Road to Rumble Roses

 零子のもとに、1枚のディスクが届けられた。
差出人は…デキシー・クレメッツ!

 世界で最も強く、そして最も美しい女を決める大会、ランブルローズ。
そのランブルローズの次回大会に日本代表としての出場を勝ち取った日ノ本零子にとって
デキシーという名のアメリカ人こそが1回戦の相手とだけ、事前に知らされていたのだ。
このデキシーという女がいかなるファイターであるのか、この時点で零子は全く情報をつかめていなかった。
そんな正体不明の相手、デキシーから送られてきたものは、どうやらDVD形式のビデオのようだった。
そのディスクに何やら胸騒ぎを覚えながら、零子はそれをプレイヤーにセットし、再生させてみた。

「Hi,レイコ。どうやら私の送ったビデオレター、ちゃんと見てくれているようね」
 再生するなりモニターに映し出されたのは、差出人であるデキシーのアップでの映像だった。
さすがあの大会へのノミネートを最初に決めただけのことはうなづける、文句の付けようのない美貌だった。
少しカメラが引き、バストアップの構図となる。
着用されている、少し小さめの白ビキニが今にもちぎれ飛んでしまいそうな大迫力でカメラに迫るバスト。
この2年間、アメリカ国内でのミスコンテストを総なめにしているという噂には相当な説得力がある。
美しく輝くプラチナブロンド、彫りの深い端正な美貌と女豹を思わせる挑発的な目つき、
そしてこの爆発的、かつ引き締められたボディ。
もし部屋の中に二人きりで、こんな彼女に迫られて、正気を保っていられる男など男とは言えない―――。
同性でありながら、モニターを見つめる零子もデキシーのその魅力にごくりと喉を鳴らした。

 だがその直後、零子の瞳はさらに大きく見開かれることとなる。
さらに画面がズームアウトすると、全身が映し出されたデキシーの両隣で、
2人の男が数十cm宙吊りとなってピクピク痙攣している光景が繰り広げられたからだ。
彼らの首にはガッチリと、デキシーの大きな手が喰らいつき、締め上げている。
男2人を一度にネックハンギングツリーに捕らえたまま、デキシーはこの優美な笑顔を見せ続けていたのだ。
男たちはそろって金魚のように口をパクパクさせるばかりで、デキシーの手を引き剥がさんとする両手も
宙を蹴り続ける両足ももはや抵抗とは呼べない微弱なものとなり、顔の紫色がどんどん濃くなっていくのがわかる。
凄まじい握力が頚動脈に加えられ、酸素を遮断されているのが明らかに伝わってくる。

 リングの上で、女の腕一本に吊り上げられる2人の男は、途切れている時間のほうが長い、か細い呼吸音が
スピーカーからかすかに聞こえてくる程度の状態だった。
「フフフ、レイコ。あなたもそっちの国で、それなりに実績は積んできたそうじゃない。情報は伝わっているわ。
ランブルローズに参戦する女である以上、男のレスラー程度は軽く捻り潰せるくらいでないとお話にならないものね。
でも…ジャパニーズの貧弱チビ男たちを何人倒したと言っても、それは実力を誇るうちには入らないわ。
世界は、広いのよ」
 男2人を吊るし上げながら余裕の言葉をカメラに向かって投げかけるとデキシーは、さらにその両手に力を加えた。
「ぐぇぇ、ぇ……」
「はが、ぁがっ…」
 カクッ。
 男たちは全く同時のタイミングで動きを止め、両手両足をダランとぶら下げた。
少し大きめの玩具で遊ぶかのように、デキシーは男をそれぞれ片手で絞め落としたのだ。
ただの素人男ではない。体の厚み、筋肉の形からして彼らも重量級のプロレスラーであることは間違いなかった。
そして、背後に移っているロープやコーナーポストの高さなどから推測すると…
たった今デキシーに失神させられた男たちは、零子よりも明らかに大柄なレスラーだ!
そんな大きな男たちを、こんなにも足が離れるほど高々と宙に上げているなんて…
このデキシーという女の力、そして巨大さに、零子は息を飲む。
「アメリカンウーマンのパワーは、半端じゃないわよ。レイコ」

 零子は、背筋を冷たくした。
確かに自分も、ランブルローズへの参加資格を得るために、懸命に実績を重ねた。
現在零子の手元には、国内の男子プロレス団体10余りのチャンピオンベルトが集まっている。
シングルもタッグも、総取りだ。
2人がかりの男を1人でぶちのめせるほどでなければ、世界一強い女にはなれない―――。
その結果に不服を持って後で囲んでくるような場合は、仕方なく片っ端から叩きのめした。
観客やマスコミも見ている中で女1人に全員ボコボコとなれば、嫌でも認めざるを得ないはずだから。
その強さが認められ、念願のランブルローズの切符がようやく舞い込んできたのだった。
零子は、ようやくチャンスをものにした。100人にも届く数の、男子プロレスラーたちのプライドを踏み台にして。

 だがその自信も思わず揺らいでしまう、眼前に広がる映像だった。
デキシーが軽くこちらに向かってウインクを送り、絞首刑に処した男2人をゴミ屑のように放り捨てたところで
カメラがもう一段階遠い視点となる。
その瞬間、零子はひときわ息を飲んだ。
投棄された男たちがドシャッと音を立てながらマットに潰れる。
なんとそのマットの上には、彼らと同じように虫の息の男たちが無数に横たわっており
リングの上は捻り潰されてもう身動き一つできない男たちで足の踏み場もない。
足元からかすかに聞こえてくる何種類ものうめき声をBGMとして楽しむかのように、
デキシーは悠然とその長く美しい金髪をかき上げる。

 確かにデキシーの言うとおり、零子が今まで打ち倒してきた男たちは国内のプロレスラーのみだった。
本場アメリカの男子レスラーと比較すればやはり小さくて力も弱い、
180cmある零子より大きかったとしてもほんの数cmほどの差でしかなく、
さらに言ってしまえば零子よりも小さな男の割合のほうが高い状況だった。
そして、格闘の技術はもとより単純な力比べでも、日々ハードなトレーニングを積み重ねて強大化した零子の前では
簡単に屈して投げ飛ばされ、転がされてしまう男たちばかりだったのだ。
世界一の女の称号を得るには、男に手こずる程度では通用しない…
そう思い筋力アップに励んだ零子にしてみれば、当然の結果だった。

 ところが、このビデオの中の映像はどうだ。
零子が下してきた従来の男たちとは比べ物にならない大きさの、
そして1対1での、パワーだけの比較ならきっと零子は負けてしまうであろう巨大な筋肉を身に纏った、
いわば肉ダルマのようなゴツゴツとした男たちが…デキシーの足元に累々と転がっているではないか。
この、ゴリラや熊と形容しても差し支えない男の集団を…彼女はたった1人で沈めたというのか!

「レイコ、あなたにはこんなこと、できるかしらね」
 デキシーはさながら骸置き場と化しているマットから一人の男を拾い上げる。
かろうじて息はあるようだが、手足や首がダラリとぶら下がっているその様子から見るに
明らかに意識は失われている。
その完全失神した、ブヨブヨした体型の大男をデキシーは両手で高々と頭上に差し上げてしまった。
本来人間は、持ち上げられる際には自らバランスをとろうとする本能が働くため
体重そのままの重さが持ち上げる側の人間に伝わることはないとされているが、
眠った、または死んだ状態の人間には当然それは作用しないため
通常状態とは比べ物にならないほどの重量でのしかかってくると言われている。
それを…デキシーは平然とリフトアップ、モニターの前の零子に向かってスマイルを送ってくるではないか。
その身長と体型からしておそらく150kgは下らない巨漢の男を、この長身美女が…

「どうかしら、レイコ。この私に、正面から力でぶつかってくる自信は、おあり?」
 もしこの質問を、実際に顔をあわせている状態で、目の前でデキシーにされたとしたら、
零子はきっと即答などできないに違いない。
『アメリカの恋人』と称される女神の如き美貌と引き締められた抜群のプロポーション、この場の男たちを凌駕する長身、
そしてそれらと両立しながら猛々しく盛り上がる筋肉から搾り出される圧倒的なパワー。
「大会まで、あと少しね。
その日までせいぜい、私と少しでもいい試合ができるように作戦でも練っておくことね」
 対決のその日までを楽しんでいるような声でそう言うと、
デキシーは頭上高くの男をマネキンでも投げ捨てるかのように軽々とブン投げた。
 ズゴオオオオッッ!!
 高速で一直線に空を飛んだアンコ型の大男は、けたたましい衝撃音を伴いコーナーポストに顔面から正面衝突すると
コーナーに真っ赤なスタンプを残してぐしゃりとマットに崩れ落ちた。
その悲惨な姿をつい自らの未来の姿に重ねてしまった零子は、ぞくりと鳥肌を立てた。
あんな重い男で、あれほど容易に飛行機みたいに飛ばされてしまうなんて…ならあの男より何十kgも軽い自分なら…
そこまで考えて、零子は首を何度も横に振り必死にその恐ろしい幻想を頭から消し去ろうとした。

「こんなことをしたら、あなたは耐えられる?レイコ」
 どうにか蘇生し、デキシーに見つからないうちにと息を殺してリングから這いつくばって逃げようとした1人の男を
デキシーは目ざとく発見し、真上から頭を鷲掴みにしてカメラの前に突き出し、問いかけてきた。
「ギャァァ…ギャォォォ……」
 男は零子の見ているモニターに顔をアップにさせたまま、顔面を汗びっしょりにして獣のような喘ぎを聞かせてくる。
この首の伸びきった様子から、この男も宙吊りにされていることは容易に想像できた。
彼の頭部に、時間が経過するたびに強く深くデキシーの5本の指が食い込んでいくことがわかる。
凶悪なまでに強烈な、ブレーンクローツリーだ。
男の錯乱寸前の悲鳴とともに、ミシミシ、ペキッという音をマイクが拾っている。
男の口からではなく、頭蓋骨からほとばしる悲痛な叫びだった。
巨大な手と猛烈な握力で頭蓋骨を握りつぶされんとするばかりでなく、頭だけを持たれて吊るし上げられることによる
自重で首が引っこ抜かれそうになる激痛と恐怖。
ビデオを見ている零子に、いつしか彼は無様な泣き顔を晒すに至っていた。

 大脳を貫通するような苦痛に泣き叫びながら、男の顔は次第に上昇していく。
デキシーがさらに高く高く持ち上げたからだ。それを追って、カメラも彼の惨めな表情を見上げる。
「あなたもこんなことをしてあげたら、こんな泣き声をするのかしら?レイコ」
 大アップになった男の泣き顔の後方から、デキシーの声だけが聞こえてくる。
「あなたはランブルローズに参加できるほどの女だから、
まさかこんなへなちょこ男たちなんかと一緒なんてことはないと思うけど…
でもどれだけ我慢できるのかしら。言っておくけど、こんなものが私の100%の実力だなんて思わないでね」
 少しデキシーは男の位置を下げ、自分の顔の位置とほぼ同じ高さまで持って来た。
それでも男の両足は、まだマットには達しない。
大粒の涙をボロボロと落とす男の後ろで、デキシーの麗しい笑顔がフレームインする。
「ランブルローズ本戦が、楽しみね。
私、いつまでもこんな貧弱男たち相手じゃ退屈しちゃうもの。
期待を裏切らないようにお願いね、レイコ。
それじゃ。Bye!」
 ベギャア!!メキゴキッッ……
「ウギャ―――――――――――――――――――――――!!」
 別れの挨拶とともにデキシーがまたひとつウインクを送ってきたと同時に、
猛禽類の爪のように鋭く男の頭に食い込んでいた彼女の指がさらに深く入り込んだ瞬間、
零子の耳から一生離れることのないと思われる嫌な音と男の大絶叫が、スピーカーの音割れを伴って走り抜けた。
直後に男の瞳はギョロリと裏返って完全に白目を剥き、涙も鼻水も涎も一斉に大解放されて
デキシーの大きな手の下でピクピク痙攣している男が再び大写しにされたところで、
デキシーからの挑戦状のビデオレターは終了した。


おわり





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