■21世紀の男女関係(青春編)

第20話(番外編) 美女はみなフレンチがお好き(後編)

フレンチレストランを出るとき、奈々子は「おいしかった、ありがとう!」
と孝則に感謝の言葉を述べながらも、ほろ酔いかげんでフラついていた。
すると、こんなときを待ってましたといわんばかりに孝則が言った。
「駅まで肩を貸しますよ」
「遠慮しとくわ(笑)」
奈々子はあっさりと断る。だが孝則もあきらめない。
「じゃあ、おんぶしましょうか」
「やだ(笑)、私、けっこう重いのよ(笑)」
「でも、捻挫した脚を、フラついてまたひねったりしたら大変だし。それは僕の責任になりますから」
 奈々子がフラついたのは、もちろん女として可愛く見せるためにちょっとお芝居したのだ。
だが、そう言われたらちょっと断りにくい。それに夜道で目立たないし、
だいいち背中に乗るのなら、孝則に強引に迫られたりする心配もないだろう。
 奈々子は「じゃあ、ごめんなさい」といい、孝則の背中に頼ることにした。

 奈々子はしばらく孝則の背中で眠ってしまった。ふと目をさますと、それは駅に向かう道ではなく、薄暗い川べりの道だった。
「えっ、これって目黒駅に向かってます?」
 急に目を覚ました奈々子に、孝則は焦って言い訳をする。
「い、いや、奈々子さん、疲れてるようだし、ウチに寄っていきません? 僕のうち、すぐそこなんですよ」
 確かに奈々子はちょっとデートしてみてもいいかなとは思ったが、そういうつもりではなかった。
それにまだ、この男をよく知らないし…。
「いや、今日は早く帰ってゆっくり休みたいんです!」
 だが孝則は強硬だった。
「ウチで休んでいけばいいじゃないですか? 知らない仲じゃないんだし」
 そう言って、奈々子をおぶる腕にグッと力を込めたのだ。「ぜったい降ろさない」という意思表示に……。
 奈々子はいま気がついた。
目黒に誘った時点からすでに、孝則は私にワインをたくさん飲ませたあと、こうすることを少しは考えていたんだろう。
だからこそ、家の近所の店に誘ったに違いない。

ならばと、奈々子は考えを改めた。このピンチをチャンスにしてやろう、と。
 学校ではいつも教師として、模範的な人間であれと、自分をかなり抑圧している。
 だが本当の奈々子はかなり攻撃的な人間なのだ。
 奈々子は冷静にあたりの状況を観察した。
夜の川べりの道は、ほかに誰も歩いていなかった。そこで自分の態度を決めた。
「う〜ん、嫌です。自宅に帰りたい……」
 わざとそう言ってみた。もちろん、孝則が諦めるとは思っていないけれど…。
「もう悪い子だなあ。おとなしくしていて下さいよ」
 その態度は、「もうキミの自由にはさせない。女なら男の言うとおりにしろ」といわんばかりの強い言い方だった。
 そこで奈々子はおぶわれたまま、孝則の背中にしがみつくようにすると、
「そんなの、嫌っ!」
と、いきなりその自慢の長い脚で孝則の身体をしっかりととらえ、力を込め始めた。

乗馬で、いや、様々なスポーツで鍛え上げた奈々子の脚はみるみるうちに太く硬くなっていく。
さらに奈々子はおぶられたまま、やや乗りあがって両脚を男の胸囲にしっかりと巻きつけると、
内腿の筋肉を盛り上げて、ぐいぐいと締めつけ始めたのだった。
脚を痛めた奈々子は、痛み止めの薬が効くまで面倒くさいので、下半身は乗馬服の白いタイツのままだった。
タイツの汚れを丁寧にふき取ると、ブーツを履き替え、その上に長めのジャケットを羽織って、レストランではごまかしていたのだ。
乗馬のタイツは近年、素材が良くなって、繊維が格段に薄くなり、
愛馬に跨るとその体温や馬の筋肉がじかに身体に伝わってくる。それがまたなんともいえない馬とのスキンシップになるのだ。
いま、その美脚で孝則の身体をとらえた奈々子は、孝則の上半身を生々しくタイツごしに感じていた。
逞しい愛馬に比べれば、孝則の身体はなんとも貧弱に思える。
奈々子がいつものように脚に力を込めたら、肋骨の2、3本ぐらいは軽く折ってしまえそうだ。
しかも……最近の奈々子はすこぶる快調だ。
特に最近、行きつけのスポーツジムでマシントレーニングのあとに供されるスペシャルドリンクを習慣的に飲むようになってからは、
疲れもほとんど感じないし、とてもしなやかな筋肉がつくようになったと思う。
いまだって孝則の身体を締めつけながら、自分の筋肉に手ごたえを感じていた。
バイオテクノロジーの進化もすてたもんじゃないわね、と思う奈々子だった。

逆に孝則は焦っていた。奈々子の内腿にはこんなにすごい筋肉が秘められていたのか!
暴れ馬が、彼女の手綱にかかると、いとも簡単におとなしくさせられてしまうのも十分に納得がいった。
奈々子の白タイツから伝わってくる野生動物のような筋肉の力と熱量。
馬たちはそれを知っているからこそ奈々子に従順になるのだ。
その迫力に恐れをなした孝則が「ヤバイ」と気がついたときには、もう奈々子の長い美脚がしっかりと胸に食い込んでいて、
振り落とそうにも手遅れだった。
孝則は、ならばとブーツを脱がして、奈々子を振り落とそうとした。
だがその時……ブーツのなかから現れたのは! 
あらゆる乗馬経験者を教えてきた孝則も真っ青になりそうなほど、逞しいふくらはぎを持つ下肢。

力を込めればグリグリッと膨れ上がるその筋肉。実は奈々子は自分のこのふくらはぎがあまり好きではない。
女としてはもっとキュートな脚のほうがよかったな、といつも思っている。
筋肉がつきやすいのは、やっぱり家系なのかしら……困ったものだわ。
でも、このパワフルな脚のおかげで、いつもつき合った男たちを意のままにすることができるのだけど。
今日も奈々子にとっては、むしろブーツを脱がされたほうが好都合だった。
この方が男の身体をがっちりと捕まえ、締めつけやすいのだ。奈々子は密かにほくそ笑んでいた。
「(どう? 女を甘く見ると、こうなるの)」
心のなかでそうつぶやき、さらに圧力を強めてやる。
「うぐっ…」
孝則は、息も苦しそうにもがく。
「ねぇ、気持ちいい? 孝則さん」
「…」男の呼吸が速い。
「孝則さんインストラクターなんだから、私の筋力はわかったうえで誘っているのよね?」
「あ、ああ…」
「だったら、私の筋肉を楽しんでよ(笑)。ウフフフ」
孝則は奈々子のパワフルさに驚いていた。この女とやったら、体力的には圧倒されてしまうだろう。
だが、だからこそますます奈々子に興味が湧く自分のホンネを抑えきれなかった。
彼は奈々子のように、美しくそして大きい、女神のような女にこそ憧れていたのだ。

奈々子はそろそろ終電も近くなるし、孝則を勘弁してやろうと思った。
このぐらい思い知らせておけば、今後、もう下手なチョッカイを出しはしないだろう。
でも最後にもう1回、自慢の脚締めを孝則の身体に覚えこませておこうかしら。
そう思って、もう一度、下肢に力を集中し、筋肉をグリグリさせた。
そうして孝則の反応を観察していると、なんとアソコが興奮して、みるみるうちに大きくなったではないか?
「(な〜んだ、そうだったのね。乗馬のインストラクターってみな、スマートな紳士のように見えるけど、
案外そういうヘンタイもいるんだ)」
 孝則の思いもしなかった反応を見るやいなや、奈々子は気が変わった。
逆に、この男を可愛く感じ、もっと征服してみたいという欲が湧いてきたのだ。
 自分がSだからって、オトナの男をあまりいじめるのはどうかと思うけど、相手が喜ぶのなら構いはしない。
おいしい食事をごちそうになって体力も復活してきたことだし、痛み止めが効いてきて、脚の痛みもだいぶラクになったわ。
奢ってくれたご褒美に付き合ってあげてもいいかな? 奈々子はこの間まで付き合っていた彼と別れてちょうど一ヶ月。
久々に男と燃え上がりたい気分にもなっていた。せっかく誘ってくれたのだから、今日は彼をとことん味見しちゃおうかしら?
 ウフフ、今日はフレンチとイケメン男性の超豪華フルコースね!!
「私、暴れ馬に跨るときはいつもこうやって可愛がってあげるの。
そうすると、馬たちもヒヒーンて泣きながら、気持ちいいっていって、おとなしくなってくれるんです。
ウフフ、先生も今日は暴れ馬のようだから、ちょっと私得意の“調教法”で可愛がってあげます」
 そういって、孝則と一夜を共にすることを承諾した。
「そのかわり、夜が明けるまでよ(笑)。明日の私には、学校でかわいい生徒たちが待っているんだもの…」
奈々子はそのまま孝則の背中におぶられたふりして、孝則の家ではなく、駅前のやや高級感の漂うラブホテルに向かわせた。
ホテルの部屋は最高級のジャグジー付きを指定した。
部屋を選ぶとき、奈々子はボードの写真を見て気に入らないと、また脚でギュッと締めつけて、言うことを聞かせたのだった。
それでも孝則は奈々子と一夜を過ごせて夢のようだと言った。

部屋に入ると、まず奈々子はバスルームにジャグジーの給湯スイッチを入れにいった。孝則はその後ろ姿を目で追う。
奈々子は、白タイツに包まれたストライドの長い美脚を大股に開きながら、スイッチを探している。
「(な、なんてそそる脚なんだ。そして、美しく流れるような曲線!)」
 その脚が彼女の意思ひとつで、力強い筋肉を露わにし、男殺しの凶器に変貌するのを
孝則はついさっき思い知らされたばかりだというのに…。
だが、あまりにも魅惑的な姿は、孝則のそんな恐怖感をもあっさりと忘れ去らせてしまう。
「あっ、あったわ。これね」
給湯スイッチはやや下のほうにあった。奈々子は脚を大きく開いたまま、上半身を折り曲げてかがんで自動給湯をONにした。
お湯が注がれ始める。長身を折り曲げたそのエロティックな姿に孝則は早くも興奮していた。

 ジャグジーのスイッチを入れ、奈々子はベッドルームに戻ってくると、
部屋の明かりをやや落として、孝則の前でジャケットを脱ぎ捨てる。
すると薄明かりのなかにブラウスが透けて、彼女の見事なボディラインが浮かび上がった。
細いところはキュッと締まり、出るべきところは力強く張り出した完璧なライン。しかも見上げる長身。
174cmの大きな肢体が孝則を圧倒する。
「先に入ってきて、いいかしら?」
奈々子はそのままバスルームに戻ろうとしたが、孝則は辛抱できずにブラウス姿の奈々子に抱きついた。
そのまま下にひざまずいて、魅惑の脚を両腕で抱え込み、タイツの上から口づけした。
「ちょっと待って。だってこのタイツ、落馬してから履き替えていないのよ。
臭いし、ちょっと汚れてるから、身体洗ってからにしましょうよ」
 だが、孝則は奈々子の両脚をギュッと抱え込んだまま、離そうとせず、まるで子供のように「いやいや」をした。
年上の孝則も奈々子の神々しい魅力のまえでは、すっかり気持ちが退化してしまう。

「ウフフ、わかったわ。孝則さんて強引ね」
 奈々子はあきらめて、そのままゆっくりとベッド脇の椅子に腰を下ろすと、孝則を目の前の床に座らせ、
ゆっくりと右脚を差し出した。白タイツの足裏で孝則の股間をまずは軽く踏みつけて刺激すると、
今度はその脚を孝則の顔の前に持ち上げる。
「ね、じゃあ乗馬タイツを脱がして」
 そう言われて、さっき刺激を受けたばかりの孝則の股間がさらに大きく膨らんだ。
奈々子に女王様のように振舞われて喜んでいるのは明らかだった。
そこで奈々子は一計を案じた。
孝則が満足そうな笑みをうかべて、奈々子のタイツを脱がそうと手をかける……。
だが、次の瞬間、奈々子は、孝則の顔面を足の裏で突き飛ばしたのだ。大柄な奈々子の足は26.5cmもある。
その大きな足の裏で顔を押しつぶすように蹴られ、孝則は後ろの壁に後頭部を強打した。
「ちょっと甘い顔すると、すぐつけあがるんだから(笑)。誰が手で脱がしていいっていったの? 
私の脚が好きなら、その口で脱がしてよ!」
孝則は痛そうに頭を抱えた。だがその痛みとは裏腹に、孝則の股間はさらに大きく喜んでいる。
奈々子が「してやったり」と魔性のような笑みを浮かべると、孝則はその笑みにも興奮して、奈々子の足裏を舐めはじめ、
タイツの裾をくわえて、必死に引っ張り始めた。その従順で一生懸命な姿はまるで奈々子の飼い犬のようだ。
とても2歳年上の男とは思えない。
「ウフフ、かわいい」
奈々子はますます母性本能がくすぐられてきた。この男をとことん“見届けたい”気がしていた。
ようし、次はじらし作戦で行こうかな?
孝則は必死に口を使い、ようやくの思いで奈々子の脚からタイツを剥ぎ取った。
だが、白い乗馬タイツは唾液でベトベトになってしまった。すると奈々子は見るからに不満そうな表情を作って、
「汚ったな〜い。もういいっ! それ孝則にやるわ」
とワザと冷たく呼び捨てにしてタイツを放ると、彼をひとり残してバスルームに消えたのだった。
 バスルームのドアが閉じられると、ジャグジーを起動させる音がした。
その起動音を聞きながら、奈々子を怒らせてしまったのだろうか?と孝則はひとり、心細くなっていた。
 女遍歴の多い孝則にとっても、これほど強気で、またそれゆえに心をわしづかみにされた女性は初めてだった。
孝則はとりあえず、奈々子のベトベトになったタイツを大事そうに自分のスポーツバッグのなかにしまった。
そして、この部屋に戻ってきたら、なんとか奈々子に気に入ってもらえる態度を取らなければ……とあれこれ考え始めた。
奈々子の行為がすべて計算ずくであるとも知らずに……。

20分ほど経っただろうか?
やがてジャグジーからゆっくりと出てきた奈々子は、本当に眩しくみえた。
ジャグジーのおかげで今日一日の疲れを取り去ったのだろうか? 痛み止めが完全に効いているからだろうか? 
さっきまで足の捻挫で痛々しかった姿とは別人のように神々しく、その目は爛々と女王様のように輝いていた。
孝則は恐怖と喜びが同時にやってくるような気分を味わった。
奈々子の目つきが、一瞬、ご馳走を前にした野獣のように感じられたのだ。
「ああ、気持ちよかった。私は完全に復活したわ。パワーアップ完了よ。孝則も早く入ってサッパリして来なさいよ。
ベッドで待っててあげるから(笑)」

 奈々子はそうやって孝則をジャグジーに送り出した。ジャグジーはこの部屋の入口すぐのところにある。
はたして、あれだけのことをしたのに孝則はこのベッドに戻ってくるかしら? 途中でさっさと逃げ出すんじゃないかしら? 
それは私があの男をどれだけ虜にしたかによるわね。ウフフ、面白い。
 奈々子はひとりで孝則の次の行動を想像し、楽しんでいた。

 だが孝則は戻ってきた。
ジャグジーに浸かり、準備万端、ベッドに戻ってきた孝則を奈々子は優しい微笑で待ち構えていた。
孝則をゆっくりと招き入れると、両腕を首にからめてキスをし、徐々に孝則の身体にふたたび長い脚をからみつけていく。
「あんなに冷たくしたのに、ちゃんと私のベッドに戻ってきたのね。感心、感心」
「……オレ、奈々子さん、最高にタイプだ」
「奈々子さんはやめてよ、奈々子って呼んで」
「奈々子……」
「で、孝則はどんなタイプが好みなの?」
「……」
「はっきり言っていいのよ。“大きくて強い女”って」
「……」孝則はなかなか言い出せない。
「ちゃんとわかってるのよ、カミングアウトしちゃえば?」
「お、お、……“大きくて強い女”」
「もう一度言って…」
「“大きくて強い女”が好き」
 そうはっきりと言った瞬間、奈々子は男勝りの大きな平手で孝則の顔を強打した。あまりの痛さに涙目になっている孝則。
「ウフフ、やっぱりかわいいわ」
 そういうと、今度は両手で孝則の顔をはさんで、赤ちゃんをあやすように顔を近づけた。
「でもレディに“大きくて強い”なんて失礼よ。お仕置きに、今日は思う存分、暴れてあげる」
 そう宣言すると、孝則の身体を跨いで、下に組み敷いた。

 孝則にとって、そこから先の時間は夢のように過ぎ去っていった、としか表現しようのないものだった。
女性には手の早い彼は、これまで自分のテクニックには絶対の自信を持っていたが、前戯で相手を喜ばすより前に、
これほど強烈な刺激を与えられてしまってはなすすべがない。
 奈々子は主導権を握ると、発達した膣内筋に裏打ちされた凄まじい締め付けと開放を繰り返し、
孝則に、これ以上ない極限の寸止め状態を何度も味わわせた。
「うう、もうダメだよ。持たない」
「だらしないわね、ほら、どう?」
「あひぃ」
 孝則は、セックスに持ち込んだら自分がリードする自信があったのに、奈々子にはまったく通用しなかった。
自分が挿入して暴れるはずが、感覚としては逆だった。
奈々子のものすごい女のパワーが孝則のなかでのた打ち回っている感じだ。
「あ〜ん」
自分のペニスを完全に奈々子に支配され、孝則は女のようにだらしない喘ぎ声をあげつづけた。
その後の数時間が奈々子主導で展開されたことはいうまでもない。
孝則だって奈々子を失望させぬよう必死に奉仕した。奈々子もときどき小さく声を漏らす。
だが、年下の奈々子に完全にリードされている孝則には、それが巧みな演技のようにも思えてしまう。
 孝則は、こんなに女に興奮させられたことはない。激しく、逞しい女の魅力。力を感じる征服的セックス。
それは孝則を新たな快楽に導いていた。
いつもは癒し系で、しとやかで優しそうな奈々子の微笑み。その微笑みが、一瞬にして変貌し、究極の勝気なS女になる。
そのギャップが大きければ大きいほど、孝則は奈々子の虜になる自分を抑えられなかった。
女とは、なんと強く、魅力的な存在なのだろう!!

明け方、すべてが終わり、孝則が精魂尽き果てて意識もうつろにベッドでまどろんでいると、
すでにブラウスを着た奈々子がスラリとした長身を折り曲げて、
パンストを履き、ブーツのジッパーを上げ、ジャケットを着て、部屋を颯爽と出て行く姿がみえた。
その姿に、昨日捻挫して苦しんでいた“弱い女”の面影はまったくなかった。
対照的に孝則はベッドから起き上がることも、声をかけることもできないほど、奈々子に精力を吸い取られていたのだった。

その4時間後。奈々子は眠い目をこすって中学校への通勤の道を急いでいた。
「おはようございます」
生徒たちが明るく声をかける。
「おはようございます、先生」
いま声をかけたのは、1年で最近目立っているスポーツ万能の女子、松永亜沙美だった。
「おはよう!」
 爽やかに亜沙美に返答する。彼女とは浅からぬ縁がある。
「あ、松本先生、おはようございまっす」
そういって息を切らして、駆け寄ってきたのは、職員室で奈々子の隣の席に座っている若いイケメン先生・岡田一樹だった。
岡田先生は女子生徒の人気が絶大だ。だが当の岡田は、清楚で美人の奈々子の魅力に参っている。
「今日は暑いですねえ」
岡田は奈々子と並んで歩き出した。奈々子は岡田先生が、自分に興味津々なことに気づいているが、
いまのところ素知らぬ振りでじらしている。しかし、そろそろデートに誘われるような気がしている。
岡田先生ならウブな感じだし、1回ぐらい試してみてもいいかしら?
「ところで奈々子先生、実はおいしい焼肉屋を見つけたんですよ。渋谷だけど、一緒にどうですか?」
そら来た!と奈々子は思った。奈々子はクスクスと笑った。
「えっ、僕が誘うの、そんなにおかしいですかぁ?」
「だって、こんな通勤途中に…恥ずかしいわ」
「いや〜、そりゃそうですけど(笑)。でも職員室じゃ、誘いづらいじゃないですか(笑)」
「それもそうね(笑)」
いや、奈々子が苦笑したのは、岡田のせいではなかった。
岡田のウブな誘い方を見ながら、昨日の夜の孝則とのことを思い出していたのだ。
ゆうべはちょっと私のワイルドな本性を見せつけすぎちゃったわね、と奈々子は心のなかで反省していた。
でも、こんなにワイルドな私を毎日男性が誘ってくれるなんて、私ってそんなに魅力的なのかな? 
学校では猫かぶってるけど、ほんとうは全然女らしくはないのに……(笑)。
岡田くんにも徐々に私の魅力を知ってもらおうかな? 
私は言い寄ってきた男性を意のままにしてしまうのは得意なのよ。覚悟はできてる? 岡田くん。
奈々子は日々の勤務中には抑え込んでいる自分の勝気な性格を最近、解放したくてたまらなくなっていた。
だが、そういう気持ちをいまはグッと我慢した。
それというのも、この学校に就職を世話してくれたある人と交わした大事な約束があったからだ。
奈々子は、その人物がこの中学で起こそうとしている学校改革のために欠かせないスタッフであった。
ただ、1学期中は自分を抑えて、とにかく優しい先生でいること。2学期になったら、あなたにも活躍の場が必ずあるから……
それがこの学校にくる条件だった。
おそらく、その改革が予定通り進めば、学校内でも男らしさ、女らしさといった旧態依然とした考え方は吹っ飛ぶに違いない。
女教師も女生徒も、自分らしく、自由にふるまうことができるようになる。それが実現するには、あと半年は必要かしら?

いやいや、まだまだ学校の関係者にはそんな気を起こしちゃいけないわね。優しい先生としてふるまっていないと…。
そういう演技も面白いわ。フフフ。
 奈々子は今日一日も、楽しく過ごせる気がしてきた。
(第20話、おわり)





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