Pax Femellana

0.プロローグ

22世紀を迎えようとしている世界は、平和で幸せに満ちた社会となっていた。
人々はそれぞれの国の文化・宗教をお互いに尊重しあい、地球環境との調和を図りながら生活を送っていた。
世界に混沌を産み出す貧富の差も緩和され、武力衝突や戦争による対立も長年起こっていない。
しかしこの平和が、圧倒的力を持った女性格闘家たちの手によって創られてきたものであることを、知る者は少ない。

この平和な社会は、裏の世界を取り仕切る格闘集団『覇王会』の存在なくしては語ることができない。
覇王会は、言わば殺し屋の集まりである。
メンバーには、世界中から集まった格闘家、武闘家、殺し屋たち、数千人が名を連ねている。
覇王会の目的は、世界平和の維持である。
世界の権力者が、私欲のため、社会に混乱をもたらそうとすると、覇王会は暗殺という手段によってその障害を取り除く。
結果として世の中の平和は保たれるのである。

このような絶対的権力を持つ覇王会が秩序を維持できるのは、この会に明確なポリシーがあるためである。
それは力こそ権力であって、覇王会内では強いものが弱いものを支配するという明確なものであった。
故にこの会のトップとして君臨する最強の格闘家『覇王』の存在は絶対的で、その秩序を乱すことは一切許されなかった。

この覇王会は、各国の政治に関しては一切口を挟まない。
それもこの会のひとつの掟である。
表の政治を取り仕切る各国政府と、裏の世界で平和を維持する覇王会。
このバランスの上に、世界の平和は成り立っていた。

この物語は、世界に平和をもたらした覇王会の創設者であり、格闘技の神様と呼ばれたひとりの日本人女性
寺山綾の生涯を綴ったものである。

1.生い立ち

彼女は、幼いころから水泳を習っており、長身を活かした泳ぎでJrチャンピオンにもなった逸材であった。
しかし彼女は10歳の時、交通事故で両親を亡くし、中国の奥地で柔道の師範をしていた叔父のもとへと引き取られた。
水泳を辞めて中国で生活を始めた綾は、叔父のもとで柔道を習い始めた。
水泳で鍛えた体を活かしメキメキと力をつけていった彼女は、12歳にして道場の師範となった。
道場に通う男達は、もはや彼女にとっての練習相手にすらならなかった。
それは、柔道を教えた叔父でさえ同じだった (Battle_01)

しかしいくら強くなっても、中国の奥地で細々と生活する彼女にとって、大きな大会に出場することは困難だった。
やがて柔道に対する意欲を失くした彼女は、柔道を辞め、近くの少林寺道場へと通うようになった。
この道場こそが、少林寺史上最強と言われた男、李翔雲が開設した道場だった。
翔雲は、幼いころから少林寺の総本山で修行を重ねた修行僧だったが、格闘のセンスは他の追随を許さなかった。
しかしあまりの強さ故、彼は回りの者から敬遠され、嫌われる存在でもあった。
そんな雑音を振り払うべく、彼は修行に励み、彼独自の少林寺拳法を開拓していった。

しかし彼の拳法は、周囲に対する憎しみに満ちたものであった。
彼は最強主義を掲げ、対戦相手には容赦なく攻撃した。
大会に出場しては、対戦相手を再起不能になるまで殴り続け、死者が出ることすら珍しくなかった。
やがて彼が出場する大会には選手が集まらなくなり、彼は少林寺界の総意によって破門された。
少林寺を破門された彼は、道場を開くことも、大会に出場することも許されなくなり、収入の道を閉ざされた。
やがて失踪して放浪の旅に出た彼は、最後にたどり着いたこの村で子供達相手に細々と少林寺を教えていた。

彼が60歳を過ぎ、体力的にも随分衰えてきた時期に、新しい練習生として入門してきたのが綾だった。
当時13歳だった彼女は、188センチを超える長身と、水泳で鍛えた体のバネ、柔道で育んだ格闘センスを活かし、
瞬く間に少林寺拳法をマスターしていった。
年老いた翔雲は、彼女の素質に惚れ込み、自分の拓いた拳法を彼女に伝承したいという欲求が芽生えた。
この想いは綾の気持ちをも動かし、やがて2人は道場を離れ、さらなる奥地で2人きりの修行生活を送るようになった。
1年間の修行で、彼女は全盛期の翔雲をも越える拳法をマスターした。
そして彼女は14歳になったとき、翔雲の元からも離れ、自らが覇王道を歩む決心をした。
誰にも頼らず、最強の格闘家を目指す道だった。

運動神経だけでなく頭脳も明晰だった彼女は、15歳、16歳の2年間を米国で過ごした。
飛び級で米国の名門スタンフォード大学に入学した彼女は、運動生理学を学び、格闘技の研究をテーマにした。
ウェイトトレーニングにも力を入れ、女性特有のしなやかさに加えて力強さも見につけた。
レスリングやボクシングのジムにも通って、更なる技術の向上にも取り組んだ (Battle_02)

やがて世界各地をめぐり、あらゆる格闘技を学んだ彼女は、世の中に自分より強い格闘家がいないことを悟った。
そして彼女は17歳の誕生日にある決心をした。
世の中の秩序を守るため、自分が鬼になる覚悟である。

2.闇の世界

大学を辞めた彼女は、当時世界でも最強の権力を誇っていた香港マフィア『竜骨会』にボディーガードとして雇われた。
竜骨会のボス梁珍居は、香港から中国、台湾といった東アジアを完全に支配下に置き、
アメリカやヨーロッパでも最高の力を持つ闇の帝王であった。
彼は残忍なことでも有名で、彼に歯向かう者は容赦なく殺された。
綾はそんな彼のもとでボディーガードを務めながら、闇の世界について学んでいった。

やがて綾の美貌と恐るべき格闘技術に惚れ込んだ彼は、どこに出掛けるにも彼女を連れて行くようになった。
やがて彼女には、ボディーガードだけでなく、始末者としての仕事も与えられるようになった。
彼に対抗する勢力や、彼の命を狙う殺し屋が捕まると、彼は喜んで彼女と試合をさせたのだ。
正真正銘のデスマッチである。
彼女に勝利したら命が助かるとあって、捕まった殺し屋たちは全力をもって彼女に挑んできた。
そしてそういう連中に力の差を見せつけ、絶望のうちに始末するのが、彼女の役割であった。

元レスリングの選手で2メートルを越える巨漢の殺し屋が相手のときは、彼の上を行くレスリングテクニックで
相手を翻弄し、絞め技で命を奪った (Battle_03)
極真空手を身につけた殺し屋が現れたときは、最強の蹴りを教え込むかのごとく蹴り殺した (Battle_04)
200キロ近い巨漢を力でねじ伏せたこともあった。
そんな彼女も、正面から正々堂々と勝負することと、自分の葬った相手に敬意を払うことだけは忘れなかった。
こんな姿勢もあってか、彼女の名前は闇組織の中で徐々に広まり、やがて世界中の殺し屋たちの尊敬を集めるようになった。

そして竜骨会のボス梁珍居も、やがて彼女の意見を無視できなくなった。
彼女を敵に回せば、世界中の殺し屋から標的にされてしまうのである。
綾は梁に対して、闇の世界から銃を締め出すように要求した。
梁はそれに従うしかなかった。

その後闇の世界では、拳銃を使って脅したり、人を殺したりすることがタブーとされるようになった。
アメリカでも議会で銃禁止法が制定され、一般の人が銃を所持できない仕組みが整った。
東欧のマフィアが銃を使って勢力争いをしたことが分かると、世界中の殺し屋たちが束になってそのマフィアを壊滅へと追い込んだ。
世の中は平和になった。
銃の規制に反対していた連中も、犯罪率の低下を目の当たりにしてその成果を認めざるを得なかった。
銃や武器に対する嫌悪感も世界中に広がり、武力衝突や戦争も見られなくなった。

それに変わり、闇の世界における権力争いは、格闘技をもって繰り広げられるようになった。
コロシアムと呼ばれる会場で、お互いの組織が誇る殺し屋同士が戦い、その勝負に勝った方が権力を得るシステムである。

3.覇王会設立

銃の追放によって打撃を受けた武器製造会社の社員による狙撃だった。
カリスマを失った竜骨会は内部分裂し、その力は急速に衰えていった。

そんな時、綾は自らがトップとなる格闘集団『覇王会』を創設した。
当時19歳となっていた綾のもとには、世界各地に潜む闇の格闘家が大挙して集まり、その数は数百を越える大集団となった。
『覇王会』では一般人に対して危害を加えることがタブーとされた。
武器の使用が認められず、コロシアムでの格闘による権力闘争が中心となっていたこの時代で、覇王会が闇の世界に君臨することは
実に容易なことであった。

この覇王会では、実力こそが権力であった。
覇王会をまとめる綾も例外ではなく、彼女はコロシアムでの戦闘に勝ってこそ、トップの座を堅持することができた。
覇王会には、年に1回のイベントがあった。
毎年正月に開催される覇王決定戦である。
この戦いに勝ったものこそが、その年の覇王となって、覇王会を、ひいては裏の世界全体を取り仕切るのである。
覇王決定戦の挑戦者を決めるトーナメントは毎月12月に行われ、その勝者だけが前年の覇王に挑戦できるというシステムも整った。

最初のトーナメントでは、ブラジリアン柔術の使い手であるノゲイラという男が優勝し、翌年の覇王決定戦で綾に挑んだ。
抜群の関節技テクニックを誇る彼であったが、綾よりも身長が低く体も小さいため、神と崇められる綾に勝つのは
難しいというのが大方の予想だった。
そして実際の試合も実にあっけなく決まった。
試合開始タックルを仕掛けたノゲイラを素早い動きで交わした綾は、そのまま彼を上から押さえ込み、下を向いた彼の首を
その引き締まった太腿で絞め上げた。
ノゲイラは両腕を抑えられ、タップすることもできずに、意識を失い、泡を吹いて失神した。
強すぎるくらいに強い綾の完勝であった (Battle_05)

翌年のトーナメントは、ロシア、コマンドサンボの達人、ヒョードルという男が制した。
彼はその戦いにおいて圧倒的な強さを見せつけ、前年度の挑戦者ノゲイラをも秒殺で仕留めるほど強かった。
覇王決定戦の前には、彼が相手だったら、さすがの綾も苦労するのではないかという見方があった。
しかし、いざ蓋を開けてみると、綾の強さは際立っていた。
最初のコンタクトとなったスタンドでのパンチ1発で、ヒョードルの脚には力が入らなくなった。
そして力なく座り込むヒョードルに、綾は容赦ないローキックを放った。
その蹴りは凄まじい音とともにヒョードルの側頭部へと命中した。
彼は一命こそ取り留めたものの、格闘家としての人生に終止符を打たねばならない結果となった (Battle_06)

数多くの殺し屋が集まる挑戦者決定トーナメント。
その優勝者ですら、綾の前には全くの無力であった。
綾の格闘技術は、もはや常人の量り知るところではなかったのだ。
6年連続して、対戦相手を完膚なきまでに叩きのめしてきた綾は、世界中の殺し屋の尊敬と憧れの的になっていた。

トーナメント7年目の優勝者は、ミルコという打撃主体の好選手であった。
しかし彼は、覇王決定戦の直前に綾と戦うことを辞退した。
様々な角度から綾との戦いを研究して、私が戦って勝てる相手ではないと判断したというのがその理由であった。
世間は彼を笑いものにしたが、綾自身は妥当な判断だとして彼を責めようとはしなかった。

4.誤算

自らが覇王となり、世界に平和をもたらした綾にとって、次にやらねばならないことは平和の継続であった。
それは単に、自らが覇王で在り続けて権力を保持するだけでなく、後継者を育成し、この平和を恒久的なものへと
発展させることだった。

彼女はまず、前年度のトーナメントチャンピオン、ミルコを自分の後継者にと考えた。
彼女は1年間つきっきりで彼をコーチして、自分の編み出した格闘技術を彼に伝授しようと頑張った。
そして1年後のトーナメントには、一段と強くなったミルコの姿があった。

しかしここで悲劇が起きた。
難なくトーナメントの決勝まで勝ち進んだミルコであったが、決勝の相手ボンヤスキーにまさかの敗戦を喫したのである。
序盤から優勢に試合を支配したミルコであったが、苦し紛れに放ったボンヤスキーのハイキックをかわし切れずにダメージを負った。
そしてダメージが回復する前にフライングジャンピングニーキックを浴びてダウン、その後マウントを取られてパンチの連打を浴びた。
不幸なことにミルコはこの試合の後、息を引き取った。

覇王を目指す殺し屋が、コロシアムにおいて命を失うことは珍しいことではない。
相手を殺した選手も、生き抜くために相手を殺すのであって、決して責められるべきことではない。
ただ、自分の後継者にと願った男が目前で殺されてしまった綾にとって、この試合は忘れることのできない試合となった。

そして明くる年の元旦、彼を倒したボンヤスキーは、覇王決定戦において綾と戦うことになった。
綾はこの試合で、ミルコを葬った男の実力を味わってみたいと思った。
試合開始早々、得意のキックで連打を浴びせるボンヤスキーの攻撃を、綾は敢えて反撃せず受け止めた。
1発1発の蹴りを腕で受け、腹で受け、脚で受けて彼の攻撃力を確かめた。
しかしこれらの攻撃は、鍛え抜かれた綾の体には微塵のダメージをも与えることができなかった。
やがて肩で息をするようになったボンヤスキーを見て彼女は悟った。
自分とボンヤスキーの実力の差を痛感したのである。
これは彼女にとっても虚しいことでもあった。
ミルコに賭けた想いが、音を立てて崩れた瞬間でもあった。
その後綾は、ゆっくりとボンヤスキーの始末を始めた。
自分より身長で上回るボンヤスキーを力でねじ伏せ首相撲の体勢に入ると、鍛え上げられた太股で膝蹴りを食らわした。
あまりの衝撃にボンヤスキーの体は一瞬宙に浮いた。
2発目の膝蹴りを食らったとき、すでにボンヤスキーの意識は薄れていた。
綾はそのまま彼をフロントネックホールドの形で絞め上げた。
長身のボンヤスキーの体が浮き始めるほどの、強烈なフロントネックホールドであった。
この技にはミルコへの敵討ちをいう想いが込められていた (Battle_07)

5.後継者誕生

その後彼女は、自分の後継者をより真剣に探し始めた。
自分の想いを引き継ぎ、世界平和に尽力する強い精神力を持った者で、自分の格闘技術を引き継ぐだけの
十分な素質をもった者を探した。
彼女は世界各地に出向き、いろんな格闘家をその目でみて、やがてひとつの結論に達した。
彼女の編み出した最強の格闘技術は、彼女と同じ素質に恵まれたものでないと習得できないことを悟ったのである。
すなわちそれは、あらゆる技に通ずる関節の柔軟性と相手のダメージを軽減するための体つき、そして相手の攻撃を
見抜く鋭い眼力を持った『女性』でなければならないということであった。

その後まもなく彼女は、宿泊のために滞在していたイタリアのホテルで、偶然にも自分の後継者を見つけることとなる。
綾はホテルのスイートルームで何気なくテレビをつけた。
そこには1人の日本人女性バレーボール選手が映っていた。
彼女の名前は栗山恵。
わずか10歳で全日本入りした彼女は、小学生ながら191センチを越える身長と垂直とび120センチを越える瞬発力で
スーパーエースとして活躍した。
彼女がジャンプすると、相手ブロックのはるか上方で彼女は空を飛んできるようにさえ見えた。
そして十分に体を反らせてから放たれるスパイクは、相手コートに突き刺さるような勢いで叩きつけられるのである。
バレーボール史上最高の美少女として注目を集める彼女のスパイクは、一方でバレーボール史上最強の殺人砲として恐れられた。
彼女は11歳で迎えたオリンピックで日本に金メダルをもたらすと、その後男子のバレーボール界に乗り込んだ。
しかしそこでも、彼女の高さとパワーは群を抜いていた。
彼女は世界最高峰と言われるイタリアの男子プロリーグに参戦し、スパイク決定98%という大記録を打ち立てて
チームを優勝へと導いた。
そしてその試合をテレビで観戦した綾は、この少女こそ自分の後継者として相応しいと確信した。

翌年、バレーボール史上最強のアタッカー栗山恵はバレーボール界を突如引退した。
表向きは膝の治療に専念するためという理由だったが、本当の理由は綾の勧誘に応じたためであった。
恵自身も、バレーボール界で頭ひとつ図抜けた自分の実力に張り合いをなくし、何か新しいものへ挑戦したいという想いがあった。
そして何より、世界平和を願う綾の崇高な想いに共感し、自分もそれに貢献したいと思うようになったのだ。
綾と恵の厳しい修行が始まった。
恵は当時13歳。
水泳で鍛えた綾と比べると、バレーボールで鍛えた恵の体は全体的に線が細く、身長こそ上回るもののパワー不足は否めなかった。
しかし彼女には、綾を上回る手足の長さと柔軟性があった。
そして格闘技に必要な知力と体力も十分に兼ね備えていた。
そして1年の修行で、彼女の格闘技術は目を見張るほどに成長した。
彼女の打撃は相手が思いもしない距離から正確に急所を捉えるようになった。
筋力もアップし、相撲力士を力でねじ伏せるまでになった。
そして何より、彼女の寝技は、綾をも苦しめるほどに成長していた。

1年後15歳となった恵はトーナメントへと参戦した。
綾にはミルコのときとは違った安心感があった。
トーナメント1回戦では、韓国相撲の王者でK1大会でも活躍するチェ・ホンマンが相手だった。
体格にこそ勝っていたチェであるが、恵の寝技に恐怖し、距離を置いて打撃で勝負しようとした。
恵が間合いをつめると、チェは逃げるように間合いを空ける。
そして再び恵が前に出ると、チェは打ち合いを避けて後退りする。
これでは試合にならないと、観客がチェに対して罵声を浴びせる。
冷静な恵は、チェを格闘場の角に追い込む。
壁を背にして退路を絶たれたチェは、勢いをつけて恵みに襲い掛かる。
そして次の瞬間、コロシアム全体に「パシッ」という甲高い音がこだまする。
襲い掛かったはずのチェは全身の力を失ってその場に倒れ込む。
長いリーチから放たれた恵のビンタは、たった1発でチェの意識を完全に奪い去ったのだ。
元バレーボールの選手らしい豪快なビンタに、会場の観客は割れんばかりの拍手を送った。

この大会、恵の決勝の相手は、パワーファイターのボブ・サップであった。
冷静に戦っては勝てないと思ったサップは、試合開始早々恵目掛けて突進した。
それを見た恵は、何を思ったのか、相撲の稽古でもつけるように胸を差し出してサップの突進を受け止める暴挙に出た。
身長こそほぼ同じであるが、体重が倍近く違う両者の激突である。
恵の体は激しく吹っ飛ばされるかに思えた。
しかし衝突の瞬間、恵はその長い両手でサップの右腕をしっかりと握り締めていた。
これにより飛ばされることを防ぎサップを捕獲することに成功した恵は、サップの勢いを利用してそのまま
飛びつき三角締めの態勢に入った。
サップが危険を感じて逃げようと思ったときには、既に恵の長い脚がサップの肩と首をロックしていた。
完全に決められた右腕を持ち上げて恵を振り払おうとするサップであったが、恵がグッと力をいれたことによって、
その痛みに耐え切れずその場にうずくまってタップした。
試合開始わずか8秒という秒殺劇で、恵はその強さをまざまざと見せ付けた。
優勝を決めた恵は、はちきれんばかりの笑顔でサップを立ち上がらせると、観客に深々と一礼して試合を締めくくった (Battle_08)

後継者恵の誕生によって、『覇王会』による平和安定の仕組みが整い、綾の想いは成就した。

6.引退の決断

その後10数年が過ぎ、綾も40歳を過ぎて大人の魅力あふれる女性へと成長した。
28歳になった恵も、次期覇王としての風格と決断力が備わってきた。
その間のトーナメントは、恵が、13年連続して圧倒的な強さを見せつけて勝利し続けてきた。
そして覇王決定戦は行われることがないまま、綾が『覇王』の座に君臨し続けていた。

しばらくして綾は、恵の次を引き継ぐ女性を見つけ出した。
日本人女性ではなかったが、大柄で同じような素質に恵まれたマリア・シャラポーワというロシア人テニスプレイヤーだった。
彼女は11歳でプロとしてデビューすると、無敗のままグランドスラムを達成。
その後、男子の世界に飛び込んでも連勝は続き、四大大会を1ゲームも落とさずに完全勝利するという偉業を成し遂げた。
また彼女は、抜群のスタイルを活かしてトップモデルとしても活躍していた。
そして彼女は綾の勧誘に応じ「モデルの仕事が楽しいからテニスは辞めることにしたの」というインタビューを最後に、
テニス界から身を引いたのである。

マリアは欧米の女性らしく高いプライドをもっており、格闘技術の習得も早かった。
日本人女性特有の粘り強さは持ち合わせていなかったものの、一瞬の瞬発力には並外れたものがあった。
189センチの身長は恵より低かったが、肩幅が広く筋肉のつきが良い彼女は、パワーとテクニック共に優れた格闘家へと成長した。
打撃、投げ技、関節技と、すべてにバランス良く身につけた彼女であったが、試合では打撃しか使わなかった。
打撃だけでも勝てるからと豪語する彼女であったが、単に汗臭い男と肌を触れ合わすのが嫌だったというのが本当の理由であった。

15歳になったマリアは、初めてトーナメントに出場した。
試合開始と同時に相手との間合いをつめ、そのまま止まることなくパンチとキックを浴びせて敵をダウンさせる。
そしてうずくまる相手に容赦なく足蹴りを浴びせ、相手を戦闘不能に追い込むという一方的な戦いが彼女のスタイルだった。
それは、相手を無傷のまま眠るように始末する恵とは実に対照的であった。
トーナメント準決勝の相手は、元横綱の曙だった。
試合開始と同時に突っ張りで突進していく曙。
さすがのマリアもこれを受けては大変と直前で衝突を回避する。
すると曙は目標を失いバランスを崩してそのまま転倒。
2回3回と転がり回った。
慌てて立ち上がる曙に、モデルのような歩き方で近寄るマリア。
そして強烈なミドルキックが曙の腹に突き刺さる。
分厚い脂肪で覆われた曙の体だったが、マリアの蹴りの威力は体の内部にまで達していた。
苦痛に満ちた表情を浮かべながらもなんとか踏ん張る曙に、マリアは再びミドルキックを浴びせる。
先程より一段と威力をました蹴りを受け、さすがの曙もうずくまるようにその場に膝をついた。
しかしマリアの容赦ない攻撃は続く。
次に放ったローキックは曙の顔面を捕らえ、曙は腰を折るように仰向けになって倒れた。
マリアは、戦闘意欲のなくなった曙の体を踏みつけると、そのまま2回3回と勢いをつけてストンピングを浴びせた。
踏まれるたびに、体を跳ね上げる曙であったが、既にその時意識はなかった。
見守る観客には、マリアの曙に対する一方的な虐待にも映る試合内容だった (Battle_09)

その後マリアの成長を見届けると、綾は覇王の座を恵に譲り、自らは覇王会と離れて隠居生活を送る決心をした。
既に40代を迎えていた彼女であるが、その引き締まった体と抜群のプロポーションは健在で、引退はまだ早いのではないか
という声も多かった。
しかし彼女は、13年連続でトーナメントを制覇し続ける恵の実力が、もはや自分と変わりないレベルにまで成長している
ことを感じ取っていた。
最強者が頂点に立つという『覇王会』の掟を守るため、彼女は自分から身を引く決心をしたのである。

その後、綾から『覇王』の座を受け継いだ恵は、従来の優しさの上に力強さをも身につけ、
威厳ある立派な『覇王』ぶりを誇った (Battle_10)
世界の平和は、綾の願い通り半永久的な安定状態へと突入した。

7.伝説は永遠なり

その後時は流れて、綾は60歳の還暦を迎えた。
磨きがかかっているようにさえ思えた。

7年前には恵も引退し、現在は3代目のマリアが覇王として会を率いている。
わがままな性格は相変わらずだが、その美貌と明るい性格もあって、なかなかの人気を保っている (Battle_11)

コロシアムでは、恵が見いだした後継者で、元プロゴルファーのミチェール・ウィーが、2メートル35センチの巨漢
ジャイアント・シウバと戦っている。
弱冠14歳でありながら体格と素質に恵まれたウィーは、綾の再来とまで言われるほどの圧倒的な強さを見せつけていた。
ウィーは、自分目掛けて突っ込んでくる巨漢のシウバの突進を、1檄の掌底で食い止めると、黒い髪をなびかせてミドルキックを放つ。
強烈な蹴りを脇腹にくらい、呼吸もできず座り込むシウバ。
ウィーはすかさず後ろにまわり、長い足でシウバの胴体をロック。
そのまま首を取って胴絞めスリーパーの体勢に入る。
デカイ手足をばたつかせて必死にもがくシウバだが、数秒後には深い眠りへと落ちていった (Battle_12)

ウィーの完勝に見えたこの試合だったが、観戦していた綾はこうつぶやいた。
「まだまだ甘いわね。あの相手だったら、今の私でも最初の掌底で勝負をつけているわ。」 格闘技の神様と言われた彼女の力は、もはや伝説となっていた。

(完)

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