■21世紀の男女関係(青春編)

第29話 新しい段階へ

「ドスッッ!!!!!!」
「ドスッッ!!!!!!!!!!」
 夏休みのある日。早朝のジム。地鳴りのような低音が周囲に響くたびに、天井からぶら下がったサンドバッグが大きく揺れる。真由美のパンチとキックのせいだ。
 その迫力に、横で見ていた亜沙美は思わず興奮していた。
「(お姉ちゃんのあの細いウエストから、どうしてあんなに重くて威力十分のキックが繰り出せるのかな?)」
 だが細いとはいえ、最近このジムで鍛えている真由美の腹筋は、いまや陸上のスプリンターのように6つに割れた筋肉の鎧と化しており、
その下に対照的に大きく盛り上がった巨大なヒップは、バレーボール選手のように逞しいのだ。体幹はどっしりと据わっているのだろう。
「お姉ちゃん、凄いスタミナ! もう3分超えてるのに」
 真由美と同時にトレーニングを始めたものの疲れ果てた亜沙美は、3分ちょうどでやめて、先に休憩に入り、まだ続けている姉の真由美をあきれたような顔で見ている。
筋トレが趣味の姉は、いったん熱が入るとトレーニングを止められなくなるのだ。そんなときは亜沙美が歯止めをかけてやる役目だった。
 やがて真由美は腕時計に目をやると「ふう〜」と大きく息をつき、いったんサンドバッグから離れ、ジムの窓から通勤のサラリーマンたちを見下ろした。
「お姉ちゃん、ここに座りなよ」
 ベンチシートに腰掛けていた亜沙美が自分の横に手招きする。だが、真由美は外の様子を眺めながら、「すぐ座っちゃうからダメなのよ。立ったまま呼吸を整えないと…」と手厳しい。
 窓の外では、朝の駅前の通勤ラッシュが始まっていた。駅に向かう人、人、人…。若者はともかく、中年以上の男性サラリーマンはラッシュがうんざりなのか、一様にうなだれている。
その様子を見下ろしながら、スポーツタオルで流れ落ちる汗を拭く真由美。
「毎日、毎日、サラリーマンはかわいそうね。ああやって朝ごはんもゆっくり食べないでラッシュで電車に揺られて、昼はがむしゃらに働いて、夜はお酒を飲んで憂さ晴らしして……
なかなかこういうジムにも行けない。あれじゃあ、体もガタガタになっちゃうわ。日本のサラリーマンも、もっと体作りをする習慣があったらいいのに」
「そうよね。あんな疲れたお父さんたちを毎日見てるから、男子はどんどんヤル気をなくして、大人しくなっちゃうのかも」
 と、亜沙美も同情するようにつぶやく。

 夏休みにはいってから、メールでの母の言いつけもあって、ふたりは毎日、朝6時半に起きて、ここでみっちり2時間のトレーニングを日課にしていた。
そのメールには、「もうすぐ私が東京で会うとき、ゆるんだ身体をしてたら承知しないわよ」と書いてあった。母のこういう言いつけをちゃんと聞かないと後が怖いのだ。
 まずストレッチをしたあと、タンクトップと短パン姿でこういったキックボクササイズ、
さらにこのあと、筋トレマシンやランニングマシン、最後に水泳というのは、このところほぼ毎日繰り返しているプログラムだった。
 そして真由美と亜沙美が声をかけ、この夏休みプログラムには、明日から、このジムを一学期からモニターとして体験しているクラスメートの女子たちも一緒に参加することになっているのだ。
 通勤するサラリーマンたちは、すぐ目の前のビルの上で、まだ中学生の少女たちが、早朝からこれほど鍛え上げているとは夢にも思っていないだろう。
しかし、こういう光景は1年後には日本中で当たりまえになる……というのが、真由美たちの母の新規事業の構想であった。
「さあ、亜沙美、次のラウンド続けるわよ!!」
 あっという間に3分のインターバルが終わり、次の3分のトレーニングをしなければならない。だが回復力の早い真由美とは対照的に、まだ亜沙美の息はハアハアしている。
「サボるなら、一撃入れてあげるけど(笑)」
そういって亜沙美をにらむ真由美の表情は、剛や男子のまえでは絶対に見せない厳しい目つきに変わっていた。
亜沙美は、ふだんは優しい姉に、アスリートとしてのスイッチが入ったときのこういう厳しさを嫌というほど思い知らされている。すぐさま、
「ヤーッ!」
 気合の掛け声とともに、また真由美のハイキックがうなりをあげて空気を震わせた。そして、まだまだ体力が有り余っているとばかりに激しいパンチをも叩き込んだ。
「(きっと剛くんも、数ヵ月後にはこういうお姉ちゃんにキリキリ舞いさせられるのね。かわいそうに…)」
 亜沙美はそんなことを思いながら、自分も負けじとハイキックを叩き込み始めた。

 そのあと、真由美はマシントレーニング全般と水泳を、亜沙美はランニングマシンと水泳をした。中1の亜沙美は、まだマシンでの筋トレは禁止されていたのだ。
「私もやりたいな」という亜沙美に、
「急激な成長期にあまり強い筋トレをやっちゃだめなの。2年になるまでは我慢しなさい」と説明する真由美。
 最後に身長、体重、握力、背筋力を2ヶ月ぶりに測る。今年の4月まで、しばらく離れて生活していた二人が一緒に記録を計りっこするのは4年ぶりだった。
亜沙美は中1にして、もう身長が172cmにまで伸びていた。真由美も4月よりはさらに2cm伸びて174cm弱になったが、伸び盛りの亜沙美との差は4cmからたったの2cmになった。
しばらくのアメリカ暮らしで亜沙美と離れて暮らした真由美は、帰国してこの中学に一緒に通うようになってから、亜沙美の成長ぶりに目を瞠っていた。
もちろん昔からとても仲の良い姉妹だし、気持ちはまだ幼いところのある妹だが、体格や体力的にも自分に迫ってくる妹に絶対負けたくない!という姉としてのライバル心も芽生えていた。
そんなこともあって、二人でやるトレーニングには熱が入るのだ。
最後の背筋力、真由美は148キロだったが、亜沙美に「すごーい148キロ!」といわれると、「150にたった2キロ足りないなんて悔しい!」と、最後に渾身の力をふりしぼって、「えぃっ!」と152キロを記録した。
この数値が、もはや平均的成人男性にも匹敵することは真由美も分かっているが、けっして満足していない。妹の亜沙美が後ろからぐんぐん迫ってきているからだ。
その亜沙美の背筋力は125キロだった。
「亜沙美も125キロまでいったの? 中1の記録にしてはなかなかやるじゃない(笑)」
「えへへ、そのうちお姉ちゃんを追い抜くつもり」
と亜沙美も負けてはいない。
そのあと、ふたりで腕相撲をしてみた。
 その戦いを、剛や武史が見ていたら、きっと股間が上方に高々と突きあがっていただろう。いや失禁したかもしれない。
ふたりの腕に本気の筋肉が張り詰められる。まさに力と力の真剣勝負。
真由美にとって、これに比べたら剛とした腕相撲など、実は遊びもいいところだった。妹の亜沙美はすでに中1にして、剛などより遥かに腕力があるのだ。
もちろん剛のプライドを考えたら、そんなことは絶対言えないけど…。
亜沙美はいい戦いをしたが、最後はやはり姉の真由美に軍配があがった。
「亜沙美、まだまだね」と勝ち誇る真由美。
 トレーニングが終わると、ふたりは、いつものように「女性用に開発された、このジム・オリジナルのプロティン飲料」をぐいっと豪快に飲み干した。
トレーニングのあと、30分以内に摂る良質のたんぱく質は効率的にすぐれた筋肉を作ることができる、とジョーダン博士から教えられていたからだった。


それから1週間後のこと……。
剛は駅前のコンビニで真由美と待ち合わせしていた。真由美から「ねえ、今日2時間ぐらいヒマかな?」と家に電話がかかってきたのだ。
「ちょっと、剛を連れていきたいところがあるんだけど…」

夏休みに入って今日で2週間。あの遊園地デート以来、真由美と会っていなかった剛は、ちょっと真由美のことが恋しくなってきていた。
真由美には遊園地でも終始リードされっぱなしだったが、最後の「おばけ屋敷」で男のプライドを回復した(と勝手に思い込んでいる)剛は、早く次のデートをしたかったのだ。
しかし隣に住んでいるというのに、真由美は毎日忙しいらしく、なかなかその姿を見ることはなかった。学期中は毎日会えた真由美に、休みに入って10日も会えなかったことがこれほど苦しいとは…。
剛はいまさらのように真由美への想いが募っていることを痛感していた。いまや自分の頭のなかの半分は真由美のことを考えている。5月からのたった2ヶ月半で、真由美の存在はそこまで剛のなかで大きくなっていたのだ。「毎日、1回でもいいから真由美に会いたい」それが剛のホンネだった。
だから、真由美のほうから誘ってくれるだけで本当に嬉しかった。
「真由美の誘いなら、どこでもいくよ」と思わず答えていた。その言葉にウソはなかった。

想いが募るあまり、真由美と待ち合わせした駅前のコンビニに20分も前にきてしまった剛は、とある雑誌の広告に見とれていた。
それは「スリムウォーク」という美脚をつくる<引き締めストッキング>の広告。その広告モデルの観月ありさが、ニーソックスをかっこよくセクシーに履いているグラビアに目が釘付けになった。こんなところを真由美に見られたら恥ずかしいが、真由美との待ち合わせ時間の前には、その雑誌を閉じるつもりだった。
そのとき、
「ふーん、剛ってこういう脚が好きなんだ」
と後ろから剛の肩がポンと気安く叩かれた。しまった! 真由美が予定より早く来てしまったのだ。夏休みに入ったせいか、遊園地に行った時より驚くほど健康的に焼けている。
「ウフフ、私もまあ、そういう脚になるよう努力してみるね、自信ないけど」
「違うよ。脚を見てたわけじゃ……」
焦って否定する剛。
「隠してもダメだってば! この間、私のミニスカートに反応してたの、ちゃんと知ってるんだから!」
でも剛がその広告に釘付けになったのは、観月ありさのそのストッキング姿のセクシー写真に見とれていたからではなかった。
いや見とれていたけど、正確には、その写真を見て、真由美の脚のほうがもっとセクシーだと思い出していたからだった。
真由美の脚は、そのグラビアの観月ありさに全体の感じがよく似ているけど、もっと筋肉質でシャープな脚なのだ。そんなときに偶然にも後ろから真由美に声をかけられ、ドギマギして雑誌を落としてしまう剛。
雑誌を拾おうとかがむと、すぐ横に、その真由美のかっこいい脚が見えた。ハイソックスに包まれた浅黒く日焼けしたたくましい脚。剛はそれをチラ見して、ひとり静かに興奮していた。
 
 真由美はそんな剛の興奮をもうとっくにお見通しだが、いまは気づかぬふりをした。
 女子にすべて見透かされていると知れば、男子もいい気はしないだろう。ここはいつも通り、剛のプライドを守ってあげなければ…。
 真由美はもうすっかり剛を操縦する術を心得ていた。
 そう、真由美は今日、剛との関係を次の段階に進めるために、ある計画を実行に移そうとしていたのだった。
「オレを連れていきたいところって、どこだよ」と剛が聞く。
「ウフフ、秘密(笑)。面白いところよ」
「遠いのか?」
「すぐそこよ、あの向かい側のビルの中」
「あんなとこに何があるんだよ」
「だから秘密だってば。私に付いてくれば、すぐにわかるわ」

 真由美は剛を導いて、駅前通りを渡り、向かいの古い雑居ビルのなかに入っていく。
剛はこんな雑居ビルに真由美がなんの用事があるのかわからなかった。ゲームセンター?
それとも。まさか、中3の真由美が何かエッチな仕事をしてるなんて…ことはないよな。
 エレベータがあるのに、それには乗らずに、真由美は階段を一段飛ばしでどんどん駆け上がっていく。後ろからついていく剛。
 コンビニでは細くシャープに見えた真由美の脚が、階段を駆け上がる瞬間は驚くほど太く膨張する。そのふくらはぎの筋肉の躍動に、剛はひそかに興奮する。
 4階まで一気に駆け上がると、剛は息が上がってゼーゼーいいながら、うつむき、膝に手をついた。だが真由美は呼吸を乱すこともなく平然としている。
「ほら、ここ!!」
 剛がゆっくりと顔を上げると、目の前にはビルの古さを微塵も感じさせないほどに改装された小奇麗な廊下があった。
 清潔感あふれる廊下は薄いパステルカラーで色彩が統一されている。その壁に数々の有名アスリートたちのサイン入りモノクロパネルが飾られていた。
 そうだ、と剛は思い出した。ここは有名なスポーツジムがあるフロアだった。確か、閉店したと噂に聞いたけど、また復活したんだな。へ〜え、ジムってこんな感じなのか。
 まだ中学生なので、はじめてジムというところに来た剛は目を見張り、パネルに自分の好きなアスリートのパネルを探した。テニスのフェデラーやナダル、サッカーのメッシ、メジャーリーグのイチローはないかな。
 だが、そこに飾られているのは、すべて女性アスリートの写真だった。筋肉を躍動させて輝く現代の女神たちの姿。ガブリエル・リース、マリア・シャラポワ、フランチェスカ・ピッチニーニ、エレーナ・イシンバエワ…といった錚々たるアスリートが並ぶ。
その姿は男を圧倒するほどセクシーだ。この写真を見れば、多くの女性たちが「私もこんな身体に近づきたい」と思うだろう。
 すると真由美が言った。
「剛、どう? もうすぐ、ここに母が新しい女性用のジムをオープンするの。で、男子には黙ってたんだけど、ウチの女子にはモニターで時々ここを利用してもらってるの。いまはまだプレオープンで紹介者しか入れてあげられないんだけど、剛には見せてあげようかなと思って。最新のマシンがあるのよ!」
 確かにクラスの女子が最近、休み時間に「ジム」とか話しているのは聞いたことがあった。だが実際にこんなところに来ていたとは! 玲子や美紀が以前より強気なのも分かる気がした。
 するとその時、中から出てきた派手な蛍光イエローのジャージ姿の大人の女性が剛に声をかけて制止した。
「そこのボク、ここは女性専用のジムなのよ。何の用?」
 ここのインストラクターのようだが、遠目で見て、インストラクターにしては体型がスリムすぎるように見えた。剛は一瞬、自分を「ボク」と子供扱いした彼女を睨みつけた。だが彼女が接近してくると、徐々に目線を上げて、表情がこわばった。
そのインストラクターは、モデルのような美人だが、実際は決してスリムではなかった。遠目にそう錯覚したのは、剛を圧倒するほど長身だったからだ。
「加藤麻衣子」という彼女の名前が剛の目の前に大きく飛び込んで来た。なんと彼女の肩のラインは剛の目線よりもやや上にあり、彼女の胸元のネームプレートはほとんど剛の口元の高さだった。しかも、がっしりと広い肩に、ネームプレートを持ち上げる逞しそうな胸筋。威圧感十分の麻衣子のカラダ。剛はそんな彼女に見下ろされて、「あの〜…」と口ごもるしかない。
すると、真由美がクスクスと笑いながら助け船を出した。
「麻衣子さん、いいの。彼が昨日電話で話してた私の同級生で…内村剛くん」
「ああ(笑)……そう」
 長身の麻衣子は、真由美の“同級生”の言葉に反応して態度を変える。
 そのあと真由美は、麻衣子の傍に近寄ると、しばらく剛には聞こえないぐらいの声でひそひそ話を始めた。ふたりはときどき剛にチラチラと視線をやりながら、何やらニコニコと笑いながら話している。なにか秘密の話だろうか?
 だが剛はその話に耳をそばだてる余裕すらなかった。
 ひそひそ話の最中、麻衣子がジャージを脱ぎ始めた。ジャージの下から現れたのは、黒のタンプトップとレギンスに長身を包んだ麻衣子のダイナミックすぎるボディ。
 広い背中、巨大なヒップ。肩から腕にかけての引き締まった筋肉と、逞しい太腿とふくらはぎを持ちながら、矢のように鋭く締まった足首。そんなギリシャ神話の女神のような肉体を目の前で見せつけられ、ただただ圧倒される剛。
 またアソコの膨張を抑制できなくなってきたことはいうまでもない。

 麻衣子はその肉体の存在感だけで、剛を完膚なきまでにKOした。
 ああっ、またピクンとしてきた!この興奮をふたりに気づかれないようにしないと……。
 だが女の勘はおそろしく鋭い。こっち側を向いて話している麻衣子はいち早く剛の異変に気づいて、もう、くすくす笑い始めている。背を向けている真由美は気づいていないが、すぐにバレそうだ。それでも麻衣子はさすがに大人の女性だった。優しく剛のほうに目配せして、真由美に気づかれぬように視線でサインを送った。剛が見やると、そこには「トイレ」の表示が!
 と、とにかく何とかこの場をしのがなければ……。
「お、オレ、ちょっとトイレ行ってきていいかな?」
 剛はさりげなく平静を装ってトイレに駆け込む。
 小ではなくボックスに入って大の便器に腰掛けると、すばやくズボンを下ろす剛。ペニスはもうびんびんだった。おまけに息も荒い。剛はいままで麻衣子ほど迫力のある女性を見たことがなかった。彼女の背中や肩、脚や腕のパーツをみただけでこんなに興奮してしまうなんて。自分はいったいどうしてしまったんだろう…。しかし今は、とにかく早く呼吸を整えてトイレを出なければ真由美に怪しまれてしまう、と焦る剛だった。

 気持ちを落ち着かせ、何もなかったかのようにトイレを出ると、出口の所で、麻衣子が腕組みして壁に寄りかかっていた。
「あ、あの、さっきはすみません…」という剛を、麻衣子は黙って笑っている。
「剛くんだっけ。同級生っていうより……真由美ちゃんの噂の彼氏よね。そうでしょ」
「噂の?」
「そう、噂の」
 麻衣子はニコニコと微笑みつつ、剛との距離を詰め、堂々と上から見下ろしてきた。
胸筋に持ち上げられて剛の唇の前に高々とそそり立つふたつの大きな山脈に、ついしゃぶりつきたくなる気持ちをぐっとこらえていると、麻衣子はまるで子供をあやすように剛の頭をやさしく撫でた。すると剛がようやく落ち着かせた股間はまたもすぐに暴発寸前になってしまった。
さらに、次の瞬間信じられないことが…。麻衣子が片手で剛の股間を握ってきたのだ。剛のソレを完全に覆い尽くす麻衣子の大きな手。麻衣子は剛の表情を興味深く覗き込むように中腰の姿勢になる。
「あ、あの、やめてくださいよ。真由美に見られる……か、ら」
 剛は絞り出すように小さな声を出す。
「大丈夫よ、真由美ちゃんは、いま着替えに行ってるし(笑)」
 そう言う麻衣子が握った手にさらに力を込め、放すと、もうダメだった。わけもわからず、パンツの中が温かく濡れて言葉が続かなかった。剛の目にうっすらと涙が浮かぶ。
「ウフフ、真由美ちゃんに開発されちゃったのよね、こういうの。あの子はそういう恐ろしい素質があるから。剛くん、自覚してた?」
「自覚ですか?」
「そう、自覚。つまり、キミは真由美ちゃんにMを開発されちゃったの。もっともそういうのって、男子には誰でも最初からある性癖なんだけどね。それを開発されなければ、一生隠すこともできるの。でも、もう剛くんは無理ね。っていうか、真由美ちゃんに出会っちゃった男の子はみんな無理かもね(笑)」
 剛はいま、大人の麻衣子にそう解説されて、ようやく自分のある部分が明確にわかった気がしていた。ふと気づくと、パンツの中のヌルヌルがジーパンにまで滲み出していた。
「まあ、剛くんはそれだけ真由美ちゃんに夢中なんだね。ハイ、お姉さんの講義はこれでおしまい。ジーパンあまり濡らさないうちに早く着替えてきなさい」
 そう言って麻衣子は用意していた蛍光ピンクのタンプトップとボクサーパンツ、それにパンツの中に履くサポーターを剛に差し出した。
「ごめんなさいね。女性用のジムだから、こんな派手なウェアしかないのよ。あ、更衣室はそこを使って。いまは誰もいないから」
「えっ、着替えって?」
「真由美ちゃんから聞いてないの? キミは今日、ここの無料体験カウンセリングを受けるの」
「えーっ? だって、このジムは女性専用なんですよね」
「そうよ。だけど真由美ちゃんに頼み込まれたから特例。オーナーの娘の頼みなら断れないもの。早くこれに着替えて、さっきのフロントの前に来てね。カウンセリングは私が担当してあげるから。それと……レディの前でみっともないから、ちゃんとサポーターでここを抑えてくるのよ」と言って、麻衣子は股間を指差した。
 剛はきわどいことを言うなぁと思ったが、麻衣子のあっさりした物言いにはイヤらしさが微塵もない。そればかりか剛のソレをいきなり掴んでも平然としている麻衣子の“男っぽい”サバサバした性格にまたもや圧倒されていた。

 剛はひとり、更衣室のなかで着替えたが、鏡を見て苦悶した。蛍光ピンクのタンクトップと短パン姿はほとんどコスプレで、あまりにも恥ずかしかった。こんな姿で更衣室を出ろと? 躊躇していると、いきなりノックの音がした…。
トントン!!
「まだ着替え終わらないの? 早く出てらっしゃいよ」真由美の声だ。
「あ、もうちょっと待って……」と言い終わるより早く、無情にもドアが開かれた。
 剛の格好を見た真由美は……ただ苦笑して腕を組んで立っていた。彼女も同じピンクのウェアに着替えていたが、剛はいかにも恥ずかしそうに、両腕を胸のあたりでクロスさせ、ピンクのウェアを隠した。真由美に爆笑されるかと思ったのだ。
 廊下にも大きな鏡があった。その前で、剛はもう一度自分の全身を見てみる。剛はテニス部主将とはいえ、どちらかといえば痩せ型の貧弱な体つきだ。それがピンクのウェアを着た剛をいっそう可愛く見せていた。
 一方、剛の横に立つ真由美の全身像はまったく対照的だった。剛よりも身長は高く、ウエストは細いが、肩幅もお尻も剛に勝っている。褐色に日焼けした逆三角形の背中には水着の痕がついて、見るからにスポーツウーマンという印象だ。少し会わない間にまた差をつけられた感じがした。
「なんでこんな格好させられるわけ? だいいち、オレ、今日ここで体験カウンセリングなんて聞いてね〜し!」と真由美に食ってかかる剛。
「ごめ〜ん。でもね、こんなにマシンの揃ったジムを女子だけで独占しちゃ悪いでしょ? で、本格オープンまで特別にウチのクラスの男子も呼んでみようかなと思って、まず試しに剛を呼んでみたの。モニターっていう意味で。剛がいいと思ったら、拓哉や俊夫も呼んでいいよ」
 そう説明しつつも、真由美はすぐに麻衣子を呼びつけて文句を言った。
「麻衣子さん、どうしてピンクなの? このウェアじゃかわいそうだから、男子用のを買っといてって頼んだのに!」
「ごめんごめん、ついうっかり朝買ってくるの忘れちゃったのよ。駅前のスポーツショップもまだ開いてなかったし」
 麻衣子は真由美がまだ中学生だからナメたのか、少しも悪びれずに言い訳をした。だが真由美の顔には明らかに不満が見てとれる。剛は自分の気持ちを察してくれている真由美の優しさに感激した。
「ま……いいよ。もう見られちゃったんだし」剛はあきらめ顔でいう。
「そうね、今日は私たちだけしかいないから、剛もちょっとだけガマンしてね」

 それから真由美と麻衣子は剛をサーキットルームの方に案内してくれた。最初の部屋には身長、体重や握力計、背筋力計など学校でも見る計測機器があった。その奥には、最新鋭のマシンが揃ったトレーニングルーム。部屋の隅の方には、サンドバッグが下げてあり、小学校のころ校庭にあった「うんてい」の長いものも。
 さらに奥に案内されて剛はまたまた驚いた。広いダンスルーム、ヨガルームやマッサージルーム、クライミングルーム、そしてプールとジャグジーまで揃っている。旧ジムの時には覗いたこともなかったが、こんなに広いところだったんだ。
 真由美は、いや、ウチのクラスの女子たちは、日々、こんなところで身体を鍛えているのか……。
 最初の部屋に戻ると、
「じゃあ、まず、そこで身長と体重を計って」と麻衣子に指示された。
 身長と体重の測定器も真新しい最新式のものだ。
「うちのジムでは来たら毎回、ここで計るのよ。身長と体重を計ると、その横のプリンターからその日の記録シートが出て来るから、各マシンを使う時はマシン横のプリンターに、使うたびに自分のシートを入れて。そうすると、その日のマシンでどんなトレーニングをしたかが自動的にシートに印字されるの。例えば、ベンチプレスなら、何キロの加重で何回、何セットやったかが、こういうふうに印字されるわけ」
 麻衣子はそう言って、シートの見本を見せてくれた。
 剛は名前を登録して身長、体重を計った。出てきたシートには、内村剛169.5cm、54kgと印字されていた。
 剛は横に置かれた握力計や背筋力計を見やった。あまり筋力に自信のない剛はそれらを計られるのを戦々恐々として待っていた。だが、
「じゃあ、向こうの部屋のマシンまで進んで!」と麻衣子がいう。どうやら、それらはスルーしてよさそうだ。剛はホッと胸をなでおろす。

 マシンルームに入ると物珍しさのあまり、すぐ最初のマシンに乗ってみようとする剛。
「剛、まずウォーミングアップをして。やらないと怪我するわよ!」
剛はいきなり真由美に上から目線で怒られた。麻衣子はまた苦笑している。
「真由美ちゃんの言う通り。まず筋肉をほぐしておかないと。手首足首の屈伸、肩を回す。全身の力を抜いて軽くジャンプする。そのぐらいはやってね」
 真由美とともにウォーミングアップをし、麻衣子が剛のシートを真由美に手渡す。真由美はそれを見ながら手際よくマシンの荷重調整を始めた。しばらくすると、
「体重を見て、ちょうどいいぐらいにウエイトを調整しといたわ。じゃあ始めましょ。こういうの、使ったことある?」
 剛はこんなマシンに触れるのも初めてだ。首を横に振ると、
「そう、じゃあ私がやってみせるから、よ〜く見ててね。最初のマシンはレッグプレスと言って脚力を鍛えるものよ」
 真由美は慣れた感じでゆっくりと脚でマシンを押し始めた。彼女の長くてセクシーな美脚が優雅に伸び縮みする。その姿勢は手先、足先までピンと伸び、それでいて、いつも剛を興奮させる筋肉もいまは鳴りを潜めていた。まるでテレビで体操をするお姉さんのように動きに無駄がなく、楽にやっている感じだ。
「じゃあ、隣りのマシンで同じように」
 最初からバーベルなんかだったら緊張しただろう。だが、このマシンは脚を前にまっすぐ伸ばすだけ。これなら楽勝だ! 剛も隣りで同じようにトライしてみた。ところが……。
 脚を伸ばすも、マシンが重くてなかなかまっすく伸ばせない。
「ぜんぜんダメよ、もっとまっすぐ! ほら、真由美ちゃんの姿勢を見て!」
麻衣子に叱咤されるが、剛は同じようにはできない。
 麻衣子は、息苦しそうな剛を見て、マシンにかけたウエイトを目で確認した。
「真由美ちゃん、彼の体重はいくつ?」
「54kgです」
「そう。出来るはずよね…」
「私も出来ると思ったんだけど…。彼、テニスもやってるし」
 真由美が調整したマシンのウエイトは極厚(20kg)が2枚、厚(10kg)が1枚、薄(5kg)が1枚の55kgだった。
 初心者の荷重は体重値ぐらいが標準。しかし、いきなり怪我をされては大変だ。麻衣子は5kg下げて50kgにするように指示した。いったん剛をマシンから降ろし、真由美がウエイトを再調節した。
 マシンから降りた剛は、そのとき、真由美のマシンの荷重を確認した。さっきからそれが気になっていたのだ。真由美の荷重は一番厚いウエイトが5枚だった。それが何kgを指すのか、一瞬わからなかった。いや、わからなかったというより動揺していた。まさか、この重さを?  
 混乱しているうちにも、
「これでどうかしら? 剛、乗って足を伸ばしてみて! ゆっくりね」と優しい真由美の声がした。
 剛は再びマシンに乗り、グイと足を伸ばした。キツいが、こうなったら男の意地だ。この倍の荷重をスイスイと動かす真由美と、この荷重ですら苦しい自分。太腿の筋力の差なのか? 男の意地でなんとか脚は目一杯伸ばせた。だが、まだ苦悶の表情が浮かぶ。すると、
「真由美ちゃん、ウエイトもう5Kg下げて」と麻衣子が命じた。
 真由美がまた剛を降ろそうとするが、剛は頑としてマシンを降りようとしなかった。
「いや、このウエイトで大丈夫。できるよ」と真由美を拒絶する。
だが、麻衣子がきっぱりと言った。
「剛くん、真由美ちゃんに負けたくない気持ちはわかるけど、いまは無理しちゃダメ。トレーニング初心者は、最初の2ヶ月は、15回ぐらいラクにこなせる程度の軽めのウエイトで筋肉に耐性をつけないといけないのよ。でないと筋肉を痛めて取り返しがつかなくなるの。筋力アップを計るのは2ヶ月後から…。真由美ちゃんはもう3ヶ月目で、筋力アップの段階だから、毎回どんどんレベルアップしてるけど、今、あなたがそれに対抗したって無駄よ。もう2ヶ月したら、頑張りなさい!」
 剛は麻衣子の言いつけに従うことにした。拒絶したところで、麻衣子や真由美が本気を出せば、その力に逆らえるはずがないのだ。そして二人は本当に剛の身体を心配してくれていると感じた。くやしいけれど…。
 剛は結局、45kgのウエイトを10回こなしたところでへばった。へばりつつも、自分でも気がつかないうちに、またM性を強烈に刺激され、股間をピクンと膨らませていた。いつそうなったのか自分でも気がつかなかった。それほどまでに必死だったのだ。

 剛の体験カウンセリングは思いのほか、時間がかかっていた。本当ならば、脚、背中、上半身と3つのマシンを軽く試して60分程度のはずだったが、レッグプレスを終えただけで40分もかかってしまった。しかも、剛が相当バテたこともあって、一旦休憩をとることになった。
 剛はマシンルームの隣りの、自販機があるリフレッシュルームに飲料を飲みに行った。

「ウフフ、真由美ちゃんの本心がわかったわ」
「えっ、何のことですか?」
 マシンルームに二人きりになって、麻衣子と真由美は剛の話をしていた。
「剛くんをなぜ、ここに連れてきたかってこと」
「やっぱり麻衣子さんにはバレてます?」と真由美は恥ずかしそうに笑う。
「彼のMを確認したかったんでしょ。もっと言うと、それを開発して、もっと自分に夢中になるように仕向けたってとこかな?」
 真由美はパッと顔を赤らめた。
「私ね、真由美ちゃんって、すごく私に似てると思ってるの。男の子に優しいけど、実はかなりSでしょ。でも自分のペースで物事が運べるからこそ、優しくできるのよね」
「実は私、よくわかんないんです。私はいつも優しくしているつもりだけど、それでいろいろと助けると、つい彼を怒らせちゃう。だけど、ムキになって私に対抗してくる彼を見てると可愛いっていうか、もっとムキになってきて!って思うんですよね。だから、ついまた彼がムキになるよう仕向けてしまって…」
「だから、それがSなのよ。ま、いいわ。私は真由美ちゃんの恋を応援するから(笑)。
さあ、そろそろ続きをやりましょ」
 剛が戻ってきた。

「じゃあ次はラットプルダウン。背中の筋肉を鍛えるマシンよ」
 上からぶらさがったバーを両手で胸の位置まで下ろす。
隣りの真由美の模範指導を見る限り、それほど大変そうには見えないが、剛はもうナメてかかるのは止めた。さっきのマシンもそうだが、ラクに見えるのは真由美にそれだけパワーがあるからなのだ。
 いま、真由美は45kgという荷重でやっていたが、剛には25kgの荷重が与えられた。それでもやってみると想像以上に重たい。腕から背中の筋肉がすぐに悲鳴をあげる。
 剛は、横で何回もキレイな動作を続けている真由美から何かコツを得ようと凝視する。するとその目に飛び込んできたのは、タンクトップ姿の真由美の驚くほど鍛え上げられた広背筋だった。
真由美はただ黙ってマシンを操作している。剛に鍛えた背中を見せつけながら…。その姿がひたすら凛々しかった。よく、男は背中で物をいう、と言われるが、女も背中で物をいうのだ、と思う。
 剛はといえば、やはり無理をせず、23kgの荷重にして10回をトライした。45kgの荷重で15回×3セットをこなしている真由美は、それでも剛を優しくフォローしてくれた。剛もだいぶ慣れてきたせいか、さっきのような屈辱にまみれることはなく済んだ。

「じゃ、ようやく最後ね。3つ目は胸、つまり大胸筋を鍛える運動よ。それには、あそこにあるバタフライマシンを使うやり方もあるんだけど、今日は、ベンチプレスっていうトレーニングをやるわ。見ての通りバーベルを使ったトレーニングね」
 と麻衣子が説明する。
 真由美は、なぜいつものカウンセリングで使うバタフライマシンにしないのか?と首をかしげたが、麻衣子の指示に従い、トレーニング台に横になる。実は、初心者はバタフライマシンの方が安全でやりやすい。だが麻衣子は、真由美の目的を知って、ベンチプレスに変更したのだ。
 バーベルのトレーニングはマシンと違ってごまかしがきかない。ウエイトもひとつなので、隣りの人とのレベル差が一目瞭然だ。だから一般のジムでも、ひ弱な男性は女性の隣りでバーベル・トレーニングをやるのを嫌がる。逆にマッチョな男ほど、女性の隣りでやりたがる。それを麻衣子は経験上知っていた。
 つまり、真由美の目的を満たしてやるのに、ベンチプレスはうってつけだった。

 ベンチプレスは、その人に合わせたレベルの重量から始めるのが普通だが、麻衣子は今日、わざとやり方を変えて、剛と真由美を同じレベルから競わせることにした。

「まず、25kgからいきましょうか? 剛くんは真由美ちゃんをよく見て」
 剛の前で真由美は横になったまま、まず深呼吸する。息を思い切り吸い込むと両手でバーベルを掴む。真由美の胸筋が張りつめた。息を吐き出すと同時にぐっと上に押し上げ、下ろしながら息を貯める。それを剛に見せるようにゆっくりと繰り返す。
「左右の肘を伸ばして、今度は直角に下ろすのよ。いい?」
「は、はい」
 剛は重そうなバーベルを軽々と上下させる真由美の姿に興奮していたが、とにかく今は自分が頑張らねば…。
「じゃあ、真由美ちゃんと同じように、その台の上に横に寝てみて」
 剛は真由美の隣りの台に横になる。剛にも同じバーベルが渡されたが以外にも軽かった。
あまり無理をせず、スイッと上げることができたが、意外と呼吸に負担がかかる。2回、3回と繰り返すうちに左右のバランスが乱れて苦労した。しかし、この重さなら自力で立て直すことが出来た。
「自力で立て直せるなら結構平気そうね。じゃ、次は30kgを10回いきましょう」
 麻衣子は、今度はパン!パン!とゆっくりめに手を叩くと、真由美はいかにも軽々と、その手拍子に合わせるようにバーベルを上下させた。
「はい剛くんも」
真由美にやや遅れをとったが、剛もなんとか無難にこなす。
「じゃ、35kg行きましょうか」
 剛がうまくこなせているのを見て、麻衣子はテンポよく進めていく。
 だが、真由美はまた軽々35kgを上げ始めたが、剛はすでに息が乱れていて、すぐには始められなかった。真由美がサッサと10回終えても、まだ始められないでいるのを見て、麻衣子が気にする。
「無理しないほうがいいわよ」
「大丈夫です」
 剛は息が落ち着くと、35kgのバーベルを上げ始めた。途中、1回休憩をもらったが、なんとかこれも10回をクリアした。
「じゃあ今度は短く刻むことにして、38kgで。剛くんは少し休んでから始めましょう」
 また真由美から始める。驚いたことに真由美は最初からまったく変わらないテンポでスイッ!スイッ!と上げている。そして、また10回を同じようにこなして、剛に微笑みかける。
 ちょっと休憩をもらって息を整えてから、今度は剛の番だ。よし!と力を込めてスッと1回上げた。はずだった。しかし38kgは重い。呼吸よりも力であげようとしたため、今度はちょっと肘がぐらっときた。バランスが乱れて危なかった。そこは麻衣子が寄ってきて、サッとバーベルを持ち上げてくれた。そのとき麻衣子が38kgのバーベルを片手で軽々と持ったのを見て、剛はちょっと焦った。
「まず呼吸を整えて。大丈夫だったらまたバーベルを戻すけど、平気かしら?」
 2分ほど剛は呼吸を整えた。麻衣子はその間もずっと片手でバーベルを持ち続けて平然としている。剛はまたアソコが大きく勃起するのを感じたが、いまは横になっているのでどうにも抑えきれない。麻衣子は剛の勃起に当然気づいているのだろうが、優しく無視してくれていた。

 剛はまた38kgを再開した。だが、やはり力まかせには上げられても、呼吸を整えて上げることは難しい。左右のバランスがぐらぐらと崩れ、息があがり、額からは大量の汗が流れ出す。真由美が横で心配そうに見ている。なんとか7回まで肘をピンとのばすことができたが、8回目を苦労してあげようとしたところで、麻衣子にバーベルを奪われた。
「ちょっと無理しすぎね。怪我するといけないから、ちょっと休んで、次は2kg下げて36kgで10回を目指しましょう」
 麻衣子はまたバーベルを取り上げると、片手でウォーミングアップでもするように上げ下げして持っていき、その荷重を2kg下げはじめた。
「真由美ちゃんは次、どうする?」
「私は……じゃあ50で!」
 その声を聞いた麻衣子は心の中で苦笑していた。
「(剛くんがウエイトを下げられた途端、まるで見くだすように一気にウエイトをあげるなんて。真由美ちゃん、どこまでSなのかしら?)」
 真由美は50kgのウエイトを手にすると、これまでは剛のレベルにつきあっていたといわんばかりに、また同じペースでスイッ!スイッ!と上げ下げしていく。そして剛が休憩している間に50kgも10回をこなした。
 横でそれを見せられた剛の心はもうぐちゃぐちゃだった。どんどん真由美が遠い存在になるような気がした。だが「剛、頑張ってね」と言われ、本心を押し殺した。とにかく一矢を報いるためにも、ここは黙って頑張らないと、真由美に見放されるような気がした。そうして、とにかく必死に36kgを10回こなしてみせた。
「お疲れさま!」
 麻衣子に言われ、剛のベンチプレスは終了した。だが限界まで頑張った代償は大きく、すぐには起き上がることすらできなかった。

 ところで、これが本当に剛のためのカウンセリングならば、ここで終了してもいいはずだ。だが麻衣子は思った。真由美はきっとまだ続けるのだろうと…。
「真由美ちゃんも、お疲れ!」
 麻衣子は一応、言ってみる。だが……
「麻衣子さんさえ良ければ、私はもうちょっと続けたいな。まだ全然やった気しないし」
 その言葉を聞いて、剛はまた股間が熱くなった。剛の限界を越え、50kgを10回上げてもまだやった気がしないと言われたのだ。
 もはや真由美は、あえて麻衣子がベンチプレスを選んだ意味を100%理解し、そして、とことん剛のM性を引き出してみようと思っていたのだ。
「55、行こうかな」
 麻衣子は準備をしてやる。ようやく起き上がることのできた剛も、真由美に注目している。真由美はそんな剛の目をじゅうぶんに意識して、55kgを上げ始めた。
 だが剛は、ここに来て真由美の上げ下げのテンポがだいぶ遅くなったことに気づいた。これまで一定のリズムを保ってきた真由美もどうやら限界が近づいてきたのか? しかしその動作にブレはなく、フォームは相変わらず美しい。動きもまるで機械のように正確だ。
そして危なげなく10回をこなすと、全身に溢れてきた汗をぬぐい、その様子を見て驚く剛を見て、愉快そうにウインクした。
「じゃあ……次は60お願いします」
 どんどんウエイトを上げていく真由美に、剛は屈辱を通り越し、興奮すら覚えていた。
 だが、真由美も限界が近づいているようにも見える。トレーナーの麻衣子が止めないから大丈夫なのだろうが、ペースが落ちてきているのは気になるところだ。
「真由美、大丈夫なの?」剛は一応聞いてみる。
「なんで」
「だってペースが落ちてきたし」
「ああ、それ、わざと落としてるの(笑)。50kg越えたら、ゆっくり上げ下げした方が鍛えがいがあるし…。だから心配しないで。まだ余裕よ」
 この言葉を聞いて、とうとう剛の下半身は暴発してしまった!!

 真由美は60kgをさらにゆっくりしたペースで10回上げ、さらに65kgにもトライ。これもゆうゆうと美しく持ち上げると、
「麻衣子さん、もう疲れちゃった! そろそろ私も終わっていいですか?」といった。
 本当はもうちょっと続けたい。だがその時“ある声”を耳にしたのだ。真由美は時間も忘れて「剛の調教」に夢中になっていたが、もう予定の時間はとっくに過ぎていた。
「そうね、今日は20kgからだったし、疲れたわよね」
 麻衣子が苦笑すると、真由美は筋肉の疲れをものともせずに上半身を起こし、ロングヘアーを颯爽とかきあげた。剛は、かきあげた髪から漂ってくる柔らかなリンスの匂いと、スポーツウーマンの汗に幻惑された。
「どう?私のこと惚れ直した?」
 剛に微笑みかける真由美。その笑顔は、いまバーベルを軽々と上げていたのと同一人物とは思えないほど可愛い。しかし、真由美の表情には「本気を出せば、まだまだできるのよ」という自信がありありと見てとれ、剛の股間をますます熱くさせるのだった。


(第29話 完)





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