仮免ライダー・強さの秘密

「イーッ!!」
 突如として複数の男の奇声が轟くとともに、1人の少女を黒ずくめの集団が取り囲む。
「この女に、間違いはないのか?」
「確かにこの女です!こいつが仮免ライダーの出入りしている研究所の一人娘に違いありません!」
 自転車で帰途についていた女子高校生1人を奇怪ないでたちの集団が輪を作るように包囲。
彼女の正面に立つのは両腕が巨大な鋏状の、カマキリを擬人化したような緑色でグロテスクな容貌の男、
それ以外の男たちはそろってピッタリとした漆黒のタイツで全身を覆い、目だけ出した覆面をかぶっている。
…全員、世界征服を企む悪の秘密結社・チョッカーの構成員であることは明白だった。

「女!我々と一緒に来てもらおうか!」
「な、何なんですか?」
「ククク…お前にはこれから我々チョッカーの基地で改造手術を受けてもらう!
そして偉大なるチョッカーの忠実な怪人として、我々の野望のために存分に働いてもらうのだ!
世話になっている博士の愛娘が怪人とあれば仮免ライダーの奴も手出しはできまい!
これまでライダーめには散々煮え湯を飲まされてきたが、それも過去のことよ。
来い女!我らチョッカーの世界征服の重大な担い手となることを光栄に思え!」

 仮免ライダーとは、彼らチョッカーの手から世界の平和を守るとして強化手術を受けた改造人間だ。
ある男に改造手術を施し仮免ライダーを作り出した研究所の所長の一人娘こそが…今目の前に立つこの女子高生なのだった。
この娘を捕らえて洗脳し、チョッカーの駒として使う…
よもやライダーも、研究所の娘として親交のある大切な存在を傷つけるわけにもいくまい。
これまでに自分たちの組織の計画を幾度となく打ち砕かれた憎き正義のヒーロー・仮免ライダーを倒すべく立ち上げた、
チョッカー渾身の作戦だった。
この日のためにチョッカーは、彼女の通う高校や登下校時に通行するルートまで入念に調べ上げたのだ。

「フッフッフ…悪のヒロインとして育成のしがいがある上玉の娘ではないか」
 カマキリの形をした怪人は今回の標的である少女が、それを取り囲む自らの配下の戦闘員たちの誰よりも背が高い
かなりの長身であることに心のどこかで妙な違和感を感じながらも、その目で標的の少女を値踏みする。
自分はあくまで怪人であり人間ではないものの、彼女が人間の女性の中でもかなりのハイレベルに属する容貌の
美少女であることは明確にわかった。整った顔立ちにパッチリとした黒い瞳、日の光に輝く美しい長髪。
紺色ブレザーと純白のブラウス、胸元に赤いリボン、チェックのプリーツスカートに紺色ハイソックス、黒いローファーと
可憐な女子高校生の制服に包まれたスタイルのいい長身。
この娘を連れ帰ればきっと首領もお喜びだろう…
どのような姿の女怪人として改造し、楽しむべきか…
怪人のくせに妙に人間臭い好色な妄想を浮かべながら、カマキリ男は配下の戦闘員たちに捕獲の指令を下す。
「捕らえよ!」
 その言葉とともに戦闘員の1人が、この長身少女を拉致しようと彼女のブレザーの袖のあたりを乱暴に掴む。
「キャッ」
 しかし、彼女の口から発せられた悲鳴が何だか危機感に欠ける、わざとらしさを含んだものに
誰の耳でも感じられた次の瞬間、

「なーんてね」
 ドガアァッ!!
 重い打撃音が響くと同時に、カマキリ男の足元に戦闘員1人が高速で仰向けにスライディングしてきた。
黒いマスクから覗く眼球には黒い部分がなく、ピクピクと痙攣する以外には何の反応もない。完全にKOされている。
「レディはもう少し丁寧に扱ってよ。がさつな男は、嫌われるんだからね」
「!!」
 瞬時に叩き伸ばされた1人を除く男たちの一団は一様にどよめき、思わず後ずさって身構えた。
どういうことだ、ライダーが頻繁に通う研究所に住んでいるというだけでしかないはずの、ただの若い女のはずが…
我らチョッカーの優秀な戦闘員を一発で…

「ええい、こんな小娘一人に怯んでどうする!早く取り押さえろ!!」
 怪人は予想だにしなかった事態に狼狽を禁じえなかったが、単なる偶発的なものと思い直し
引き続きは以下の戦闘員たちにこの少女を捕まえるよう指示を出す。
仮に多少格闘の腕前があったとしてもこれだけの人数の男の前でどうなるわけでもないだろうと…

「イーッ!!」
「ヤァッ!!」
 ドゴゴゴォッ!!
 しかし次の瞬間には、この怪人の目はさらに驚愕に見開かれることとなった。
4方向からまとめて4人の戦闘員たちが飛びかかるが早いか、彼女の黒光りするローファーが両方地面から離れたかと思うと
速く、鋭い螺旋を描きながらの強烈な飛び回し蹴りが火を噴いていた。
4人の男たちはその半径の長い円周にまとめてなぎ倒され、それぞれまっすぐ4方向に飛び散らされた。
長い黒髪とスカートをひらめかせながら彼女がコツリと靴音を立てながら舞い降りた時点で既に、
4人のどの男も例外なく、マスクの上から明確にわかるほど下顎を猛烈にえぐられて変形、意識を失っていた。
「な、何…」
 そのスピードに現状を把握しきれないまままごつく怪人の前で、
 ビシィ!
 ズバッ!
 ゴッ!!
 ごく短時間の突風が吹き荒れたかのように、肉を打ち据える激しい音が凄まじい勢いで駆け抜けていったような気がした。
それが何だったのかを確認したときには、さらにもう3人の戦闘員が顔面や腹を押さえながら地に伏しており、
か細いうめき声を漏らし続けていた。

「そ、そんなバカな!?」
 引き連れてきた、我が組織の誇る精鋭ぞろいの戦闘員のうち8人もが…
しかも取り囲んでからまだ1分も経過していないこの短時間に…その上ただの女1人の前に……
この光景を現実と受け止められず硬直するカマキリ男だったが、自らの目の前にさらなる犠牲者が
失神したまま自由落下してきた大きな音に、再び現実へと引き戻される。

「ね、どうする?頼りの兵隊さんたちは、みーんなおネンネしちゃったみたいだけど」
「…!!」
 全員、倒された…
しかも、その一人一人を倒す動きはあまりにも俊敏で、一人残されたカマキリの怪人の動体視力ではとても追いきれないものだった。
もしかしたら我々は、とんでもない存在を標的に据えてしまったのではないか…
そんな焦燥、後悔に心を支配されるのを必死に否定するように、カマキリ男は両手の大鎌を振り上げながら襲い掛かった。
「俺をその雑魚どもと一緒にするな!おとなしく捕まらなければ殺す!!」
 この怪人の両手についている鎌には鋭利な刃物状の物体がいくつも装着されており、
並の人間がこれの餌食となれば致命傷となることは明白だった。
だが、それを振り下ろした先からその女子高生は姿を消していた。
「そんなスローな動きじゃ…」
 彼女の声が真後ろから聞こえてきたことに驚き、慌てて振り返った瞬間、
 ゴッッ!!
「あたしは捕まえられないわ」
 振り返った瞬間、怪人の視界は彼女の膝で覆い尽くされていた。
顔面をまともにニーで捉えられ、カマキリ男は鼻血を大量に噴霧しながら不恰好にひっくり返る。
「こっ、このおっ!!」
 冷静さを失い、連れ帰るどころかこの場で殺してしまわんばかりに逆上したカマキリ男は
大振りに両腕を振り回して猛ラッシュを仕掛けるが、標的の少女はまるで闘牛ごっこでもして遊ぶかのように
怪人の動きを見切って楽々とかわし続ける。
仮免ライダーとの戦闘ならまだしも、たださらって帰るだけのはずの若い女にここまで必死にならなければならない屈辱に、
誇り高きチョッカーの怪人としてのカマキリ男のプライドは既に傷だらけだった。
だが…
「ワンパターンね。それじゃ一日中やってても無駄だと思うけど?」
 ビシィバシィ!!ズバァン!!
「ぐうぅ!!ぁ…」
 激しい打撃音とともに、焼け付くような激痛が彼の肉体の数箇所を襲った。
まるで見えない…しかし確実に、カマキリ男の体には彼女の素早いコンビネーションが加えられていたのだ。
特にみぞおちと右太腿外部に叩き込まれた衝撃は強烈なもので、感覚が麻痺するほどの痺れる痛みに
カマキリ男は情けなく悲鳴を漏らしながらヘナヘナと両膝を付いた。

「き、貴様、一体何者なんだ…」
「な〜に〜、フツーの女子高生つかまえてそんな化け物扱いみたいな言い方。失礼と思わないの?」
 普通の女子高生、そんな言葉を自分から口にしている最中にも彼女は、カマキリ男の体を両手で頭上高く差し上げていた。
普通なのは口ぶりだけで、その実力は全く人並みはずれた異常なものだった。
そして数秒後、カマキリ男は彼女の手を離れ数メートルを飛行、顔面からアスファルトに墜落。
スピードだけではなく、真正面からのパワーのぶつかり合いでも全く歯が立たないことを思い知らされた怪人は、
ヨロヨロと立ち上がりはしたものの、傍目で明らかにわかるほど腰が引けている。

「ま、少しだけ教えてあげるとしたら…
あなたたちがいっつも倒されてるにっくき宿敵の仮免ライダーさんはね、あたしが強くしてあげたの」
 彼女のそのとんでもない言葉に対する畏怖の反応が顔に出るよりも前に、
カマキリ男は彼女のとてつもない重みを湛えたハイキックに顔面をなぎ払われて吹き飛び、
ガードレールを飛び越えて数メートル下の用水路へと落下していった…


「靖さん」
 たった1人でチョッカーを撃退した女子高生が父の研究所を兼ねた自宅に帰ってくると、そこには靖がいた。
十文字靖。世界を狙う悪の組織・チョッカーに両親を殺害され、復讐を誓いこの研究所にて改造手術を受け
正義のヒーロー・仮免ライダーへの変身能力を得た青年である。
常人の能力をはるかに超えた改造人間とはいえ、日々の厳しい戦いにより靖の体にはダメージが絶えず、
この研究所で定期的にメンテナンスやアップデートを受ける必要があるため、ここにはほぼ毎日顔を出している。
よって、ここの一人娘である彼女…瞳とも親しい仲なのであった。

「靖さん、今日ね、あたしのところにチョッカーの怪人さんが来たの」
「な、何だって!?」
「カマキリみたいな人と戦闘員で、全部で10人でね。なんだか、あたしをさらって怪人にするつもりだったんだって」
「そ、それで…何ともなかったのか!?」
「うん。別に大したことなかったし。
今度のはあたしが片付けちゃったから次が来るまではしばらく間があるんじゃないかな」
「……!!」
 ありふれた学校での出来事でも話すかのように、平然とそのような発言をする瞳の様子に、靖は絶句するほかなかった。
やはりこの娘は、只者ではない…と。

「ところでさぁ、靖さん。ちゃんと訓練して、強くなってる?」
 不意に瞳が靖のほうを向き直し、見つめてくる。
こうして近くで向き合うと、その彼女の大きさに靖は改めて驚き、コンプレックスに苛まれる。
正義の味方が女子高生に見下ろされているのだから…
「今日のカマキリ、あたしは軽くやっちゃったけど靖さんだったらどうだったかなって思うの。
先週のクラゲみたいな怪人のときだって、靖さんけっこう危なかったもんね。あたし、見ててハラハラしちゃった。
チョッカーも少しずつ実力上げてるみたいだし、こっちもしっかり鍛えとかなきゃね。
…今日はあたしも時間に余裕があるから、久しぶりにもんであげる。変身して。靖さん」
「……」
 瞳のその言葉に、靖は無言のままごくりと喉を鳴らした。
今日もまた、あの地獄がやってくるのかと…


「うっ…がはぁ……!」
「ほらぁ、正義のヒーローがそんなことでどうするの!?」
 体中が悲鳴をあげ、膝が笑って足腰が立たない仮免ライダーを、瞳は苛立ちながら強引に引き起こす。

 ここは、研究所地下にあるトレーニングルーム。
いくら改造人間と言っても、ただ改造手術を受けただけの状態では戦闘能力に限界がある。
やはり元の人間としての肉体の鍛錬と、格闘技術の向上なくしてはチョッカーに太刀打ちできないのだ。
十文字靖をチョッカーと戦える存在として改造手術を施したのがここの研究所の所長、
そして…実戦的なトレーニングの指導を任されたのが、所長の娘である16歳の瞳。
今日、仮免ライダーがチョッカーの野望を阻止できるのは…瞳のコーチの賜物なのである。

「遅い!」
 ズドッ!
「ぐええ!!」

「足元がお留守!」
 ビシィ!
「ぎっ…ぃ…!!」

「ほら、この前教えたこともう忘れてるじゃない!」
 ボグウゥ!!
「はぎゃあああっ!!」

 今日も仮免ライダーは、瞳の厳しく激しい打撃と叱責の下で何度も崩れ落ち、足元に転がる。
何度もほとばしらせた悲鳴で喉をからしながら嘔吐しそうに咳き込み、瞳の視線の下で無様にのたうち、這いずる正義の味方。
これまでに幾多の怪人を打ち倒してきた自分の攻撃が、まるで彼女には通用しない…
容易にかわされ、受け止められ、その直後に何倍、何十倍というお返しの一撃を叩き込まれ泣き叫ばされるのだ。
今まで戦ったどんな怪人よりも…
いや、もしかしたら彼女の前では怪人たちがまるで一般の戦闘員のように徒党を組んで襲い掛かっても歯が立たないのでは…
そう思わされるほど、強い…強すぎる……

 変身した靖に対し、胸を貸してあげる瞳は動きやすいようにと部活動にも使用する競泳水着に着替え、
外部の目が届かないこの地下の秘密トレーニングルームで靖にみっちり稽古をつける。
ちなみに、瞳自身は別に改造人間でもなんでもなく、本人の言うとおり普通の女子高校生に過ぎない。
…普通じゃなく強いだけで。
ただ、何か父の手伝いをしたかったこと、それと地球の平和を守るためのボランティアもいいなという軽い気持ちで、
この正義のヒーローの強化に手を貸してあげることにしたのだという。
しかし、正義の味方を連日手も足も出させずコテンパンに叩きのめしたり
そして先程のように束になってかかってきた怪人と戦闘員をたった1人でKOしてしまったりする圧倒的な強さを持ちながら、
彼女は自分が正面に立ってチョッカーと戦う気はないらしい。
理由は、恥ずかしいから。

「あたしがもし今日、チョッカーに捕まってたらどうするつもり?」
「ぅっ、ぐえ…がぁぁぁぁ」
 瞳の長く逞しい腕が、仮免ライダーの背後から首に巻きつき、強力に締め上げる。
大きな彼女から加えられるスリーパーホールドで、ライダーの両足は床から大きく離れ、吊るし上げられる。
「ありえないとは思うけど、あたしが捕まって怪人にされちゃったら、どうするの?
たぶん洗脳とかされちゃうから、あたしもう靖さんが相手だからって手加減できないと思うんだけど」
「ぅぅ、うーっ!!」
「殺しちゃうかもね」
 ギリッ…ギリギリィ!
「だ…だずげ…じぬ……」
 元々筋肉に恵まれて太く、硬かった瞳の腕は水泳部での鍛錬によりますます逞しさを増し、
靖程度の力では引き剥がすことなどまずできない猛烈な締め付けを見せる。
薄手の競泳水着越しに伝わる16歳の瑞々しい肉体の感触を味わい、楽しむ余裕などあるわけがない。
靖はマスクの下で目を血走らせ、口からは泡を吹きこぼしてただただ悶絶するだけ。

「こうされたときの反撃の仕方、この間教えたと思うんだけどなー。
ほら早くしなさい。家族の仇を討つんでしょ?世界の平和を守るんでしょ?」
「ぎゃぁぁ…はが、はが…」
 全く、相手にならない。
平和のために悪と戦う正義の変身ヒーローが、競泳水着姿の女子高生相手に全く通用せず一方的にボコられて締め上げられ、
ズタボロに痛めつけられる様子を、彼に憧れる子供たちが見たらどう思うだろうか。
だから、せめて人目につかない場所でしごいてあげる、瞳なりの優しさだった。

「でも靖さん、初めの頃に比べたら随分強くなったと思うよ。最初なんて、全然お話にならなかったもんね」
 靖を苦しめる二の腕の締め付けを緩めないまま、瞳は励ましの言葉をかけてあげる。
「最初にあたしが、靖さんの訓練に付き合ったときのこと、覚えてる?」
「ぐぅぁ…はぁはぁ」
「あのあと靖さんって、軽く一週間はベッドの上でまともに動けなかったよね。
今は2〜3日でどうにか立って歩けるようになるから、しっかり進歩してると思うよ。でも…」
 そう言いながら瞳は自らの体に回転をかけ、両腕で吊り下げている仮免ライダーをゆっくりと振り回し始める。
「ああっ!!あああああ!!」
「あたしの体に少しでも痣をつけるとかして、少しでも手こずらせるくらいにはならなきゃ一人前のヒーローとは認めないよ。
それまでは、あたしの下でみっちり鍛えてもらうから。間違っても、逃げたりしちゃダメだからね」
 瞳はその力強い腕をライダーに絡みつかせたまま、猛スピードで豪快に旋回させながら息も切らせずに言う。
しかし、その言葉がきちんと靖に届いたかどうかは定かではない。
彼女の腕を外そうと必死に添えられていた靖の両手は既に離れて遠心力に従いブラブラと宙を泳いでいる。
もう、数秒前に絞め落とされてただ回り続ける人形と化していたから。


 おわり





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