引っ越し

今日は、引っ越しの日だ。
春から大学生になるということもあり、親から一人暮らしをしろと言われしぶしぶ了承した。
しかし、そこは今の土地に越す前、つまりは子供の頃に暮らした隣町の近くで、ある種の郷愁を感じて、悪い気はしなかった。

「そういや、あの娘はどうしたかな・・・?」

その隣町に居た頃、良く遊んだ1つ年上の幼馴染の、名子という少し変わった名前の女の子が居た。
僕も、獅子堂飛翔(カケル)という仰々しい苗字の上に字的に珍しい名前で、お互いそのことで良く意気投合した。
だけど、その娘は小学校低学年の時に別の土地に引っ越して行ってしまった。
今となっては懐かしい思い出だ。
そうやって郷愁に浸っていると、外にトラックの止まる音が聞こえた。すぐに呼び鈴が鳴る。

「はーい、今出ます」

玄関を開けると、そこに立って居たのは綺麗な女性だった。
胸が大きいのか、制服の前面は大きく膨らみ、ボタンが今にも弾け飛びそうだ。
しかし、それ以上に目を見張ったのはその腕。
春先で外はまだ肌寒いにも関わらず半袖で、しかもその袖は力瘤でパンパンに張っている。
引っ越し屋なんてのは確かに力仕事だけど、ここまで筋肉が付くものなのだろうか?
しかし、それ以上に気になったのは1人しか居ないことだ。本来ならもう1人居るはずだし、その分の料金も払ってある。

「あの・・・もう1人の方は?」
「すみません、相方が急病で来れなくなってしまいまして・・・」
一人暮らしとはいえ、余計な出費を抑える為に家具もある程度持って行くので荷物は多い。
どう考えても女性一人で済む仕事量では・・・

「勿論、代金はサービスさせて頂きます。・・・それに、実を言うと一人の方が楽なんですよ♪」
その女性は、ぺロッと舌を出してはにかんだ。しかし、こっちが疑問を投げ掛ける前に、更に疑問を増やされてしまった・・・。
幾ら逞しいとはいえ、大の男2人分の仕事を女性たった1人でこなせるというのだろうか?

だが、その女性の言ったことは嘘ではなかった。荷を運ぶ速度が異様なほど速いのだ。
洗濯機だろうが、冷蔵庫だろうか軽々と持ち上げ、颯爽と運んで行く。
男2人だったとしてもここまで速くはなかっただろう。
そして、ものの1時間も掛からずにトラックへの荷積み作業が終わってしまった。
ここまで圧倒的なパワーを見せられると、こっちとしては文句の付けようがない。

「あのー、相談なんですけど、もし宜しければ一緒に現地に向かいませんか?
丁度、助手席が空いてますし、お詫びも兼ねてお送り致します。」
あれだけの仕事をしたにも関わらず、息1つ切らして居ない彼女がそう提案してきた。
僕自身も、荷解きの関係で荷が出たのと同時に現地に向かう予定だったから願ったり叶ったりだ。
それに、こんな美人からのドライブの誘いを断るほど野暮でもない。

「是非、そうさせて下さい。」


彼女は運転もこなれていた。これなら安心して荷物を任せることが出来る。

「しかし、力強いんですね。」
彼女は、手伝うと言った僕の申し出を丁重に断った。まあ、あの仕事振りを見れば当然なのだが、常人離れしている気もする。

「ええ〜、そんなことないですよ〜」
彼女は照れ隠しに笑う。

「何か、スポーツでもやってたんですか?」
「実は私、子供のころ病弱だったんですよ。それで健康になるようにって最初は水泳を始めて・・・
そしたら、いつの間にかスポーツそのものよりトレーニング自体が楽しくなっちゃって・・・」
彼女によれば、このバイトも趣味と実益を兼ねてるそうだ。
力仕事はトレーニングになるし、実入りも良い、ということらしい。

会話が弾むと、目的地まであっという間だった。
僕の新居は、よくあるタイプのワンルームマンション。
しかし、今更ながら困ったことに気が付いた。エレベータがないのだ。しかし、彼女は・・・

「ああ、元々階段を使うつもりだったんで大丈夫ですよ」
階段を使えばそれこそ鍛錬になるし、そもそも他の住民のことを考えて使うつもりはなかったらしい。
しかし、相変わらず仕事が早い。彼女曰く、やっと身体が温まって来たのだそうだ。
荷物の運び込みは、またしてもあっという間に終わってしまった。
そのお陰か、荷解きもスムーズに終わった。
予定の時間より大幅に早く終わったということもあり、彼女にお茶を振舞うことにした。

「この土地は初めてなんですか?」彼女がそう聞いてきた。
「いえ昔、子供の頃にこの近くに住んでたことがあったんですよ。中学に上がる前ぐらいに引っ越しちゃいましたけど・・・。」
「・・・ぁ、それで・・・・・」
「ん? どうしたんですか?」
「・・・いえっ、何でも。」
彼女は何か思うところがあったようだが、笑って誤魔化された。

・・・ん? すると、今度はこっちが妙なところに気付いた。
「あの・・・、その袖のところ、裂けてません・・・?」
両袖の口から肩に向けて、シャツの生地が数センチほど裂けてスリットのようになっている。
糸が解れているから、間違ってもスリットではないだろう。

「・・・ああ! また・・・・・」
「・・・また?」
「いえ、パンプアップしちゃうとたまーに袖が耐えられなくなって裂けちゃうんです。
普段はあまり、全力を出さないように気を付けてるんですけど、今日は少し興奮しちゃって・・・」
「・・・興奮?」
「・・・あ、いえこっちの話です。」
そういえば、元々大きかった力瘤が更に大きくなってる気がする。
それ以前に、さっきまでの仕事ぶりが全力ですらないというのだ。

「私って女の癖に腕が太過ぎて、長袖だと男性サイズのシャツでも腕が通らないんですよ。
腕に合わせちゃうと、特大サイズのシャツになっちゃってお腹が余まっちゃいますし・・・」
確かに、胸も特大サイズの割りに、お腹や腰周りはキュッと締まっている。
それで、多少寒い季節でも半袖なのに合点が行った。

「これでも、筋肉付いちゃうのに抵抗ないわけじゃないんですよ。トレーニング自体は楽しいんですけど・・・。
力も強くなった分、気を付けないといけないですし・・・。」
「何か、失敗をしちゃったことが・・・?」
どんな失敗をしたのか、少し気になる。

「TVキング選手権って素人が参加出来る番組があるんですけど、それの力自慢大会の時に・・・」
「・・・どうしたんですか?」
「腕相撲でプロレスラーの腕を折っちゃって・・・」
・・・・・凄い、があの力瘤を見れば説得力は充分だ。寝惚けて、目覚まし時計を握り潰したこともあるらしい。


「身体を鍛えてるのはあくまで、健康を維持するための"手段"なんですよ。でも、その"目的"もやっと・・・・・」
彼女が憂いの表情でこっちを見ている。
しかし、事も在ろうに僕はそれをお茶のお替りの催促だと勘違いし、用意しようと立ち上がろうした。
・・・が、急に立ったために足が痺れてバランスを崩し・・・コケそうになったが、
その寸前で彼女がすっと立ち上がり間一髪で、左腕一本で僕の身体を支えてくれた。お陰でコケずに済んだ。

「すみません、慌てちゃっ・・・えっ」
だが、そう言い終わる前に、彼女がおもむろに僕の身体を自分の方に引き寄せた。
顔が彼女の豊満な胸に埋まる形で抱き留められる。

「・・・まだ、・・・気付かない・・・・・?」
「・・・え?」
驚いたのと照れもあり一旦、彼女から離れようとするが彼女の腕を振り解けない。
優しく抱き締められてはいるのだが、振りほどこうとすると、途端に万力のように動かなくなる。

「・・・お願い、少しだけで良いからじっとして。再会の喜びを味あわせて・・・・・」
「・・・再会?」
「折角、身体を治してこの町に戻って来たのにカケルくん、引っ越して居なくなっちゃってるんだもん・・・」
「・・・まさか」
確か、名子が引っ越した理由は、身体が弱くて・・・空気の良い土地で療養するからって・・・・・

「探したんだよ。近所の人に聞いても、隣町の方に引っ越したってことしかわかんなくて・・・。
それで、このバイトを始めたの。この引っ越し社なら、隣町も含めて広範囲をカバーしてるし、闇雲に探すより良いと思ったの。
カケルくんの苗字って結構珍しいから先輩にも、もし表札を見掛けたら教えて下さいってお願いしてて・・・
そしたら偶然、丁度その名前で引っ越しの依頼があって、無理言って仕事回してもらって・・・それで・・・・・」
後半はほとんど涙声になっていた。

「名、子・・・・・なのか・・・?」
「・・・そうよ。何で気付かないのよ・・・」

ぎゅ〜〜〜〜〜〜 ギリギリギリ・・・ ミシミシ・・・

「・・・い! イテテテ・・・!!」
彼女の腕に力が篭り、締め付けがキツくなる。恐らく、手加減はされてるんだろうけど、骨の軋む音が聞こえてくる。
ほどなくして、気が済んだのか何とか解放された。

「ごめん、でも見違えたからさ・・・。凄く綺麗になったし、それに、その・・・」
「フフッ、逞しくなったって言いたいんでしょ? 良いのよ。私に限ってはそれは褒め言葉よ。
だって、身体が弱かったせいで離れ離れになったんだもの・・・」
「名子・・・・・」
「・・・でも、やっと再会出来た。」

「子供の頃、身体の弱かった私を気遣ってよく一緒に遊んでくれたよね。
いじめられそうになったらすぐに助けてくれたよね。
でも、今度は私の番。これからは私がずっと傍に居て、カケルくんのことを護ってあげるから・・・」


今度は本当に、包み込むような優しいハグ。僕もそれに応えて名子を優しく抱き留めた・・・。


おわり





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