夜の公園

【2】



あれから数日。


俺は悶々とした日々を過ごしていた。
あれから何度か"あの広場"に足を運んだが、運悪く彼女に会うことは出来なかった。

それもそうだ。
月二回。新月に近い時期という条件はあるものの、それでもそう高い確率ではないだろう。

「・・・夢、じゃないよな。あの、ムチムチっとした太腿、ロケットみたいなおっぱい・・・」
俺はつい、独り言を口に出していた。

後頭部に感じた、柔らかな太腿。ローブ越しに味わった爆乳の感触。
夢ではないという証拠が、俺の身体中に残っている。アバラの痛みも、その内の一つだ。

「あのデカさで垂れないのは、やっぱり大胸筋も鍛えてるからなのかな・・・」
ムチムチとした太腿が力を入れた途端、岩のように硬くなったのは正直、驚いた。

「力瘤も、あんなに凄いのは初めて見た」
別れ際に見たあのダブルバイセップスは、今も俺の脳裏に鮮明に焼き付いている。

試しに、自分の腕を曲げてみた。
水泳をやっていたとはいえ、俺の腕に盛り上がったのは申し訳なさ程度の力瘤だった。
彼女の文字通り、山のような力瘤とは比べるべくもない。

「しかし、『1』はともかく、『2』のプロレス技って一体どんなのだろう・・・」
彼女は、アルゼンチンバックブリーカのポーズを取っていたが、『プロレス技』と書く以上、他にもあるに違いない。
そうでなければ、『アルゼンチンバックブリーカ』と書けば良いだけの話なのだ。
現に、『ハグ』は別立てで書かれているわけで。一番選んで欲しい選択肢だから、なのかもしれないが。

「コブラツイスト、卍固め、チョークスリーパー、ヘッドロック・・・」
俺は声に出しながら、身体が密着するタイプの技を挙げてみた。

少なくとも、二分以内に立てなくするということは、立って掛けるタイプの関節技か絞め技に限られることになる。
だが例え、技がどんなものであっても、そんなことは関係なかった。

あの薄明かりの中で見た、ビキニ姿のダイナマイトボディ。
夜の森林公園の中でビキニ姿というだけでも充分、興奮に値する。それが美貌の若妻となれば、尚更だ。
今、旦那が居ないと言っていたが、どうせ単身赴任か何かだろう。

『人肌が恋しい』というなら俺が・・・なんて思うぐらい、俺は舞い上がっていた。


しかし、それから二ヶ月あまりの間、足繁く通うも、一度も彼女に遭うことは出来なかった。


彼女に遭う遭わないは別にして、俺は"あの広場"を週に何度か散歩するのが習慣になりつつあった、そんなある日。

その日の夜も俺は森林公園に入り、"あの広場"を目指していた。

「・・・・・・・・?」
何か、明かりのようなものが見えた。外灯からやや離れた位置で、光の色も外灯とは違う。

「・・・・・!?」
見間違いでなければ、あの"灯篭"だ。

「・・・っ!」
俺は急ぎ足で彼女のところに向か・・・おうとしたが、途中で足が止まった。

先客が居たのだ。

俺はつい、近くの木陰に隠れてしまった。先客が居たからといって、別に隠れる必要は無いのだが・・・。
聞き耳を立てていると、辛うじてだが話し声が聞こえて来た。
周りには、他に人は居ない。間違いなく、彼女と"客"らしき男の声だった。

いや、正確には"男たち"と言った方が正しかった。男の後ろに、仲間らしき輩が何人か居たのだ。
しかも全員、背が高くガタイが良い。皆、水泳経験者の俺なんかが足元にも及ばないぐらい逞しい。

「・・・へぇ。お姉さん、面白いことやってるねぇ」
一番前に立っているスキンヘッドの男がそう言った。

「・・・なになに」
「さすがの彼女も、あの大男たちじゃ・・・」
俺は木陰でそう、小声で呟いた。でも、出て行こうにもあの人数では・・・。

「『10分間、生きて居られたら百万円』って、何だこれ」
「・・・って、え?」
スキンヘッドの台詞に、俺は思わず大きな声を上げそうになった。

新しく条件が追加されたのだろうか? しかし、それにしても"生きて居られたら"ってのは穏やかではない。

「これ・・・? ふふっ、見ての通り・・・よ」
前とは違う口調。気品というよりは艶のある、艶かしい声。

かくいう俺も、会ったのはたった一度きり。それ程、彼女のことを知っているというわけではない。
もしかしたらそれこそ、腕に自信のある別の女性が彼女を真似た、なんて可能性も否定出来ない。

「・・・面白いこと書いてるな。他には何も条件無いのかい? 普通こういうのは、挑戦料取るもんじゃないのかぃ?」
「挑戦料は取らないわ。私はね、愉しめればそれで良いの」
そういって、彼女は立ち上がった。

「強いて言うなら・・・そうね。私のこの"欲求"を満たしてくれれば、それが挑戦料代わり」
彼女は俺の時と同じように、ローブのフードをゆっくりと外した。
髪は・・・束ねていない。そのせいでセミロングの髪が、俺の位置から彼女の顔を死角にしていた。

「あぁ・・・? 言ってる意味がわかんねぇ・・・・・って、げぇ!!?」
「何だ、こりゃ・・・」
口々に男たちが驚嘆の声を上げた。

彼女はローブを抜いだ。ただ、それだけだ。だが、その下に在った"モノ"、肉体。
それは、俺の記憶とはあまりにも違い過ぎた。

肉付きの良い、ムチムチっとした豊満な肢体。しかし、力を篭めることにより、頑強な筋肉が浮かび上がる。
少なくとも、それが俺の彼女の肉体に対する記憶であり、感想だった。

だが、今の彼女の肉体は違った。
豊満で肉感的な体型そのものはそのままなのだが、その筋肉の厚みが明らかに違っていた。

首から肩にかけて急激に盛り上がる僧帽筋。

力を入れているわけでもなく、ダランと垂れ下がっているはずの上腕には、巨大な力瘤。
恐らく、今の俺の細腕にココナッツをくっ付けたとしても、まだ彼女の腕の方が太いのではないだろうか。

前は、脂肪でコーティングされ薄っすらとしか浮き出ていなかった腹筋。それが今は、綺麗に六分割されている。
それも、脂肪が薄まって浮き上がったというよりは、肥大化した腹筋が脂肪を押し退けたといった感じだ。

脚も、太腿はまるでラグビーボールのようで、ヒラメ筋もこれでもかと盛り上がっている。

「「「・・・・・・・・・・・・」」」
男たちは彼女の肉体を見て、目を白黒させている。

「どうするの? ヤルの? ヤラないの? それとも、私の身体を見て、怖気付いちゃった?」
そういって、彼女は挑発するようにワザと、自分の胸をぷるんと揺らせてみせた。

「この胸は天然モノよ。・・・そうね、私に勝てばこの身体を好きにしても良いわよ」
「・・・・・っ!」
ゴクン、という男たちの生唾を飲み込む音がこちらまで聴こえて来そうだ。

「・・・へっ、見掛けに惑わされんな。所詮は女、だろうが」
後ろの方に居た、金髪の男が前に出て来た。

「ビキニ着て,、しかもハイヒールで男と格闘しようなんて、『犯して下さい』って言ってるようなもんだぜ」
窮屈そうに彼女の身体を覆うビキニ水着の上下。その下は勿論、彼女の柔肌だ。
そして何と、彼女はハイヒールを履いていた。前は確か、踵の低いパンプスを履いていたはずだ。

「この女が逃げられないように周りを囲んでおいてくれ。特等席でショーを見せてやるぜ」
その金髪男の指示で、スキンヘッドを含んだ残りの男たちが肉の壁でリングを形成した。


「・・・全部で五人、か」
リングを形成したのが四人。つまり、金髪男を含めて全部で五人ということになる。

俺は相変わらず、木陰から覗いていた。彼女のことを思うならば、今すぐにでも出て行って止めるべき、だろう。
だが、身体が動かなかった。足が竦んでいた。正直、怖かった。

あの場に出て行くという恐怖、勿論それは在る。
だがそれ以上に、"今の彼女"に"今ここに居るという事実を認識される"のが怖かったのだ。
勿論、今の彼女が前に一度だけ遭ったあの女性である確証は未だ、無い。いや、だからこそ、か。

今、男たちの前に出て行って止めようとすれば、間違いなくボコボコにされるだろう。
だが、逆に言えば、"それだけで済む"とも言える。余程のことがない限り、死ぬことは無い。
しかし、彼女と相対して、"それだけで済む"とはとてもじゃないが思えない。

今ここで、もし俺がその予感めいたものに従ってこの場を離れていれば・・・。
もしかすると、これから起こることを目にせずに済んだ、のかもしれない。
結局、そうこうして逡巡している内に、始まってしまった。


「へいへい!」
「おらおら!」
リングになっている男たちが二人に向かって掛け声を掛けていた。

「『10分間、生きて居られたら百万円』ってことは、10分で俺らを斃せるってことなんだろ? 舐められたもんだぜ」
「いつもはそうじゃないんだけど、"今日みたいな日"って無性に衝動が抑えられなくなるの・・・」
そういうと、彼女は自分を抱き締め、何かに興奮したような恍惚とした表情をした。

「・・・? 何を、言ってるんだ?」
「さっきも言ったこと、よ」
彼女はツカツカと無造作に金髪男に近付く。

「この、身体中に漲って来る力・・・それを思いのまま、全力で振るってみたいの。
 相手がどうなるとか、そんなことを一切気にせず、思い切り、相手が潰れるまで・・・」
そういって彼女は、その艶やかな指を、金髪男の顎に這わせた。

「このぉ! 舐めやがって!!」
金髪男は怒りに任せて、至近距離の彼女の顔目掛けて殴り掛かった。

「いやぁねぇ、もう」
「・・・ぐっ!」
金髪男の右拳は、その眼前で彼女の左手に難なくキャッチされていた。

「ぬぅ〜〜〜〜っ!」
「どうしたの? 私の顔は、こ・こ・よ♪」
彼女は空いた右手で自分の顔を指差した。

金髪男の右拳は、彼女の左手に抑えられ、ちょうど二人の間で均衡を保っていた。

「ほぅら、どうしたの」
「・・・・・・ぐっ、がぁぁ!」
余裕顔の彼女に対し、憤怒の形相の金髪男。

一見、均衡を保っているように見えるその状況だが、両者の差は明らかだった。
金髪男の右腕と彼女の左腕、そこに盛り上がる"力の源"の差、それは余りにも歴然だった。

「ほらほら。左のお手々、まだ空いてるんじゃないの?」
彼女がワザとらしく、金髪男の空いた左拳を指差した。

「このアマァッ!!」
「はーい、いらっしゃーい♪」
金髪男の左拳は、唸りを上げることもなく、それが予定調和でもあるかのように、彼女の右拳の中に納まった。

「おいおい、遊んでんじゃねぇよ」
半ば、ギャラリーと化した男たちから野次が飛ぶ。

あまりにも現実味の無いその状況に、男たちは金髪男がまだ本気を出してない、そう思ったのだ。
力一杯リキんだ顔の男と、涼やかで全く力みのない表情の彼女。
余りにも対照的な二人の様はまるで、均衡を演じているコントのようで全く現実感が無かったのだ。

「・・・ねぇ、一つ聞いて良い?」
「・・・ぐ、な、何・・・だ」
相変わらず、対照的な二人。

「もしかして、それでもう・・・精一杯なの?」
「・・・・・・・・」
金髪男は答えない。いや、その余裕が無いのだ。

「・・・私の質問、聞こえなかった?」
「ぐあぁぁぁっ!!」
金髪男は突然、苦悶の叫びを上げた。

ミシミシッ・・・っという骨の軋む音が、金髪男の手から聴こえて来る。
相変わらず、彼女は涼しい顔をしている。金髪男の拳を握る手に力が篭められているようにはとても見えない。

「あぐぁ! がぁぁああ! これ・・・で、精・・・一杯・・・です」
金髪男は痛みに耐えながら、何とか声を絞り出した。

「・・・・・そう。なら良いわ。10分も必要無かったわね」
彼女は詰まらなそうな表情を浮かべると、無造作にその手を閉じた。

メキメキ・・・メキョッ! ググシャッ!!

「うぎゃあぁぁぁあああっ!?」
彼女の手の中で、金髪男の両手は一回り小さな、ただの肉塊と化していた。

「フィニッシュホールドは何が良いかしら? 私、実はプロレスを齧ってるんだけど・・・」
「や、やめ、もう・・・やめ・・・」
ただただ、許しを請う金髪男。それを見る彼女の表情は、汚物を見る"それ"に変わっていた。

「人生"最期"のお願いを聞いてあげようと思ったのに・・・死の間際でさえ頑張れないなんて、情けない男」
彼女はそういうと、金髪男の太腿を手で掴み、軽々と頭上に持ち上げた。

「ひぃっ、な、何を・・・!」
そして、金髪男を頭上で器用に逆さに引っくり返すと、その首を自分の肩口に置いた。

「あ、あれは、まさか!?」
スキンヘッドの男が呟いた。

通称、『マッスルバスター』。

創作が原点と思われがちだが、実際はメキシカンプロレスに由来する列記とした複合関節技である。
だが、この技があまり使われないのには理由があった。
先ず、使用者に強靭な腰の力と腕力が必要であり、身体への負担が大きいこと。
そして、技の威力があまりにも強過ぎること。

「女がこの技を掛けてるところなんて初めて見た・・・」
あまりにも予想を超えた展開に、男たちは助けに入ることも出来ず、ただただ眺めるだけだった。

ビキニ水着に身を包んだ筋肉隆々の美女が、屈強な男を軽々と持ち上げているのだ。
しかも、持ち上げられている男は、逆さに大股を開いた屈辱的な格好。その姿はある意味、シュールといえよう。

「・・・あ、しまった」
彼女は、いきなりそう呟くと男を抱えたまま、自分の足元を見た。
彼女は今の今まで、自分がハイヒールを履いていたのを忘れていたのだ。

「ま、良いか。飛ばなくても。この程度のことでヒール折りたくないし」
「・・・じゃ、じゃあ」
金髪男は、逆さのまま一瞬、安堵の表情を浮かべる。

「何言ってるの、チャンスじゃない。威力は半分以下。もし、これで耐えることが出来れば百万円なのよ」
「う、うわあぁぁぁっ! た、たすけ」
「んっ!」
彼女はその腕力のみで、金髪男の太腿を思い切り真下に引いた。

ドグシャッ!!!

それは、一瞬だった。

逆さに抱え上げた金髪男の太腿を、伸ばすようにして捉えていた彼女の両腕。
それが今、ダブルバイセップスのポーズへと移行していた。
その上腕一杯に盛り上がる巨大な力瘤の"威力"は、金髪男がその身を持って証明していた。

金髪男は、腰の上に胸が乗っているかのような状態になっていた。
その上半身は、彼女の肩の上で半分ぐらいにまで圧縮されていたのだ。
そして、僧帽筋に圧縮されるように首が折れ、男の顔は"水平方向に立っていた"。

「〜〜〜っ!!」
「う・・・あ・・・」
「おい・・・マジ、かよ・・・」
「・・・・・・・・・」
金髪男の名前を叫ぶ者。恐れ慄く者。恐怖と驚きで言葉を失う者。男たちの在りようはある種、様々だった。

しかし。

ベキベキベキ・・・バキッ

何と、既に事切れているはずの金髪男の身体を、彼女は構わず圧縮し続けた。

ペキペキ・・・ポキッ

それこそ、小さな骨から大きな骨まで。上半身の骨という骨を全て折るかのように。

「お、おい」
「そいつは、もう・・・」
「・・・ンン・・・んあぁ・・・良いわぁ、この音・・・」
周りの静止も聞かず、その"音"を聴きながら。まるでオーケストラの指揮者のような、そんな恍惚とした表情。

ドサッ。

彼女は満足したとばかりに、金髪男を無造作に地面に捨てた。

股関節が脱臼し、V字状に異様に長くなった両脚。
縦に圧縮された上半身は見る影も無く、腰の直ぐ上に180°回転した顔が乗っていた。

「・・・さぁ。次は、誰?」
彼女は、まだ足りないとばかりに品定めするように男たちを見据える。

「そこのお禿さん♪ あなたの頭、凄く触り心地が良さそうね」
「な、何だとぉ!?」
彼女は、ワザとらしくスキンヘッドの男を挑発する。

「そうね、サービスしてあげても良いかしら」
「・・・サービスだぁ? いつまでも調子に乗ってんじゃねぇ!!」
スキンヘッドは、彼女に向かって一気にダッシュした。怒りを全てパワーに乗せたラガーマンタックル。

ドフッ。

それは、タックルが炸裂した音としては、あまりにも情けない音だった。

「あら・・・まさか、自分から来てくれるなんて」
スキンヘッドは、その頭を彼女の胸の谷間に突っ込んだ形になっていた。

普通の相手なら、間違いなく吹っ飛んでいただろう。しかし、そうはならなかった。
ハイヒールというハンデがありながらも、彼女の脚力の方がスキンヘッドの全力よりも強かった、ただそれだけなのだ。

ギュウ〜〜〜〜〜ッ

「は、はな・・・・・んぐ、む〜〜」
彼女の剛腕が閉じた。

正確には、上腕でスキンヘッドの頭を抱き締めただけなのだが、それはまるで強固な城門が閉じたようでもあった。

「あれは・・・俺が最初にしてもらった・・・・・ゴクン」
俺はつい、生唾を飲み込んでしまった。

そう。"これ"は間違いなく、あの時の・・・。敢えて命名するなら、『おっぱいプレス』といったところか。
しかし、あの時と違うのは、これはそんな生易しいモノではないということ。


ミシッ・・・ミシッ・・・

現に、聴こえて来るのはスキンヘッドの頭蓋が軋む音。

「〜〜〜〜〜〜っ!」
スキンヘッドは暴れていたが、徐々に反応が薄くなり、ついに抵抗していた腕がダランと垂れ下がった。

「・・・おい、それ、もう落ちてるんじゃ」
「おい! もう良いだろ!」
「くそっ! もう構うことねぇ! みんなで止めるぞ!」
リングを形成していた男たちがそれを放棄して、彼女に駆け寄る。

「俺が抑える!」
一人が、彼女の腋の下から腕を通し、羽交い絞めにしようとする・・・が、上手く腕が通らない。
城門の如く閉じられた上腕は、そこに盛り上がる力瘤で全く隙間が無かったのだ。

「クソッ! 腕が通らねぇ! お前ら、そっちから両腕を外せ!」
「「お、おう!!」」
左右から二人、残った男たちが彼女の腕を外そうと必死になる。

しかし、屈強な男二人がそれぞれ両腕を使っても、彼女の腕は微動だにしなかった。

「ん〜? 何、みんな一緒が良いの?」
彼女は、男たち三人掛かりの抵抗にも全く動じていなかった。
文字通り、三人掛かりでも彼女の身体は微動だにしていないのだ。

「・・・じゃあ、はい♪」
その声と同時に、彼女は一瞬、その腕から力を抜いた。

「・・・っ!?」
「緩んだぞ!」
「良しっ、チャンスだ」
男たちはこのチャンスを逃すまいと、一気にスキンヘッドを外しに掛かる。

先ず、後ろに回っていた男が彼女を羽交い絞めにする。
そして、残った二人が『おっぱいプレス』されているスキンヘッドを取り外・・・。

ガシッ!

丁度、二人が彼女の間合いに入ったところで、再び城門は閉じられた。

「「「ぐぇっ」」」
三人揃って、蛙が潰れたかのような呻き声を上げた。

後ろから羽交い絞めにしようとした男は、その両腕を。
左右から取り付こうとした男たちは、閉じられた剛腕で背中を。

完全にロックされた。

「ん〜〜〜〜〜」
「「「あがぁ〜〜〜っ!!!」」」
三人同時の叫び声。

彼女の剛腕に、一気に力が篭る。

メキメキメキ・・・

「ん〜、最高〜」
彼女は、思いの丈をぶつけるように、抱き締める。

ロケットバストの谷間に、スキンヘッドの男。
肩と力瘤の隙間に、羽交い絞め男の両腕。
そして、両手で押さえ込むように、残った二人の男。

一度に四人の、決して華奢ではない屈強な男を抱き締めながら、彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。

・・・メキ、メキメキッ

「「あ、が、が・・・・・」」
背骨を極められている二人の男は、もはや声を発することも儘ならなかった。

バキッ!

バキバキッ、メキャッ!

パキッ・・・パキッ・・・グキャッ・・・

「ん〜。全力で、全身で人肌を味わえるなんて、何て最高なのかしら・・・」
骨の破砕音が聴こえなくなるまで、彼女の"抱擁"は続いた。

骨のオーケストラが終演を迎える頃には、彼女の腕は、いつしか隙間無く閉じられていた。
二人の男は、強引に付けられた折り目で綺麗に折り畳まれている。

満足したのか、彼女は腕を開放した。

ドササッ。

背骨という支えを失った男二人は、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

開かれた胸元は、鮮血に染まっている。
勿論、それは彼女のモノではなく、プレスされたスキンヘッド男の"頭だった"モノだった。

ズルッ・・・ズルズルッ、ドサッ。

"支え"が無くなったスキンヘッド男も、彼女の胸を滑り落ちるように、崩れ落ちた。

「痛ぇ・・・痛ぇよぉ・・・」
後ろを振り向くと、前腕が完全に潰れ尻餅を付きながら、唯一生き残った男が痛みに悶えていた。

「あなたの身体は、どんな感触かしら・・・」
命乞いをする男を、無造作に頭上へ持ち上げる。
彼女は、自分の肩に乗せないように男の首と太腿を下から持ち、頭を支点に巻き付けるようにして固定した。

『アルゼンチンバックブリーカ』の変形バージョン。

本来の肩に乗せ、重力の力を借りて行うモノとは違い、相手の体重を支えているのは純粋な腕力のみ。
力を掛ける方向も、下ではなく前方向。つまり、相手の背骨に作用するのも、その純粋な腕力のみ。

ベキベキベキ・・・バキッ、メキャッ!

「・・・あ、一気にやっちゃった」
興が乗った彼女に、ゆっくり手加減するなんてことは出来ようはずもなかった。

「ま、良いわ。まだ、"一人残ってる"んだし」
彼女は、アーチ状になった男を用済みとばかりにその場に投げ落とした。


結局、恐怖に駆られながらも、俺は最後の瞬間まで一部始終、見てしまった。

「・・・って、・・・・・・・・え?」
今、"一人残ってる"って言った、か?

上半身を縦に潰された男。
背骨を真っ二つに折り曲げられた男二人。
頭を潰された男。
背骨をアーチ状に折り曲げられた男。

確かに、男たちは全部で五人だったはずだ。
それとも、何処かに隠れてる仲間が居るということか?

「隠れてるのは、あ・な・たでしょ」
「・・・・・・・・・!!?」
まるで心を読んだかのような、彼女の言葉に驚いた・・・わけではない。

「・・・え、あ・・・う・・・」
俺は、あまりの出来事にまともに言葉を発することが出来なかった。

この場を離れなければ、と彼女から目を離した一瞬。
現実には、数秒の間はあったが、それでも俺の感覚的には一瞬の出来事だった。

何と、いつの間にか彼女が目の前に居るのだ。

「い、いつの間に・・・」
「隠れて見てるなんて・・・もう、エッチなんだから♪」
彼女はそう言って、ワザとらしく"しな"を作った。

今日、初めて間近で見る彼女。月明かりに照らされたその顔は、確かに二ヶ月前に見た彼女、そのものだった。
赤の他人ではない、たった一度とはいえ、見知った彼女。
その顔見知りの彼女なら、助かる・・・とは俺には到底思えなかった。

性格が違う、体型が違う、そんなレベルの話ではなく。
目の前に立っている彼女・・・いや、その"存在"は決して、そんな生易しいモノではない。

さっきから感じていた予感めいた感覚は、今、確信に変わった。

「キミは一体・・・誰?」
「・・・・・ふふっ」
俺の質問に彼女はただ、妖艶に笑うだけだった。

俺はただ、何も出来ず、その場にへたり込み、その妖艶な笑みを見上げていた。

「・・・あ」
漸く、俺は気付いた。

そう。今日は、"満月"だったのだ。

彼女の後ろの夜空に、満月が煌々と輝いているのが見えた。

"満月"は"『魔』を呼び起こす"、というのを何かの本で読んだことがあるのを思い出した。
『魔』とは、人の魔性を指すのか。それとも、"そのまま"を指すのかはわからない。思い出せない。

彼女の手が。男たちを10分足らずで肉塊に変えた剛腕が、俺に向かって伸びて来る。

「さぁ、愉しみましょう」
それが、俺の記憶に残っている、最後の言葉だった。




【エピローグ】



チュンチュン、チュンチュン・・・。

「・・・・・・・・う」
俺は、小鳥の囀りの音で目を醒ました。

「・・・あれ? 俺、何でこんなところに・・・」
周りを見ると、そこは森林公園の中にある広場。その傍にある木に寄っ掛かって寝ていた・・・らしい。

「・・・う、痛て・・・て」
どうにも、頭が痛い。意識がハッキリとしない。

空を見上げるとまだ何処か薄暗い。かなり早朝だといって良い時間帯だろう。だからか、人は誰も居ない。

「・・・え? 人が、居ない・・・?」
俺は周りを再度、見回した。確かに、誰も居ない。ベンチ以外、"何も無い"。

「・・・あれ? 俺、昨日は何やってたんだっけ・・・そもそも、どうしてこんなとこで寝て・・・。・・・・・っ!?」
俺は思い出した。一部始終、昨日の"出来事"を。

広場に転がっているはずの"モノ"も、彼女も居ない。いや、形跡すら・・・無い。
事が済んだとばかりに、綺麗に片付けて去って行ったということだろうか?
しかし、五人分の"物体"をそう簡単に片せるものなのだろうか?

「俺は、夢でも見てた・・・のか・・・?」
いつもの習慣でフラフラっと広場に足を運び、ついウトウトと木に凭れ掛かって寝てしまった・・・と、いうことなのか。

無理矢理立ち上がると、クラッと立ち眩みを感じる。

「あー、やべ。風邪引いたかも・・・。帰って寝るか・・・」
体調の悪さからか、俺はだんだんと考えるのが面倒になって来た。

取り敢えず、家でグッスリ寝て体調を整えて、それから考えようと思い、俺はトボトボと歩き出す。
歩きつつ周りを見回すが、何の変哲も無いいつもの公園だ。
俺はそれに何故か安堵感を覚え、一度も振り返ることなく、そのまま出口に向かった。


俺が凭れて掛かっていた"木"。
それは、人の胸の高さぐらいで、明らかに人為的に圧し折られ、後ろに倒れていた。

俺は、"それ"に気付くことなく、その公園を後にした。


おわり





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