天然彼女 第1話

僕の彼女、進藤奈緒はいわゆる『天然』だ。

どこか、人とは感覚がズレている気がする。
中間テストで5科目中、4科目で満点を取りながら残り1科目で
回答欄を全て1つずつ間違えて書いて、0点を取ったり。
天気予報で昼から雨なので傘を持って登校したのに、傘があることを完全に忘れてズブ濡れで帰ったり。

勉強は出来るが、どこか抜けている。そういう女の子だ。



出会ったのは、今の高校に入学してすぐのことだった。

ウチの高校は運動部、特に水泳部に力を入れていて、学校の敷地内に大きな室内プールがある。
僕は水泳が好きだったこともあり、迷わず水泳部を部活に選んだ。

その新入部員の中に彼女は居た。
背は、平均的男子高校生の僕より少し高いぐらいだったから、高1女子としては高い方だろう。
ガタイも良くてややぽっちゃりしているから、なかなか迫力がある。
しかし、一番目を見張ったのはそのビッグバスト。
学校指定のスクール水着ではサイズが合わず、女子新入部員の中で唯一人、ビキニを着ていたぐらいだ。
顔も童顔で可愛らしく、その爆乳も自分の嗜好にピッタリだったので
無謀にも僕は、その日の内に告白した。

「うん、良いよ」
結果は意外にもアッサリとOKだった。
童顔プラス爆乳で人の目は引くが、かえってそれが天然ボケを目立たさせることになり
今まで告白されたことがなかったらしい。

「えへへー、これでカレシカノジョだね」
奈緒はそう言って屈託無く笑った。告白されたこと自体が凄く嬉しかったらしい。

「でも、災難だったね。いきなり、先輩に目を付けられるなんて・・・」
後から聞いた話だが、新入生がビキニで初部活に顔を出したのは水泳部創設以来初めてだったらしい。
今までにも、体型が合わず水着が間に合わなかった新入部員は居たが
大抵、そういう時はジャージなり体操着で出るものだ。
そこで、臆面も無くビキニをチョイスするのは『天然』としか言いようがない。

良くも悪くも、新入部員の中でもあの爆乳ビキニは目立ちまくっていた。
それが、女子部員で副部長の村井先輩の癇に障ったのだ。
村井先輩は、奈緒に一年生の間の一年間、雑用以外はトレーニングルームでウェイトトレをするよう命じた。

「競泳やるのに、その胸は邪魔よ。ウェイトトレで筋肉付けて、その邪魔な胸とお腹の脂肪を落としなさい」
尤もらしい理由を言ってはいたが、村井先輩は三年生だったから
自分が卒業するまで呈の良い厄介払いをしたかったんだろう。

「僕が明日、村井先輩に掛け合ってみようか? こんなの、どう考えたってイジメだよ・・・」
「ううん、いいの。競泳やるためにはウェイトトレは必須だから、先輩の言ったことは間違ってないよ」
今思えば、後の『奈緒伝説』の始まりは、この時のことが切っ掛けだったのかもしれない。

奈緒は天然ボケだが、それは言い換えればマイペースってことでもある。
それから、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ・・・結局、一年生の間
奈緒は一度も室内プールに姿を見せず、一心不乱にトレーニングルームでウェイトトレをやり通した。


そして、お互い二年生になり、付き合い始めて二度目の春。
僕はあれ以来、奈緒が部活でプールサイドに立つのを初めて見た。

「・・・何だ、あれ」
「凄ぇ・・・!」
「・・・うわぁ、どうやったらあんな身体に・・・」

部員たちがざわつく。僕も1年ぶりに見る奈緒の肢体。
奈緒とは1年ぐらいの付き合いだが、まだキス止まりで身体を重ねたことは無いし
水泳部同士ってこともあり、デートでプールに行くことも無かったのだ。

「1年間ずっと頑張ったんだけど結局、ムネのお肉落ちなかったの・・・」
奈緒はそう言ってえへへと苦笑いをして、頭をポリポリ掻いた。
しかし、僕は見逃さなかった。何気なく曲げられた奈緒の腕にこんもりと盛り上がる巨大な力瘤を。

ちょうど1年前に見た爆乳は何と、ほぼそのまま残っていた。しかし、それ以外の部分があまりにも変貌していたのだ。
鍛えられた大胸筋という土台に乗った爆乳は、特注サイズの競泳水着をこれでもかと押し上げている。
そして、それに負けず極限まで発達した広背筋。その大きく広がった胸回りに対して、
キュッと括れたウェストが見事な逆三角形のフォルムを形成している。
そしてその細いウェストの上には、水着の上からでもハッキリとわかる6分割されたブロックのような腹筋。
圧倒的な存在感の上半身に負けず、太腿も競輪選手並に太かった。

「あんな娘、ウチの水泳部に居たのか?」
「何あの娘、おっぱいも凄いけど何て筋肉してるの・・・」
部員たちがあちこちで話している。奈緒が部活で室内プールに顔を出すのは1年ぶり2度目。
実際、部員数は多いし、1年のうちに辞めてくのも多かった。奈緒のことを覚えていないのも無理ないだろう。
だが、僕としては引退した村井先輩に今の奈緒を見せたかった気がする。
度肝を抜かれて腰を抜かしたかもしれない。

「何だ何だ! 一体、どうした」
騒ぎを見かねたのか、男子部員で部長の木村先輩がやってきた。
この部長は、男子部員の中でもトップクラスの体格の持ち主・・・だったのだが、
今の奈緒の爆裂ボディを見た後だと霞んでしまう。

「・・・一体、何かどうし・・・・・うぉっ!?」
部長がようやく奈緒の存在に気付いた。当の奈緒は、その筋肉ボディを縮こまらせてモジモジしている。
さすがに、『天然』の奈緒でも水着姿で衆目に晒されるのは恥ずかしいらしい。

「お前は確か・・・、ん〜・・・。・・・・・! 思い出した。村井先輩に営倉送りにされた奴だな」
部長は気になることを口走った。

「・・・営倉送りって何ですか?」
「ん、お前は二年なのに知らんのか? ウチの部の伝統だよ。
 先輩に気に入られなかった新入部員は、トレーニングルーム行きを命じられる。
 当然、その先輩が許すか卒業するかしないとプールに出ることは許されないワケだ」
そんな伝統があったなんて知らなかった。

「でも実際、『許し』が出たことは今まで一度も無いがな。何でかって?そりゃ決まってんだろ。
 水泳部に入る奴なんて、泳ぎたくて泳ぎたくて仕方のない奴らばっかりだ。
 ただでさえ、ウチは年中泳げる室内プール。そこで、無期限でプールに出るなって言われたらどうなる?」
「・・・まさか」
「要は、呈の良い自主退部勧告なんだよ。そうでもして部員を減らさないとウチの部じゃやってけんしな、ガハハハ!」
そう言って、部長は下卑た笑い声をあげた。

奈緒は1年間、先輩の言い付けをちゃんと守って頑張った。
なのにやっぱり、村井先輩はただ厄介払いをしたかっただけだったのだ。
そう思うと、沸々と怒りが込み上げてくる。

「まさか、村井先輩が卒業するまで営倉送りに耐えるとは・・・」
部長が、奈緒の全身を舐めるような視線で見ている。
奈緒もそれに気付いたのか、照れ笑いを浮かべている。
奈緒は相変わらずの天然で、今の状況どころか場の空気すら読めていない。
それを見てると、キレそうになっている今の自分が馬鹿らしくなってくる気がしないでもない。

「・・・しかし、ウェイトトレをやれとは言ったかもしれんが・・・・・
 誰が、こんなボディビルみたいに筋肉ムキムキにしろなんて言った?」
営倉送りから戻って来た奈緒が気に入らないらしく、部長の声には明らかに怒気が篭っている。

しかしこの部長、常日頃から自分の肉体を鼓舞していた。
確かに、今までこの部長のように上半身を鍛え込んだ部員は居ない。
それが、二年になったばかりの、しかも女子部員に
自分の身体を遥かに凌駕する爆裂筋肉ボディを見せ付けられたのだ。その妬っかみもあるのだろう。

「このデカいおっぱいも、実は筋肉なんじゃないのか?」
部長はあろうことか、おもむろに両手で奈緒の爆乳を掴んだ。
何とこの部長、衆目の中で堂々とセクハラをやってのけたのだ。
さすがに、これには僕も頭に来た。

「お・・・」おい!と部長に突っ掛かろうとした刹那。
「きゃああぁぁぁぁぁぁっっ!!!」ドゴォォッッッ!!!!!
奈緒の悲鳴と同時に、鈍器で殴ったかのような鈍い、しかし大きな打撃音が周囲に響いた。


・・・・・・・・。


・・・・・人が空を飛んだ。


比喩ではなく、本当に人が宙を舞った。
まるで、走馬灯のようにスローモーションで僕の網膜に"それ"は焼き付いた。目の前で見たんだ、見間違いじゃない。

僕はマンガのように、殴られた人が吹っ飛ぶのを初めて見た。
現に、良い角度で射出される部長の"足"が僕の前髪を擦るチッ、という摩擦音を確かに聞いた。

部長は、奈緒の繰り出すフック気味の掌底アッパーをモロに喰らったのだ。
ホームランに理想的とされる40度の角度で打ち出された部長は、見事な放物線を描き
プールサイドから数m離れた、8レーンあるプールの中間あたりに轟音と共に着水した。

「・・・あれ?」
当事者の奈緒は、自分が何をやったかわかっていないようで、きょとんとしていた。

「あれ? さっきまでここに居た部長さんは・・・?」
無意識とはいえ、鍛えられた大の男を一撃で吹っ飛ばしたのに奈緒は平然としている。
周囲の人間の血の気が引いて行くのがありありとわかった。


数秒後、どざえもんのように浮かんで来た部長は、すぐさま病院に運ばれた。
命に別状は無いものの、鼻骨、眼底骨、下顎骨の複雑骨折で全治3ヶ月と診断された。

結局、状況的にも衆人環視の中でセクハラをした部長が一方的に悪いということになり、
奈緒には一切、お咎めは無かった。
奈緒は元々、授業態度も含めた成績は良いし、それにそもそも正当防衛なのだ。
当然の結果だろう。


しかし、これが後にこの高校に語り継がれることになる『奈緒伝説』の始まりだったとは、
僕も、当の奈緒自身にも知る由は無かった。


つづく





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