天然彼女 第2話


「ねぇねぇ、聞いた?」
「水泳部の話?」
「そう、部長が大怪我して入院したっていう・・・」
次の日になってみると早速、昨日のことが噂になっていた。

水泳部部長が、"スタートの飛び込みに失敗して顔面骨折の大怪我をして入院した"って噂が。

実は、部内ですぐに緘口令が敷かれたために、対外的には詳細な内容は広まらなかったのだ。
男部長
が下級生の女部員にセクハラして殴り倒された、なんて身内の恥を広めるわけにはいかない。
もし誰かが殴ったとしても、暴力事件としてその"犯人"が処分されたわけでもない。

ましてや、その"犯人"が奈緒だなんて誰も思わないだろう。
僕と奈緒は二年連続で同じクラスだけど、奈緒はどちらかというとクラスでは目立たない方だ。
着痩せするタイプで、あそこまでの爆乳の持ち主だと知っているのは女子と同じ水泳部員ぐらいだろう。
まさか、あそこまでのダイナマイトマッスルボディになっていたとは思いもよらなかったが・・・。


晴れて、奈緒は水泳部に復帰した。

ウチの水泳部は、男女混合で一つの部として運営されている。男子のトップが部長、女子のトップが副部長といった形だ。
奈緒が、部長を病院送りにしてしまったので今は実質、女子で副部長の森先輩が部を取り仕切る形になるのだが、
森先輩には奈緒をどうにか出来るわけもなく、無事復帰となったわけだ。
もしかしたら、これを機に営倉送りも減るかもしれない。

大半の部員は、この事件がきっかけで奈緒のことを畏怖するようになった、
・・・・・のだが、木村部長シンパの三年生だけは違っていた。『水泳は筋肉』と豪語する連中だ。

「進藤、ちょっと良いか?」
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、ちょっとな・・・部室まで来てくれ」
部長シンパの一人、澤田に呼び出された奈緒はひょこひょこ付いて行ってしまった。基本、人を疑うことを知らない。

「・・・ん? あれは・・・奈緒?」
遠目で、奈緒が澤田先輩に連れて行かれるのが僕にも見えた。
今日は顧問の先生も休みだし、何か嫌な予感がする。


練習中の部室というのは案外、人が来ない。
呼び出された奈緒が部室に入った時、そこには残りの部長シンパの三年生の2人しか居なかった。

「よくも、部長を病院送りにしておいて、部活にツラ出せたもんだな」
「・・・え? でも、あれは・・・」
「ゴチャゴチャうるせぇ。お前が部長を殴ったことに変わりはねぇんだよ。
 たまたま、運悪く良いのが入っちまったせいで木村は顔面骨折なんてことに・・・」
部長の怪我は完全に部長のセクハラが原因なのだが、この手の輩にはそういった常識は通用しない。

「おい!」
「「おう」」
澤田が合図すると、残りの三年のうちの2人が奈緒の腕を片腕ずつ抑え込んだ。

「ちょっとは力強ぇみたいだから、念には念をってね。
 へへ・・・顔は勘弁してやるよっ!!」
そういうと澤田は何と、下級生の女の子の奈緒に向かってボディブローを放ったのだ。

「キャッ!!」
ドゴ。

しかし、鳴ったのは何か壁でも殴ったかのような鈍い音。

「・・・・・〜〜〜っ、痛ぇ〜〜」
澤田が右手を押さえている。

「何だコイツの腹は! 鉄板でも仕込んでんのか!? 何て硬ぇんだ・・・」
「・・・?」
インパクトの瞬間、恐怖で目を瞑っていた奈緒が恐る恐る、やっと目を開けた。

「あの〜、これって何かのゲームですか?」
水泳で鍛えた高三男子のボディブローを喰らいながら、奈緒は平然とそう言ってのけた。

「・・・え? 確かに今、澤田が腹殴ったよな?」
「・・・ああ」
後ろで奈緒の腕を押さえている二人も、確かにインパクトの瞬間は見た。
澤田の右フックはちゃんと奈緒のボディにヒットしていた。

「何で、殴った方の澤田が痛がってて、殴られた方のコイツは平気なんだ・・・?」
「・・・・・・・・」


ちょうどその時、僕は奈緒が気になって部室の前まで来ていた。ドアの鍵は・・・開いてる。

「・・・奈緒? 澤田先輩?」
中に入ると、奈緒を2人掛かりで羽交い絞めにしている先輩に、右手を押さえながら蹲っている澤田先輩。
奈緒を羽交い絞めにしている時点で、先輩3人が奈緒に危害を加えようとしていたのは容易に見て取れた。

「何やってるんですか!!」
「お前は、二年の・・・。・・・ちっ、そういや鍵を閉めてなかったな・・・」
この状況を見られても、平然としている澤田先輩に激しく苛立ちを覚える。

「下級生の女の子1人相手に一体何を・・・!」
「あ〜? ゲームだよ、ゲーム」
「ゲーム?」
「そう、俺たちがやってたのはただのゲームさ。水泳ってのは上半身の鍛錬が重要だ。
 その辺の鍛錬の度合いを、腹筋を見て確かめてやってたのさ」
いけしゃあしゃあと、澤田先輩はそう言ってのけた。余裕を見せてはいるが、やや涙目になっている澤田先輩と
何が起こったのか、いまいちわかっていない表情の奈緒。

僕にも、何となく状況が読めて来た。澤田先輩は、奈緒の腹を殴ったはいいが
奈緒の強固な腹筋の前に、逆に殴った方の右手を痛めてしまったってところだろう。
僕は、良いことを思い付いた。

「ゲームってことは次は奈緒の番、ですよね?」
「・・・ん、あ、ああ。そうだぜ」
澤田先輩は、平静を装ってはいるが右手はまだ痛いらしく左手を添えている。

「まあ、鍛えてる先輩のことですから、下級生のパンチぐらい余裕ですよね」
「ん、まあ・・・な。おい、離してやれ」
澤田先輩も、下級生にこう言われては従うしかなかった。

「奈緒、澤田先輩が『これぞ腹筋だ』っていうのを見せてくれるって」
「でも私、人を殴るなんて・・・・・」
「いいぜ、思い切り来な。女子のヘナチョコパンチなんか屁でもねぇぜ」
木村部長と同じく、相変わらず自尊心の強い先輩だ。まあ、だからこそ扱い易いわけだが・・・。

「奈緒、澤田先輩もああ言ってるんだ。やり方は僕が教えるから、先輩の胸を借りるつもりで」
「・・・うん、わかった。やってみる」
僕は、奈緒に軽くだがボディブローの打ち方をレクチャーした。

「手の甲を下にして・・・握って、腕に力を入れて・・・」
奈緒が、僕のレクチャーを復唱しながら腕に力を篭める。

モリモリッ

奈緒の"力み"に呼応するように、力瘤が盛り上がり腕が一回り大きくなる。

「・・・ひっ! ・・・ちょ、やっぱ、ヤメ・・・」
「・・・思い切り先輩のお腹目掛けて・・・振り抜くっ!」
ボディブローの発射体制に入っていた奈緒に、澤田先輩の"待った"は届かなかった。

ドゴォォッッッ!!!!!

インパクトの瞬間、澤田先輩の身体が宙に浮いた。
部長の時ほどではないが、数十pほど吹っ飛んだ勢いで澤田先輩はよろよろと後ろに後ずさる。

「うっ、ウゴオォォォォォッッ!!!」
未だかつて無いぐらいの、凄まじい勢いのリバース。
胃の内容物どころか、胃液の残り一滴まで搾り出したかのようだった。

「・・・うぇっ、汚ねぇ」
同じ部長シンパのはずの先輩も引いている。

「澤田は喧嘩でも吐いたことないのに・・・それが、たった腹パン一発で・・・」
もう片方の先輩は、改めて奈緒の身体を見た。

爆乳につい目が行きがちになるが、胸以外の部分は全身これ筋肉の塊だった。
といっても単に固いだけのボディビルダーの筋肉ではなく、適度に脂肪が乗った、
アスリートの肉体を突き詰めたらこうなった、と言わんばかりの超絶ボディ。
その下級生女子のだらんと力無く伸ばした腕が、試しに力瘤を作った自分の腕よりも太いのを見てゾッとした。

「・・・おい、行こうぜ。コイツにはもう関わらない方が良い」
「・・・ああ、そうだな・・・・・」
「お前ら、このことは誰にも言うなよ。・・・ついでに、"これ"も片しとけ」
僕らに後処理を言い付けると、先輩2人はノびた澤田先輩を抱き抱えて部室を出て行った。


翌日、水泳部から3人の先輩の姿は消えていた。
三年生の引退は夏のインターハイが終わってからだから、と顧問の先生は強く引き留めたが
3人は"一身上の都合"と堅く譲らなかったらしい。

誤算だったのが、今回のことを目撃していた部員が居たらしく
3人の先輩の退部と相まって、あっという間に話が部内に広まってしまった。

『部長の件を逆恨みした三年男子が3人掛かりで、たった1人の二年女子をシメようとして返り討ちに遭った』と・・・。


これ以降、水泳部の誰一人として奈緒をどうにかしようなんて考える者は居なくなった。
本人が望む望まざるに関係なく、『伝説』は突き進んで行く。


つづく





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