■21世紀の男女関係(青春編)

第17話 真由美の気持ち

 真由美の相談事。それは妹の亜沙美のことだった。
「亜沙美は最近元気すぎて手に負えないの。
この間も武史くんのこと、ねじふせちゃったらしいけど、武史くん、またメゲたりしてなかった?」
「えっ、何のこと?」
剛はこの間の掃除当番事件と、そのあとのモップがけの一件を何も聞かされていなかったのだ。
「そうか……。この間の陸上部のこともあったし、さすがに武史くん、悔しくて話せなかったのね……」
 真由美が説明しだした。それは武史のクラスで、班長である武史が掃除当番をサボったことをめぐって、
男子と女子が一触即発状態になり、けれどもしまいには、亜沙美が武史を含めた男子数人を腕力でおさえつけ、
男子がすごすごと引き下がった……というような話だった。
 真由美は「私もちょっと聞いただけだから、正確な事情はよく知らないの」と言いながら、
「武史くんが亜沙美のことを避けたりしなければいいんだけど……。亜沙美はまだガキで気が強いだけだから許してやってね。
なんだかんだ言いながら、ウチでは武史くんのことを楽しそうによく話しているのよ。けっこう気が合うみたい」
 と二歳上のお姉さんらしい気遣いを見せる。
「亜沙美ちゃんって腕力強そうだもんな」
「そういえば剛くん、最初の体力テストの時に偶然、亜沙美と一緒だったのよね」
「そうそう」
「私、あの日、こっそり聞いちゃったんだ。剛くんの体力測定の記録」
「エエッ!」
 剛はちょっとショックだった。オレの測定記録は真由美に筒抜けだったのか。
「ひどいな、盗み見るなんて!」
「でも亜沙美は言ってたわよ。3年生がこそっと私の記録を見てるから、私も見返してやったら、
結構、私のほうが勝ってたわって」
「姉妹(きょうだい)で喧嘩すると、力はどっちが強いの?」
「ちょっと待ってよ、私たち女の子なんだから、男子みたいな力ずくの喧嘩なんか、ほとんどしないわよ。失礼しちゃうわ。
それに、私は力は全然。運動神経なら亜沙美にも負けない自信あるけど」
 真由美は恥じらうように笑った。
「そういえば部活は? まだ決めてないよね」
「うん」
「みんな真由美ちゃんのこと、狙ってるよ」
「そうね。いっぱい誘われたんだけど…どこにも入らないつもり」
「どうして?」
「だって3年だから受験もあるし…」
「ウチのテニス部に入んなよ」
「テニスはあんまり……私はほら、腕なんてこんなに細いし。それに家のこととか、いろいろと忙しいのよ」

 身長のある真由美は肩幅はしっかりあるが、そう言って見せた半袖のTシャツから覗く腕は、
確かに、あんな強いスパイクを打てるとは思えないほど、か細く見える。
それでも卓越した運動神経の持ち主だからこそ、全身のしなやかなバネで、あんな強烈なスパイクも打てるのだろう。
 だがそうはいっても、剛のなかには、やはり2週間前のテストの日に、
ホームで痴漢を軽々とねじ伏せていた真由美の姿が印象に強く残っていた。あれは合気道の技だからと言っていたけど、
中1の妹・亜沙美にしたってあれだけの握力があるのだから、そんなに弱いはずがない。
剛はいま、男子をキリキリ舞いさせる美人の同級生であり、そして剛がいま一番惹かれている女の子、真由美の腕力を確かめてみたい欲求に駆られていた。

「松永、腕相撲しようぜ」
 すると真由美は突然、プーッと吹き出して笑った。
「なによ突然、苗字で呼んで(笑)。剛くんらしくない。何意識してるの?」
 図星だった。真由美と腕相撲をすることに変に自意識過剰になっていた。
「だから腕相撲しようって」
「剛くんと? いいよ、遠慮しとく」
「どうして?」
「だって男の子とやるなんて抵抗あるし……まして剛くんテニス部でしょ、私がかないっこないし」
「でもお前、結構強そうだし、試してみたいな」
「私は弱いって言ってるじゃない。腕、痛くなっちゃうもん」
「大丈夫、弱そうだと思ったら手加減するから」
「えーっ、でも…」
 意外に弱気な真由美の口調に、剛は妙な自信を持ちはじめていた。
いくらスポーツ万能の真由美にだって、得意じゃないこともあるはずなのだ。
バレーボールでの屈辱の借りを返すために、わざと挑戦的な言葉を吐いてみた。
「バレーで勝ったんだから、逃げるなよな」
 この言葉は真由美にも響いた。真由美は急にまじめな顔つきになった。
「ねえ、剛くんは私のこと、どのくらい知りたいの?」
「全部……かな?」
「ふーん。わかった……じゃあ、やってもいいけど、一回こっきりよ」

 剛が先に腕を出すと、真由美はゆっくりとか細い腕を上げ、剛と組んだ。
だが真由美の手が意外なほど大きいことに剛は驚いた。
前に電車のなかで軽く握ったときには気づかなかったが、真由美は手の大きさでは剛を上回っていて、
真由美の長い指に剛の手はすっぽりと包まれてしまった。
 さらにポジションを決めて、いざ始めようとすると、「ちょっと待って」と言って、部屋からタオルを持ってきて、
「このままやったら、肘を痛めるわよ」と、テーブルの上にクッション代わりに敷いた。
さっきまで弱気なことばかり言っていた真由美だが、いったんやると決めると、とても手際は良かった。
真由美は剛をしっかりと見つめてきた。その目を意識して、思わず始める前から組んだ手に力が入ってしまう剛に、
真由美は「何、緊張してるの?」と笑った。
真由美はとても穏やかな表情をしている。数秒の沈黙があった。

 そして……
「Ready,Go!」
 剛は男として真由美のことを気遣い、一気には全力を入れなかった。
それでもバレーであれだけのスパイクを打つ真由美がそうそう弱いはずはないと確信して8割ぐらいの力で攻め、
もし真由美が猛然と押し込んできたら、本気を出すつもりだった。
だが、いざ組んでみると、それほどでもないことがわかった。真由美だって、なんでも万能というわけではなかったのだ。

 剛は安心した。かわいいところも一つぐらいはあるじゃん。
45度ほど傾けたときに、真由美の握りの感触がちょっと変化した。
どんどん倒されていくので、真由美は握りのポイントを少し変えて、必死のようだった。
それでも剛の優勢は変わらない。傾きは50度……60度……、もうすぐ終わる。
剛は「男のプライドを保てた!」という思いで真由美を見てホッと微笑んだ。
だが、それを見た真由美は不敵な笑みを返すと、強いまなざしで剛を射抜いてきた。
その瞬間、剛の心のなかに、「さあ、そろそろいくわよ!」という真由美の声が届いたような気がした。
すると何ということか。直後、真由美のか細い腕に見事な筋肉が張りつめ、みるみるうちに太く膨張した。
手首も力強く変貌した。はじめて見るその迫力に、机の下で剛の股間は一瞬にして跳ね上がり、
その瞬間、身体が反り返るようにピクンと反応していた。
あと2、3センチで勝負がつくというところまで剛に攻めさせておきながら、そこから剛の力をはねかえして、
組んだ腕をスタートの位置まで押し戻していく。
ところが最初の位置に戻ると、今度はどういうわけか、二人の組んだ腕はまったく動かなくなってしまった。
真由美に押し込まれもしないが、かと言って、剛がどんなに力を込めてみても真由美の腕は微動だにしない。
1分ぐらい、その状態が続いた。
「剛くん、だいぶ手加減してるでしょ」と真由美。
 そんなことはなかった。剛が全力を出しても、真由美の腕を動かせないのだ。
逆に真由美の腕に、さっきまでのような太く力強い筋肉は鳴りをひそめ、真由美は余裕で剛に対しているように見えた。
そして2分近くその状態が続くと、真由美の強い握力のせいで、包み込まれた剛の手はシビれてきた。
「ううっ……」
 剛は思わず悶絶の声を漏らす。
だが、そのシビれが激しくなり、剛が「だめだ、もう負ける!」と思った寸前で、
「引き分けだね。やめよ」と真由美は一方的に勝負を放棄した。
勝負を放棄すると真由美は、剛には気づかれないように、すかさずテーブルの下をチラリと見た。
そして「ふ〜ん」と納得したようにうなずく。
「何が、ふ〜んなの?」
「別に……」
 剛が釈然としないでいると、真由美はハンカチを取り出し、「それより、汗がすごいわよ」と剛に渡してくれた。
気がつくと剛は全身汗だくになっていた。だが真由美は汗をかくどころか、息ひとつ乱してはいない。
 剛は表向き負けたわけではなかったが、真由美の鮮やかなゲーム采配に、負ける以上に興奮していた。
真由美はいつものようにあくまで優しく、自分のパワーを伝えたのだ。
「あ〜、完敗だ」
「ウフフッ」
「……これじゃ御飯作らされるな……」
 剛がポツリという。
「えっ? 何のこと?」
 真由美は剛の漏らした言葉に反応したが、何を言わんとしているのか理解できない。
「だから、真由美ちゃんと結婚したとして、御飯作ってもらいたくても、作らされちゃうなと思って……」
 すると、真由美はその意味をしばらく考えて、プッと吹き出した。
「アハハハ、そういうこと? 剛くんって単純ね」
「何が単純だよ」
「バカね、そういうのって腕力で勝負して決めるわけじゃないでしょ? 結婚したらお互いに、いろいろ話し合って決めるのよ」
「そうかな?」
「当たり前じゃない。ウチのお父さんとお母さんもそうだし。ホント、男って単純だわ」
 そういって、真由美はあきれたようにリビングの隣の台所に立っていった。
 だが、剛は思っていた。本当にそうかな? 話し合うにしても気圧されるということだってある。
現に剛はしょっちゅう真由美に男のプライドをへしおられ、気圧されているのだ。

 しばらくして、真由美は紅茶とケーキを持って戻ってきた。
丁寧な手つきで紅茶を入れ、おいしそうなイチゴのショートケーキを「どうぞ」と出してくれる。

「でも……剛くん、私と“結婚したい”とか考えたんだ(笑)」
「したいじゃなくて、したとして、だよ」
「あ、照れてる(笑)」
「うるさい!」
「ね、どうしてそう思ったの?」
「真由美ちゃんの料理、すごくうまかったし…」
「そうなんだ(笑)……でも私、剛くんと結婚しても料理作らないわよ」
「どうして?」
「どうしてかな? 少なくとも今の剛くんには作ってあげない。もっと変わったら、考え直してあげるかもしれないけど…」
「変わるって、どう変わればいいの」
「さあね、それは自分で考えなさい」
 そういって真由美は挑発的に微笑むと、またテーブルの下を覗いた。そして何かを確認してニヤニヤした。
「なにか探し物?」
「ううん、なんでもないわ」

 真由美は、腕相撲で本気の力を込めたときに剛の身体が一瞬ピクンと反応したのを見逃さなかった。またあれだわ、と思った。
そして剛をわざと挑発するようなことを言って、股間が相変わらず大きくふくらんでいるかどうかを、そっと確認したのだった。
 真由美のなかに、ある確信が芽生えていた。
「剛くんのこと、だんだんわかってきたわ」
「え、何が…?」
「ウフフ、内緒(笑)。剛くんはどう?……少しわかった? 私のこと」
「どうかな? 真由美ちゃんは謎めいてミステリアスだ」
「はっきりいうけど、腕相撲は、剛くんだからちゃんとやったんだよ。他の男子ならしなかった。そのことを分かってよね」と真由美はいった。
 
 気がつくと、夜も10時近くなっていた。
剛が帰ろうとするとき、真由美は玄関につづく廊下で、ふいに剛の腕をグイと引き寄せ、抱きすくめるようにキスをした。
靴を履いてないから、身長は3センチしか差がないはずなのに、
真由美の唇が降りてくると、ずいぶん大きい身体が迫ってくるような気がした。それは真由美の広い肩幅のせいだった。
真由美のキスは優しかったが、剛はやすやすと抱きすくめられたことで、また真由美の腕力を思い知らされた気がした。
いま、もし剛が抵抗していたとしても、真由美は剛を意のままにしていただろう。
「ねえ剛くん、これから私、ふたりのときは剛って呼んでいいかな。だから剛くんも真由美って呼んで……」

 その夜、剛はベッドに入ってから今日の真由美とのことを思い返し、言いようもなく興奮していた。
はじめて女子から奪われたキスにもだが、それ以上に、心のうちに秘めた彼女の気の強さに…。
ふだんの真由美は他の女子よりもずっと思いやりがあって優しいのに、
ひとたびスポーツウーマンとしてのスイッチがオンになると、それまでとは別人のように勝負に徹し、
相手を余裕で打ち負かしてしまうのだ。その優しさと強さ……真由美の魅せる二つのギャップに剛は完全に参っていた。
そして剛は、最近ときどき股間がピクンと抑えようもなく激しく反応してしまうことに躊躇していた。
いったい僕の身体はどうしてしまったというのか? しかも何故ああいったときに反応してしまうのかがわからない。
こうなったのは、もとはといえば、真由美にバレーボールで叩きのめされた日が最初だったのだが……。困ったなぁ。

(第17話、おわり)





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