■21世紀の男女関係(青春編)

第1話 体力テストでの出来事

 夏の気配が漂う5月末。今日は剛の中学校の校内一斉体力テストの日である。
3年に進級しても、剛は毎年訪れるこの日があまり好きでない。
というのも、剛はテニス部主将のくせに、あまり握力が強くない。それを部員や女子にあまり知られたくないからだった。
剛はちょうどその握力測定の列に並んで順番を待っていた。剛の順番がやってきた。
 剛は記録カードを提出し、握力計を渡されると、ギュッと握った。右40kg、左38kgという数値だった。
それでも左右とも、去年より2kgぐらいは強くなって、右はようやく40kg台になったので、剛はホッとしていた。
剛が記録カードに握力を記入してもらい、すぐ横の背筋力測定の順番に並ぼうと振りかえると、
剛のすぐ後ろに並んでいたのは、かなり美人の女子だった。こんな可愛いコがうちの学校にいたっけ?
「はい、じゃあ次の人」
 当番の生徒が言うと、その女子が記録カードを渡していた。
すると、カードを見ていた当番の3年生の男子が
「あれっ? 1年の女子はもう終わったんじゃないの? 今は3年の割り当て時間だぞ」
と注意している。
「すみません。今日は、あの…遅れてきたんです。お願いします」
「ダメだなあ、キミ。今回は大目にみるけど」
「あ、すみません…」
後方からそんなやりとりが聞こえてきた。
蚊のなくような小声で謝っているその女子が気になって、剛がもう一度チラリと振り向いて顔を見ると、
それはよく日焼けした、ショートヘアの笑顔が可愛いコだった。
へぇ、1年生なのか。それじゃあ、まだこの中学に入ってきて2か月足らずなんだな、知らないはずだ、と思いつつ、
気づかれないようにしていると、直後、記録の生徒が突然大きな声をあげた。
「おい、ズルしちゃだめだよ」
「私、ズルなんかしてないです!」
 今度はその女子が不満そうに大声を上げた。剛はその声に、また思わず後ろを振り向いた。
彼女はさっきチラリと見ただけでは気が付かなかったが、まだ1年生なのに背は169cmの剛と同じぐらいある。
「じゃあ、左手でズルじゃないことを証明します!」
 彼女はこんどは、左手の握力を測ってみせた。すると…
「うわっ、ホントだ。ひ、左で40kgだって! すっげー女。他の女子の倍ぐらいあるよ」
「どう?」
 3年の男子の度肝を抜いて、彼女は余裕で笑っている。
それは、ついさっきまで蚊のなくような声を出していたコと同じ声とは思えないほど自信に満ちた口調だった。
つい数分のうちに、彼女は当番の3年男子生徒を圧倒してしまったのだ。

 それにしても、これでホントに1年生? 
その子は今度は背筋力測定の列に来て、剛の後方に並び、記録カードを当番の生徒に渡していた。
その瞬間にチラリと彼女のカードを盗み見てみた。
当番の生徒の手が邪魔でところどころしか見えないが、名前のところには、確かに1年×組、×××亜沙美と書いてある。
そして、そこに記入された数値を見た瞬間、剛の目はそのカードに釘付けになった。
身長168cm、体重54kg、
立ち幅飛び223cm、ハンドボール投げ27m、立位体前屈22.5cm、反復横跳び55回、握力右44kg、左40kg、背筋力…。
これが自分より2才下の、つい2か月前まで小学生だった女子の力だろうか? 
どれをとっても男子顔負けの記録。いや運動部に所属してない1年の男子なら、彼女の力にはとてもかなわないだろう。
剛はこの瞬間、亜沙美の存在をはっきりと記憶した。

 翌週、月曜日の朝のこと。剛が朝、家の玄関を出ると、
スラリとした制服姿の、ショートヘアのちょっとボーイッシュでかわいい女のコが、剛の少し前方を歩いていた。
剛はシルエットからすぐに、それが先週の体力テストでものすごい記録を出していた1年生だと確信した。
「へえ、同じ通学路なんだ。それにしても、あんなにかわいいのに今まで一度も気付かなかったなあ」。
そんなことを考えながら、しばらくはゆっくりと後をつけるようにして歩いた。学校が次第に近づいてくる。
その前にもう一度、顔を見ておきたいと思った。そこで歩く速度を速め、さりげなく彼女を追い抜いた。
そして、少し離れてから気づかれぬようにサッと後ろを振り向いたつもりだった。だが彼女としっかり目があってしまった。
彼女は男子がずっと後をついて来ていたことなど、とっくにお見通し、と言わんばかりにクスクスと笑っている。
彼女は、芸能人に例えれば内田有紀によく似た美人で、体力テストの時に感じさせたパワフルさなど微塵も感じさせない爽やかな雰囲気だった。
剛は思わず真正面から見とれてしまう。すると亜沙美は一瞬、キョトンとして「あ、昨日の三年生の…」と気がついたが、
照れるように「遅れるから、すみません」と剛の前を逃げるように走り去っていく。その瞬間、剛はアッと息を飲んだ。
彼女の走るフォームのなんというカッコよさ。そして……スカートの裾から垣間見えた褐色の太腿にチラッと逞しい筋肉が浮かび上がったように見えたのだ!
 だが、その日の剛には、さらなるサプライズが待っていた……。

(第2話へつづく)





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