才能

【1】

「あの女か、お前が連れて来た逸材というのは」
葉巻を咥えた髭面にオールバックという如何にもな男が、部下らしき男に話し掛けた。

「はい、オーナー。見付けた時は、身体中に電流が走りました」
「ふむ・・・童顔で見た目は若いが、確かになかなか良い身体つきをしているな」

ガラス窓から遥か下を見下ろすと、そこはローマのコロッセオを思わせる円形のリングがあった。
リングの周りは金網で覆われ、その更に周りを大勢の観客が取り囲んでいる。

そこは、いわゆる地下の非合法カジノだった。


カジノの地下闘技場。

その少女の愛らしい童顔は如何にも場違いと言わんばかりだ。
だが、その首から下は極限まで鍛え上げられた筋肉をその身体に纏っていた。
対戦相手の黒人ボクサーと見比べても、見劣りしない身体つき。
逆三角形の超筋肉体型に、ドンを前に張り出した爆乳バスト。その身体を覆うのは極小のビキニの上下のみ。

「しかし、このプロフィールは本当なのか?」
「はい、間違いありません」
闘技場ではゴングが鳴り、一気に観客のボルテージが上がる。

「賞金を稼ぐ目的が"食費"とは・・・な」
「彼女の食費は、一ヶ月あたり百万でも足りないそうです」
「あの筋肉にそこまで金が掛かるとは思えんが」
「実は、彼女の一日に必要なカロリーは、2万カロリーだそうです」
「・・・2万カロリー、だと!?」
成人に必要なカロリーは、一日辺り約二千カロリーだと言われている。その約十倍だ。

下では、ボクサーがラッシュで畳み掛けようとするが、その少女は軽快なフットワークでパンチを掠らせもしない。


「彼女は特殊な体質でして・・・」
「・・・特殊な体質?」
「いわゆる、ミオスタチン筋肥大というものです」
普通、筋肉は負荷を掛けることによって鍛えれば肥大化するが、それにも限界がある。
身体のメカニズムで、一定以上は筋肉が付かないようになっている。
しかし、遺伝的にそのメカニズムが働かず、成長期に際限なく筋肉が大きくなる、それがこの体質なのだ。

「身体の栄養が優先的に筋肉に消費される為、その身体を維持するにはそれだけのカロリーが必要なのだそうです」
「・・・まさか」
「はい、彼女は一切、身体を鍛えたことがないそうです」
相対する黒人のボクサーと比べても遜色がないどころか、筋量ではむしろ勝っているといっても過言ではない。
その極上の筋肉ボディが完全な天然モノだというのだ。

試合は、10分を経過しようとしていた。

黒人ボクサーは既に肩で息をしている。一方の少女は、息一つ乱れていない。
ポイント制では勿論無いが、手数は圧倒的に黒人ボクサーの方が多い。
しかし、クリーンヒットしたパンチは皆無だった。

年齢的にも、経験的にも圧倒的に上なはずのボクサーが、
実に、3ラウンド以上の時間を要してもただの一発も入れられていないのだ。

「オジサン、もう満足した?」
リングに上がってから、初めて彼女は言葉を発した。愛らしい童顔にピッタリのファニーボイス。

「・・・って、黒人さんだと言葉通じないか。まあ、良いや」
仮に、言葉が通じたとしても息も絶え絶えで応える余裕などないだろう。

「みんな〜っ! そろそろ決めちゃうね〜っ!!」
ウオォ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!という、会場の壁を突き破らん限りの大歓声が上がる。


「話には聞いていたが、本当に凄い歓声だな」
「はい。実際、賭けとしては成立していませんが、客寄せとしては彼女以上の適役は居ません。
 また、彼女もそれをわかって演出しています」
「"才能"は折り紙付き・・・か」


リングでは信じられないことが起こっていた。
ボクサーが放つ渾身の右ストレート。何と、彼女はそれにラリアートをカウンターで合わせたのだ。

ボクサーが一回転してリングに叩き付けられる。
リングに横たわったボクサーは、首を押さえながらもがき苦しんでいた。
彼女の豪腕がカウンターでモロに首に入ったのだ。無事で済むはずがない。


そこからは、凄惨な人体の解体ショーだった。
彼女が握り締め、殴り付けるだけで、ボクサーの身体は拉げ、潰れて行く。
彼女に、技なんていうものは存在しない。ただ、その筋肉の見た目通りの怪力でもって、相手を屠る。
ただ、それだけなのだ。


「しかし、未だに信じられん。あれで、格闘技の経験が全くの"ゼロ"とはな。才能とは恐ろしいものだ」
「全くです。ショーマンシップも自然と身に付けて行きました」

「初リングから無傷で、破竹の十連勝。"弱冠十二歳"の超新星・・・か」

「プロフィールの内、年齢と格闘経験ゼロ、この2つは非公開としております」
「ふん。相手のボクサーも、対戦相手の女がズブの素人だなんて、知らない方が幸せだろう。
 しかも、自分の人生を終わらせた相手が、娑婆じゃランドセル背負った小学六年生だなんて・・・な」


そう。

ミオスタチン筋肥大は、"成長期"に発現する異常体質のこと。

つまり、彼女の成長はまだまだこれからなのだ。


つづく





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