■21世紀の男女関係(青春編)

第8話 模擬テストの一日(前編) 

 それから一週間ほど……剛たちの中学では一見、何も変わらない日常が過ぎて行くように見えた。
だが、あの日の陸上部での出来事は、生徒たちの深層心理に大きな影響を与えていた…。

 その前に、3年C組の体育のバレーで女子の転校生が男子を圧倒する活躍をしたこと。
それはあくまでクラスメートだけが、その目撃者だった。
「3Cにすごい女子が転校してきたらしい」という噂は全校中に広まったが、
多くの生徒たちにとって、それは噂の域を出なかった。
ところが、先週のグラウンドで繰り広げられた光景は衝撃的だった。
それは、最初は陸上部員だけが注目していたレースだったが、この男女対決にヒートアップしたグラウンドの大歓声は、
レース終盤には学校中の注目を集め、校舎の窓から全校中の生徒が目撃することになった。
ひとりの、背が高いとはいえ、まだ幼な顔の中1の女子がぶっちぎりの早さで男子を圧倒的に負かし、涼しい顔で笑っていた姿、
そしてそれとは対照的に相手の男子がへたり込んでいる姿は、全校中の注視にさらされた。
しかも、あとで飛び交った噂によると、
その女子に破れ去った男子は1年生ながら、中距離走では3年生の部長に次ぐ実力者だったという。
さらに、その1年の女子はその2日後、3年男子の部長にもレースを挑んだが、断られたという噂までたった…。
その噂を聞いた女子生徒たちは口々にこう言った。
「きっと3年の部長が1年の女子に負けたら格好がつかないから逃げたのよ(笑)」

 こうした噂は、全ての女子にひそかな勇気と優越感を与え、逆に全ての男子には、言葉にできない屈辱の影を落とす結果となった。
少しずつだが、この中学の男女の意識のなかで、小さな変革が起ころうとしていた……。

 その週末の放課後、剛は家路を急いでいた。
明日の土曜日は、港区にある某私立大学まで高校受験の模擬テストを受けに行かねばならない。
剛は、まだ予習不足で焦っていた。
「剛く〜ん!」
 後方遠くからいちだんと元気な真由美の声がする。だが剛は無視して歩き続けた。
 転校してきてから、たった二週間で真由美はクラス一の人気者になっていた。
その人気は女子だけでなく、バレーで屈辱的な目にあわされたはずの男子にも拡がっていた。
というのも、真由美は、学級委員の高坂玲子のように男子に対して高圧的な態度に出ることがまったくなかった。
バレーで男子に勝ったときも、「男子なんて、ただ威張ってるだけじゃない!」と冷たく言い放った玲子を
「男子が油断しただけよ。次にやったらわからないわ」とたしなめていたほど。
そんなわけで誰に対しても明るく優しい真由美は、同じ班で、帰り道がまったく同じ剛には特に気軽に話しかけてくる。
 だが剛のほうは、あまり並んで帰りたくなかった。
スタイル抜群で、今や“スポーツ万能の美人転校生”として全校生徒の注目を浴びる真由美と並んで帰ると、
どうしても目立ってしまうからだ。
それに真由美を避けるもうひとつの理由があった……
あの夜、家に遊びに来たTシャツとデニムのミニスカート姿の真由美に股間を熱くしてからというもの、
剛は真由美の眩しい魅力に早くも圧倒されはじめていたのだ…。
 真由美はあっと言う間に追いついて、
「もぉ〜、返事くらいしなさいよね」
と、剛の背中を勢いよく通学カバンで叩いた。
「何だよ」
剛がテレ隠しにぶっきらぼうに答えてみせると、そのテレを見透かしたように真由美が言った。
「ねえ、明日の土曜日、デートしよっか?」
「………」
剛が答えにつまっていると、
「アハハ、ひょっとして剛くん、私のこと意識してるの?」
と真由美は笑う。
「残念でした! デートなんて冗談。
ほんとはね、明日の模擬テスト、私、こっちにきて初めて受けるから会場の平成大学まで一緒に連れてってほしいと思って…。
道もよく分かんないし」
「えーっ、女と一緒に行くのかよ」
「それとも私と一緒じゃ、恥ずかしい?」
と真由美は剛の顔を覗き込む。
「そ、そんなことないけどさ…」
ほんとは恥ずかしいが、真由美に弱みを見せたくはない。
「じゃ、決まり! 朝8時に駅の改札で待ち合わせね」
剛は渋々、OKした。


 翌朝、剛は朝8時ちょうどに近所の駅の改札に着いた。
けれど、あたりを見回しても真由美らしき姿はない。
仕方ない、5分ぐらい待ってやるかと改札の前にあったベンチに腰掛けた直後だった。
コツコツという靴音が近づき、うつむいた剛の視界のすみに、カッコいいショートブーツ姿の長い脚が現れた。
つま先の尖ったシャープなシルエットのブーツが似合う、日焼けしてキュッと締まった脚が、剛の前で止まった。
大人の女性の魅力に剛はちょっとドキドキする。
「いったいどこ見てるの。私が分からないの?」 
 そのカッコいい姿に、剛はてっきり年上の女の脚だと思っていたが、見上げると、声の主は真由美だった。
なんだか大人っぽい格好だ。
 剛は慌てて立ち上がる。が、瞬間、違和感を感じた。
ブーツのハイヒールのせいで、今日の真由美はひときわ大きく感じられるのだ。
「あれ? 何だか調子狂っちゃうなぁ。今日の剛くん、まるで弟みたい」
 これからテストを受けにいくというのに、真由美は緊張感もなく、あっけらかんとしていた。
逆に私服の真由美がみせた挑発的な変身に、剛の頭のなかはぐちゃぐちゃに混乱していた。
そんな剛の動揺を知ってか知らずか、真由美はリードするように言った。
「でも私のこと待ってくれようとしたみたいね。女のコに優しいのは感心、感心! さあ行きましょ」

 電車に乗ってからも、剛は美人の同級生の底知れぬ魅力を思い知らされた。
それに気づかされたのは周囲の視線だった。剛は電車内で今日ほどまわりの視線を感じたことはない。それも大人の視線を……。
 まだ中3なのに172cmもある真由美は、今日はブーツのせいで180cm弱にまでなって大人の男性をも見下ろしていた。
しかも、レザーのタイトなミニスカートからスラリと伸びた、ほどよく陽に焼けた魅力的なナマ脚を見せつけて……。
そのうえ、スポーツでしっかり引き締まった上向きに持ち上がったヒップが、長い脚を、より挑発的に際立たせていた。
上半身はラフなTシャツにGジャンだったが、学校での真由美とは見違えるほど大人びて見える。
「ねえ、剛くん」
「何?」
「このブーツ、似合ってる?」
「どうでもいいけど、模擬テストの日にその格好はまずいんじゃねーの?」
「なんで?」
「派手だし」
「そうかなあ。でもね、これ、昨日アメリカから母が誕生日のプレゼントにって贈ってくれたブーツなの。
だから昨日の夜、スカートも似合いそうなのを一生懸命選んだのよ。剛くんに最初に見せたくて……」
「ふーん」
 剛は気持ちを鎮めるようにワザと素っ気なく答えた。
「剛くんに最初に見せたくて」と言われて、正直、かなり動揺していたのだ。
「私って足が大きいからブーツも大人ものでOKなのよ、いいでしょ」
 だが真由美はそんな剛の気持ちも知らず、屈託がない。剛はあきれて空いた口がふさがらなかった。
普通は、模擬テストの前日は最後の復習をして早く寝るものだ。それをスカートを選んでいたなんて…。
アメリカから帰ってきたばかりで日本の受験事情をよく知らないのだろうが、
高校受験といえども東京の受験戦争を甘くみると大変なことになるぞ、と言ってやりたかった。
だがその気持ちを、また真由美の言葉がさえぎった。
「ね、どうなのよ? 似合う?」
そう急かされて、改めて真由美の下半身を見る。
「う、うん」
剛はつれない返事をしたが、内心は違った。攻撃性すら感じさせる爪先のとがった鋭角的なシルエットのブーツが、
スポーツウーマンの真由美のイメージにぴったりだった。
気づかぬうちに剛はまた股間を熱くしはじめていた。真由美に気づかれないようにしなくては……。
「そうそう、来月、母が日本に一時帰国するって手紙にあったの。
ひと月遅れで私の家でバースデーパーティやるから剛くんも絶対来てね」

 剛にとって、その日の模擬テストはあっという間に終わったように感じた。
というのは、もはや模擬テストそのものよりも、真由美の存在感のほうが大きい一日となったのだ。
 試験会場で合流した拓哉らのクラスメートたちも、そして他校の男子生徒もみな、
真由美の挑発的なスタイルには明らかに動揺していた。
しかもテストの時、真由美はその長い脚を持て余すように机の横に無防備に投げ出すのだからたまらない。
試験官を務める教官や、監視役のバイトらしき大学生も、つとめて平静を装ってはいたが、明らかに目のやり場に困っていた。
対照的に女子たちはテストに集中しているように見えた。
これでは男子の平均点が下がってしまうのでは……と剛は思った。

(第8話 完)





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