■21世紀の男女関係(青春編)

第25話 拓哉の恋

次の週の水曜日、3年C組の教室で剛は拓哉に声をかけられ、男子トイレに呼び出された。
すると、拓哉はまったく思いがけないことを言い出したのだ。
「剛、お前が真由美と模擬テストのあと、公園で一緒にボートに乗ってたのを見たって奴がいるんだけど、どうなんだ?」
「どうなんだ、って?」
「だから、その……つきあってるのか? まさか違うよな?」
その口調は、明らかに不満そうだった。剛は咄嗟の判断でウソをつくことにした。
「まさか(笑)。だけど、松永ん家とは隣同士だろ、だからアイツ慣れ慣れしいんだよ。
この間も『ちょっとボートに乗りたいから、付き合いなさいよ』って」
「そんなの断れよ」
「だけど、なんとなく断りにくくてさ。松永にはバレーで負けてる負い目もあるしな」
 みえみえのウソだった。実際は負い目なんかじゃなかった。
真由美ほどの美人の同級生に誘われれば、断る男子はいないだろう。けれども…
「そ、そりゃ、そうだよな」
と拓哉は納得したようだった。よかった。剛は拓哉にウソはつきたくないが、
真由美に好意を持っていることは知られたくなかった。
「ならいいんだよ。真由美が来てからオレたち男子は女子に威張られっぱなしだからな。
まず真由美たちにリベンジしなきゃな。男の友情を裏切るなよ、ちゃんと女子を負かすまで、協力しようよな」
拓哉はそう言って去っていった。

剛は放課後、誰もいなくなった教室で真由美にその話をした。すると真由美は拓哉について意外なことを話し始めたのだった……。

             ――――――――――
真由美が転校してきたあの日、いきなりバレーボールで女子が男子を負かしたあと、拓哉はかなりショックを受けていた。
無理もない、これまでクラスでやったスポーツで、はっきりと男子が女子に負けたことはなかったし、
拓哉にしてみれば、自分が小学校の時からずっとエースだったバレーボールの腕前を、
ひとりの女子に完膚なきまでに否定されてしまったのだから。
そして、それまで彼が見下してきた玲子たちにまで冷やかされてしまったのだから。
ところが剛にとって意外だったのは、このあとの話だった。
その翌日の昼休み、真由美は拓哉を呼び出し、ふたりだけで話したのだと言う。
「だってあのとき、玲子たちがあんまり露骨に拓哉にザマア見ろ!とか言うから…。
ちょっとやりすぎだと思ったのね。私は転校してきたばかりだったし、それまでの拓哉を知らなかったから。
けど、あとで聞いたら、それまで拓哉はそうとう女子に威張っていたみたいね。
その反動で玲子たちに仕返しされているんだって解ったわ。
だけど、そのときはとにかく、落ち込んでいる拓哉をただ励ましたいって思ったの」
 会って真由美は、拓哉にこういったのだと言う。
「拓哉くん、そんなに落ち込まないでよ。私の母はプロのバレー選手だったのよ。だから私がバレー得意なのは当たり前なの。
私は試合のときの自信満々な拓哉くんをカッコイイと思っていたのに…。だから元気出して!」
 だが、そのときの拓哉は、真由美がふたりだけで話そうとしてくれたことに相当驚いて、
とてもソワソワした感じだったという。あまり言葉も交わさないうちに真由美から逃げるように去ってしまった。
 そんなことがあったが、その後は真由美も拓哉と話す機会もなく、
玲子たちクラスの女子も、もうあの試合のことは話題にしなくなっていった。
ところが前の模擬テストの成績発表のあと、急に真由美は拓哉に呼び出され、こう言われたのだという。
「真由美、次の模擬テストでオレがお前に勝ったら、オレとつきあえよ」と…。
―――――――――――

 剛はいかにも拓哉が言いそうなことだと思った。
あまり勉強は得意でない拓哉だが、最近かなり真面目に勉強して、前回の模擬テストでは20位も順位があがっていた。
それは真由美と偶然同じ点数だったのだ。
「剛がウチで夕飯を食べたあの日よ。私、ホントにビックリしたわ。まさか拓哉からコクられるなんて。
意外中の意外よね」と笑う真由美。
「なんで、あの日にオレに言わなかった?」
「なんだか意外すぎて、どうしたらいいか分らなかったんだもの。あの日も言おう言おうと思ってたのに言えなくて。
でも早く相談しようとは思ってたのよ」
「ふ〜ん」
 剛は内心、クソッと思った。「男同士、協力して…」とか言っておきながら、
拓哉だってちゃっかり裏では真由美にコクってるじゃねえか! だが冷静に考えると、剛にも拓哉の気持ちが理解できた。
 真由美は先週の女子の体育の時間にも、50m走で軽々と6秒台前半の記録を出したらしい。
それはクラスの男子の誰もかなわない記録だ。この話はクラス中の男子の間ですでに話題になっていた。
真由美自身は気がついてないかもしれないが、男子には真由美に憧れているヤツがかなりいることは事実だった。
真由美には、男子を負かすスポーツの実力と同時に、それでもなお、男子を強力に惹きつけてしまう不思議な魅力があった。
真由美がスポーツで活躍すればするほど、その魅力は増していく。
 明るい真由美はいまやクラスの中心だ。だが、多くの男子の潜在意識のなかでは、
越えられない(実力の)壁のような存在でもあった。
男子は悔しくて、その壁にぶつかっていっても、真由美の優しい物腰で受け止められ、見下ろされ、包み込まれてしまうのが関の山だ。
 拓哉も相当悩んでいたのだろう、と剛は思った。

 ふと気がつくと、剛と真由美の横にはクラスの女子バレー部の萩原美紀がいた。美紀はふたりが拓哉の話をしていると知って、
「何、何? 拓哉が真由美を好きらしいって話? 私も知ってるよ」と面白がって割り込んできた。
「何で美紀までが知ってるの?」と真由美。
「だって、バレー部内では密かに有名だもん」
「やだ、ウソでしょ」
「この前バレー部の男子が噂してたよ。拓哉くんは実際、あの日、真由美にやられて悔しかったらしいけど、
どうも真由美の魅力にいかれちゃってたみたいだ、って。そこへ来て、思いがけず真由美にやさしくされたもんだから、
そのギャップにまた参っちゃって、ひとりで相当思いつめてたみたい」
「また〜、バカ言わないでよ」
「気がついてないのは当の真由美だけだって。あの自信家の拓哉を、真由美は骨抜きにしちゃったんだよ」
「そんなことないでしょ」
「わたしたち女子にとっては、クラスの男子で一番の天敵だった拓哉が骨抜きになっちゃうのは面白いことだけどね(笑)、ウフフ」
 美紀はそう言い残して帰っていった。
 真由美はそれを聞いて、ちょっと困った顔をした。

 家までの帰り道、剛と真由美はちょっと遠回りしていつもとは違うルートを歩いた。
 この道沿いには土手があり、夏場はとっても気持ちがいいのだ。
 ふたりはその土手に腰を下ろして、1本のジュースをふたりで飲んだ。
 真由美がふとつぶやく。
「あたし、拓哉を励ましたりしないほうが良かったのかなあ」
「そんなことないよ」
と剛はその場を繕ったが、後の言葉が出てこない。内心は落ち着かなかった。
7月初旬の夕方の風はとっても気持ちがいい。土手で真由美と話しているうちに、剛はすやすやと寝入ってしまった。

その夜、剛は思いきって拓哉に電話した。真由美にコクったとはっきり言わないで、剛に探りを入れてきた拓哉に腹が立って、
電話せずにはいられなかったのだ。
「拓哉、おまえ真由美のことが好きになったなら、そうはっきりいえばいいだろ。
オレに真由美と付き合うなとか、回りくどい言い方するなよ」
 そう言って、今日知ったすべてのことをぶちまけた。拓哉は剛に全部知られて、ちょっと気まずそうだったが、
少し考えてからこう言った。
「わかったよ、剛、それでお前はどうなんだよ、真由美のこと。
ちょっとはっきりさせたいから、明日、放課後、顔貸してくんね」

 翌日の放課後、剛は拓哉に連れられて体育館に行くと、
そこには同じバレー部で拓哉の舎弟ともいえる、同じクラスの俊夫と3年A組の道夫もいた。
「拓哉、お前ひとりじゃないのか。卑怯だぞ」
「うるせい! お前こそ、真由美に負けてばかりで一緒にボートなんか乗って、男のプライドってもんがないのか軟弱男!
お前みたいなのが多いから、最近、うちのクラスの男子は女子にやられっぱなしなんだよ」
「関係ないだろ」
「関係なくねえよ。オレはコクるにしても、ちゃんと男として恥ずかしくない努力をして、真由美に言おうとしたんだ。
それをお前はこそこそ付き合いやがってよ。どうせ、ちゃらちゃらと真由美の尻に敷かれてるんだろ。
ちゃんとフェアプレイで、お前も何かで真由美に勝ってからにしろ」
「そういう考えを押し付けるなよ。それはお前だけの古臭いプライドだろ」
 そう剛に拒絶され、拓哉はついに頭にきた。
「俊夫、オレと剛でカタをつける。誰もここに入ってこれないように、お前は鍵をかけて1時間ぐらいどこかに行ってろ」
 拓哉に命令された俊夫は、体育館の入口の扉の大きな南京錠をかけると、そのキーを持ってグラウンドのほうに駆け出していく。
剛は小学校のときから一緒だった拓哉がいかに喧嘩が強いかを知っている。
そして、中学に入ってバレー部で活躍し176cmと長身になった学年一のスポーツマン拓哉に、剛はますます勝ち目がないことを…。
それでも必死に立ち向かおうと思った。真由美のことで自分は何も悪いことはしていない。
だから拓哉から逃げることだけはしたくなかったのだ。

 俊夫がグラウンドでボーッとしていると、そこに真由美と亜沙美が駆けてきた。
真由美は玲子から拓哉が剛を呼び出してどこかに行ったと聞き、亜沙美を連れて探しに来たのだ。
「俊夫くん、剛のこと見てない? 拓哉が連れ出したみたいなんだけど…」
「し、知らないよ」 
 俊夫はとぼけようとしたが、真由美はそのウソを見抜いた。
「ウソでしょ」
思わず俊夫はダッと逃げ出した。だが相手が悪かった。
 足の速い真由美と亜沙美にたちまち追いつかれ、挟まれてしまう。
 逃げられないと悟ると、反射的に体育館のキーを隠そうとした。
「何? それ」
 真由美はキーを隠そうとした俊夫の右手首を握りしめる。
「げっ、痛ててっ!!」
有無を言わさぬ真由美の握力に俊夫は戦慄した。男子バレー部で日々鍛えているはずの俊夫の腕が、
真由美に握られると、みるも無残に力なくしおれていく。
俊夫は真っ青になってキーを足元に落とすと、真由美はすかざすそれを拾った。
「これって体育館の鍵ね、そうでしょ」
 俊夫は黙って答えない。
 だが、真由美が睨みつけると、俊夫はおびえるように首を何度もタテに振った。
「亜沙美、ここは任せたわ。あとで体育館の外で待ってて…」
真由美は一目散に体育館に駆け出した。

体育館では拓哉と剛が互いの距離を詰めて、一触即発だった。
「剛、大の男が付き合う女に何ひとつ勝てないなんて。そんなことで納得していいと本気で思ってるのか!」
 剛は拓哉のように考えたことは、一度もなかった。
 確かに真由美の前にいると、かなわないことばかりで、日々、自虐感を感じることもある。
しかし彼女の優しさがいつもそれを消してくれていた。
「お前、これからもずっと真由美に負け続けて、つきあっていくつもりか? みんなにバカにされるぞ」
 拓哉の浴びせるこの言葉が、剛を自暴自棄にさせてしまった!
「拓哉っ、テメエ! 言わせておけば」
 剛は拓哉に向かって殴りかかっていく。だが、拓哉の膝蹴りをもろに受けて、胸を押さえてうずくまってしまう。
「だらしねえぞ、もう終わりか」拓哉は余裕で笑っている。

そのとき、体育館の入口では見張り番の男子バレー部・道夫が、外から鍵を開けようとするガチャガチャという音に気がついた。
最初は俊夫が戻ってきたのだと思った。けれど拓哉は「1時間は戻ってくるな!」といったはずだ。
外のせわしない様子から、それが俊夫ではないことに気がついた。
だがすでに南京錠が外される音がし、ヨコびらきの大きな扉がこじ開けられようとしている。
ならばと道夫は慌てて扉を力いっぱい押さえた。
だが……
「げっ、マジかよ!」
道夫の顔がみるみる蒼ざめた。必死に抑えているのに、扉の隙間は広がっていくのだ。信じられない……なんて力なんだ。
扉のわずかな隙間の向こうに見えた相手が美人の女子だとわかったとき、
道夫は小4から6年間にわたってバレー部で鍛えてきた自分のプライドが打ち砕かれた気がした。
あれは確かC組のスーパー転校生、松永真由美だな……噂通りの男まさりのパワーだ。
「拓哉!ヤバイぜ!」道夫が思わず叫ぶ。
「ちゃんと押さえとけよ、男だろお前!」
中の様子を見られたくない拓哉がクギを刺す。
だが、扉はさらにこじ開けられていく…。とうとう真由美は扉の隙間に片足を突っ込んで、つっかい棒にした。
これ以上開けられるものかと必死の形相の道夫に、外の真由美が隙間ごしに小声で言った。
「道夫くん、男のくせにこれで全力?(笑)」
 そういって、道夫を心理的に追い込むと、
「くそっ!」
道夫が力んだ瞬間を逃さず、真由美は思いっきりの腕力を爆発させて、一気にガラガラと扉を開いた。
その勢いで、道夫はバランスを崩し、みるも無残にすべって転倒した。
真由美は軽々と体育館に中に踏み込むことに成功したのだ。
中に拓哉と剛がいた。真由美は体育館の入口に立ちはだかった。
「剛も拓哉もやめなさい!」

だが、拓哉とやり合っていた剛にとっても真由美は邪魔だった。
拓哉から一撃食らったままで止められてしまっては男がすたるというもの。
「真由美、出てけよ。ここは男と男の勝負の場なんだ。あぶないから、女は外に出てろ!」
 そう叫ぶと、剛はもう一度、拓哉に殴りかかっていった……。
 だが振り上げた拳が、拓哉の顔面に到達する前に……なんと、剛は意識を失って、その場に倒れてしまった。
「ねえ拓哉くん、そんなに剛と喧嘩したいんなら、代わりに私とどう?」
 いつの間にか……拓哉の目の前には剛ではなく真由美が立っていた。
殴りかかっていった剛を得意の肘鉄で気絶させて止めたのだ。
「ウフフ。案外男らしくないのね、拓哉くんって。こんなところに剛を呼び出して」
 拓哉はあまりに一瞬のことでわけがわからなかった。まさか、真由美が剛を一瞬で気絶させたのか? 
そんなこと、信じられない!!
「真由美、お前、剛を気絶させたのか?」
「だって、剛の前では本気で戦いたくないんだもの……」
 真由美は落ち着き払って、拓哉に臆することなく微笑んでいる。
堂々としたその様子は、拓哉にビビッていた剛とは対照的だった。
「邪魔すんじゃねえよ、お前のことで争ってるんだから!」
「悪いけど私、こんなことする人とは付き合わないわよ」
「そんなこと言ったって、次のテストでオレが勝ったら…」
「その約束は守るつもりだけど…」
「じゃあ、もし……」
「バッカじゃないの? 私が負けるわけないじゃん」
「なんだと!」
「少なくとも、こんなことをする拓哉には負けないわ」
 優しい真由美が時折見せる、こんな勝気な性格にも拓哉は惹かれていた。
だがいま、そう気づけば気づくほど、拓哉は心の奥底をえぐられていく。
「女に負けるのがそんなに恥ずかしい? そんな考え方してるからバレーで負けたぐらいで玲子たちにあれこれ言われるのよ。
大したことじゃないのに」
「大したことない?」
「そうよ、今は女子だって体格がよくなってるんだもの、
これからは、スポーツや喧嘩で男子に勝つことはめずらしくなくなるわ…。
私思うんだけど、男子って大変よね。女子に負けると、なんだかいろいろ言われるみたいだし。
いつも冷やかす玲子たちも悪いと思うけど、そもそも男子が変なプライド持つからいけないのよ」
「なんだと!」
「『女子に負けるな』とか『負けたら恥だ』とか。それって女子をバカにしてる。
いまは私たち女子だって、男子のように部活で鍛えたりするし、体格だって対等なんだから、女子がか弱いなんてことないのに……。
拓哉も変なプライド捨てちゃいなさいよ。私たちに負けたって恥に思わなくっていいのよ。
これからはこういうことも普通にあるさって、女子の実力を素直に認めちゃえば楽なのに……」
 真由美は笑っている。
「言わせておけば……。生意気な」
「あら、私と1対1でやる? いいわよ。本当はこういう争いごとは嫌いだけど、剛のカタキをとってあげる」
 真由美は静かに合気道のポーズをとった。
 拓哉が渾身の力をこめて、そこに襲いかかってくる。それほどに拓哉はもはや平常心を失っていた。
 
 それから体育館でどのような戦いが繰り広げられたのかは誰もしらない。

 その1分後、体育館の外にいた亜沙美のケータイが鳴った。
「あ、もしもし、亜沙美? もう終わっちゃった。開けていいわよ」と真由美の声。
 亜沙美がガラガラと体育館の鍵を開け、戸を開くと、剛と拓哉がのびていた。
亜沙美が“あららお姉ちゃん、また、やっちゃったわね”と言う表情をすると、真由美はちょっと困ったような顔をした。
「ちょっと手伝って! 早いとこふたりを運ばなくっちゃ」
「どうするの?」
「しょうがない、かつぐしかないっしょ」
「えーっ、ウソでしょ」
「トレーニングだと思って。どうせ亜沙美には軽いでしょ」
 比較的体重の軽い剛を亜沙美が、176cmと大きいほうの拓哉は真由美がかつぐことにした。
「亜沙美、剛のこと優しく扱わないと、あとで承知しないからね」
「ハイハイ、わかってますって。もう人使いが荒いお姉ちゃんだこと」
「亜沙美っ!」
「おお、コワッ」
 亜沙美だって剛のことをいい加減には担ぐつもりはなかった。
この間の雨の日に、亜沙美のことを助けてくれたやさしいお兄ちゃんだもの。優しく扱わなくちゃ、と思った。
 ふたりは人目を気にしながら、剛と拓哉をかつぎ、真由美は拓哉を体育館の裏の茂みに寝かせると、
亜沙美から気絶している剛をひきついだ。

「う〜ん!」
 剛は通学路途中の土手で目を覚まし、大きく伸びをした。
「あ、起きた? よく寝てたね」
横には真由美がニコニコしている。
「(そうか、オレはここでずっと寝てただけなんだ。昨夜から今日までのことはすべて夢だったのか!)」
剛はちょっと安心していた。そりゃ、そうだよな、真由美があんなにコワイ女のはずがない。
それに、もしあれが現実のことだったら、気絶していたオレが一部始終を知っているはずがないんだから。
だが、真由美の制服はいつもより乱れているようにもみえた。本当に、体育館でのできごとは夢だったのだろうか? 
と剛は思いはじめていた。
ひょっとしたら、あれは実際の出来事で、オレはうつろになった意識のなかで、真由美の声を追いかけていたのかも?
最近の真由美は剛のまえでも取り繕ったりせず、自分の気の強さをあまり隠さないようになってきたのはわかっている。
だが、そんな剛ですら、真由美がときおりみせる強さにはたじたじになることがあるのである。
素顔の真由美は自分が知っているより、もっとずっと強くてコワイ女なのではないか?
 そう考えると、体育館での出来事が夢だとは決めつけられない、複雑な思いの剛であった。

それから3日後、1学期の終業式前日。先日の第二回目の模擬テストの成績が、踊り場の掲示板に張り出された。
結果、3C女子はますます大躍進した。
上位20人のうち、なんと7人がC組の女子で、3年全体では20人中16人までが女子によって占められた。
2ヶ月前まで女子より平均点のよかったはずの男子は、いまやたったの4人。
C組以外の女子でも、真由美と仲がよく、真由美の母のジムに通い始めた3年生が上位を独占し、
まさにジョーダン博士の理論を証明する形となった。
つまり、体力をつけた女子たちが、徐々に勉強においても集中力を発揮し、実力を見せ始めたのだった。
3Cの男子でたったひとりベスト20に残った13位の啓太を女子たちが取り囲んだ。
「ほうらね、私たちの言ったとおりでしょ。勉強ばかりガリガリしてたって、どんどん堕ちていくわよ。
力でも勉強でも女子に負けたら、男子の存在意味なんてゼロじゃない」
 啓太を取り囲んだ女子たちの順位は前回トップの玲子が惜しくも2位、
美紀が5位、ひとみが9位、久美子が10位、才加が14位、綾が18位。
 そして……前回のテストでは日本式模擬テストのやり方に戸惑ってしまい(第16話を参照)、実力を発揮できなかった真由美は、
今回は一気に学年トップに立つ実力を見せつけ、これで、スポーツだけでなく勉強でも3年女子のリーダーにふさわしいことを証明した。
ちなみに剛は39位、前回の模擬テストで真由美と同じ順位だった拓哉はなんと42位と惨敗した。
彼自身の点数は少しあがっていたのだが、他の生徒たち、ことに女子の著しい点数の上昇が拓哉を屈辱の谷底に突き落としたのだった。
「うわ〜、ウチら、みんな凄い順位アップよ」
 3C女子軍団の喜びようといったらない。
「すごーい」
「やったねー!」
 クラスメートに囲まれた真由美は自信満々の笑み。
真由美を中心とした3C女子の輪は、元気いっぱいに、掲示板から3Cの教室までの廊下をワイワイいいながら嬉しそうに闊歩する。
その脇のほうにしょんぼりとして小さくなっている雄吉や健太がいた。
真由美はすっと優しくよけてあげたが、あとに続いて歩く玲子や美紀やひとみは、
やや逞しくなった肩幅で突き飛ばすようにして歩いていく。
 だが男子はそんな雄吉や健太の姿に見て見ぬふりを決め込んだ。
 2ヶ月前まで、常にベスト20に入ってクラスで一目置かれていたガリ勉の雄吉や健太は前回のテストでとうとう圏外に脱落し、
今回は20位以下の女子たちにもどんどん抜かれた。
スポーツの苦手な彼らにとって、勉強は唯一誇れるトリデだったというのに…。
スポーツでも勉強でも本領を発揮し始めた女子たちは、彼らのアイデンティティすらも奪い去っていく…。
もはや勢力を増した女子たちのなかで「どうしてこうなったんだ!」と頭を抱えるしかなかった。
女子たちは真由美を中心にどんどんまとまっていく。
だが3C男子は、運動の得意だった拓哉も、勉強の得意だった啓太、雄吉、健太ももはや求心力を失って、
団結するどころかバラバラになりはじめていた。
(第25話、おわり)





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