■21世紀の男女関係(青春編)

第28話 夏休みの遊園地デート

 夏休みに入って4日目の火曜日、剛は真由美と都内の大型遊園地、ワンダーランドに出かけた。
それは終業式前からのふたりの約束だった。
「ねえ、夏休みに入ったら、一緒に遊園地行こうよ」
 一学期の終わり近く、そういって剛から真由美を誘った。
最近はどちらかというと、真由美のほうから剛を誘いかけることが多かっただけに、真由美は喜んで、即OKした。
 最初は8月のお盆の頃に、という予定だったのだが、夏休みに入ってすぐ、真由美から電話がかかってきた。
「ねえ、例のデート、来週でもいいかな? ママが日本に帰ってくるのが仕事の都合で延びちゃって、8月になりそうなの。
だから8月は家のことやら何やらで、いろいろと忙しくなりそうだから…早めに」
「ふ〜ん、家のことって?」
「まあ、いろいろとね」
 中学3年の受験生が家のことで忙しいってなんなのだろう?とも思ったが、
久しぶりに会うお母さんといろいろと進路の相談があるのかもしれないし、真由美だって、お母さんには甘えたいはずだ。
 それにデートの前倒しは、剛としても嬉しくはあった。
「OK、じゃあ月曜日は遊園地が休みだから、火曜日にしよっか」
 そんなわけでこの日に決まったのだ。
 だが、急に遊園地デートが早まったことで、剛としては若干の心構えも必要だった。
というのも、実はこのデートには“裏”の意味があったのだ。

 剛はこれまで幾度となく、真由美に何かで勝ちたいと思ってきた。
このあいだも、テレビで観た護身術を使って真由美に挑んでみた。
だが、真由美はそれをも見抜いて難なく剛がかけた関節ワザを外してしまった。実にあざやかに。
剛はそのとき、もう真由美に対抗することをあきらめた。
なんでもお見通しの真由美の実力に「もう彼女に勝てるはずなんてない」と思ったからだ。
 出会って2ヶ月。いまや剛の目の前で、真由美がその運動神経とパワーを見せつけることは日常茶飯事だった。
 転校してきたばかりのときのバレーボールでは、彼女の撃つスパイクの標的にされ、何度コートにへばりつかされたかわからない。
 満員電車のなかで痴漢に出会ったときは、その男を軽々とねじ伏せる彼女を目撃した。
 彼女の家で腕相撲を挑んだときは、負けなかったが完敗だった。
 あのとき真由美は「テニス部の剛に私がかないっこないわ」と謙遜していた。
 だがいざ始めてみると、真由美は途中で剛の実力を見切って、対戦を放棄したのだ。
 模擬試験のあとにボートに乗ったときも、彼女のパワフルなオールさばきを見せつけられたっけ。
 真由美は、その身体はモデルのようにスレンダーなのに、本気になったとき発揮する腕力はおそろしく強い。
 おそらくバレー選手だった母親の英才教育で、すでにしっかりと鍛えられた筋肉を身につけているからだろう。
 以前、剛は、真由美の二の腕に触らせてもらったことがある。その腕も思ったほど硬くはなかった。
 そのとき、真由美はこういった。
「男子の筋肉は硬いけど、わたしたち女子の筋肉はしなやかな筋肉。これは男子には、なかなか身につかないものなのよ」
 そう、彼女は普段は心優しい女の子だが、いざとなった時は、大柄な身体に張り巡らされたしなやかな筋肉を武器に、
 3Cの男子たちに牙を剥く女豹のような存在なのだ。
 いまの剛がこのまま何度挑んだところで、真由美に軽くあしらわれてしまうことは自明の理だった。
 真由美と対抗するのはもうやめにしよう。真由美もそう望んでいたじゃないか。そう決めた。

 だけど、だけど……剛の心の中には、やはり葛藤があった。このまえ拓哉に言われた言葉のひとつひとつが、ときおり胸に響く…。
「男が付きあう女に何ひとつ勝てないなんて、そんなことで納得していいと本気で思ってるのか!」
「これからも、ずっと真由美に負け続けて付きあっていくつもりか!」
「お前には男のプライドってもんがないのか、軟弱男!」
 それはそうだと思った。それでいいはずはない。
美人で、スタイルも抜群、カッコ良くて、しかも優しい真由美は、とても剛には釣り合わない。
剛は最初、そんな真由美と付き合えただけで十分に幸せだった。本音をいえば、このままずっといい感じで付き合えたら嬉しい。
だが付き合いが長くなれば欲も出てくる。喧嘩もするし、意見の対立もある。
いろいろ余計なことを考えて、関係が変化してくるのも当然のことだった。
優しい真由美も、最近は剛のまえで必要以上に女らしく振舞うのが面倒くさくなってきたのか、それとも剛に気を許してなのか、
デート中もあからさまに剛をリードすることが多くなってきた。
真由美は気も強く、しばしば剛を言い負かす。
そればかりか、怒っているときは急にグッと剛の腕をつかんで、上から見下ろすように睨みつけたりもする。
そう、まさに女豹が獲物をとらえた瞬間のように……。
たとえ力を入れなくても、真由美の力の恐さを知る剛には、それで効果十分だった。
そうされると剛はひるんでしまって、いつの間にか真由美の思い通りにされていることが多い。
そんなとき、真由美は「ウフフ」と満足そうに微笑んでいる。
次第にふたりの関係が真由美主導になってきていることは明らかだった。

このままでは、オレはどんどん真由美のペットになっていく。
ずるい考えかもしれないけど、何か力以外で真由美の鼻を明かせるテはないかな。
そこで剛はここ半月ほど、真由美の弱点を探すように心がけた。
授業の合い間や昼休み、できるだけ女子の近くで素知らぬふりをして、彼女たちの会話に耳をそばだてた。
その成果は意外に早く得られた。
それは、美紀と綾が一緒に遊園地のプールに行った話をしているときだ。
綾が、「ねえ、あそこの新しいジェットコースター凄そうだったよね。今度、あれにみんなで乗りに行こうよ」と言うと、
美紀が思いがけずこう言ったのだ。
「駄目だよ、真由美がコースター苦手だって言ってたもん!!」
「えっ? 真由美ってコースター駄目なの? 意外! 真由美に怖いものなんてないと思ってたのに……」
「そうでしょ。真由美もけっこう可愛いトコ、あるよね」
 剛はコレしかないと思った。
 勝負事では真由美に勝てないが、ジェットコースターなら……。
いささか男らしくないが、真由美をギャフンと言わせるのに、もう手段など選んでいられなかった。
 
 そう、このデートは剛の仕組んだ「真由美をギャフンと言わせるための罠」だったのだ。


火曜日、剛は本当の目的をさとられないよう、わざと恥ずかしそうに真由美を遊園地デートに誘い出した。
炎天下の真夏。真由美は眩しすぎるショートパンツ姿だった。
「(すげぇ長い脚だなぁ……)」
剛はその美脚に目を奪われてしまう。小麦色に日焼けした長い脚。
ハイソックスにスニーカーという格好が、学校の制服の時よりもいっそう真由美のスポーツウーマン的魅力を引き出していた。
身長もまた高くなった気がしたが、あまりそこを気にしていると思われるのも嫌なので、聞き出せなかった。
剛は最初、ジェットコースターに乗るそぶりをまったく見せず、
デートっぽい乗り物を選んで、カップル的雰囲気を醸し出すことに務めた。
そして真由美がノリノリになってきたお昼ごろ、ついに「次は、あのジェットコースターにしようよ」ともちかけてみた。
すると真由美は、
「えっ、あれ乗るの? あれは凄そうだから、あとの楽しみにとっておこうよ」と言う。
その様子から明らかに嫌がっていると感じた剛は、
「え、ひょっとして真由美、怖いの? お前にも怖いものがあったの?」
「怖くなんかないけど、ただ…」
口ごもる真由美を見て、しめしめと思った剛は間髪を空けず、グイと手をとり、言った。
「怖くないならいいじゃん。今ちょうど空いてるし、おごってやるから、混まないうちに早く乗ろうよ」
そういって強引に乗り場に引っ張っていった。

真由美はちょっともじもじしているように見えたが露骨に拒否はしなかった。
真由美も「ジェットコースターはダメなの」とは恥ずかしくて言えないのかもしれない。
まだ夏休みが始まったばかりだからか、それとも昼食どきだったからか、意外にもコースターの列はすぐに順番が来た。
剛たちは、ジェットコースターでもっとも怖いといわれる最前列に座らされてしまった。
だが真由美は相変わらず、特に嫌がるそぶりもなかった。
アレ?どうして?と剛は怪訝に思ったが、そのとき、隣に座った真由美の太腿が目に飛び込んできた。
剛はこんな感じで真由美の太腿を見たことはない。
いや、一度だけ、映画館の薄暗いなかで見たことがあるが、あのときはストッキングを履いていたし、ぜんぜん違う感じだった。
剥き出しの太腿は、この間の亜沙美の迫力の太腿を思い出させた。
だが太陽の下、ぴちっと両脚をそろえて座っている真由美の太腿にはそれ以上のインパクトがあった。
陽に焼けた褐色の肌から健康的なオーラが漂って、剛の平常心を奪った。
「まもなく安全ベルトが締まります」
と放送が流れたとき、剛が思いもかけぬことが起こった。
ベルトを確認しようとして下を向いたとき、足元にゴキブリを見つけたのだ。
「うわーっ!」
 剛はこの世でゴキブリほど苦手なものはないのだ。
 一瞬にして脂汗がたらたらと流れ、コースターから降りようと立ち上がる剛。
だが真由美がそれを制した。
「いったいどうしたの? いま立ち上がったら、みんなに迷惑かけるでしょ!」
そういうと、真由美は立ち上がろうとした剛の腕をつかみ、グイと強い力で制した。
その有無をいわさぬ腕力によって剛がシートに引き戻され、しりもちをついた瞬間、ガシャンと安全ベルトが締まってしまった。
「いったいどうしたの?」
「下に、下に…ゴキブリが!」
「えっ? ゴキブリ? 大丈夫よ、乗ってるうちに振り落とされるわよ。」
「でも、飛ぶかもしれないし……い、嫌だよっ!!」
ブザーが鳴り、コースターがガタガタと音をたてて上昇しだした。剛は震えながらまた足元を見たが、
コースターが傾いたせいか、もう足元にゴキブリは見えない。見失ったことで、ますますドキドキしてきた。
「もし、背中とかを這ってきたら、どうしよう」
「アハハハ、大丈夫よ!」
剛はその時はじめて、真由美が余裕でコースターに乗っていることに気がついた。
「真由美、コースター大丈夫なの?」
「えっ、別に平気だよ。さっき怖くないって言ったじゃない(笑)」
真由美はなぜか必死に笑いをこらえている。いったい、どういうことなんだ。
剛はゴキブリの怖さと、あてがはずれたこととで、頭がパニックだった。
そのうち、コースターが下降しだした。ループに入り、強い遠心力でグルリと一回転したとき、
剛の目の前にさっきのゴキブリが飛んだ。
「わ〜っっっ!!!!」
剛は恐怖のあまり、泣き叫んでいた。
そのとき、真由美が大声でいった。
「もう大丈夫だよ、ゴキブリは落ちてったから」
だが走っているコースターの轟音で聞き取れない。
「えっ? 何?」
真由美は大笑いして、さらに叫ぶ。
「ゴム製のゴキブリはね、飛ばないのよ」
そして、可愛く舌をぺロッと出したのだった。

剛はそのあとのことをほとんど覚えていない……。
コースターを降りた後、ふたりは昼食で遊園地内のファミレスに入り、オムライスプレートを注文した。
真由美が、してやったりといった感じで言う。
「フフフ、ちょっとしたイタズラのつもりだったの(笑)。でも正直、こんなにうまくいくとは思わなかったわ」
真由美はすべてをバラした。すべては真由美の計略だったのだ。
「だって最近、剛がなんか怪しい行動をとってるのがミエミエだったんだもの。
いまの剛がなに考えてるのかも、だいたいお見通しだし。ほんと、男子って単純ね。」
「じゃあ、コースターが苦手っていうのは?」
「ウソでした!」
「美紀がそういう話してたけど?」
「ぜ〜んぶ、ウソ(笑)。
だって、いつも教室で落ち着きなく動いてる剛が、この間からじーっと席についてて、私たちの話に耳をそばだててるのがわかったんだもん。
だからみんなに協力してもらってワザと嘘を言わせたのよ。残念でした!」
「オレがゴキブリ嫌いってことは、なんでわかったの?」
「それはね、剛のお母さんから聞きだしたの。
私が「この間、クラスでちょっといたずらされちゃったので仕返ししたいんです」って言ったら、
お母さん、「ごめんね、ウチの子に真由美ちゃんを泣かさないようによく言っとくわ」って言って、すぐに教えてくれたわ」
「マジ?」
「ウフフ、私はまだ泣かされたことないけど、剛を先に泣かしちゃった(笑)」
「くっそー、おしゃべりめ!」
「お母さんは悪くないわよ。私を陥れようとした剛が悪いの。
でも私は剛と違って鋭いから、そんなに簡単には騙されないけど(笑)」
剛はすべてを見抜かれ、まんまと裏をかかれていた。すべてにおいて、真由美のほうが一枚も二枚もうわてだったのだ。
「……自業自得。しょうがないでしょ(笑)。まあ、剛の悪だくみに対しては、
ちょっと懲らしめてやりたいところだけど、今回は楽しかったし、大目に見てあげるわ」
そこに注文していたオムライスがようやく来て、ウエイトレスがトマトケチャップのビンを一緒に置いていった。
「まあ、そう落ち込まないでよ。剛がせっかく考えた計画を潰しちゃって悪いけど(笑)」
真由美は勝ち誇ったように余裕だ。
「もう忘れて食べようよ」
そう言われ、剛はケチャップをかけようとビンに手をかけた。だが、ビンのキャップが堅くて簡単にあかないのだ。
剛は自分が先にケチャップに手を出したことを後悔した。そのあとの展開が予想できたからだ。
剛が2度、3度とキャップを空けようと苦労しているのを見た真由美は、剛の目を見て、黙って右手を差し出した。
だが剛は素直にビンを渡せなかった。
まんまと裏をかかれたうえに、ここで真由美に助けられては男のプライドが形無しだ。
それを見て、剛の“男の意地”を感じた真由美は、優しくこう言うのだった。
「手がすべるんでしょ。そういう時ってあるよね。私がやってあげる」
ここまで優しく言われれば、意地になって渡さないほうがみっともなくなってしまう。
結局、真由美は軽くひとひねりでケチャップのふたを開けてしまい、「はい、どうぞ」と剛に渡して微笑んだ。
「私の弱点は、また探してね。また騙されたフリしてつきあってあげるから」
しばらくすると、剛がまだ半分も食べ終わらないうちに、真由美はまた大皿のオムライスプレートをぺロリとたいらげてしまった。
なんて早いんだろう。いつもながら、真由美の食欲には驚かされる。
「さあ、剛も早く食べて、次の乗り物へ行こうよ。午後は楽しくデートしよう!」

 午後はまずコーヒーカップに乗った。楽なものからにしようという真由美のリクエストだった。
ふたりは向かい合いながら座る。真由美は本当に楽しそうだった。
「こういうのって、マジ、デートって感じよね」
そういいながら満足げな真由美に、剛もさっきまでの悔しさは吹き飛んでしまった。真由美の魅力にどんどん惹かれていく気持ちを感じていた。

 その次に選んだのは、ローリングローラーといって、アームの先についたドラム型の円柱のなかに、ふたりが向かい合って座り、
そのドラムがぐるぐるとタテに回転するという乗り物。つまりドラム式の洗濯機のなかに座って回されるような感じだ。
かなり怖そうだが、座席の前に円形のハンドルがあり、そのハンドルがドラムと連動して回転するため、
ハンドルの回転を抑えれば、ドラムの回転も止めることができる。遊園地の定番だったが、ふたりは初体験だった。
「これなら大丈夫だよ」
実は絶叫マシン大好きの真由美は、前から乗りたかったのだと言った。剛だってもともと絶叫マシンは好きだから、
ここらでさっきの屈辱を挽回したいところだ。
剛はハンドルを握ってみた。重いハンドルだったら嫌だと心配していたが、思った以上に軽く、それほど力は必要ないようだった。
「力、貸そうか?」
と真由美はいったが、大丈夫だよ、と剛は応えた。
マシンがブザーとともに動き出す。ドラムがゆっくりと回り始めたが、剛がしっかりとハンドルを抑えて、回転を制御し、スムーズに乗ることが出来た。
「拍子抜けだね」
と真由美が笑う。
「それほど絶叫度は高くないね」
剛も余裕だ。ふたりは笑いあった。

だが、次第に時間がたってくると、マシンの動きが早くなり、だいぶ状況は変わってきた。
握ったハンドルがドラムにかかった遠心力で勝手にぐるぐると回り出す。
剛はこのとき気がついた。ハンドルを軽くしてあるのは、実は絶叫度を増すためなのだと。
ハンドルを軽くしておくことによって、ドラムが遠心力で勝手に回り出し、
乗客はハンドルを必死で抑えなければならなくなるというわけだ。
さっきまで落ち着いていたドラムもぐるぐると次第に強く回転しだし、剛たちは何度も宙返りさせられる。
回転速度はどんどん上がってくる……。

剛は両腕で必死にハンドルを押さえ込むが、もう制御できない。
乗り物酔いが襲う。
そして、ますます強くなってくる回転速度。食べたあとだけに、いったん気分が悪くなると、酔いが回るのは早い。
真由美に悟られないようにと強がってはいるが、剛の顔はみるみる蒼ざめてきた。
だが、剛の気分が今にも吐きそうになる寸前で、回転がゆるやかになり、ゴンドラのような楽な動きに変わった。
ようやく終わったか!と剛が思ったが、他の客たちのドラムは依然としてぐるぐると速く回りつづけている。
ふと見ると、真由美もハンドルに両手を添えていたのだった。
「大丈夫?」
添えられているのは、一見、か細い真由美の手。だが、いま真由美はその腕力で、暴れるハンドルをしっかり抑えこんでいた。
真由美にはそれができるのだ、と思い知らされる剛。しかも、剛の腕に感じるハンドルは、いまあまりにも軽い。
ということは、真由美がほぼひとりでそれを操縦しているに近かった。
なのに、彼女の腕にそれほど筋肉が盛り上がっていないということが、真由美の余裕すら感じさせた。
真由美はその余裕のせいか、一瞬、右手を離して、乱れた前髪を後方にはらった。
その刹那、ハンドルを支える左腕にグッと筋肉がたわめられ、盛り上がり、右腕の1,5倍ぐらいの迫力になった。
剛はその凄まじい筋肉に思わず興奮し、また身体がピクンと反応した。
が、真由美が右手をハンドルに戻すと、すぐにその筋肉は消えた。
一瞬のことだったが、真由美には片手でも、このハンドルが制御できるのだということがわかった。
剛が黙って真由美の顔を見ると、真由美も黙って見つめかえす。
「(もう、大丈夫だよ。私にまかせて)」
真由美は目でそう言っているように見えた。
ふたりはそのまま見つめあっていた。吐きそうで、不安いっぱいの剛の目が、真由美の力強いまなざしによって勇気づけられる。
剛がなにか言おうとしたが、真由美は首をふって制した。剛の気持ちを察しているのだ。
そして、また目で語りかけた。
「(気分は平気? 私が守ってあげるから安心して)」
真由美が力を発揮してくれたおかげで、一時は吐きそうだった剛の気分も徐々に楽になってきた。
それから20秒ほどして、ローリングローラーの速度は急激に落ち、ドラムの遠心力は収まった。
剛はなんとか最後まで持ちこたえられた。真由美に助けられたのだ。
ようやくローリングローラーは停止した。
だがそのとき、降りようとした剛は、自分のある現象に気づいて困った。
股間が、ズボンを突き破るようにテントを張っていたのだった。うわっ、すごいことになってる。
剛はそれを隠そうとしたが、いまはまだ吐き気が完全に収まっていないし、
目の前で剛の状態を気にしている真由美に、さすがに隠しきれるものではなかった。
真由美はとっさに気づいて、困ったようにクスクスと笑っていたが、すぐに無視してくれたようで助かった。
剛はもう自覚していた。自分は真由美の筋肉に反応してしまう性癖がついてしまったのだということに。
剛は真由美の強さに興奮するようになってしまったのだ。でも真由美にはそれを隠しておかなければ…。
強い女子に憧れる男なんて、軽蔑されるに決まっているし……。
剛はともかくローリングローラーを降りて、ようやく乗り物酔いから解放された。
またもへこんだ剛の気持ちを察するように優しく真由美がいう。
「意外に強敵だったね?」
「そうだね」
と小さい声でかえしながら、剛は「(お前には楽勝だったろ)」と心のなかでまた自虐的になっていた。
ふて腐れるようにスボンのポケットに手を突っ込む。
「でも、こんなこと言っていいかな?」真由美がつづける。
「いま、いい時間だったよ…なんか。上手くいえないけど、私にとって、剛とはじめて心で会話した気分なの。
剛には、とてもそんな余裕なかったかもしれないけどね……。なんか、あったかくなれたな」
 恥ずかしそうにそう言うと、真由美はだまって剛の腕に自分の腕を通して、少し大きい自分が、もたれかかるようにした。
真由美がいつもつけている爽やかなコロンの匂いが伝わってきて、剛を包み込む。
 剛は自分の腕に、真由美の腕を感じて思う。
いくら自分より大柄だからといっても、このか細い腕のどこから、あんなパワーが出てくるのかと。
しかし悔しいと思っても仕方がない。真由美の人並みはずれたしなやかなバネが、それを可能にしているのだ。
 長身の真由美にもたれかかられ、ちょっと重いなと思いながらも、
彼女の体温を感じ、剛は真由美とまた一歩近づけたような気がしていた。

 そのあと、ふたりは遊園地内のハンバーガー屋に入り、真由美の提案で名物のジャンボパフェというのを注文した。
真由美はテレビ番組でこのパフェのことも知っていて、これを彼と食べるのが夢だったといった。
通常の2倍はあるパフェを2つのスプーンで食べあう。
「なんか、ホントにデートだね」
という真由美。剛もさっきまでの屈辱的な気分はだいぶ吹き飛んでいた。
そこで最後のアトラクションを決めることにした。

真由美が「最後は剛が選んでいいよ」というと、剛はゴースト・キャッスルというお城のようなお化け屋敷を選んだ。
剛はこういうものは得意なのだ。
真由美も最初は余裕だった。だが、お城のなかは真っ暗な通路が延々と続いている。
しかも普通のお化け屋敷より手が込んでいるのは、ドライアイスのスモークが冷気を漂わせ、
さらにそのスモークで見えない向こうのほうから、特殊メイクをした生身の人間のゾンビが飛びかかってくることだった。
こういうものは得意なはずの剛も、さすがにドキドキものだ。だが今回、剛が勇気を振りしぼれた最大の要因は、
真由美の意外なほどの怖がり方だった。
進めば進むほど、真由美は腰が引けて、腕だけをじっと剛にからみつかせていた。
狭い場所に入ると、ゾンビが出てくる前から、ときどき「キャー」と甲高い声をあげて、座り込んでしまう。
剛が先に進もうとすると、「やだ〜」と、その場にしがみつくようにグイと腕を引っぱった。
いつものように強い腕力も、今日は真由美の必死さを感じさせた。
「真由美がこんなに怖がるなんて意外だよ」
「剛、なんで怖くないの? 凄いね」
「こういうのアメリカにはないの?」
「あるけど、ぜんぶ人形だもの。人が襲ってくるのなんてありえないし…。キャー」
また悲鳴をあげた。剛はいままでに感じたことのないほど真由美を可愛いなと思った。
やはり男勝りの彼女でも、しおらしいところはあるのだ。
剛は最後の最後に男らしさを示せたことで満足だった。
「な〜んだ、お前の弱点をついに発見したぞ。みんなにいいふらそうかなぁ(笑)」
「やめてよ〜。そんなことしたら、剛はゴキブリが苦手ってみんなに教えちゃうわよ」
「んなことしたら、許さねーぞ」
笑いあいながら帰宅の途につき、ふたりは楽しかった一日を惜しむように、家の前で別れた。

「ただいま〜」
真由美が帰宅すると、亜沙美が飛んできた。
「お姉ちゃん、今日のデートどうだった? 剛くんとラブラブだったんでしょ?」
「ウフフ、内緒よ」
 そういいながら、真由美は剛が最後に自信を取り戻してくれたことが何より嬉しかった。
「お姉ちゃんの大好きな、ジェットコースターは乗れた?」
「もちろん。楽しかったわよ」
 そういいながら真由美は、泣かせてしまった剛の顔を思い浮かべて、可愛いかったなと思う。
「お姉ちゃんの念願だったジャンボパフェは食べれた?」
 剛と食べたジャンボパフェを思い浮かべる。ちょっと間接キスな気分で盛り上がれたっけ。
 そして……
「お姉ちゃんの得意なお化け屋敷でリードしてあげた?」
 亜沙美にそう言われて真由美は苦笑した。これは予定通りにはいかなかった……。
最初はお化け屋敷にも強いところを見せるつもりだったけど、急遽、予定を変更した。
今日は自信をなくした剛に元気になってもらわなくちゃ、とそればかりを思って、真由美は精一杯の演技をしたのだ。
でも結果的にそれで良かったと思う。
 真由美は亜沙美にその一部始終を話し、「武史くんにチクっちゃだめよ」と釘を刺した。
「でも、驚いたふりして、つい剛の手に触れたら、汗でグッショリと濡れてたの。
こっちはぜんぜん濡れてないから、演技がバレるんじゃないかと心配したわ」
「向こうの手が濡れてたんだったらバレてないでしょ。
きっと剛くん、本当は怖かったけど、お姉ちゃんにもう弱いとこ見せられないと一生懸命頑張ったんだよ」
「そう、その頑張りにはちょっと感動したわ」
「ひっど〜い、こわがったふりして、お姉ちゃんのために頑張ってくれてるのを横で観察してたんだ」
「まあ、いいじゃないの。これで剛も気持ちよく帰れたはずだし…」
 真由美は先日、ボート場で助けたおばあちゃん、高乃旗恵子の教えを実践したのだ。
「お姉ちゃんがお化け屋敷で悲鳴あげるなんて、一度見てみたかったな〜」
「(笑)」
「ありえないよね〜」
「ありえないからこそ、効果があるのよ」
「それはそうと、剛くん、またビンビンになったりしなかった?」
「何よ、ビンビンって?」
「オチンチンだよ!」
 まだ中1とはいえ、亜沙美があまりにあからさまな表現をしたのに真由美は思わず顔を赤らめた。
そういえば、この間の雨の日、剛は亜沙美の前でそんなことがあったんだっけ。
「だって剛くん、私の前でエッチなこと想像して、ビンビンに膨らませてたんだよ。
好きなお姉ちゃんの前だったら、きっと凄いでしょ」
 聞けば、亜沙美はあのことがあってから興味しんしん、
1Bのクラスの女子たちと、男子の下半身について、いろいろと情報交換したのだという。
「弘美とかをりが言ってたわ。あそこを大きくさせちゃえば、たいがいの男子は女子のいいなりだよって。
だから1Bではいま、男子のあそこを大きくさせるテクニックを女子がみんな研究してるの。ウフフ」
真由美は亜沙美に「そんなバカなことはやめなさい」といってやりたかった。
まったく、1年生ってまだまだ子供だわ。
だいいち、そんなこと研究しなくたって、亜沙美は自分の筋肉を見せつけるだけで、武史くんの下半身を支配することができるのに(笑)。
だが、亜沙美はそういう男子の性癖に、まだはっきりとは気づいていないようだ。
 その一方で、もう真由美ははっきりと自覚していた。
自分が、つきあった彼氏のМ性を開発してしまうタイプの女であることに……。
剛が真由美の筋肉に興奮し、その度合いがどんどん高まってきていることは、デートで何度か試してみた実験で確実だった。
だが、真由美の前でそうなってしまうのは剛に限ったことではない。
 真由美が去年、アメリカで5歳も年上の大学生とつきあった時も、実は同じだった。
彼は身長も真由美より大きいスポーツマンだったのに、
ある時、真由美とテニスをして負けると、中2の真由美の前で甘えたり、М性を発揮するようになり、
それからどんどん交際の主導権が真由美のものになっていったのだ。
 けれど、真由美はそういう男を嫌いではなかった。
オネエ系みたいな人は嫌だけど、普段が堂々としていれば、スポーツで自分に負ける男だってぜんぜんOKだった。
確かに私は普通よりもかなり運動神経はあるし、もともと気が強いから、剛のような男子のほうが、自然な自分でいられるのだ。
しかも、自然に自分の強さを見せることで、ますます彼が自分の魅力の虜になってくれるのは、まさに一石二鳥だ。
真由美にとっては、剛みたいな男子をリードして自分好みの彼氏に教育していくのが一番理想の恋愛だった。
「(そうね。ウフフ、そろそろやってみようかしら……)」
 亜沙美が思わずふった話題で、いま真由美は、剛との関係を新たな段階に突入させてみようと思い立った。


(第28話、おわり)





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