夜の公園

残業帰り。


何となく夜風が涼しくて、俺は缶ビール片手に寄り道をした。

家から徒歩数分の所にある森林公園。
郊外に在りがちな、自然を利用した立派な公園だ。サイクリングコースやランニングコースがある程には大きい。

その公園の中ほどに、ベンチが幾つか置かれた少し大きめの広場がある。
この時間なら人も居ないだろうと思い、その辺のベンチで軽く一杯、なんてつもりだった。

すると、何か明かりのようなものが見えた。外灯からやや離れた位置で、光の色も外灯とは違う。

「・・・まさか、幽霊?」
人の気配も無く、時間帯としても遅い。丑三つ時まではまだ余裕はあるが、"出て"もおかしくはない。

しかし、近付くにつれ、それは杞憂だと直ぐにわかった。

小さな四角い机。その上に置かれた簡易型の灯篭。それが光の正体だった。
そこには、フード付きのガウン、というよりは西洋の魔法使いなんかが着ていそうなローブを頭から纏った人影。

その人物が幽霊で無いことも、直ぐにわかった。何故なら、張り紙が机の前に垂れ下がっていたからだ。

「・・・何だ、占い師か・・・・・ん?」
その張り紙にはどうせ、『貴方の悩み事、お聞きします』みたいなことが書かれていると思った。

しかし、そこには全く見当違いなことが書かれていた。

『二分間、立って居られたら五千円。
 五分間、立って居られたら一万円。
 ただし、挑戦料として千円頂きます』

「何だ、こりゃ」
俺はつい、声に出してしまった。かなり近くまで来ていたため、向こうもこちらに気付いた素振りを見せた。

「あら、お客様ですか?」
聞こえて来たのは、上品そうな女性の声。

「この・・・張り紙って何なんですか?」
「これ、ですか? 見ての通り、ですよ」
どうも、要領を得ない。

昔、ボクサーなんかが小銭稼ぎに、『殴ることが出来たら幾ら〜』みたいなことをやってたって話は聞いたことがある。
その類ってことだろうか?

しかし、"立って居られたら"ってことは、こっちが殴られて耐えられれば、って感じなのだろうか。
ボクササイズを齧った女性が憂さ晴らしに、なんて可能性も・・・。

これでも俺は昔、水泳をやっていたからある程度、体力に自信はある。が、二分間も殴られて耐える自信は無い。

「・・・その、これってこっちが二分間、殴られ続けるってことですか?」
「そういうメニューもありますが、あまりお勧めはしません。メニューはこんな感じです」

1.パンチ、キック(反撃OK)
2.プロレス技
3.ハグ

「・・・・・・・・ハグ? その、ハグって何ですか?」
「ふふっ・・・それは、やってからのお楽しみです♪」
そういって、おもむろに女性はローブの頭の部分を後ろに下げた。

「・・・!」
薄明かりの暗がりでもわかる、艶のある美貌。清楚で気品のある物腰。
メガネを掛け、髪を後ろで束ねているのだが、野暮ったさはどこにも感じられない。

「・・・ハグで」
その美貌を目の当たりにした瞬間、俺はそう答えていた。


「ハグですね♪ わかりました」
女性はメガネを外し、手元に置いてあったのか、何処からともなく砂時計を二つ、取り出した。

「小さい方は二分、大きい方が五分、計ることが出来る砂時計です。準備が宜しければ、先にお代を・・・」
「ああ、はい」
こういったものは先払いが常だ。千円が高いか安いかはわからないが、何処と無く興奮を感じているのも確かだ。

「・・・それでは」
そういって、女性は立ち上がった。

背・・・は女性としては高い方、か。目を見張ったのはダブ付いたローブの上からでもわかるロケットバスト。
詰め物やシリコンの可能性はあるが、それもこれからわかること。

「それでは、宜しいですか?」
「ええ、いつでも良いですよ」

女性は俺の目の前に立つと、右手で俺の後頭部を持ち、一気のその件のロケットバストに突き付けた。

ぶよん。

「・・・!?」
凄まじいまでの弾力感。紛うことなく、天然モノの感触だった。

・・・なるほど、こういうことか。
自慢のバストを味あわせ、その気にさせて更に金をせびろうといったところか。

でなければ、たった千円程度でこのプレイは在り得ない。
女性が一人でこんな深夜に、"こんなこと"をやっているのも頷ける。
もしかしたら、調子に乗って"延長戦"なんてことなって、後から旦那が出て来ないとも限らない。
実は美人局だった、なんて可能性もあるだろう。

そうはいくか。
このまま五分間耐えて、一万円を貰ってとっととこの場からは立ち去ろう。

「・・・・・・・・」
・・・しかし、呼吸が出来ない。

ゴムボールのような感触のバストは、俺の顔の形に合わせる様にピッタリと張り付き、隙間が全く無い。
もし、俺が水泳経験者で肺活量にそれなりの自信が無ければ、一分と持たなかったかもしれない。
こんなにクリアに思考が回るのも、肺や脳の酸素に余裕があるからだ。
肺活量に自信の無い者だったら、酸欠になって思考を鈍らせ、良いようにやられていただろう。

しかし。

「・・・はい、サービスはここまでです♪」
「・・・・・え」
思ってもいなかった展開だった。

時間は、目算で一分経ったぐらいだろうか。何と、女性は俺の顔をその胸から離した。

「あれ? 結構、余裕がおありなんですね。でも、ここからは本気です」
女性はそう言うと、今度はまるで恋人同士のように正面から俺を抱き締めた。

今度は、俺の胸あたりにロケットバストが押し付けられる。
これはこれで良い感触だな・・・なんて思っていられたのも一瞬だった。

ギリギリ・・・

「・・・・・がはっ!」
肺に残っていた空気が有りっ丈、外に吐き出される。

ギリギリギリ・・・

「・・・あ、が・・・・・」
また、呼吸が出来なくなる。

だが、さっきとは苦しさの理由が全く違う。
鼻、口という呼吸器を圧迫され、塞がれるぐらいなら、スイマーとしては何てことは無い。

ギリギリ・・・メリ・・・

「・・・う、ぐ、あ・・・・・」
俺の口から漏れるのは、掠れた呻き声。

前後を、そのビッグバストと腕でガッチリと固定され、身動きが出来ない。
今、圧迫されているのは俺の胸そのもの。正確には、圧迫されているのは気道、及び肺だ。

「ん〜〜〜」
それは、女性の声だった。力を篭めているというよりは、嬉しさのあまり興奮している、そんな声。

メリメリ・・・メキッ

「かはっ・・・、・・・・・・!」
肺に残っていた僅かな酸素も吐き出され、俺は声すら出なくなっていた。

目が霞む中、女性の肩越しに二つの砂時計が見えた。
大きい方はまだまだ砂粒が残っている。小さい方は・・・後、少し・・・。

メキッ、メキメキッ!

極上の美女に抱き締められながら、俺は意識を失った。



【エピローグ】



「・・・・・・・・・・・う」
「っ・・・! 目が醒めましたか!?」
俺の目の前には大きく広がる夜空・・・ではなく、ビキニらしきものに支えられた二つの双丘があった。
その谷間から、覗き込んでいる女性の顔が見えた。

ようやく、俺は女性に膝枕されているのだと気付いた。身体が冷えないように、ローブが布団代わりに掛けられている。

「・・・・・」
ローブがここにあるということは・・・。

意識を失う間際、一つだけ脳裏を過ぎった疑問があった。
ローブの下には一体、何を着ているのだろうか、という疑問だ。

ローブ越しに感じたバストの感触。あれはまさしく、"生"に近い感触だった。
目の前にある、ドンと前方に突き出したロケット砲がそれを証明していた。
後頭部にあるのも、間違いなく太腿の感触。下着、でなければこの形状からいって、ビキニ水着だろう。

夜の、人気のない森林公園。その森に囲まれた広場でビキニ美女に、俺は今、膝枕されていた。
一万円どころか五千円もダメだったが、千円で充分にお釣りが来る体験だと言えよう。

「本当に、 すみません!! ・・・また、やってしまうところでした・・・・・」
女性が谷間越しに頭を下げて、謝っていた。平身低頭、というのはこの場合、状況的には合っていないかもしれないが。

「・・・また?」
「・・・あ。いえ、こちらの話です。・・・それよりも、大丈夫ですか?」
そういえば、この目の前の美女に抱き締められて気を失ったんだっけか。

「もしかしたら、アバラがイってるかもしれないので、もし痛いようでしたら・・・」
「ああ、いえ。大丈夫ですよ」
胸がやや痛むが、それ以外は何処にも異常は無い・・・はず。
後から痛むこともあるかもしれないが、恐らくは大丈夫だろう。
水泳で鍛えた身体がこんなところで役に立つとは、夢にも思わなかった。

「いや〜、しかし・・・まあ、何と言うか・・・力、強いんですね」
「え、ええ・・・」
口調から、女性が照れているのがわかった。

「結果的には何とも無かったですけど・・・その、胸が潰れるかと思いましたよ、ははは」
あまりにも女性が凹んでいるので、冗談交じりに話した。

「最近は慣れて来て、ちゃんと力加減出来てたんですが・・・」
「・・・最近って、いつもこんなことやってるんですか?」
確かに、この時間にこんなところに来ようなんて思ったのは、今日が初めてだ。
まさか、"こんなこと"が行われているとは夢にも思わなかった。

「いえ、いつもって言っても、そんなに頻度は高くないんです。月に一度か、多くて二度ぐらい・・・」
満月は避け、新月に近い日を良く選んでいる、と女性は付け足した。

「満月近くは明るいので、この辺りにもチラホラ人が居て・・・それに、満月が近いと力加減が・・・」
満月が人に与える影響というのは昔から良く言われている。
科学的、精神的、等いろいろあるが、"そういったモノ"が在るのは理解出来る。

「でも、今日って確か、新月ですよね?」
「・・・はい。今日、加減出来なかったのは"私自身"の理由です」
俺が嫌いなタイプだったから、とかだろうか。普通に、在りそうだが・・・。

「・・・いえ、その・・・何ていうか、抱き心地が良くて・・・」
「抱き心地?」

「・・・はい。程良く鍛えられた筋肉が・・・その、旦那の身体の感触に近くて・・・興奮してしまって」
「・・・旦那さん」
既婚者だっていう事実に若干ショックを覚えたが、"美人局"という言葉が頭に浮かぶ。

「今ちょっと旦那が近くに居なくて・・・それがちょっと長くなってしまっていて、人肌が恋しくて・・・」
「それで、こんなことを・・・?」
"美人局"の可能性は、これで消えたが"人肌が恋しい"にしても他に遣りようがある気はするが・・・。

「・・・その、"他の事"も試したんですが、やっぱり力加減に失敗してしまって・・・」
「・・・・・・・・」
ちょっと興奮しただけでこの様、だ。"過去、どうなったか"、は聞かない方が良いだろう。

「でも、貴女も鍛えてるんですね」
一分に満たない時間だったとはいえ、あの力は尋常ではない。鍛え方も俺の比ではないだろう。

「旦那が身体を使う仕事をしていて、それで私も旦那に習う形で・・・」
「いや〜、貴女と夜を共に出来るんだから、旦那さんは相当お強いんでしょうね」
といった瞬間、女性の表情が曇ったように見えた。・・・下ネタは失敗だったか。

「・・・あ、いつまでもローブを借りていてすみません。寒かったでしょう?」
まさか、ローブの下が本当にビキニの上下だけだとは思わなかったが、このままでは彼女が寒いに違いない。

「あ、いえ、お気遣いなく。意外とそうでもないんですよ。筋肉とか脂肪って体温を逃がし難いので・・・」
「・・・はぁ。・・・筋肉、・・・脂肪」
今、頭を乗っけている膝枕はその名の通り、柔らかな感触をしている。肉付きは良いとは思うが・・・。

「試しに太腿に力を入れてもらっても良いですか?」
「・・・? ええ、良いですよ。・・・では」

モリモリッ!

「うぉっ」
それまで柔らかだった枕が突然、岩と化し、俺の頭を押し上げた。

それに驚いた俺は、頭を上げてしまう。当然、その先にはロケットバスト。

ぶよん、と跳ね返され。バランスを崩した俺はそのまま地面に落ちた。

「・・・あぁ! すみません!」
そもそも目を醒ました以上、いつまでも膝枕に甘えている方がおかしかったのだ。

「いっつつ、いえ、俺が悪いんで・・・、・・・・・・・・っ!?」
何とか起き上がり、ローブを脱いだ彼女と初めて正対した俺は、言葉を失う。


脂肪でコーティングされた筋肉を纏った、見事な逆三角形のフォルム。
ビキニに窮屈に収まっているロケットバストは、むしろその巨大さでバランスが取れている。
恐らくだが、鍛えられた大胸筋が土台となり、このロケットバストと呼ぶに値するフォルムを保っているのだろう。

初対面時はダブダブのローブ姿だったとはいえ、ローブを脱ぐ前からは想像も出来ないぐらいの迫力ボディ。

「もし、『1』や『2』を選んでいたら・・・」
「ふふっ♪ さすがに、『1』と『2』はローブを脱いだ上でもう一度、確認を取りますよ」
逃げ出す者が半分、目の前のロケットバストに目が眩んでそのまま挑戦する者が半分、らしい。

「・・・その、リピーターって居るんですか?」
「居なくは無い、ってぐらいですかね? リベンジって感じの人は偶に居ますけど・・・」
この身体を見て、それでもリベンジしようなんて思える輩が居るのか・・・。

「そんな人は、アルゼンチンバックブリーカで"キュッ"とやっちゃいますけど」
そういって彼女は、その技と思しきポーズを取った。
肩の高さで曲げられた両腕に、見たことも無いような特大の力瘤が盛り上がっていた。

「・・・あの、また・・・来てくれます・・・か?」
上目遣いの、懇願の眼差し。彼女自身は懇願のつもりだった・・・のかもしれない。
だが、知ってか知らずか。その"懇願"は、両腕に力瘤を盛り上げたポーズそのままだったのだ。

「・・・は、はい!」
俺はそう、即答するしかなかった。


つづく





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