■21世紀の男女関係(青春編)

第13話 奈々子先生との面談

 放課後、亜沙美は武史に約束どおりに写メールを送ったあと、ひとり家路を帰りながら、考え事をしていた。
「(奈々子先生って、不思議な人だな。ひょっとして、ママの知り合いなのかな?)」

 その日の昼休み、亜沙美は奈々子先生に職員室に呼び出された。奈々子先生は、この間から彼女の行動にクギを刺していた。
亜沙美は転校してきてから、特別に悪いことをしたというわけではない。
だが、美人で、しかも全校生徒の前で鮮烈な快走を見せてしまったあとだけに、今はなにかと目立ってしまうのだ。
確かに亜沙美がこのクラスに転入してきてからというもの、クラスの女子の勢いはものすごく、
完全に男子を萎縮させてしまっていた。
そして、この間の掃除当番の一件では、つい亜沙美も熱くなってしまったのだった。
亜沙美だって、あまり男子を力で抑えつけるようなことはしたくないのだが……あのときは私をイライラさせた武史が悪いのだ。

 ともあれ、奈々子は生活指導に厳しい先生という印象があった。
普段は、癒し系の女優のような優しい笑顔が印象的なのだが、ひとたび怒ったときはクールになる。
そんなときの奈々子はすべてを見透かすような恐さを秘めている、と亜沙美は思う。
だから今日も、なんとなく職員室に呼ばれた理由がわかっていた。
奈々子先生は、職員室の奥の個室にたったひとりで待っていた。
亜沙美は奈々子の前の席に勧められるまま腰掛けて、小さくなった。
「松永さん、今朝、武史くんのモップがけを手伝ったんですって!」
「あ、はい……どうもすみませんでした。罰は罰なのに…」
 ほらきた、と思った。奈々子先生が武史に与えた罰を手伝ってしまったことを怒られるに決まっている。だが……
「いいのよ、それで。今のウチのクラスの女子は男子に向かっていくのではなく、
そういう寛容な心をこそ男子に見せて、もっとクラスを引っ張っていかないといけないの。
そうすれば男子だって、そのうち目くじら立てては向かってこなくなるものよ。あなたもちょっと成長したわね」
 意外にも先生は、逆に亜沙美を褒めたのだ。

 亜沙美は急に緊張の糸がほぐれたように語りだした。
「あの〜、実はこの間のことは、姉にもずいぶん怒られたんです。
で、今朝は姉が、早く登校して武史くんを手伝ってあげなさいって…」
「そうだったの、さすが真由美ちゃんね。よく分かってるわ」
 そういう先生の言葉に亜沙美は首をかしげた。
「奈々子先生、お姉ちゃんのことを知ってるんですか?」
 奈々子先生が姉のことを知っているとは意外だった。
転校してきたばかりの亜沙美と真由美は、まだ同学年の先生にすら名前を間違われたりするのに。
1年の担任の奈々子先生がなぜ? だが奈々子先生は、癒し系の優しい顔で何かを思い出すように微笑んでいた。
「まだ小学生のころをね。あのころの真由美ちゃんは、あなたのように、ただ負けん気の強い子だったけど……いろいろあったわね」
「どうして知ってるの?」
「まあ、そのうちに分かるわ。その話は今日はやめましょう。
それより松永さん、武史くんを手伝ってどういう気持ちがしたのかしら?」
「ちょっと、いいことをした気分になりました」
「武史くんの態度はどうだった?」
「武史くんも素直になってくれて、今日は向かってこないし。正直言って私……」
「どうしたの?」
「武史くんのことがカワイイって思ったんです。こんなこと思っちゃいけないのかもしれないけど……
一生懸命モップがけをしてる武史くんを助けてあげたいなって」
「そうなの。そう感じたのね」
「はい」
「それを母性本能っていうのよ。女の子はね、大人になっていく過程でみんなその母性本能を身につけるの」
「母性本能……?」
「そうよ。母性本能を身につけた女の子は、精神的に男子より強くなるのよ。それが大人の女になるということなの」
 亜沙美には、まだよく理解できなかったが……。
「その母性本能かどうかは分からないけど、とにかく助けてあげたいと思って…」
「それでいいと思うわ。とにかく松永さん、あなたのずば抜けた能力はこれからもっともっと伸びると思うけど、
それを男女でいがみ合うなんていう無駄なことに費やさないことよ。いいわね」
 奈々子の言葉には、相手をうなずかせる説得力があった。
「はい!」
「3年生のお姉さんはそこをよく分かっているはずだから、お手本になさい。
あなたには1Bの、いいえ1年生全体のリーダーとして、これからますます活躍してもらわないといけないの。
だから先生はこれからもあなたを、みんなよりちょっと厳しい目で見ていくけど、先生のそういう気持ちはわかってね」
「はい」
 奈々子との短い面談はそこで終わった。

 放課後、亜沙美は歩きながら考えた。
奈々子先生の言う、男子女子、仲良くしようということはもっともだと思う。
でも私は気が強いから、カッとしたら手が出てしまうこともあるし、そんなの自制できるかしら?
 それに亜沙美にはもっと考え込んでしまうことがあった。
「先生はなぜ、お姉ちゃんを知ってるのだろう?」
 そのうちにわかると言っていたけれど、本当にそうなのだろうか?
「それに、1年生のリーダーとしてって言われても……。私、そんなクラスを引っ張るような気はないしなぁ…」
 亜沙美は困ったなぁ、と途方にくれたが、
「とにかく、まあ、男女仲良くするように努力すればいいのよね」
 と、あまり深く考え込まないようにしようと決めた。

(第13話・完)





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