■21世紀の男女関係(青春編)

第9話 模擬テストの一日(後編)

 模擬テストが午後2時頃に終わると、剛は拓哉たちに誘われたが、用事があるからといって別れた。
そのあとJRで渋谷に出て、駅前の本屋に寄って立ち読みをしていた。
「待った?」
 と言って、そこに現れたのは真由美だった。
「美紀ちゃんたちの誘い断るの、時間かかっちゃった」

 その日の朝、テスト会場に着く直前に真由美は言った。
「剛くん今日、テストの後はもう予定がないでしょ。せっかくだし、渋谷にでも出て遊ばない?」
「え? 約束のデート?」
「バカね、デートじゃないわよ。だけどちゃんと付き合ってくれたし、デートってことにしてあげてもいいわよ」
 そう決めて、試験後はお互いにクラスメートを振り切ってきたのだった。

 剛は少し舞い上がっていた。今日の真由美はバレーボールで男子たちをキリキリ舞いさせた時とは別人のように可愛かった。
真由美は映画を見に行こうといった。ふたりでコンビニで「ぴあ」を見て、映画を決めることにした。
 剛はデート気分で一緒に見るならアニメかファンタジーものがいいと思い、そういう映画を探したが、
なかなか時間が合わなかった。剛が迷っていると、真由美は「これにしよ!」と、さっさと自分で映画を決めてしまった。
 真由美が見たいといったのは、「チャーリーズエンジェル フルスロットル」という映画。
「前の『チャーリーズエンジェル』はアメリカで見に行ったの。こういう女の子が大活躍する映画って大好き!
キャメロン・ディアスってカワイくて、スタイルもいいし、憧れちゃうな〜」
 たまにビデオ屋さんに行っても、ほとんどアニメを借りてしまう剛は、こういう映画はあまり見たことがなかった。

 映画館に入る前に剛は売店でホットドッグとコーラを買った。
すぐ後ろに並んだ真由美はなんとホットドッグ2本とミネラルウォーターを買っていた。
「こんなに食べれる?」
と剛が言うと、真由美は不服そうに「剛くんって男のくせに少食!」と皮肉を言う。
「いつも給食だと、すぐにお腹ペコペコになっちゃうのよ。うちは妹も私もすごく食べる方なの。
いつもお父さんの倍は食べるわよ」

 映画はなかなかすごい内容だった。冒頭から三人の女性エージェントが超人的な活躍をする。
映画のなかのこととはいえ、その強さは圧倒的だった。
 なかでも剛がすごいなと思ったのは、エンジェル三人が倉庫に連れ込まれて何十人もの男達に囲まれるシーンだ。
エンジェルたちは最初のうちは一方的にやられてばかりいたのだが、目的の指輪を取りかえすと、
「これまでは弱いふりをしていたのよ」と言わんばかりに大逆襲。長い脚から繰り出すキック技で次々と男達を倒していく。
 見ているうちに剛には、長身でいちばん迫力のあるキャメロン・ディアスの筋肉質のカッコイイ脚が、
バレーで華麗にジャンプを決めていた真由美の脚とダブって見えてきた。
 真由美の脚もこんな感じにキュッと引き締まっていたのだ。そう思いながら見ていると、妙に興奮して、
剛の身体はピクンと反応し、また股間のモノがふくらんできた。
「(ああ、どうしてなんだろう? こんなところを見られたらヤバイ!)」
と横にいる真由美のようすを伺うと、彼女は長い脚を前方に投げ出すように組んで映画に熱中している。
その真由美の脚も改めてチラ見すると、タイトスカートから伸びた腿のあたりが目を奪うほど逞しく、
脚を組んでも、少しもひしゃげていないことに剛は驚かされた。
 剛はますます大きくなってきた股間を手で隠した。真由美がその一部始終にしっかり気づいているとも知らずに……。

 二人が映画館を出ると、もう日が暮れていた。
帰りの電車は、ちょうど競馬やJリーグの試合の終了時刻と重なってしまい、通勤電車並みの混雑になってしまった。
二人で比較的空いている車両を探したが、それでもほとんど隙間のないような状態。
そんな混雑のなかに入ると、169cmの剛は大人達のなかに埋もれてしまいそうだ。
けれども真由美が顔ひとつ分、上に抜け出していたので、剛は見失わないでいることが出来た。
こういうなかにいると、170cm弱と180cm弱のたった10cmの差も大きいなと実感させられる。
 真由美は離れないようにと剛の手の先のほうを軽く握ってきた。
びっくりして、やや上にある真由美の顔を見ると、真由美はただ微笑んで剛を見おろしている。
ちょっぴり照れた剛は今度は握られた手のほうを見た。下を見た瞬間に、またもや剛は絶句した。
真由美の腰の大きさと高さに…。だが、その動揺を悟られないようにしないといけない。
剛はつとめて、外を流れる景色に目をやっていた。
 だが3つ目の駅を過ぎたあたりで、ある異変があった。真由美が握った手の力をやや強めて、剛にサインを送ってきたのだ。
真由美の顔を見ると、いまにも泣き出しそうな顔で見返してきた。
剛が「何?」と言うと、真由美は黙って自分の耳を指さした。剛は近づいて耳を貸す。
だが、真由美が「もっと近くに」という手つきをしたので、剛はこれ以上ないほど真由美に顔を近づけた。
 すると真由美は蚊のなくような声でいう。
「うしろの人、さっきから、ときどき私のお尻にタッチしてくるの。助けて!」
 お前がこんな格好してくるから悪いんだ!と剛は一瞬思ったが、真由美の見せた弱々しい姿は、剛の男のプライドを刺激した。
こういうときに男らしさを見せなければ。
だが、スーツ姿で真面目そうなその中年の男は、痩せているが背はかなり高い。困った。
助けてって言ったって、あんな大きな大人相手にどうしたらいいのか?
剛は焦りのあまり、「この人、痴漢です!」と大声で叫んでいた。
だが相手は素知らぬ振りして「いたずらもいい加減にしなさい!」と反撃する。
車内は圧倒的に、見た目の真面目そうなスーツ男を支持しているように見えた。
「バカ!」と小声で言う真由美。剛の正義感は裏目に出てしまった。
車内中の大人たちの非難に近い視線を浴び、剛はじっとうつむいて肩を震わせ、屈辱をこらえている。
「大丈夫?」
逆に真由美が尋ねると、剛の目は涙で真っ赤になっていた。

 やがて電車が次の駅に止まると、例のスーツ男は何食わぬ顔で降りていく。
 そのときだ。意を決して真由美が走り出した。猛然と男を追いかけ、うしろから右腕を掴むと、グッと一気にねじ上げた。
スーツ男は予想外のことに抵抗する間もなく慌てふためいている。剛は一瞬何が起こったのかわからなかった。
気がつくと、ホーム上で真由美にねじ上げられた男は、「痛テテテテ…」と悲鳴をあげながらその場に弱々しくへたり込み、
「ごめんなさい。本当にすみませんでした」と中学生の真由美に懇願した。
 真由美はそれだけ聞くと、気が済んだかのようにサッと電車に戻ってきた。その間は、30秒もなかった。
電車のドアは閉まり、ホームにまだ痛そうに膝をついているスーツ男を残して発車した。
「私ね、泣き寝入りは嫌なの」
と真由美は剛に言った。
「剛くん、泣き寝入りしようとしたでしょ。それは絶対だめだよ」
そういって剛を見る表情には毅然とした強さがあふれている。だが、すぐに優しい表情に戻って、
「さっきは困らせちゃってごめんね。でもこれで気がすんだでしょ(笑)」
と言った。

 さっきまで剛に非難の視線を浴びせていた周りの乗客も、スーツ男が大声で謝ったのを聞いて事の成り行きを理解したようだ。
かといって、剛に詫びることこそしないが、とにかく無視を決め込んだ。まったく、いい気なものだ。
 それにしても……と剛は思った。あの大きな男を一瞬のうちに屈服させた真由美の腕力はどれほど凄いのだろう。
「おまえ、何だよあのバカ力は!」
 剛がちょっと怯えたように聞くと、
「たいしたことないわ。ちょっと合気道のワザを使っただけなの。私、力はそれほど強くないもん」
「えっ、おまえ、合気道なんて出来んの?」
「まあね、ちょっとだけ」
 真由美はそういってあっけらかんと笑っている。
「私も亜沙美も、小学六年生の時に最初の痴漢にあったの。
それを家で話したら、母の選手時代の知り合いの整体の先生が護身術代りに合気道を教えてくれるようになって…」
「おっかねえなあ」
「フフフ、でも、このことはクラスのみんなには内緒。バレたら、また強い女とか、男子にいろいろ言われそうだし……
玲子たちも私を盾にして、すぐ男子たちに威張るもの」
「それでもいいから、バラしちゃおうかな」
「やめてよね。もしバラしたら……そうね、罰として」
「罰として……なんだよ」
「みんなの前で投げ飛ばすけど(笑)」
「ありえないよ」
「フフフ……どうかな? 試しにバラしてみたらいいじゃない」
「オレを投げ飛ばせるっていうの?」
「さあね〜、秘密にしとくわ」
 真由美に余裕でそう答えられて、剛は次の言葉が出てこなくなった。

 そのあと、いくつかの駅を過ぎると、ようやく電車内がすいてきて、剛たちも座席に座ることができた。
しばらくすると真由美は疲れたのか、ウトウトとし始め、とうとう剛の肩にもたれて眠りこんでしまった。
真由美が、いまは剛の横で長身を折り曲げるようにして小さな寝息をたてている。
その肩ごしに、ほのかに女らしいコロンの香りが立ちのぼってきて剛を包みこんだ。
 剛は今日の一日のあれこれを思い出していた。
 しかし思い出されるのは真由美の屈託のない明るい笑顔ばかりだった。
朝、剛をドギマギさせた時も、見事なスタイルで大人の男性たちの視線を奪ってしまった時も、
痴漢をアッという間にねじ伏せてしまった時も……真由美はいつものように笑って平然としていた。
そう、剛がすごいと思っても、真由美にとってはごく普通の、何ということのない行動なのだろう。
剛は、いま横で寝ているかわいい美人の同級生の実力を思い知らされる気がした。
それほどたやすく、真由美は剛を翻弄し、驚かせ、あらゆることで圧倒してしまうのだ。
 剛は、これからいたるところで真由美の凄さを見せつけられる、
そんな予感がするとともに、ますますこの美人の同級生の虜になっていった。
(第9話、完)





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