Road to Rumble Roses Reloaded #1

零子の場合

 某男子プロレス団体における最強の証・チャンピンベルトは、現在団体内のどの男の腰にも巻かれていない。
外部に流出している、つまり、団体外のレスラーに奪われたままの状態なのだ。
今日もこのリングでは、団体の意地を賭けたタイトルマッチが行われている。
何せこれまでに、そのよそ者のレスラーに敗北してタイトルの防衛を許した回数は実に15回。
ここまで外部の存在にいい格好をさせて黙っていられるわけがない。しかし…

「ぐぇ…あがが……」
 団体を背負って王座奪回に挑んだ16人目のチャレンジャーは、今日もチャンピオンの高く厚い壁に跳ね返されようとしていた。
ガッチリと決まった絞め技に、半分裏返って途切れ途切れの悲鳴をこぼして苦しめられ続けている。
リングを取り囲んだ、これまでに敗れてきた歴代挑戦者を含む同団体の男たちが、マットを叩きながら必死の声援を送る。
このまま、やられ続けているわけにはいかないのだ。地方の中規模インディ団体とはいえ、自分たちの宝である王座を…
遠い別団体に籍を置く、女なんかに保持され続けるわけには。

 堅牢、頑丈な拷問器具のように男の首を左右から締め上げているのは、照明に照り輝く女のすべすべとした太腿だった。
座り込むような体勢にされた男を、女は立ったままその美脚で挟み込んで捕らえ、逃がさない。
男の充血した顔、太腿を振りほどこうと掴んでいる両手、バタつかせている両足、汗まみれの全身、
彼が全身全霊をもってこの地獄から脱出しようとしているのがわかる。
一方その地獄を提供している女のほうは至ってクールなまま。手持ち無沙汰な両手を腰に当て、
客席に向けてセクシーなポーズを取ってみせるほどの余裕だ。
男を、さほど気合を入れて相手にしているようには思えない。
この対比に、会場を埋める観客たちは熱狂し、興奮のエールを送り続ける。
男子プロレスの団体で、そこの所属レスラーを手玉にとっているよそ者の女に歓声…
そう、彼女がここの団体のベルトを奪って5度目の防衛を果たしたあたりから客層が変わり始めたのだ。
強い(と思われていた)男の勇姿を楽しみにやってくるファンは急速に減少し、
今ではすっかり、性懲りもなく挑戦を続ける男たちをコテンパンに叩きのめす彼女の勇ましく、美しい姿を
目に焼き付けようと訪れる人々の割合が急上昇している。
世界的に有名なプロレスイベント・ランブルローズの常連である長身美女プロレスラー・日ノ本零子の姿を。


 世界で最も強く、最も美しい女を決める大会、それがランブルローズ。
格闘技術、美貌の磨かれた世界で選りすぐりの女が集う大会であるゆえ、並の実績ではそのリングに上がる資格は得られない。
彼女たちはそれぞれに、その強さを証明するべく戦い続ける。
零子の場合は、本国でのプロレスにおいて王者となることでその権利を勝ち取ろうとした。
それも男子プロレス界に殴り込みをかけ、ベルトを集めることを手土産にしようと。

 この団体に零子が最初に乱入を果たしてからほんの数日の間に、排除しようとした男たちは片っ端から蹴散らされ
ついに女相手に当時のチャンピオンが引きずり出される展開となった。
…それからあれよあれよの間にベルトは零子の所有物と化し、現在に至っている。
本気で世界を狙う零子の身体能力は半端なものではなかった。
投、極、打、あらゆる面で零子はここの男たちを凌駕していたのだ。
それ以前に、肉体の迫力という面でも。
零子は公式プロフィールで身長を170cm台と自称しているものの、実測は180cm。
プロレスラーとしてよりも微妙な乙女心を優先してしまい、低めに見積もった数値を発表している。
それに対してここの男たちはどうか。
ローカル団体にありがちな身長・体重のサバ読みが横行し、リングで並べば大多数が零子より小柄。
両者の公称身長で見れば数字と見た目が正反対という、実に間の抜けた状態だ。
パンフレットなどで豪華な数字を謳って客を騙せていたのは団体内の選手だけで試合をしていた頃までで終わった。
身長のみならず、筋肉の発達ぶりでも零子に差を付けられているのだから情けない。
世界的な舞台で活躍する零子と、プロレスラーという身分だけで満足している軟弱チビ男の集まり。
目指すものからして違う。この現状は、当然のことなのかもしれない。

 男を発情させるような抜群のスタイルと、それを包む赤を基調とした刺激的なリングコスチューム。
ショートパンツにハーフカップブラと編み上げリングシューズ。
男を相手にするのに無防備すぎるのではないかと危惧させてしまういでたちながら、
零子は向かってくる男相手にほんのわずかにブラをずれさせることすら許さず、レベルの違いを見せつけながらぶちのめす。
逆に、こんな『女』を意識させるコスチュームの零子の軍門に下ることで、男の意地はより惨劇的に瓦解する。
零子自身、それを楽しんでいるかのように思える。
そんな零子がリングで躍動し、才能も努力も足りない半端者の男子プロレスラーどもに逆に稽古を付けてあげているかのような
ドミネーションファイトとも呼べる圧倒的な試合展開にいつしかファンは魅了されていった。
男たちだけでコップの中の嵐みたいな最強争いをしていた頃よりも、
零子1人に団体そのものがいいように舐め尽くされている現在のほうが観客動員が上回っているのは皮肉なものだ。


 零子が普段、ランブルローズのマットで見せているファイトスタイルは特段力強さを強調したものではない。
あのリングに集う猛女たちの中では零子は特別大きな存在でもないし、体の線も細いほうに属する。
パワー、スピード、テクニックのバランスを取った戦い方が主な存在…として知られている。
しかし、今上がっているこのマットで考えればまるで基準が違う。
日頃揉まれているランブルローズの激しいファイトに比べれば、こんな弱小団体の貧弱男相手などお遊びのようなもの。
世界の女傑たちには仕掛けることもできなさそうなパワー殺法が、この男には楽々通用してしまう。
零子は気分転換にも似た気持ちで、半ば楽しげにプロレスラーを名乗る男を宙に舞い上げては叩き付けていく。

 女に後ろから抱え上げられ、高々と滞空させられる男。
この情けない様子に会場の視線が集中しているのを感じ、恥辱を噛み締めさせられた瞬間、
凄まじい落差での落下と、尾?骨から脳天を貫通するような衝撃に男は呻かされる。
抱え上げられ、落とされた先に待っていたのは零子の立てた膝だった。
強烈なアトミックドロップに男は息を詰まらせ、半ば白目を剥きながらヨタヨタと不細工に歩を進めた後、
崩れた膝をマットに付いてしまう。
そこから間髪入れず、無防備な尻に零子のローキックが叩き込まれる。
 ズドン!!
 リング周辺の空気が震えたように思えたインパクト、重厚に響き渡った音。
「がはっ…」
 内臓が口から飛び出してしまいそうな重い衝撃に男はただただ悶絶した。
こんな強烈な蹴り、デビュー以来誰からも受けたことがなかった。
尋常ではないパワー…しかもこれだけの力を持っていながら、彼女のホームグラウンドと言えるマットでは
彼女は決してNo.1ではないとは…
世界を舞台に戦う女の実力・恐ろしさを今さらになって思い知らされ、自分がいかに程度をわきまえない挑戦をしたのか
リングに崩れ落ちながら後悔の念に支配されかけていた。

 しかし、それだけでは許されない。
両足首を捕まれて仰向けにひっくり返される男。
見上げた先にある零子の顔が、少し微笑んだように見えた。その直後…
視界が物凄い速度で流れ始める。ジャイアントスイングだ。悲鳴もあげられずに凍りつく男。
スピードの乗った力強い回転が男の体を水平に浮かせ、客席からも零子の強さに痺れたような歓声が上がる。

 リングの周囲で見守る男たちは一様に零子の力に畏怖を感じながら、歯軋りを禁じえなかった。
零子が、より男としての屈辱を煽るような技ばかりチョイスして仕掛けているのがわかったからだ。
プロレスラーの戦いは力ばかりではないとはいえ、基本的に力が強いものとイメージされるし自らもその自負がある。
女を相手とするならなおさらだ。力でねじ伏せなければ、男として失格という思いは当然。
だが今リング上で繰り広げられている光景は、女に力技で圧倒され続ける男の姿。
男が力で上回れなければ、すがるものは何一つなくそれはまさしくアイデンティティの崩壊と言える。
零子は男のそんな危機感を把握していて、肉体的のみならず精神的にも男たちをいたぶっているのだ。
ランブルローズの戦いといえば相手に勝つのみならず、ファンサービスとして相手を辱めるのも醍醐味の一つ。
そんなリングを経験していることが、零子のある意味非情なファイトに磨きをかけていた。

 息も絶え絶えで情けなく這いずる男を零子は軽々と引き起こし、頭上高くリフトアップして見せる。
女の手で高々と持ち上げられる…これも、男子プロレスラーの肩書きを持つ男としては生き恥となる姿だ。
深いダメージの残る中、恥辱に震える頭上の男の気持ちを読み取ってさらに嗜虐的な発想をしたのか、
零子はそのままの体勢でゆっくりとリングを回り、全方位の観客にその惨めな姿をより詳細に披露してあげる。
プラカード1枚を掲げて周回するラウンドガールのように、優美な足取りで。
その、もはや勝負として成立していないようなシチュエーションに、客席からは零子コールが沸き起こる。

 観客、そしてリング周りの男たちの反応を一通り楽しんだ後、頭上の男をうつ伏せにトップロープへと投げ飛ばした零子。
洗濯物のシーツを物干し竿に掛けるように、軽く。
客席に尻を向ける形で宙吊りとなった男のパンツを零子は掴み、裾をまとめて真上へと引っ張り上げた!
会場は爆笑に包まれる。零子は男のパンツを尻の谷間に食い込ませ、Tバックにして観客に見せ付けたのだった。
この行き過ぎた羞恥プレイに男はなけなしの体力を振り絞って抵抗を見せ、リング周辺に陣取る仲間の男たちも
こんな無礼な行為を食い止めんとリング内になだれ込もうとする。

 バシーン!!
「ギャー!!」

 だがその動きも、直後に響き渡った乾いた打撃音と悲鳴にストップさせられる。
零子が男の剥き出しとなった尻に、その腕力で猛烈なスパンキングを加えたのだ。
 バシィ!!パァン!!パーン!!
 零子の平手が炸裂するたび甲高く悲痛な音響がこだまし、1発ごとにロープに干された男は大きくのけぞって
涙を撒き散らしながら絶叫している。その尻は見る間に猿の如く真っ赤に染め上げられていく。
控える男たちはその壮絶な尻叩きに身を縮こまらせてしまっている。助けに行けない。
男たち1人1人がそれぞれに、自分がカットに入ってから我が身に降りかかるであろう事態を、今やられている男に重ねていた。
惨めな洗濯物が、余計に追加されるだけだと。

 一方零子は、この程度の打撃に怖気づいて二の足を踏んでいる男子レスラー一同を見据えながら、
心は間近に迫るデキシーとの一戦に馳せられていた。
(この前見た映像でデキシーが相手をしてた男たちは、こんなものじゃなかった…
私よりもっと大きくて重い男を、それも何十人と片付けてたわ。
こんな小さくて頼りない、しかもこの程度でビビっちゃって助けにも入って来れない男たちを相手にしてても
トレーニングにもならない…本番まで、余裕がないわ!)
 何かを決心したように表情を引き締めた零子は、体力もプライドも残らず剥ぎ取られた無様な男の腕を引っ張り、
引っ掛けていたトップロープから引きずり落とす。不恰好に転落した男の体で、マットが激しい音を立てた。
仰向けになったまま身動きの取れない男を跨ぐようにして威風堂々と立った零子が、まごまごしているだけの男たちを見渡すと
こんなことをされてもまだ助けに来られないのかしらと言わんばかりに、ゆっくりと腰を下ろしていく…
強く美しい零子への歓声、ただ傍観しているだけの弱虫男どもへの罵声が入り混じった喧騒が会場を包む。
戦う男に対する最大級の侮辱技が見事に決まっていた。ショートパンツに包まれた零子の逞しく、引き締まったヒップが
身の程知らずな挑戦者の顔面を覆い尽くし、しっかりと体重を掛けて圧迫を加えていた。
いつまでも遊んでいる場合ではないと零子は仕上げに入ったのだ。
勝者と敗者の姿、格差が誰の目にもはっきりと理解できる顔面騎乗で。

「ワン、ツー……」
 カウントとともにマットを叩き始めるレフェリー。だが…
「どこを見ているの?」
「え?」
「レフェリーが、ルールを理解してないわけじゃないんでしょ?」
「!!」
 零子は、完全に下敷きにしている男の片腕を引っ張り上げ、片方の肩を浮かせたままにしていたのだ!
両肩を押さえ込んだ体勢でなければ、フォールは成立しない…勝敗は明らかなのに、敢えてそうしているのは…
レフェリーも、周りの男たちも青ざめた。とことん苦しめ、辱めるつもりであることを知らされたのだ。
長身と、鍛え上げられた見事なボディを持つ零子から加えられるフェイスシッティング。
自分たちの団体内の物差しでは計り知ることのできない、桁違いのパワー、スピード、テクニックでいたぶりぬかれた男に
彼女を跳ね除ける力など残っているはずがない。バタバタともがく手足も、滑稽なほど力感に乏しい。
抵抗とも呼べない弱々しい蠢きをお尻の下で感じながら、零子はさらに脚を伸ばし男の胴体の上に投げ出して、
くつろぐように脚を組んで見せる。零子専用の座布団と化した男は、さらに脱出への望みを絶たれたことになる。
自分の上で男を完全に格下と蔑み、遊び道具として観客に見せびらかしている憎い女…
だがその女を払いのけて逆襲に転じるどころか、わずかにバランスを崩してやることすら今の自分には不可能。
スタミナを根こそぎ奪われた男がいくら力を振り絞ってあがこうとも、それはもう客席からも抵抗には見えていない。
絶世の美女プロレスラー・日ノ本零子の形良く引き締められた、それでいて柔軟なヒップの感触を味わいながらも、
その重量に押し潰される苦痛と、男子プロレスラーの面目丸潰れの醜態を晒し者にされている屈辱に、
零子のショートパンツの下でほんのわずかにできた隙間から、男の涙がポロポロとこぼれ筋を作っている。
呼吸は許されず、わざと3カウントでの決着を放棄され、仲間は怖気づいて誰一人救出に向かってこない。
この惨めな男に残された道は、窒息ただ一つだけ…

 カンカンカンカンカン!
 と、ここでゴングが打ち鳴らされた。
生き地獄のようないたたまれなさに耐えられなくなったセコンドの男が、タオルを投げ込んだのだった。
これで彼らは零子の前に16連敗。
いや、ベルトを最初に賭ける前の試合も含めれば、その屈辱的記録はさらに数を増すことになる。
ゴングの音を確認してようやく腰を上げた零子。窒息死寸前で解放された男はまだ涙を止めることもできず
自由の効かない体で酸素をむさぼり続けることしかできない。
悔しさ、恥ずかしさに我慢できなくなった男たちが次々とリングに上がりこみ、零子を睨みつける。
こんな勝負は認められない、女のくせにと言いたげに。
「威勢がいいのね…でもそれって、ポーズでしょ?」
「な…なんだと!?」
「私をリンチするって言うなら、してみれば?ま、無理なのはわかってるけど。
女1人に怯えて仲間も助けられない腰抜けさんたちだもんね」
 完全に見抜かれ、見下されていた。
リングに集まった男たちのほとんどは、これまでの防衛戦で既に零子の前に恥の泥沼に叩き落され屈した経験者。
誰一人として、零子を苦しめるどころか汗もまともにかかせることもできた者はおらず、
どいつもこいつも零子の実力に身も心もへし折られてマットに転がり、零子のリングシューズやショートパンツの下で
ゴングを聞かされてきたのだった。
負けたからと言って全員で襲い掛かるなど恥の上塗り、しかもそれでもし零子を黙らせることができなかったら…
こんな弱気な想像をさせるほど、零子は男たちに負け犬根性を深く浸透させていた。

 レフェリーから渡された、もう見慣れてしまったチャンピオンベルトを無造作にリング中央に放り投げると、
零子はマイクを握った。
「いいわ。これはもうそろそろ返してあげる。
私はもっと上を目指しているの。こんなところでいつまでもあなたたちとお遊びをしている場合じゃないわ。
これからは安心して、あなたたち男同士で遠慮なく生ぬるいチャンピオン争いができるようになるわよ。
せいぜいがんばってね。元王者として、応援しててあげるから」
 零子はそれだけ言い残すと、取り囲んだものの何の手出しもできない腰抜け男たちを一瞥してからその輪を通り抜け、
詰め掛けたファンたちに手を振りながら悠然としたモデル歩きで花道を引き上げていった。
この男子プロレス団体の歴史に深い傷を刻み込んだ最大の脅威は、こうして去った。
もう彼女は、今後このリングに上がってくることはないだろう。

 誰も阻止できない連戦連勝で、この団体設立以来最強チャンピオンの伝説を作り上げた女子レスラー・
日ノ本零子が去った後のリングには、持っていても価値がないと置き去りにされた、この団体最高の権威とされるベルトと
このベルトの奪還に必死になりながらも彼女1人に惨敗し続けた男たちのみが残った。
静まり返った客席からの視線が冷たく、痛く彼らに突き刺さった。
たった今空位となった王座を、これから男たちはどんな思いで奪い合うのだろうか。
遊び半分の女に格の違いを思い知らされながら長きにわたって独占され続けたベルトを、
残された低レベルの男同士で、今さら……


おわり





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