■21世紀の男女関係(青春編)

第21話 初夏のデート

7月6日。第2回目の模擬テストの日は気温28度と梅雨の中休みのような快晴だった。
今日の真由美は夏らしく、上はタンクトップにGジャン、下はデニムのホットパンツ姿だった。
前をはだけたGジャンの間からは意外と大きな胸がタンクトップをグイと持ち上げ、
スラリと伸びた褐色に日焼けした脚がまたなんともセクシーで、剛をクラクラさせずにはおかない。
剛は夏が近づくにつれて、ますます大胆になっていく真由美の私服に下半身が固くなって仕方がない。
受験する教室で、剛は真由美と近い席になった。真由美は席に着くと、剛のほうを見て微笑んでいる。
魅力的な長い脚を見せつけるようにして……。その魅力に動揺して、今日のテストも平静な気持ちでは受けられなかった。
その帰り、また剛と真由美は、いったん拓哉たちクラスメートと別れてから、こっそり近くで落ちあうことにした。
真由美が剛を誘ったのだ。
「ねえ、今日ってすごく気持ちいいし、近くの公園でボートに乗らない? 
このあいだドラマで恋人どうしがボートに乗るシーンがあって、いいな、と思ってたんだ!」
 模擬テスト会場のすぐ裏の公園にボートの乗れる池があった。
“恋人どうしが”といわれて剛はちょっぴり舞い上がっていた。
真由美は何も考えずにそう言ったのかもしれないが、それはどうでも良かった。
剛はボートなんて、もう2年以上乗ったことがなかった。中1のとき、当時つきあっていた彼女とデートで乗って以来だった。
ふたりは池でボートを借りた。ここの公園はかなり広くて、1時間はゆうにボート遊びができることで有名だった。
剛は久しぶりに漕いだ。いざ漕いでみると、意外に重たいオール。こんなに力がいるとは思わなかった。
「う〜ん、これは疲れそうだな」と思った剛だが、真由美の前ではあまり表に出さないようにした。
真由美とたわいない話をしながら、ゆっくり10分も漕ぎ続けた。
だが、徐々に真由美と話す会話の息があがってくる。
「ねえ、疲れたでしょ、少し休んだら? プカプカ浮いてても気持ちいいし」
真由美が気遣う。だが、周りのボートに比べ、船着場からあまり距離を漕いでいないことに気づいた剛は、
たまには男らしさを見せねばと思い、
「まだ大丈夫だよ」
と漕ぎ続けたのだった。
 そして、真由美の前で「ハーッ!」と深呼吸して、もろに「疲れたぁ〜」と言って休んだときは、かなりの距離を漕いでいた。
 息のあがった剛を見て、「じゃあ、帰りは私が漕いであげる」という真由美。
「いいよ。あとで愚痴られても困るしなあ〜」
 剛が笑いながら言うと、
「ひどーい。私、そんな泣きごと言ったことないでしょ。平気よ。こういう運動、ジムでいつもやってるのよ」
とオールを漕ぐ真似をしてみせたが、剛は
「いいよ、もう少し休んだら、オレが漕ぐ」と言った。

 ところが剛がボートのうえで天を仰いでちょっと寝てしまった隙に、
いつの間にか真由美は、オールを握り、漕ぎ始めていた。剛が目を覚ますと、
「ああ、気持ちいいわ」
そういって真由美は、首筋や胸元に玉のような大粒の汗をかきながら、太陽のエネルギーを一身に浴びて、漕いでいる。
ボートに寝そべったまま剛は、そんな真由美のスポーツウーマンらしい魅力に見とれていた。

ところが、やがて空が暗くなると、急に風が強くなり、夕立の気配が立ち込めてきた。
早く船着場にもどったほうが良さそうだ。でもここからはかなりの距離があった。
剛は「そろそろオレが替わるよ」といったが、真由美は「このまま私が漕ぐ」と替わろうとしない。
「空が暗くなってきたみたいだから、早く」と剛がオールに手を指しだすと、
真由美は「だから、私が…」と一瞬口ごもったが、最後にきっぱりと言い切った。
「剛、気を悪くしないでね。急ぐなら、このまま私が漕いだほうが早いと思うんだ」
 真由美は相変わらず優しかったが、腕相撲をして以来、
剛の前でだけは、必要以上に自分を弱く見せることはしなくなっていた。剛には、そうやって素直な自分を出していた。
真由美は、どんどん悪天候になっていく空を気にしながら、差し出された剛の手を無視して、そのままどんどん漕ぎつづける。
剛が再度「貸せよ」といっても、いうことをきかない。
剛は不満たらたらだったが、力強い真由美の漕ぎっぷりは、しだいに剛を黙らせていった。
 真由美は、重たいオールを手首の力で見事なまでに素早くコントロールして、
方向転換もみるみるうちに済ませ、どんどん周りのボートを追い抜いていく。
沖のほうは他のボートも多く、ひとつコントロールを間違うと衝突する危険があったが、
それもスルスルとかいくぐり、どんどん来たルートを引き返していた。
剛よりもはるかに力強く、速く、それでいて揺れも少ない安全航行だった。
 岸に向かう途中で、なかなか方向転換ができず、苦労しているカップルのボートに出会った。
見たところ、自分たちよりも年上の、高校生カップルのようだが、
漕ぐ男子がうまくオールを操れないでいるのを、同乗する彼女らしき女子が、
「何してるの、早くしてよ!」と厳しく叱咤していた。
 彼らだって早く岸につかないと、大変なことになる。
 それを見て、真由美はすかさずボートをカップルのほうに寄せると、その高校生男子に向かって、
「こう右手首に力を入れて、こういう感じで回せばいいのよ。脇に力を入れすぎると、かえって難しくなるから」
と優しくアドバイスしてみせる。
 高校生の男子は真由美の指示にしたがって、さっきまでより、うまくオールを回せるようになった。
 相手の女子は恥ずかしそうに、真由美に対して「ありがとうございます」と礼を言うと、
「もう、だらしないんだから!」と彼の頭を小突く。
 真由美はその様子をみて微笑んでいたが、すぐに「さあ、私たちも早くしなきゃ」とまた向き直った。
 いつの間にか真由美は、さっき剛が息をあげたぐらいの長い距離を漕ぎ続けていた。
「そろそろ替わろうか?」
「平気よ、私はぜんぜん大丈夫」
と真由美はまだオールを譲らない。
「それより剛、ちょっとこれ持っててくれない?」
 真由美は汗ばんだGジャンを脱ぐと、これからが本気よと言わんばかりに剛に渡した。
それをもらった瞬間、ほのかに真由美のスポーツウーマンの汗の匂いが剛に届いた。
Gジャンを脱いだ真由美はタンクトップ姿になった。
はじめて見る真由美の二の腕は剛を腕相撲で圧倒したとは思えないほど細かった。
だが、ふたたびオールを回し始めると、皮下脂肪の下の秘めた筋肉がにわかに躍動をはじめ、
オールを引き寄せるときには、大きな力こぶを作る。その威圧感は剛を黙らせてしまった。
なんとかしようと必死にがんばる真由美の前で、剛は完全に引き立て役でしかなかった。
他のボートが密集しているところを抜けると、真由美はさらにパワーアップして猛然とスパートした。
その姿に、剛は改めて真由美の腕力の凄さを感じないではいられなかった。
長い脚を剛のまえでコンパクトにたたみながら、大柄な身体を微動だにせず、効率的な力配分で漕ぐ真由美は、もう余裕だった。
 腕を回転させるときに、広い肩幅がさらに広がり、見事な逆三角形の背中を表出させる。剛は真由美のタフなスタミナに驚くしかなかった。
(第21話、おわり)





inserted by FC2 system