は、
やっぱり幼馴染の祐志だけだった。
祐志は、美沙の笑顔を見ながら、少し安心した気分になった。
「でも、多分学年の女で一番足が速いよな。羨ましいぜ。」
改めて、祐志は美沙をチラチラ見ると、5年生としては膨らんだ胸に興奮してくる。軽口を続ける。
「あと、多分学年の女で一番チチがデカいよな。羨ま…、アイテテテ…」
美沙に耳を引っ張られる。
「どこ見てんのよ、エッチ」
「痛テテテ、ゴメンゴメン」
祐志は謝りながら彼女の手を振り解こうとする。
が、軽く握っているように見えて、こっちが両手で振りほどこうとしても離れない。
「わかればよろしい。」
美沙は手を離してくれた。余裕で手加減してくれてると思うが、それにしてもどうも力でも適わないようだ。
いったいどのくらいの力が有るのだろうと祐志は漠然と疑問に思うのだった。

さて、授業も終わり、祐志と美沙は並んで帰った。
同じクラスだから当然授業も同じ時間に終わるし、祐志はクラスメイトから冷やかされても気にしないクチだったので、一緒に帰る。
自分の家に帰ってカバンを置くと、すぐさま、家を飛び出して、向かいの美沙の家に向かった。
今日は祐志の誕生日なのだ。
で、美沙に招待されたわけで、何があるのかわくわくしながら、向かいの美沙の家のベルを鳴らす。
それにしても、彼女の家は広い。こじんまりとした庭と、広めの二階建ての家なのだが、横に広い道場のようなものが付いてる。
賃貸暮らしの祐志は、久しぶりの彼女の家に胸を躍らせた。
「あら、いらっしゃい。美沙はシャワー浴びてるから、美沙の部屋に勝手に上がってっていいわよ。」
彼女のお母さんの由紀さんが出迎えてくれる。
「美沙のママ、お邪魔します。」一応丁寧に挨拶し、彼女の部屋に直行する。
久しぶりに入る美沙の部屋。男の部屋とはなんとなく空気が違う。
しばらく待ってると、美沙が着替えて帰ってきた。手には小さなケーキとジュースを持ってる。
Tシャツに短パン。ラフな格好だけど、そこはかとなく大人の香りが漂う。
“ブラみたいなのも透けてるし、パンツ見えそうなんだけどなぁ…”
目のやり場に困りながら、彼女と向かい合う。
「お誕生日おめでとう。はいプレゼント。」
小さなガラス細工の置物をもらった。ガラス工芸館で自分で作った手作りらしい。
その後、ケーキを食べながら、二人でいつもの他愛の無い会話に終始していた。
「ねえ、何かしてほしいこと有る?」美沙は聞く。
「腕相撲してみたいな。」
「ええ、ちょっと恥ずかしいな。」
「学校でやるのは、どうせ負けるから恥ずかしいし…。ちょっと、本気出してみてよ。」
「いいわよ。でも、学校では内緒にしてね。怪力女とか噂が立つのは嫌だから。」
「わかった。約束する。」
ケーキを片付け、机で右手を合わす。彼女の右腕は、どこから見ても普通の女の右腕だった。
力瘤も盛り上がる感じでもない。しかし、手ををあわせた瞬間に力強そうな感じが伝わってくる。
「レディ−、ゴー!」
始まると同時に祐志は全力を込めた。しかし彼女の腕は筋肉の盛り上がりも全く無いままピクリとも動かない。
やっぱり彼女は強かったんだと改めて祐志は思った。
「祐ちゃん頑張れ!」と美沙は言うものの、どうも余裕のようだ。
美沙が少しずつ右手に力を入れていくと、徐々に劣勢に立ち、祐志はあっさり負けてしまった。
「やっぱり怪力女だったんだ。スポーツテストで手抜いてたろ?」祐志は聞く。
「怪力女はヒドいわ。手抜きなんて恥ずかしいから秘密。でも、ちょっと力入れてみようかな。
今度は両手対片手でやってみようか?」
自分の力をあまり披露しない美沙からの思わぬ提案。
祐志は内心少し驚きながらも、美沙のめったに無い積極性に、思わず飛びついた。
「負けたらショックだなぁ、ようし、それなら何とか…。」
机で片手と両手を合わす。今度は負けないと気合を入れなおす。
「レディ−、ゴー!」
祐志は開始と同時に全力を込めた。しかし、彼女の腕ちょっと押し込めたが受け止められてしまった。
彼女も反撃しようとするが、今度は何とかこちらも持ちこたえられる。
相変わらず、彼女の腕からはムキムキ感は全く感じないのに、なぜか押し込めない。
しばらく、硬直状態が続いたが、徐々に劣勢に立ってきた。
「祐ちゃん今度こそ頑張れ〜〜」美沙はどうもまだ余裕がありそうだ。
祐志はもう全力を込めているのでその声に答える余裕が無い。だんだん疲れてきて、ついに負けた。
「ホント強いね。」
劣等感と憧れの入り混じった奇妙な感覚が突き抜ける。彼女には、本当に何やっても勝てなさそうだ。

その後もくだらない話で盛り上がってたが、彼女が改まって、切り出してきた。
「あのね…、」
「何?」
「私、祐ちゃんが好き。」
穏やかな流れから、いきなり核心を付く話が飛び出してきた。
幼馴染、しかし最近遠い存在に思いつつも有り、憧れの存在でもあった美沙からの告白、
祐志は心の底から嬉しかったが、勤めて平静を装い、
「え?俺、チビで男前でも無いけどいいのか?」
「でも好きよ。」
「口ばっかりで頼りないけどいいのか?」
「でも好きよ。」
「松永とか佐藤とか、お前のこと好きみたいだけどいいのか?」
松永、佐藤はクラスでも指折りのイケメンでスポーツも出来るクラス女子の憧れの双璧である。
「いいよ。だって、祐ちゃんが好きなんだもん。」
「そっか、ありがとう。俺も美沙のこと好きだよ。でも、嬉しいような恥ずかしいような…。」
祐志は、正直嬉しかった。今やクラスで憧れの的の美沙に「好き」って言ってもらったから。
しばらく、二人で静かに向かい合ってた。改めて、美沙が切り出す。
「あの…、実は、もう1つプレゼントがあるの。」
彼女にすっと抱き寄せられる。ほのかに漂うシャンプーのいい匂い。女の子って何でこんないい香りがするのだろう。
祐志は動揺のあまり身を硬くするだけだった。
彼女の顔がすぐ近くにある。そういえば、こんな近くで彼女の顔を見たことなんて無いなと思いながら、
彼女の行為に無抵抗で身を任せる。
更に近づいてきた。目を閉じている。祐志も真似をして目を閉じる。すっと、小鳥のような甘いキス。
「私のファーストキスよ。祐志君は?」
「初めてだよ。というか、そんな経験、見るからになさそうなのは知ってるだろ?」
恥ずかしさの余り、少し言葉が乱暴になってしまった。
「ごめんね。」二人で声を合わせて謝りあう。
そして…。
「大人のチューって知ってる?」
「何それ?」
祐志は性知識もまだ子供並だったのである。大人のチューって何だろう?
「目を閉じて力を抜いてみて?」
言われたとおりに祐志は力を抜いた。
先ほどと同じ甘いキスの後、いきなり彼女の舌が、祐志の口に入ってきた。驚きの余り思わず目を見開く。
美沙は、静かに祐志の目に手を当てて、目を閉じさせられた。
祐志は、目を閉じたまま、美沙のキスに身を任せた。自分の胸には彼女の胸が当たり、心地良い。
最初は、優しく舌と舌を絡めあう。しかし、だんだん美沙の舌の動きが滑らかになってきた。
こちらが舌を少し動かせばあっという間に絡めとられ、いつしか無抵抗で、美沙の舌は祐志の口の中を蹂躙するようになった。
「ふぅふぅ」だんだん祐志の体の力が抜けてくる。
「ウフフ、もう少しね。」美沙は一度唇を離して一言言うと、また舌を絡めだした。
それにしても、美沙の舌はよく動く。美沙の長い舌の滑らかな動きにどんどん心が奪われる。
美沙の舌の動きに意識を集中させられる余り、いつしか美沙の舌で体中なめまわされる感覚に陥り、
ついに体中の力が抜け切ってしまった。もはや彼女の支えが無ければ、立ってることも出来ないだろう。
「はい、おしまい。」
彼女の長いキスは終わった。祐志は優しく放された後、絨毯の上に倒れこんだまま、しばらく立ち上がることも出来なかった。
“大人のキスって凄いな”
全身ぼーっとなりながら、なかなか回転しない頭を使って、祐志はそんなことを考えていた。
ついこの前まで幼馴染だったのに…、
同じ目線の同級生だったのに…、
大人の美沙と子供の自分。祐志は、キスだけで、体の力と同時に心まで奪われてしまったのである。美沙が女神に見えた。
実は大人のキスが凄いわけじゃなくて、彼女のキスが凄いということを知ったのは、ずいぶん後のことで有った。

「じゃぁ、そろそろ帰るわ。」
「大人のチューのことは内緒だよ。」
“恥ずかしくて言えないよ”
と思いつつ、祐志は重い足取りでフラフラになりながら向かいのマンションへと帰宅した。


つづく





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