■21世紀の男女関係(青春編)

第18話 亜沙美の魔性

 日曜日、亜沙美は鏡の前で自分の格好に満足していた。私ってなかなかスタイルいいじゃん。
今日はこれから、クラスで同じ班の弘美やかをり、律子たちと一緒に渋谷で映画を観て、買い物をする予定なのだ。
亜沙美は精一杯のオシャレをしていた。今日のファッションはかなりワイルドな感じ。
パンクなイラストのタンクトップにデニムのジャケット。
下半身は、タンクトップの下から、少しおへそが出るぐらいローライズのスキニージーンズに、
ちょっと不良っぽくウエストにシルバーのウォレットチェーンを巻いた。
これに黒レザーのブーツを履きこなせば、長身の亜沙美のこと、かなりの迫力がある。
ボーイッシュな亜沙美はオシャレをするときは、案外こういう格好が好きだった。
ひやかしに亜沙美の部屋を覗きに来た真由美もそのカッコ良さには目を細めていた。
「亜沙美、ちょっと中学生の格好じゃないわね、それ」
「あの、お姉ちゃんに言われたくないんだけど」
 自分とは趣味が違うとはいえ、姉の真由美も中3にしてはかなり大胆なオシャレをすることを亜沙美は知っている。
これはもう母の影響なのだ。
いまや経営者でトレンド・リーダーでもある母はいつも、元バレーボール選手だったそのスタイルを武器にして、
奔放に、大胆に変身していた。そうして日本でもアメリカでも、いつも何人もの男性をコロッと参らせて、恋人にしてしまう。
父も、そんな母に参っているから、日本に置き去りにされていても文句ひとつ言わないのだ。
そんな母の影響を受けているから、姉だって、オシャレをしたときはテレビに出ている女優やモデルなんて目じゃないほどカッコ良くなる。
ものすごくセクシーにも、男勝りなワイルドな女にも変身してしまう。
妹の亜沙美も同じように、学校にいるときの制服姿と、武史たちの前で見せるラフでおとなしい中学1年生らしい服装と、
こういうファッション、それを切り替えることを、むしろ楽しんでいた。
「それにしても、また背が伸びた?」
「うん、169cm越えちゃった。170cmにちょっと足りないぐらい」
「中1のくせにそのスタイルは生意気ね! ウエストもばっちりくびれてるし」
「ウフフ、毎朝、お姉ちゃんと一緒に腹筋してるからね〜(笑)」
 タイトなタンクトップに覆われたウエストは見事に細く、それがちょっと女らしいか弱さを醸し出していた。
しかし服のなかの亜沙美のウエストは、実際は陸上で鍛えられ、しっかりと引き締まっている。
でも亜沙美はどんなに褒められても、本音では「やっぱりお姉ちゃんのカラダには敵わない」と思っていた。
常にいろいろなスポーツをして、バランスよく鍛えている姉の身体は、キュっと細いウエストばかりでなく、
形の良いバストを持ちあげている逞しい上半身と広い肩幅、迫力のある腰まわり、筋肉の研ぎ澄まされた長い脚まで、
もう完璧なボディなのだ。やっぱりお姉ちゃんは凄いわ。
 真由美は鏡の前で、亜沙美の隣りに並ぶと、妹の頭を撫でながら言った。
「私を抜かないでよね。あんまり伸びると武史くんに嫌われるわよ」
「何言ってるの! 武史くんは関係ないでしょ。……やだ、もう行かないと待ち合わせに遅れちゃう」
 亜沙美は、武史とのことをからかう真由美から逃げるように家を出た。そのとき、姉には「関係ない」と言ったけど……
ちょっと武史のことを思い浮かべた。
「(そうだ! この格好を武史に見せたらどんな反応するかな。ちょっと挑発してみようかしら)」
 お向かいの武史の家の呼び鈴を押してみた。
 だが、残念なことに返事がない。誰も出てはこなかった。

 弘美たちとは、渋谷のシネコンの前で待ち合わせしていた。
 亜沙美は最寄りの駅からJRの電車に乗った。
中1ながら、ブーツを履くと、電車のなかで頭ひとつ上に出て目立ってしまうことは真由美と同じだった。
しかも、そのボディの凄さと可愛い顔のギャップに男たちはたちまち視線を奪われてしまう。
亜沙美のすぐ後方にいた若い男性たちの一群も例外ではなかった。
彼らは大学生らしく、就職の話をしていたが、
そのうちの一人は亜沙美が電車の揺れでよろめいた時、自分のおへそのあたりを亜沙美の高く大きなヒップで押されて、
たちまち亜沙美の強烈なボディを意識しだした。
すげぇ〜、超カッコイイ女! しかも亜沙美が腰に巻いたチェーンがワイルド感をいっそう際立たせている。
だが、後方にいる彼らには亜沙美の顔が見えなかった。
間近にみる亜沙美のうしろ姿の迫力にたちまち魅入られた大学生たちはすっかり平静さを奪われて、
就職の話どころではなくなった。その存在感に翻弄されていた。

 一方、亜沙美はその大学生たちの動揺ぶりに気がついて、また痴漢でもされないかと警戒していたが、渋谷駅に着いたので、ホッと安心した。
 だが亜沙美のカッコいいヒップの誘惑の磁力は、中1の、まだまだ幼い彼女自身が考えているよりも遥かに凄まじいものだった。

亜沙美のヒップに押された大学生もたまたま渋谷が降車駅だった。
すると彼は、まるで亜沙美の魔力に操られたかのように、そのあとをつけはじめた。
亜沙美の顔を一目みたい。そう思った彼は追わずにいられなかったのだ。
 大学生はホームから改札を抜け、階段を下りた。デパートの裏のほうの通路を歩いていく彼女をどこまでも追いかける。
だが、その通路のトイレに向かう曲がり角を曲がったところで、ハッと息を呑んだ。
 その挑発的な身体を持つ彼女に待ち伏せされ、手首を掴まれたのだ。すごい力で。
あっという間に大学生の腕は、後ろ手にグイとねじ上げられた。
「ねえ、私の後をつけたよね。なんの用?」
あまりに一瞬のことで、そう問いただしてくる彼女の顔を、また見損なってしまった。
腕を掴まれた一瞬、彼女の顔を見ることができたはずなのだが、そのあまりの腕力にひるんでいるうちにチャンスを逃していた。
大学生は我に返って悔やんだ。
自分はこのままストーカーとして警察に突き出されてしまうのか。どうにも振りほどけない彼女のこの力の強さ。
しまった! あの強烈なボディを見た瞬間から、ただの女じゃないと警戒しておくべきだった。
それより、自分はなぜ彼女を追いかけたりしてしまったんだろう? 
目の前の彼女の挑発的な身体、その魔性の魅力が、彼の理性を奪ったのだ。後悔したがあとのまつりだった。
だが、大学生はここで一計を案じた。ねじ上げられた腕を押さえてうずくまって見せたのだ。
「イテテテ……」
「あっ、ごめんなさい。大丈夫?」
 彼女が手を放した隙に、猛然と逃げ出した。
大学生は駆け足には自信があった。
デパートから、再び駅の雑踏のなかに飛び出して全力で300mぐらいは走った。
もう絶対に撒いたはず。そう思ったところで後ろを振り向いた。すると遠巻きにあの彼女らしき姿が見えた。
長身、くびれたウエストからちょっとへそを出し、スラリとした美脚にキラリと輝くチェーン、間違いない彼女だ。
はじめて見たその顔は、あんな力の持ち主とは思えないほどの幼さを残した可愛い美人だった。
だがその意外な可愛さについ見とれていると、彼女と眼があってしまった。
うわっ、やばい。大学生はまた猛然とダッシュし、駅の階段を駆け降りた。
階段を3段跳びで走る。それから何度も角を曲がった。そうでなくとも渋谷駅はまっすぐ歩けないほどの混み方だ。
大丈夫だ。女の脚で俺に追いつけるわけがない。
それでも念には念を入れ、用心のために、さらに200mほど走って雑踏のなかに紛れた。
「(ふう、焦った!)」
 だが、あっさりと大学生はうしろから腕を掴まれた。その握力の強さは身に覚えがあった。
驚いて振り向くと、なんとさっきの彼女がもう後ろにいた。信じられない!
「逃がさないわよ。私の脚なら、すぐ追いつくもの」
 はじめて間近に彼女の顔を見た。幼い感じがするが、大きくて脚がものすごく長い。
ブーツを履いているせいか、180cm近くはありそうだ。

 亜沙美は男の腕をつかんで睨みつけた。男はつかまったこと自体が信じられないといった様子で怯えている。
亜沙美が100mを13秒弱で走ると知ったら納得するだろうか。
「ねえ、私に用があるんでしょ? 何か言えば?」
 電車のなかでの就職の話から相手が大学生だと分かっていたが、相手は自分が中学生だとは夢にも思っていないようだ。
なめられないようにわざと低い声で恫喝し、あえて大人のように振舞った。
 大学生は苦しまぎれに亜沙美の下肢をはらってきた。だが亜沙美はびくともしない。
逆に男のほうが蹴った脚を痛そうにしている。亜沙美は心のなかで笑う。
「(バカね。私のふくらはぎを蹴ったところで、痛めるのは自分の脚のほうなのに)」
 もともと相手の男性がたいして強くはないことは、さっき手首をつかんだときからその感触で分かっていた。
こうして相手の筋肉を一瞬で見抜く判断力は、姉からだいたい教えられている。
「そういう態度をとるなら……」
亜沙美はさらに握力を強め、相手をおとなしくさせると、
おびえる男の腕を引っ張って、表の雑踏から、人通りの少ない裏の通路のほうに強引に連れていく。
ここなら誰にも見られないわ。
 高い背を武器にし、余裕で男を壁際においつめ、幅広の肩で行く手をふさいだ。
ふたたび男の両手首を強い力で押さえ込み、グイとねじあげる。
相手が苦しそうに身体をよじった隙を見て、鳩尾に軽く手刀を入れた。そうして相手のダメージを見た。
 相手の身体つきを測るつもりの軽い手刀だったのに、大学生はその場にうずくまってしまった。
情けない男!中学生の女子に好き放題にされて、少しは悔しいとか思わないのかしら?
亜沙美は呆れて何もせず、しばらく黙って見下ろしてやる。
 それでも大学生はまた逃げようとした。このセクシーな女性に、力では太刀打ちできないと知った彼には、もうそうするしか手がないのだ。

 しかし何度か電車でイヤな目にあったことがある亜沙美は絶対に許さなかった。
「何も言わないから、そろそろ本気を出そうかな…」
 そう言われて、また腕をねじあげられると思った大学生が、亜沙美の手をかわそうと身をかがめる。
だが次の瞬間、襲いかかってきたのは亜沙美の長い脚だった。
腰に巻いたウォレットチェーンの音がしたかと思うと、亜沙美の身体がくるりと翻った。
“ヒュッ”
 普段はスカートのなかに隠している、丸太のような大腿部を持つ亜沙美の脚が空気を切り裂く音がした。
その脚が大学生の身体をえぐると、鈍い音がして、腰のチェーンが床に落ちた。
「私の本気は脚なの。残念でした(笑)」
 大学生は、そのキックの意外なまでの重さに一撃でほとんど動けなくなった。
亜沙美は以前、真由美といっしょに護身用に合気道のワザを伝授してもらったことがある。
そのとき、相手の気を最大限に利用し、効果的に突いたり蹴ったりする指導を受けたのだが、
普通ならば半年練習して身につけるという技術をわずか三回の指導で会得してしまった
。亜沙美も真由美も、どんなスポ−ツであれ一度手をつけたら、たちまちのうちにかなりのレベルにまで達してしまう運動センスをもっているのだ。
結局、合気道を学んだのはそのときだけだったが、
以来、さりげないキックひとつでさえ、破壊力を自在に加減することができるようになった。
 キックを浴びて、ふらついていた大学生はなんとか立とうとしていたが、結局、亜沙美の脚元にくずおれた。
「な〜んだ、だらしない。女に負けて悔しくない?」
 朦朧とした意識のなかで大学生は思っていた。この女、きっとプロのスポ−ツ選手か何かだろう。
先週、TVによく出ているとても可愛い、美人の元女子バレ−ボール選手が、
バラエティ番組で「女はか弱いんですよ」と言いながら、人気芸人の男性と腕相撲をしたとたん、
圧倒的な腕力を発揮して笑っていたのを見た。
美人だが、いざとなったら男などいとも簡単にあしらってしまう逞しくも魅力的な美女アスリート。
きっと彼女はそんな女だったのだ。
くそっ、カワイイ顔をして男を力でおさえつけ、抵抗すらさせないなんて!いつから女性はこんなにデカく強くなったんだ。
だが、そんなことを思いながら、彼は亜沙美の強烈な存在感にすっかり心を奪われてしまったのだった。
なかなか立ち上がれない大学生に、
「心配しなくていいよ。警察に届けたりしないから。だいいち、もう私に向かってくる勇気はないでしょ」
亜沙美はそう言うと、女らしい仕草で服装の乱れを直し、
キックの瞬間に外れて床に落ちたウォレットチェーンをブーツの底で踏みしめ、ころがした。
「あなたのせいで壊れちゃったじゃない? まあおもちゃみたいなものだからいいけど」
 そう言うと、さっさと雑踏のなかに消えていく。早くその場を立ち去りたかったのだ。
「(ああ、またやっちゃった! こんなところ、奈々子先生や武史くんに見られたら大変なことになっちゃう。
それより、映画の約束に遅れないようにしなくっちゃ)」
 頭のなかは、もうシネコンで見る映画のことに切り替わっていた。

立ち去る亜沙美のうしろ姿をうつろに眺め、その颯爽とした変わり身のまぶしさに大学生は目を細めていた。
「なんてカッコイイんだ」
そして亜沙美がその場に捨てていったチェーンを握りしめた。
その身体に覚えさせられた彼女の筋肉質の脚の感触を、この学生は忘れることはできないだろう……。

(第18話 完)





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