■21世紀の男女関係(青春編)

第14話 真由美の初恋

 その夜自宅で、亜沙美は奈々子先生のことを真由美に尋ねてみた。
しかし、真由美も奈々子先生がなぜ自分の小さいときを知っているのかは、ほとんど記憶にないという。
「それって、いつの話かしら?」
「奈々子先生は、お姉ちゃんが小学生のころって言ってた」
「ふーん、じゃあ私がお母さんとカリフォルニアに行く前だから、どこかで会ってても不思議じゃないわね」
「小学生のころのお姉ちゃんって、どんなだったの?」
「そうね、やっぱり負けず嫌いで、亜沙美以上に生意気だったと思うわ」
「勉強は出来た?」
「まあまあかな」
「好きな男の子とかは?」
「それはいたけど……まだ5年生のときだから最初は片思いだったのよ」
「どんな人?」
「同じ学校の1学年上の6年生で水泳部のキャプテン。すごくカッコ良くて。
私は水泳部じゃなかったけど、その先輩と一緒にいたくて、5年になってから彼と同じスイミング・スクールに通うことにしたの…」
 そこまで聞いて、亜沙美はふと思い出した。この話って、前に一度母から聞いたことがある。
まだ小4の亜沙美が姉と離れて暮らさなければならなくなって一晩中泣いたとき母が、
「お姉ちゃんだって、あなたや友達と別れなければならなかったり、いろいろと辛いのよ」
とこっそり聞かせてくれた話だ。だが亜沙美は何も知らなかったふりをして、姉を質問攻めにした。
「それって、ひょっとして初恋?」
「まあね。最初は憧れてたけど、私は緊張して、その先輩とはなかなか話せなかった。
ようやく話せるようになったのは、4か月後に私がそのスクールで女子の遠泳大会の選手に選ばれてからかな」
「遠泳大会?」
「夏にスクールで伊豆のほうに泊まりがけで行くのよ。そのときに男子女子の選ばれた選手が遠泳大会に出るの。
沖合いの島を回って1キロ半ぐらいのコースを一周してくるんだけど、先輩も私も選手に選ばれて……」
「ふーん」
「それからいろいろと話すようになって、それでつき合うようになれたわけ」
「それで…?」
「それでって、話はそれだけよ」
 それだけって……あらら、ずいぶん説明が簡単じゃない?と亜沙美は思った。
亜沙美が前に母から聞いた話はもっと波乱万丈だったからだ。
 でもまあ、あまり詳しく思い出したくはないのかもしれない。その後、その彼とは離れ離れになってしまったのだから。

 亜沙美が以前、母から聞いた話を思い返すと、そのあと、姉の初恋の話は以下のように続くのだった…。

 その遠泳大会の前に、晴れて真由美と先輩は親しくなれたのだが、そのあと思わぬ悲劇が起こってしまった。
遠泳大会では、指導員たちが監視しながら、女子が先にスタートし、男子があとから追いかけるように同じコースを泳いだのだが、
スクールでの記録会も兼ねているため、先輩に認められたいという思いで一生懸命に泳いだ真由美は結局、
男子女子を通じた1位のタイムをたたき出してしまった。
レース後、タイムを知らされた先輩のショックは計り知れない。
これまで誰にも負けたことがなかったのに、あろうことか1年後輩の、それもスクールに入ってきてまだ日が浅い女子に負けたのだから。
先輩はその悔しさから、話しかけてきた真由美を完全に無視してしまった。
 だが憧れの、それもようやく話せるようになった先輩に拒絶され、逆にショックを受けた真由美は、
そのあと1時間近く合宿所の部屋に閉じこもったきり出てこない。
心配したスクールの先生たちが見に行くと、競泳水着姿のまま、バスタオルを巻いて、肩を震わせて泣きじゃくっていた。

 ところが、そのあと奇跡が起こった。
先生に促され、しぶしぶ真由美の部屋まで謝りにいった先輩は、泣きじゃくる真由美をなぐさめているうち、
だんだんと口調がおかしくなり、しまいにはなんと「お願いだから、僕とつき合ってくれ」と懇願したのだという。
 あとで先輩は、そのときのことを、「水着姿で泣いていた彼女の広い背中を見ているうち、だんだんと真由美の魅力の虜になってしまった」といったのだそうだ。
 母は亜沙美にその話をしてくれたときに、こういった。
「男の子は、ふだん強い女の子がふと見せる弱い部分とかに、すぐコロっとなっちゃうものなのよ。
亜沙美ももっと男の子に優しくなりなさい」と。

 なんと憧れの先輩に逆告白をさせてしまい、結局思いどおりの彼をゲットした真由美は、その後ますます自分に自信をつけて輝きを増し、
スクールでは男子も女子も一目置くダントツのエースとして、記録を伸ばし続けたのだった。
 かつて憧れの対象だった彼も、水泳においては、いまや真由美の敵ではない。
先輩は中学に進学するまえに、真由美を水泳部に勧誘し、キャプテンの座を譲っていった。
それまでは、もともと水泳部のキャプテンは慣例で6年生の男子から選ぶと決まっていたのだが、先輩が
「お前らの誰も、彼女に勝てないんだぞ」と一喝すると、水泳部の男子たちは誰も文句をいえなかったという。
 その先輩は、中学に入ってから自分の能力に限界を感じて水泳を辞めたが、
真由美はずっと先輩のことが好きで、つきあい続けた。

 だが母の仕事の都合と教育方針でアメリカに連れていかれることになった。
先輩と別れなければならないことには3週間も毎日泣いて抵抗したのだそうだが、
その時、まだ小4の亜沙美はぜんぜん気がつかなかった。
だからそのとき、母は亜沙美にいった。悲しいのはお姉ちゃんと別れる亜沙美だけじゃないのよ。
お姉ちゃんだって、いっぱい悲しいことがあるの。そういうことを経験して、強くならなくちゃいけないの、と。

 これが……前に母から聞いた姉の恋バナだった。
 それを、あんなにあっさりと省略して話すなんて、やっぱりお姉ちゃんにとっては仕舞っておきたい思い出なのかな? 
 
 亜沙美はいろいろと思いを巡らせていた……。
 実は亜沙美は今朝モップがけを手伝っているとき、武史に対して、これまでにない気持ちを感じたのだった。
 武史くんはスポーツマンだし、転校初日からカッコいい男子とは思っていたのだが、
 初めて彼の家で話をしたとき「女に負けるなんてありえないよ」と言われて、なんて生意気な奴と思った。
 だから、このあいだの部活では、ちょっと女の実力を思い知らせてやったのだ。
 お姉ちゃんにモップがけを手伝えと言われたときも「なんで私が? 悪いのはアイツじゃない!」と思っていた。
 亜沙美はしぶしぶ手伝うことにした。
 だが、あの広い体育館を朝の時間内にどうやって終えよう、とふたりで頑張っているうち、武史の良いところも見え、
 不思議とこれまでの彼をバカにしていたような気持ちを反省した。武史をちょっとだけカッコイイとも思えた。
 そう思わせてくれたのは、お姉ちゃんのアドバイスなのだ。
 「たった2歳しか違わないけど、お姉ちゃんってやっぱり大人なんだな」

 それはそうと、奈々子先生の話がまだ済んでいなかった。その話をお姉ちゃんに問いただしに来たのに……。
だが、改めてその話をしようとすると、すでに真由美は亜沙美の前で、すやすやと寝息を立てている。
「(もうっ、信じられない!)」
 亜沙美はあきれた。真由美は、落ち着く人の前ではすぐに寝入ってしまうのだ。
これも才能なのかな? 何をやらせても抜群なのに、お姉ちゃんにはこういう可愛いらしさもあるのだ。
亜沙美は改めて、「やっぱり、お姉ちゃんには勝てないわ」と思うのだった。

 それから2週間後の月曜日、3階の3年生の教室前の廊下には、先日の模擬テストの結果が張り出された。それはまたも驚くべき結果であった……。

(第14話・完)





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