■21世紀の男女関係(青春編)

第11話 おいつめられた男子たち

 慌てたのは、学級委員長をしている和雄だ。
和雄は小学校のときから町内ではダントツの秀才で、男子女子に限らず、まんべんなく票を集めて委員長になった人気者だった。
ところが、その人気すら、いまや亜沙美におびやかされつつあった。
 松嶋菜々子に似ていることから、クラスでは“奈々子先生”と名前で呼ばれて親しまれている
若い担任の松本奈々子先生はそれを聞くと、こう言った。
「クラスのために積極的な発言が出るのは先生も嬉しいわね。みんなは弘美さんの意見をどう思うかしら?」
こんどは女子の迫力に押されて、数人の男子からも拍手が起こった。
「でもね、学級委員は生徒会と同じ4月、10月に選挙をする決まりなのよ。これは学校という社会のルールなの」
 それを聞いて、すかさず今度はかをりが提案した。
「だったら、班長選挙をやり直したらどうでしょうか! 
班長ならクラスのなかで決めていることで生徒会と直接関係ないし、選挙もできると思います!」
 だが、その提案のあまりの早さは、最初から準備されたもののようだった。
弘美たちは最初から班長選挙に持ち込むつもりで委員選挙をダシに使ったのだと、奈々子先生はすぐに見抜いていた。
「ウフフ、かをりさん頭がいいわね。確かに班長選挙はクラスのなかのことだから可能ね」
 奈々子は笑っていた。
「けれど……先生は賛成しかねるわ。確かに亜沙美さんは活発だし、班長にふさわしいかもしれないわね。
でも、今の4班班長の武史くんだって、みんながふさわしいと思って選んだんでしょ? 
選挙と言うのは、選ばれた人だけに責任があるんじゃないの。選んだ弘美さんたちにも責任があるのよ。
そして、委員や班長の任期というのは、お互いがその責任をちゃんと果たす期間なの。
すぐに新しい人を選んだら、その責任はどこにいってしまうのかしら? 
だから、もし班の中で問題があるのなら、あなたたちで話し合って解決しなさい。わかるわね」
 奈々子先生の説得は完璧だった。もともと奈々子も、174cmの長身美人で、スポーツは万能、
しかも有名エリート私立大学の出身と、生徒たちが憧れる魅力をじゅうぶんすぎるほど兼ね備えていた。
 奈々子の鮮やかな舵取りで、ホームルームは何ごともなかったかのように終了した。

 だが治まりの悪いのは、武史だ。自分を班長から降ろそうとした弘美たちと、仲良く掃除する気になれるはずがない。
 その日の放課後、終業のチャイムがなると、武史は浩一になにかを言い残し、トイレに行くふりをして、そそくさと教室を出た。だが残された机にカバンがないことに気がついた弘美が、浩一に問いつめた。
「浩一、まさか武史は帰ったんじゃないでしょうね?」
浩一が黙っていると、弘美は軽く、その胸ぐらをつかんで脅した。浩一にとっては5cm身長の高い弘美だってじゅうぶんに恐い。
「え、ええと……今日はオレが掃除サボる番だって言って…」
浩一は弘美の迫力のまえにあっさり吐いてしまう。
それを聞いた弘美が怒りにまかせて教室を飛び出そうとするのを、亜沙美が制止した。
「弘美、ここは私にまかせて…」
「そうね、亜沙美なら、もし武史が逃げても捕まえられるし…」
 猛然とダッシュした亜沙美は、廊下の先に、帰ろうとしている武史を見つけた。
それに気がついて逃げようとした武史だが、亜沙美の脚力には歯が立たない。軽々と追い詰められてしまった。
それは理科室の前だった。

 亜沙美はつとめて優しく説得した。
「怒っちゃだめだよ、武史くん。弘美たちには私が言ってきかせるから……」
そして武史の腕をとり、懇願するように続けた。
「ムシャクシャするのは解るけど、班長がこんな態度じゃ、みんなついてこなくなっちゃうよ」
そんなことは武史だって頭ではよく解っている。だが亜沙美に敗北感を味わされたその瞬間から、
説明出来ないモヤモヤした気持ちが武史を支配していた。
亜沙美に思いやりのある言葉をかけられればかけられるほど、自分が哀れに思え、怒りが込み上げてくる。
「都合のいいときだけ、班長、班長って言うな!」
 そう言って振り払った手が、偶然、亜沙美の頬をピシャッと叩いてしまった。
亜沙美は信じられないといった顔だ。一瞬にして亜沙美本来の勝ち気な性格が復活した。
「やったわね!」
 亜沙美が力を込めて突き返すと、武史は理科室のドアに勢いよく激突させられた。
武史が軽くショックを受けている間に、亜沙美は「ちょっと、こっちに来なさいよ」と武史の腕をつかむと、
有無をいわせぬ力で理科室の中に押し込める。
武史は逃げようとしたが、自分より背が高く、肩幅の広い亜沙美が壁のように立ちはだかると、もう逃げられなかった。
武史が理科室に押し込まれるのとほぼ同時に、班の他のメンバーも理科室に駆け込んできた。
「さあ、言いたいことがあったら、ここで言いなさい!」
亜沙美は強く言い放った。
 だが、今の武史に説明できる言葉などあるはずもない。武史はただ悔しさにかられ、また亜沙美に突っかかっていった。
「やだ、ちょっとやめて!」
 亜沙美はスルリと武史を躱した。だが、武史は我慢ならないといった様子で再び殴りかからんとする勢いだ。
弘美たちを追いかけて、続々と理科室に入ってきたクラスのみんなもなかなか止めに入れないでいる。
武史がまた亜沙美に手を出す。
「キャーッ」
 しかし亜沙美は再びその手をよけると、もう逃げるのをやめて、じっと武史の動きを注視した。
「いいわ、やれるものならやってみなさいよ(笑)」
そして、三たび亜沙美をひっぱたこうと伸びてきた武史の右手首を、するどい反射神経で軽く躱すと、
すかさず捕らえて、力を込めていく。
「うっ!」
 武史は思わず息を飲んだ。
亜沙美は武史より不利な体勢にいたが、力を見せつけると、みるみるうちに武史の腕をねじあげ、逆に自分の体勢を立て直した。
その力には、見ていたクラスのみんなも呆気にとられるしかなかった。
「どうしたの? 男は強いんじゃなかった? ぜんぜん手応えないけど(笑)」
 そう言われ、武史は渾身の力をこめて全身でタックルしたが、亜沙美の力強い下半身はビクともしない。
そんな武史の抵抗をあざ笑うように亜沙美はどんどん力を強めていき、
ついには馬乗りになるように武史の身体を床に押さえつけてしまった。
「痛てっ、このやろ、離せ!」
だが武史がジタバタもがけばもがくほど、見ている男子たちには亜沙美の圧倒的な強さが印象づけられた。
「何よ、あなたが掃除をさぼったのが悪いんだから、まずあやまること。そうしたら離してあげてもいいわよ」
「……」
「早くあやまらないと、もっと力をいれるけど。いいの?」
「ごめん……」
「声が小さいわよ。さあ」
「ごめんなさい」
「もっと、みんなに聞こえるようにあやまるの!」
「ご、ごめんなさいっ!!」
ついに武史は観念した。
亜沙美は武史を放してやったが、武史はその場から動けなかった。
 だが今度は女子たちから、いつものような歓声は上がらなかった。
 背中から押さえ付けられ、理科室の床に這いつくばっていた武史がゆっくりと顔を上げると、
目の前には亜沙美の鋭く引き締まった2本の脚が立ちはだかっている。
今は亜沙美もやや興奮しているのか、その紺色のハイソックスに包まれた部分が、秘めた筋力を誇示するように隆起していた。
さらにその脚の向こうには、目の前の状況に恐れおののく男子たちの蒼白な顔と、
取り囲むような女子たちの薄笑いの視線があった。
 女子たちはもはや、亜沙美の示した力にただ喜ぶばかりではなく、
男子たちの精神的なもろさをも目のあたりにして、確かな自信を得ているようだ。

 そこにクラスの騒ぎを聞きつけた奈々子先生がかけつけてきた。
奈々子は、亜沙美と武史の間に割って入ると、クラスのみんなに一部始終の説明を聞き、呆れたように言った。
「あらあら松永さん、またやってくれたわね(笑)。
でも、ものごとを力で解決してどうなるの? 力づくで弱い者を制しようとするのは戦争と同じよ。感心できないわ」
 亜沙美はそう言われて少し落ち着きを取り戻した。こんなことをするつもりはなかったのに……
けれど、いつも武史は亜沙美をイライラさせる存在なのだ。どうしてなのだろう?
「はい、すみません。先生」
 亜沙美は謝った。
「分かればいいのよ。さあ、武史くんも、男ならもう立ちなさい」
 武史は黙って立ち上がったが、ショックですぐに言葉が返せない。
「でも今回のことは、あなたが先に松永さんに手を出したんだから仕方ないわね。
罰として、来週月曜日の朝の体育館のモップがけ、あなたがやりなさい。いいわね」
 そう言い残して、奈々子先生は立ち去った。

 ……それが、この木曜日と金曜日、二日間の亜沙美との一部始終だった。

 メジャーリーグ中継に熱中している肥満気味の父親を見ながら、
武史はいつもごろごろしているオヤジって情けないな〜と思う。
だが、おととい、昨日の亜沙美との一件を思い返しながら、オレだって同じだ、と下を向いた。
 こんなことは口が裂けても兄には話せなかった。
武史はふと、兄の剛を「羨ましいな」と思った。兄は3年C組の委員長で、明るい性格で校内でも人気者だ。
最初のうちこそ、亜沙美の姉の真由美には「バレーでさんざんにやられた!」と悔しがっていたが、
その後、二人はよく一緒に見かけるし、つきあっているのでは?と学校でも噂がたっているほどだ。
真由美さんは優しくて女らしいのだろう、と武史は思った。
 それに比べて………あの妹はなんていう女なんだ! 亜沙美は武史にとってまさに天敵だった。
まったく同じ姉妹だというのに、亜沙美には女の優しさというものがカケラもないのだ。
ここ二週間、屈辱の日々を武史は味わっているが、真由美と仲良くしている兄はこんな屈辱は味わったことがないだろう、
そして、説明したって理解できないだろう、と思った。

 翌日の日曜日の午後。武史が駅前のコンビニでエッチ雑誌の立ち読みをしていると、
ロータリーの向こう側に弘美の姿を見かけた。
武史は「見つかったら嫌だなあ」と隠れるように窓外を見ていると、弘美は一階がパチンコ屋の雑居ビルのなかに入っていった。
そして、そのあとにかをりや亜沙美も現れて、同じビルのなかへ。
中学生がパチンコをやるはずはないし、あんなところに何の用事だろう?と思ったが、理由はわからない。
ともあれ、あんまりクラスの女子たちのことは考えたくなかった。

 月曜日。武史は6時前に家を出た。
 あまりに早い登校に用務員のおじさんが驚いている。
武史はひとりでいつもより早い朝練を済ますと、まだ薄暗い体育館に向かった。
誰もいない体育館の入口に立つと、フロアは果てしなく広く見える。
1時間でこのフロア全体にモップがけするなんて、うんざりするような作業だ。よほど急いでやらなければ。
武史は奈々子先生を恨めしく思った。
そのとき物音がして、入口の向かい側にある掃除用具庫のドアがゆっくりと開かれた。
「おはよう!」
 見ると、モップ2本と洗剤の入ったバケツをぶらさげて亜沙美が立っていた。先に体育館に来て準備していたのだ。
武史は思いがけない出来事に呆気にとられて言葉も出なかった。
「おとといはごめん。私、ちょっとカッとなっちゃって…。あとでお姉ちゃんにひどく怒られちゃった(笑)。
こんなに広いとこ、一人でやれなんて先生も厳しすぎるよね。私も半分手伝うから、二人でやろう」
「だって亜沙美ちゃん、朝練は?」
「部室に手紙残してきたから大丈夫……。それにこれ、じゅうぶん朝練の代わりになるよ」
そう言うと、つかつかと武史に歩み寄り、モップを手渡した。
「右腕、まだ痛い?」
「もう大丈夫」
 実のところ、この前、亜沙美にねじあげられた右腕は内出血までして、まだかなり痛かったのだが、
武史は虚勢をはって、そう答えた。
「そう。よかった!」
 二人は体育館の端と端に分かれると、何かふっきれたように元気良くモップがけを始めたのだった。

(第11話・完)





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